今年の京都SFフェスティバルは、10月6日(土)〜10月7日(日)に開催された。場所はいつもと同様に本会は京都教育文化センター、合宿は旅館さわや本店だ。
台風25号が本州に接近しており、一時は中止になるかと思われたが、京フェスにとっては幸いなことに台風は日本海にそれ、大きな影響はなくて無事に開催のはこびとなった。
以下は、記憶に頼って書いています。もし間違いや勘違い、不都合な点があれば、訂正しますので連絡してくださいね。
本会の1コマ目は、電子書籍「惑星と口笛ブックス」の主宰で、文学ムック「たべるのがおそい」の編者でもあり、翻訳家、作家と、大変幅広い活躍をされている西崎憲さん、その「惑星と口笛ブックス」から短篇集『のけものども』などを出した作家の大前粟生さん、そしてデビュー作『Gene Mapper』を電子出版した、元日本SF作家クラブ会長の藤井太洋さんによる「電子書籍で何ができるか 出版のあたらしい形をさぐる」である。
藤井さんはスクリーンに「電子書籍への期待、短篇、所有、経済とのお別れ、売る・配る」といったレジメを表示していたが、話題は必ずしもこの通りではなく、かなり自由に進んだ。自己紹介のとき、藤井さんがSF作家クラブ会長の任期が終わって、その解放された喜びを(沖縄県知事に当選した玉城デニーさんと同じように)踊りで表現されたのが面白かった。
まず西崎さんから、電子書籍によって「たべるのがおそい」のような本が出せるようになったという話。それまで、文芸雑誌では「20枚」とか「70枚」とかいって注文がくる。それは違うんじゃないかと思っていた。紙の本では当たり前。そうでないと計算できない。でも電子出版には長さの制約はない。自由に書けるし、紙の本のように売れ行き(刷り部数)を気にする必要もない。ただただ小説のために、その求めに応じれば良い。大前さんも、送った原稿がほとんどそのまま(誤字訂正くらいだけで)出版されたという。本当に大丈夫なのか、かえって心配だったそうだ。
藤井さんは「Gene Mapper」を書いたとき、売れるかどうかより、友人たちに楽しんで読んでもらえるかどうかが重要だったという。コンピューター・ソフトの会社にいたので、データに値段をつけて売ることに抵抗はなかった。売るときにはモードを切り替え、Excelで恥ずかしいコピーをいっぱい作っては選び宣伝したそうだ。西崎さんは逆に、自分の作ったものを宣伝するのが苦手で、作ったらおしまいとなりがち。でも読みたい人に届けることが重要だ。つい「つまらないものですが」と言ってしまうのだが、そんなことはない。
電子書籍ではどんな長さでもよく、短篇ひとつでも書いて売れる。アマゾンのKindle Singlesは衝撃だったと藤井さん。西崎さんも、「惑星と口笛ブックス」で北野勇作さんの「水から水まで」にふれ、通勤中に読むという読者にちょうどいい長さで人気だという。そんな話に会場から、「なろう」や「カクヨム」のようなWEBサイトの(htmlの)小説も電子書籍といっていいかという質問があり、藤井さんはもちろん「なろう」や「カクヨム」も、それから「note」も電子書籍の一形態であると答える。
大前さんは「noteはとても読みやすい」といい、藤井さんは、現代の日本語は、縦書きより横書きの方が向いているのではないかという。カタカナ語とかわかち書きとか、縦書きではつらい。ところで、kindleのような電子書籍とnoteなど専門サイトとの違いは、所有感があるかどうかということ。noteはアーカイブではなく、流れていく感じ。電子書籍は一冊一冊を自分が所有している感覚がある。西崎さんは、noteの作品にも「モノ」としての感覚をもたせるため、手書きの画像を奥付に貼り付けているそうだ。
