文庫解説の系譜 ―読書展開の指針として

2001年改稿版・未完成ヴァージョン(ver.2.0)

水鏡子


  (註 原版作成97年2月、THATTA掲載2000年何月だっけ? *2000年6月号です――編者)

 SFを読むためにまず評論集やガイドブックを買う人間がそんなにいるとは思えない。ふつう傾向の似かよった本を探そうとして、いちばんたよりにする手掛かりは、本のあとがき、解説の類だろう。そのときいちばん参考にするのはもちろんなかでとりあげられている本の書名や作家の名前であるけれど、もうひとつ注意を払う値打ちのあるのはその雑文をだれが書いているかということだ。解説を書く人間の守備領域は比較的決まっていて、作品の傾向にあわせて編集者が解説を発注していくからだ。
 そうした解説者の守備領域に関する知識がかならずしも読者サイドに継承されてきていない気がする。そこで今回の初心者向けSFの小特集の補完として、主な文庫解説者の傾向と対策を時系列的(年齢に活躍時期を加味)に箇条書きにすることとした。

1 福島正実
 SFマガジン初代編集長(60ー68年)である。アシモフ、クラーク、ハインラインを中心とする英米SFの公式的体制的イメージを日本に定着させることに心をくだいた。『夏への扉』『幼年期の終り』『鋼鉄都市』などの翻訳があり、そのSF史観は〈現代SF全集〉全36巻に結実している。SFのありかたについては、40年代キャンベル=アスタウンディング誌と、50年代前半のバウチャー=F&SF誌及びスリック雑誌系に掲載されたダールやマシスンやなどの異色作家を立脚点としている。現代SFのイメージを40年代アスタウンディングから「終着の浜辺」の時代のJ・G・バラードまでで構築している。
 同時代の紹介者に矢野徹がいて、やや高踏的エリート主義に傾きがちな福島正実に対し、冒険小説、サスペンス小説的通俗性の高い作品を翻訳紹介し、ジャンル的バランスをとっていた。
 両者ともSF観の中心にはハインラインを置いていた。
 経歴的には二人と同じくらい古いが、同人誌『宇宙塵』の主催者としての立場からプロデビューの遅れた柴野拓美の場合、中心にいるのはハインラインよりクラークだろう。読者的立場から掌握している領域はかなり広いものの、ハル・クレメント、J・P・ホーガンなどの翻訳を中心に、ハードSFの紹介と普及に役割を限定している。

2 伊藤典夫、浅倉久志
 福島正実がキャンベル=アスタウンディング誌の権威をかなりまでに絶対視していたのに比べ、彼が編集するSFマガジンで現代SFの発掘・紹介の中心的役割を果たした伊藤・浅倉両名の場合、むしろ、キャンベルを批判的継承したファングループ〈フューチュリアン〉出身者たち、ジュディス・メリル、デーモン・ナイト、ジェイムズ・ブリッシュたちの影響を強く受けている。作品群的にはギャラクシー誌のイメージに重なる。
 ジャック・ヴァンスやコードウエイナー・スミス、さらにはマイクル・クライトンやカート・ヴォネガットといった60年代SFの紹介からニューウェーヴ運動まで英米SFの動向全般をほぼ一手に引き受け、後進の準拠枠となった。
 翻訳紹介にあたっては協力しあい、SFの全スペクトルを遺漏なくとりあげるので、紹介内容はかなり交錯するが、嗜好的には若干の相違がみられる。浅倉久志は『時の凱歌』や『タウ・ゼロ』『竜を駆る種族』といったストレートでスマートな宇宙小説、冒険活劇に惹かれる傾向があり、伊藤典夫は異色作家の流れに近い都会派ファンタジイを好む。伊藤典夫による編訳短篇集には『ジョナサンと宇宙くじら』『黒いカーニバル』などがある。
 時代的にはいずれも40年代から80年代までまんべんなく視野に収めているけれど、しいて中心部を断じるなら、60年代後半だろうか。

3 野田昌宏
 キャプテン・フューチャーをはじめとするスペースオペラの領域では追随を許さない。『SF英雄群像』に代表される書誌的知識、『スペースオペラの書き方』でみせたドラマ作りのノウハウを駆使して、スペースオペラの楽しさを語り尽くす解説は独自の境地を生み出している。いかんせん対象をスペースオペラで枠作りしているため、紹介される作品群の大半がたくさん読んでいてもふーんで片づけられるものが多い。福島SFマガジン時代にの海外SF紹介の二本柱の一本で、この野田昌宏の「SF実験室」と伊藤典夫の「SFスキャナー」のどちらに軸足を置いたかで、翻訳SFのファンの方向性はほぼ二分された。