電子書籍はnoteのようなWEB作品よりは所有感があるが、それでも紙の書籍に比べれば少ないと指摘する。何より背表紙がない。紙の本の積ん読は、まだ読む可能性があるが、電子書籍の積ん読はまず読むことはない。買ったかどうかすらわからなくなる。今の電子書籍は結局のところ、紙の本の模倣であり、「ガラスの下の読書」である。今の電子書籍は紙の本と1対1であることが多く、例えば上下巻本や、単行本と文庫版があるものも、電子版は紙版に依存する。上下巻本を合本して電子化した場合、Amazonで上巻、下巻についていたレビューは合本版に引き継がれない。単行本版と文庫版のレビューも共有されない。悲しい状態であると、藤井さん。
そんな話から、会場にいた北野勇作さんに声をかける。北野さんが語るには、書いた原稿を編集部に渡しても、誰かが落とすということがないとなかなか載らない。それが電子書籍だと、原稿を渡して一週間で本になった。電子書籍ってそんな感じかな。まあ、280円なんで買って下さい、と。
noteをSFで埋め尽くそうといった話の後、書籍の流通の話。藤井さんは、書店の返本率は96年ごろからずっと4割。景気が良くても悪くてもほとんど変わらない。ということは、その4割は広告のための必要経費として考えた方が、みんな幸せになる。4割も売れないなどと悲観的に考えると、どんどん悲観的になってしまう。残り6割をしっかり売ると考えた方がいい。なるほど、さすがにパッケージソフトの営業もやっていた人ですね。
続いて藤井さん、今の日本の出版契約書の問題点について。一番の問題は契約の終了条件が明示されていないこと。絶版になった本の出版権を他社へ移すといったことが暗黙の了解でしかできない。また編集者が赤を入れた文章、編集者が決めたタイトル、後書きなど、その権利はどうなるのか、あいまいなままである。海外では、年間販売部数が30部以下になったら自動的に契約終了するなどと書いてあったりする。西崎さんも、電子出版で、ちっとも売れないが宣伝もしてくれないといった場合、他のプラットフォームへ移そうと思っても、どうやって権利を移せるのか問題だ、という。電子書籍には小説の未来がかかっている。何とかしていきたいという思いが伝わってきた。
電子書籍の第一線で努力を重ねてきた当事者の言葉として、大変にためになる座談会だった。
お昼をはさんで午後からの2コマ目は「日本語表現の最先端 とび×とり対談」と題して、飛浩隆さんと酉島伝法さんの対談企画。
ところが、酉島さんが時間になっても現れず、昼食の都合で遅れるとのことです、とアナウンス。リアル「たべるのがおそい」だとの声があったが、実は食事の出てくるのが遅くて、待たされていたのだそうだ。
対談は、飛さんが仕切る感じで、酉島さんにいろいろと創作の秘密について質問する形式だった。何しろ二人とも話がうまい。また酉島さんがプロジェクターで現在執筆中の長編作品『今日はお皮殻(ひがら)もよく』(←ウソ。来年2月創元から出る予定の『宿借りの星』)の創作ノートや、登場人物ならぬ異星生物のイラスト(これがすごい)を紹介してくれる。とてもお得感のある対談だった。
まず飛さんが、酉島さんが受賞した第2回創元SF短篇賞で、堀晃さんを選考委員に推薦したのは私だから、恩に着てくださいと発言。
酉島さんは、「皆勤の徒」で応募したのは、ファンタジーノベル大賞がなくなって、そういう濃い雰囲気のあるのは宮内悠介さんを送り出した創元SF短篇賞しかないと思ったからだという。『文学賞メッタ斬り!』を読んでいたら、酉島さんがかつてファンタジーノベル大賞に応募した作品が、大森望さんの下読みの話に出てきて(たぶん、「今年僕が一番面白いと思ったやつは、ストーリーもなにもない、地口だけで幻想がつながってゆく超弩級の異色作で、これは自信をもって大賞候補に残したんだけど、編集部で読んだ人間が全員口を揃えて「どこが面白いのかさっぱりわからん」(笑)。おかげで候補にも残らなかった」(同書P276)とあるやつだろう)、それで大森さんが選者なら入賞するのではないかと思った。だから想定読者はずばり大森望。でも、まさか大賞を取るとは思わなかった。大森望賞狙いだった。牛丼を食べていて、ふたを開けたところに電話がかかってきたので大変びっくりした、とのこと。
飛さんが、「皆勤の徒」の最初の原稿には改行がなかったとか。誰かを倒したかったのか? と聞く。酉島さん、空白を倒したかった。実は字数が応募規定に収まらず、三行を一行に圧縮する感じで、どんどん圧縮するうちに、蠱毒みたいに、いい感じになってきた。飛さんが、日本語を圧縮しすぎて脱臼したような文章、と表現する。どんどん凝縮され、一つの文章に様々なことを重ね書きされているので、どこか押したらどっと広がるのでは、とか。そしてそれを「パリンセプト」みたいですね、といった上で、会場の反応がないので、高尚なギャグで申し訳ありませんね、と受ける。あわてて調べたら、「パリンセプト」というのは円城塔の作品にもあるが、昔、羊皮紙を使い回すのに、何度も重ね書きし、上書きしていったことのようだ。高尚すぎます。
それから、日頃の執筆の話になった。酉島さんは、いつも川べりにすわってノートPCを膝に乗せ、川の流れやカニがウロチョロするのを見ながら書くのだそうだ。暑い夏は日よけを張り、首にアイスノンを巻いて書く。何か視線を感じてふと顔を上げると、イタチがじっと見ていた。この「川で書く」話は会場の人々に強い印象を与え、鴨川の川べりに降りて行く人が続出したという。
そのあと近作の話。飛さんはもうすぐ出る、やっと出る『零號琴』について。酉島さんは例の『宿借りの星』について。『零号琴』はもうすぐ出るからいいとして、『宿借りの星』は酉島さんいわく「ムーミン+次郎長三国志」。850枚の大作で、表紙を描くのは「西島」さん。今日紹介されたイラストも入るそうです。内容については、建て売り住宅のような生き物の「大家さん」とか、ヤクザの親分とか、自筆イラストを見ながらいろいろと説明されたが、すごいとしかいいようがありません。一体どんな話になるのやら。乞うご期待!
他にも海外版の話などがあった。酉島さんは、「皆勤の徒」の英訳された造語を一つ一つチェックしたという。「本が出るのがおそい」(でも出たらすごい)二人の個性がぶつかる、超面白い対談だった。なお、飛さんを中心にしたツイッターのまとめがここにあります。
3コマ目は「〈天冥の標〉シリーズ完結記念 作家・小川一水の描いた軌跡」。
小川一水さんと、シリーズをずっと担当してきた早川書房の編集者塩澤快浩さん、そして早川でアルバイトをしていたライターで作家の前島賢さんが司会を務める。
さっそく塩澤さんから、〈天冥の標〉シリーズはまだ完結していない(12月に『天冥の標 10』のパート1が、1月にパート2、2月にパート3が出て完結の予定だが、パート3は現在執筆中)ので、「完結記念」ではなく「完結祈念」だとの突っ込みが入る。
途中でも何度も突っ込みが入りつつ、一応早川書房における小川一水長編作品を順番に紹介していく。
塩澤さんが最初に『群青神殿』を読んで、この人はいけると目をつけた。それで最初に描いてもらったのが『第六大陸』。月面に何かを作る話を書きたいのだが、実力が足りないといったのに、それでも書けと。小川さんは、月面に作るのが豪華な結婚式場だったので、それは名古屋人の発想だといわれた。変ですか? まあ、確かに。
塩澤さんは、女の子が中心にいるのがまだラノベっぽくってダメ。もっと大きくシリアスなプロジェクトものをと『復活の地』を書いてもらう。しかし、小川さんは、女の子は可愛く書きたいし、シリアスな話も書きたい。それが自分の中で二重螺旋となっているという。
そこで、短篇で、キャラクター一人だけで、苦闘する話をと、「漂った男」を書いた。しかし、塩澤さんは、すばらしかったけど、思ったのとは違っていた。それで次に『天涯の砦』。これは書くのが辛くて辛くて、その苦しさのあまり猫を飼ってしまった。
ところが塩澤さんは、これはちょっと重すぎたので、時間ものがほしいと、それで『時砂の王』。すばらしかったので、塩澤さんも満足。そこでいよいよ〈天冥の標〉の執筆依頼となる。他社で出た『導きの星』は4巻目でいきなり新しい要素がてんこもりとなったので、伏線はもっと前に入れておいてほしいとか指示。実は、大手からの話が増えて、このままでは早川に書いてもらえなくなるかもと思い、長いシリーズを依頼すればずっと書いてもらえるという思いがあったのだ。知りたくなかった、と小川さん。