4 鏡明、荒俣宏(団精二)
 早川文庫創設当時、〈コナン〉をはじめとするヒロイック・ファンタジイの普及に努めたのがこのふたり。同じようにコナンと〈ウィアード・テールズ〉をもちあげていたが、興味の方向はわりと分かれる。鏡明の焦点はヒーローで、アメリカン・パルプのなかでの英雄像やパルプ誌のヴァイタリティといったアメリカ文化考現学的色彩が強い。『最後のユニコーン』のようなモダン・ファンタジイへの偏愛も、〈アメリカ文化〉をキイに了解していきたい。人脈的にも「一の日会」常連組で伊藤典夫に近く、SFサイドの人間である。ただし、ストレートなSFなストレートに感動することに抵抗を(昔は)していた。荒俣宏は当初ダンセイニをもじったペンネームを使用していたように、幻想文学の本流に位置する。人脈的にも、紀田順一郎などに近い。その百科全書的活躍はご承知のとおりだが、SFジャンルへの理念的貢献は以外と少ない。

5 山野浩一、山田和子、野口幸夫
 70年前後は、バラードたちのニューウエーヴ運動に端を発した英米SFの活況の本格的な紹介が行なわれた時期である。NWの文学的実験は、文学・社会・政治的に先鋭的言辞を産み、SFというジャンルのもつ体制主義的な思考を糾弾するようになる。日本におけるその旗振り役となったのが山野浩一であり、季刊NWSF誌を創刊、バラード、ディック、レムなどを積極的に評価する。かれらのグループがサンリオ文庫の選定の中心となる。山田和子はNWSF誌の編集長。後期の文章はフェミニズム色が強くなる。

6 川又千秋、高橋良平、森下一仁
 伊藤典夫、鏡明たちと、〈一の日会〉等、東京でファン活動をやっていてプロになっていった人たち。
 川又千秋が傾向的にはもっともNWSFに近い。つまらない本はつまらないと解説で書いてしまうところがある。ディック、シマック等を評価する。高橋良平はSF映画雑誌『スターログ』の副編集長だった関係で映画関連の作品解説が多い。この人の解説で、評価をほとんど加えず、詳細な映画化情報を開陳している本は、本人にとってつまらなかったとみてまちがいない。森下一仁は温厚な性格。不慣れな読者を意識したていねいな文章だが、なんでもこなせるところから、若手の敬遠する老大家の近作などのお鉢がよく回ってくる。解説から作品傾向を判断することは困難。

7 安田均、小川隆
 伊藤典夫が紹介作業にくたびれたあと、しばらく紹介者空位の時期がある。4、6の人たちは、海外SF紹介の第一人者というしんどい地位を引き受けようとは誰もしなかった。
 そこに関西から登場してきたのが安田均である。早川書房、『奇想天外』、『幻想と怪奇』、サンリオ文庫と、地方の利点を生かした広範な活躍を行なう。奇想天外誌に海外SF紹介コラム〈クレイジープラネット〉を連載する。守備領域は70年代のG・R・R・マーチンをはじめとするLDGグループ、とプリースト、ワトスンに代表されるポストNWのイギリスSF。ただし、マーヴィン・ピークやジェイムズ・ブランチ・キャベルといったピュア・ファンタジイまで視野に置いた目配りの広さを誇った。翻訳に『サンドキングス』『逆転世界』がある。現在はゲーム界の大御所。
 一方、東京では、SF書評誌『SFの本』の創刊を契機に、小川隆が登場する。60年代アメリカ西海岸文化の影響が強い。黒丸尚巽孝之とともにサイバーパンク唱導の中心となる。翻訳に、『スキズマトリックス』『ブラッド・ミュージック』がある。
 安田均は関西海外F研究会(KSFA)を率い、そこから8のメンバーが登場する。小川隆は、ぱらんてぃあを創設し、山岸真が登場する。

8 大野万紀、米村秀雄、岡本俊弥、水鏡子
 神戸大SF研メンバーである。安田均の自宅が神戸だったことから、彼の行動範囲の拡大に伴い、活躍の場を増やしていく。
 基本的には70年代が守備領域だが、大野万紀はハードSF、米村秀雄は冒険宇宙小説、岡本俊弥は文学境界域、水鏡子は50年代と棲み分ける。大野万紀に『残像』『くたばれスネイクス!』、米村秀雄に『エンパイア・スター』『ナイトサイド・シティ』の翻訳があり、岡本俊弥が総指揮を振るった本に、『最新版SFガイドマップ』(サンリオ)、水鏡子に『乱れ殺法SF控』の著書がある。海外SFの紹介をしているくせに水鏡子は英語が読めない。