さて〈天冥〉シリーズだが、当初は3年で10冊の予定だった。年3冊くらいはいけるので、それくらいは大丈夫と思っていたそうだ。元になるアイデアは2005年くらいにはまとめていた(と、シノプシスを公開)。「ハイフライトガーリッシュ イケイケ女装美少年艦長 宇宙探偵マッカンドルーもの、ホーンブロワーもの」と謎めいたタイトルがあったが、これは3巻の元ネタですね。
そして2009年に『天冥の標 1』が出る。翌年、『2』が出るが、これは1とはずいぶん雰囲気の違う作品だった。小松左京をやりたかったと小川さん。もろに影響を受けているが、とてもかなわない。小松さんはあんな昔にもうブリオンを出していた、と。
『3』は先のシノプシスにあったような宇宙海賊もの。そして『4』が異色作。セックスがテーマだが、小川さんはエロについてはうまく話せないという。官能シーンを書くのは戦闘シーンを書くのと同じくらい好きだが、公表せずに隠しておく方がいい。死後に発見されるとか。ここではエロと生殖を切り分けようと試みた。これは天冥の大きなテーマでもあり、スルーすることもできるが、ベタに書きたかった。そこへ塩澤さんが、10巻なんて全部そうですね、と突っ込む。いやそんなことはないと小川さん。塩澤さんは赤裸々に、4は使えるか使えないかといえば、使えない。2巻のシャワーシーンの方が良かったという。小川さんも、まさかこれだけ詰め込んでエロくなくなるとは思わなかった、100%濃縮オレンジジュースはオレンジジュースじゃないというようなものだ、と。なるほどね。
『5』は、3.11が起こって、東北でお米を作る農家の話にしようと考えたが、今それをやるべきではないと思いなおして、小惑星農業の話になった。ダダの口調には円城塔さんの影響が入っている、と小川さん。そして『6』。これまでポジティブなメッセージが多かったのに、これはきつくて救いがない。でも6から登場人物がつながってくるので、これだけで絶望ではなく、後へと続く。しかし人類を滅ぼすのは大変だ。人類、生き抜きすぎにもほどがある。それでもがんばって滅ぼした。6はパート1〜パート3と3巻になったが、そんな想定ではなかった。でも1冊におさまる話ではなかった。半分くらい書いたところで行き詰まる。塩澤さんに相談すると、ここが足りないのでもっと書き足してといわれる。全体の骨格を見て、過不足を指摘してくれる。それでどんどん長くなる。
『7』は小惑星に逃げ込んだ子供たち。蠅の王。また漂流教室でもある。宇宙土木は、清水建設の人に話を聞いたり。昔NHKに『テクノパワー』という番組があってその影響もある。細かい計算はしていないが、サイズの計算はした。喫茶店の紙ナプキンに設計図を書いて。そして小川さんは、地獄への道は善意で敷き詰められているという言葉を引き、善意から出発してもネガティブな結果になることもある。でも出発点は善意でなければならないという信念がある。部分最適解としての善意を信じると語った。
ネタバレを避ける意味で、各巻の話はここまで。後は最終刊の『10』について、今そのパート3を執筆中。調子があがっていて「来ている」。新キャラクターや新種族もいっぱいでてきて、カルミアンの科学史もあり、宇宙戦艦もいっぱいでてきて、そしてエロい。これはもう期待して待つしかない。
小川さんと塩澤さんの掛け合い、作家と編集者の二人三脚ぶりがとても興味深かった。SFというか、ほとんどSMな関係性ですね。
夕食はまたいつもの十両で。小川一水さんと、AIやロボットの話をする。「かわいい」の呪縛。ロボットの人権。異質な知性。そしてR・田中一郎の学生服の下はどうなっているんだろうか、など。顔と同じように人工皮膚なのか、全部くっついているのか。
たっぷりの魚料理のあと、さわやへ移動。
大広間でのオープニング。ついに小浜さんは欠席で、恒例の参加者紹介は元実行委員長のOB細井さんに禅譲されたとのこと。ディーラーズに京大SF研OBの坂永雄一、曽根卓、伴名練、皆月蒼葉による評判の『改変歴史アンソロジー』が並ぶというので、いつ来るかと待っていると、ようやく箱が到着。たちまち列ができて、あっという間に完売する。飛さんも、これを手に入れるのが京フェスに来た目的の一つだったといっていた。なお、入手できなかった人には電書版もあるそうです。
『改変歴史アンソロジー』など販売 | ヴォネガットを語る部屋 | 朝のさわや |
合宿企画で、最初に行ったのは「東京創元社と最新海外SF」。
東京創元社の石亀さんが、海外の最近のSF事情について語る。まずは2018年のヒューゴー賞長編部門から。受賞したのはN・K・ジェミシン「The
Stone Sky」。例の保守的なSFファン集団(パピーズ)に攻撃された黒人女性作家ということで話題だが、これは四百年ごとに安定した文明が崩壊するという遠未来の地球を舞台にした三部作の最終話で、この〈Broken
Earth〉三部作、「The Fifth Season 」、「The Obelisk Gate」、そして「The Stone Sky」は、2016年、2017年、2018年と、ヒューゴー賞長編部門を連続受賞している。史上初の三連覇ということだ。アン・レッキーといい、受賞作マニア(かどうかは知らないが)の石亀さんは、三部作全部版権をとったという。現在、鋭意翻訳中とのこと。なお、部屋では石亀さんが昔訳したというジェミシンの短篇のコピーが回覧されていた。死者の街となったニューヨークを描く、奇怪な雰囲気の奇想ファンタジーで、いい話だけどすごく地味。どこか出してくれるところはないかといっていた。『ミステリーズ!』には載せられないのかしら。
候補作として残った作品。ムア・ラファティの『六つの航跡』は翻訳が出たばかりなので内容には触れないが、あまり細かいことは気にしない人らしく、宇宙船の構造にいろいろ矛盾があって表紙を描いた加藤直之さんがとても苦労されていたとのこと。
アン・レッキーの『動乱星系』も翻訳が出たばかり。このシリーズは文化人類学や社会学をサイエンスとしての視点から描いているといってもよく、かつてジュディス・メリルが『SFに何ができるか』で述べていたことが現実になったように思える。このシリーズをファンタジーだという人は、メリルを読み直して反省してほしい、と熱く語る石亀さんだった。
ジョン・スコルジーの「The Collapsing Empire」は、中心から端まで行くのに9ヶ月かかるという世界を舞台にしたスペースオペラ三部作の一作目。翻訳は早川から出るらしい。パピーズが丸パクリした作品を出して物議をかもしたという。でもスコルジーだからきっと面白いに違いない。
キム・スタンリー・ロビンスン「New York 2140」は、地球温暖化フィクションで、ニューヨークが海面上昇でベニスのようになる。こういうの、〈クライメートフィクション〉といって、一つのジャンルになっているそうだ。問題は、K・M・ロビンスンだから、とにかく長いこと。『レッド・マーズ』なみだそうだ。
ユン・ハ・リー(Yoon Ha Lee)「Raven Stratagem」。作者は韓国系アメリカ人で、トランスジェンダーを公言し、パートナーは男性、好きなガンダムはガンダムウイングだという。東アジア系スペオペというか、とにかく話がぶっ飛んでいて面白い。ヒューゴー賞候補作は〈Machineries
of Empire〉三部作の二作目だが(すでに三作目も出ているようだ)、強大な星間帝国と戦う反乱軍の話のようだが、特殊なフォーメーションを取ると魔法的テクノロジーが発動したり(魔方陣か)、風水や方忌みのように暦が力をもっていて、それが武器になったりする。敵に暦を書き換えられると大変なことになるのだ。食事にはキムチやチヂミや春巻が出てくる。ミリタリーSFの要素もあるが、アン・レッキーとスコルジーの間くらい。世界構築がとにかくすごい。これも三部作の版権を取ったので、いずれ創元から出るでしょう。これは期待。
その他、全体的な状況として、マイノリティの作家が自分たちの物語を、SFを武器として描く――いわゆる「マイノリティ文学」に押し込められることなく――作者も読者も、自分たちを表現する装置として「SF」を見つけた。マイノリティというのはLGBTや女性だけではない。ラヴィ・ティドハー『完璧な夏の日』や、エリザベス・ベア『スチーム・ガール』もぜひそういう観点からも見てほしい。
最後に石亀さんが面白かったという、デイヴ・ハッチンスン(Dave Hutchinson)の「Europe in Autumn」の話。EUがパンデミックで崩壊した近未来。それまでの枠組みが壊れ、無数のマイクロ国家が乱立する。U2のファンだけの国とか、1つの団地が国家になるとか。主人公はエストニアのパスポートを持っているが、敵対するものがないのでそれでどこへでも行ける。それを利用して、彼はある密輸組織に使われているのだった。リスボンからシベリアまで続くヨーロッパ鉄道は、駅も線路も含めてラインという一つの国家になっていた。主人公はラインへ潜入するが、それはどこか異世界へと通じていた。実をいえば、19世紀のイギリスで、頭のおかしい一家が架空のヨーロッパの地図を書き、それが現実世界に上書きされて、ラインは並行世界のヨーロッパへとつながっているのだった――。何だかすごく面白そうですね。
その後は大広間でダラダラしていたが、次に行った企画は、SFファン交流会主催の「ヴォネガット短篇の魅力」。
これは大森望さんの監修で刊行の始まった『カート・ヴォネガット全短編』を記念して、訳者でもある大森望さんと、「かつてのヴォネガットの長編は神がかっていたが、その後の作品はつまらん」と公言している水鏡子との対決をもくろんだ企画らしかったのだが、このところなろう系で頭がいっぱいで、普通の本をほとんど読めていない水鏡子、大慌てでヴォネガットを再読しているのが面白かった。何しろ京フェス会場に来てからも、まだ一生懸命読んでいたのだ。
その水鏡子、さっそく、『チャンピオンたちの朝食』まではすごくて、神様みたいな人だったのだが、その後は大したことない。短篇は『人みな眠りて』を読んだがつまらなかった。『はい、チーズ』は出来がいいと思ったが、やっぱり『モンキー・ハウスへようこそ』が一番好きだという。
大森望、「はい、チーズ」が好きで訳したかった。『モンキー・ハウス』も読み直したが、とくに比べてすごいとは思わない。『全短編』は特にSFを訳したかった。
水鏡子、『全短編』は目次の並びに驚いた。60年代の作品には癖があるが、50年代の作品には癖がない。
大森、60年代のヴォネガットは『猫のゆりかご』を書いた作家として有名になり、好きに書けたが、50年代はいわれるままに書いていた。
水鏡子、51年の「王様の馬がみんな……」を書いた段階でがらりと変わった。それまでは冷戦を背景にしたSF的な話が多かったのに、その後はスクエアな、サラリーマン小説のようなものが増える。
大森、スリック雑誌の読者向けに書き出したものだ。スリック雑誌に書くと1本2500ドル。SF雑誌などはディックが書いているように、1本40ドルという世界だ。ただし、スリック雑誌には載らない作品も多かった。IF誌やGALAXY誌にも書いていた。
水鏡子、「生命保険料」とか「ポートフォリオ」とか、ディックには出てこないような単語が出てくる。ディックとは違い、中産階級に属しているということだ。
大森、お金や投資にこだわっているね。先端的なお仕事小説や、企業小説もある。
水鏡子、『猫のゆりかご』を書いたとは思えないまっとうな作家だ。
その後、部屋にいたぼくや岡本俊弥にも話が回ってきて、ぼくは短篇はあまり読んでいないので、とお茶を濁すが、岡本は、短篇のヴォネガットこそ、真のヴォネガットだと、その作品の底にある倫理性を強調していた。
3つ目は同じ部屋で、これまた恒例、橋本輝幸アニキの「新しい海外SFの部屋」。
大森望さんや石亀さんも参加。今回はクラリオン・ワークショップの話題が中心。クラリオンは英語が母語でない人も参加できる。テッド・チャンもクラリオン出身。テッド・チャンはSFが好きだが回りにSFの話のできる友達がおらず、ぜひクラリオンに参加したいと思った。けれども、マイクロソフトに勤める彼にとって、数週間も拘束されるクラリオンに行くのは厳しく、それに費用も高い。それでも思い切って参加したのだそうだ。
ちなみに参加費は60万円くらい(奨学金はある)。しかし、6週間、ずっと合宿して、毎日いろいろな講師から指導を受ける。夏休みに大学の施設を借り切って、ひたすらSF漬けになる。他のことは何もできない。
有名作家が輩出し、彼らがまた講師になって参加するというようにして続いている。世界最高峰のSFワークショップだが、もちろんみんなが有名作家になれるわけではない。でも人脈ができることが大きい。
話はクラリオンから、他のワークショップへ。そしてワールドワイドなファン活動へ。アイオワ大のワークショップでは、プロも参加してよく、日本からも参加している。パキスタン人を対象としたSFファンタジーコンテストが始まっている。インド在住の人が創刊した「ミセラ・レビュー」には大注目! イアン・マクドナルドの未来のインドを舞台にした『サイバラバード・デイズ』をインド人が批評したりしている。2016年にいきなり世界トップレベルのSF雑誌(WEBマガジン)が誕生したのだ。
インターネットによって、いったん英語化されたものはたちまちワールドワイドになる。酉島伝法『皆勤の徒』など、全世界の人が読んでいる。伊藤計劃の『ハーモニー』もハンガリー語版が出た。これは英語からではなく、日本語からの翻訳だ。中国や台湾では、英語経由ではなく日本語経由で英米のSF情報を得ようとする人が多い。これは日本語の読める人がそれだけ多いということで、英米ではさほど人気のないグレッグ・イーガンがいきなり特集されたりしている。
東欧の話題。80年代、チェコスロバキアのSFファンがヨーロッパでSF大会を開催したりしていたが、兵役にとられて中断。再開したが、今度はチェコとスロバキアが別れたので中断。でもチェコのSFファンとスロバキアのSFファンは今でも仲がいい。ポーランドのSFファンは、ポーランドが自由化されたとき、それまでのSF作家が、本当は「文学」が書きたかったが、抑圧されるのでSFを書いていたといってSFから離れていった。そのことを怒っている。その後は英米風のSFがあふれ出したという。
また、「東京創元社と最新海外SF」でもあった、マイノリティと多様性の話。これはもう当たり前のことになっているのですね。
とても面白く興味深い話題が続いたが、深夜になってもう頭がついていかない。というわけで、こんなところでおしまいとします。
企画が終わって解散。そのまま同じ部屋にふとんを引いて寝る。最近はこのパターンが多いなあ。
朝のクロージングでは、飛さんが、ゲンロンSF創作講座の話(これは日本でのクラリオン・ワークショップみたいになるのかな)。ゲンロンSF講座の受講者から2名がハヤカワSFコンテストの最終候補に残ったのだそうだ。それはめでたい。
クロージング後は、さわやを出てから、みんなでぞろぞろと朝の京都を歩く。いつも行っていたホーリーカフェが、本能寺ホテルの建て直しのため使えないというので、少し西へ行って寺町商店街へ。上島珈琲が開いていて、大勢入っても大丈夫のようだったのでみんなで入って、また昼前までとりとめもなく話をしていた。朝早くから大勢で入れる喫茶店って、貴重ですね。ここまでが京フェスなのだ。
今年もいつもながらの楽しい京フェスを堪能しました。実行委員長はじめ、スタッフのみんな、ありがとうございました。また来年もよろしくね。
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