9 巽孝之、小谷真理
 ポストモダニズムの文学理論を武器に現代SF論を積極的に展開する。SFは現代社会を映し出す〈現在小説〉であるというのが持論で、その意味で小松左京、山野浩一と続く正統的論者である。
 本職は慶応大学の文学部の教授。サイバーパンクの立て役者のひとりである。小谷真理は奥さん。巽孝之の文章技法、論法を身につけ、フェミニズム、ジェンダー論に道を拓く。ただし、両者とも10代からのヘビーなファンダム育ち。基本的にはアウトサイダーではない。

10 山岸真
 伊藤典夫、安田均に続く第3の海外SF紹介者。かなり疲れきっているはずだが、第4の紹介者が現われないので、80年代からずっと英米SF現代事情を紹介し続けている。小川隆のぱらんてぃあ出身だが、〈クレイジー・プラネット〉の安田均の影響を強く受けている。この年代から、伊藤典夫の〈SFスキャナー〉に育てられた人間はいなくなってくる。グレッグ・ベアの短篇集や『80年代SF傑作選』を編んだりと。現代SFの積極的な摂取、紹介を続けているが、心の故郷はLDGではないかとにらんでいる。
 2000年から『宇宙消失』『順列都市』『祈りの海』とグレッグ・イーガンの翻訳を立て続けに出し、新展開を見せている。

11 大森望
 ディック、ラッカー、ベイリー、ワトスンあたりを好み、SFの本質は〈バカSF〉にありと決めつけた。答えを出してしまったあたりから、SFに関してはやや失速気味の気配があるが、インターネットに新本格にとあいかわらずの八面六臂の活躍をみせる。SF史観の基本は安田均で、水鏡子を加味。

12 中村融、尾之上俊彦、まきしんじ、三村美衣
 大森望とほぼ同世代(かな)。バランス的には尾之上俊彦がいちばんで、SFマガジンのヒューゴー・ネビュラ特集や、ベンフォードの本の解説をしている。山岸真の後継にいちばん近い位置を占めている気がするが、本人にその気がなさそうである。最近は活躍が少ない。
 中村融はテリイ・ビッスン、ティム・パワーズなどの翻訳がある。このグループのなかでいちばんの論客だろう。進化論的イメージとSF論とを重ねあわす、ブライアン・ステープルフォードなどイギリスSF批評の取り込みに余念がない。
 2000年創元や河出でアンソロジストとして目立った活躍をはじめている。
 世代の若返りのなかで、ビッグ・ネームの作家について、SF論的骨格から解説を書ける人間がいなくなってきているなかで、貴重な働きをみせているのがまきしんじ。最近はアシモフの解説などに健筆をふるう。
 ヤングアダルトからスタートレック、児童文学まで、境界領域で歯に衣をきせぬ元気のいい文章を書いているのが三村美衣。ジャンルの俯瞰理解から入っていくので、好き勝手言っているわりに、客観評価は信用できる。
 その他の目につく人材としては、『聖者の血』を訳した中原尚哉、レズニック、ソウヤーの紹介を一手に担う内田昌之、ファンタジイ紹介の中野善夫などのぱらんてぃあ出身者がいる。

13 堺三保、古沢嘉通、菊池誠
 関西方面出身者。堺三保はアメコミ、TVドラマ等への造詣が深い。〈ワイルド・カード〉、〈ミッドナイト・ブルー〉などの秀作の解説もしているが、重要視する必要のない本も多い。古沢嘉通は『火星夜想曲』『魔法』『夢の終わりに』などこわもてのする本を好んで訳し、紹介している。とうぶん海外SFの年刊ベストには彼の訳した本が必ず紛れ込む状況が続きそうなので要注意。(のはずだったが、ここしばらくミステリしか訳していない)最近のハードSFの解説の常連となっているのが菊池誠。本職も大学の物理の教授である。
 その他、今後の有望株としては冬樹蛉に注目のこと。


 ●2001年第1回改稿版にかかるコメント

 わりと手軽に書いたものがファンジン大賞研究部門(2000年)をもらってしまって、困っています。全面改稿を考えたのですが、恥を糊塗してかっこつけるような気もするので、もとの文章はとりあえずほとんどそのままです。
一部解説者名の漢字のまちがいとか、ここ1,2年で目立った変化のあった人に1行弱の追記を加えた程度です。
 代りと言ってはなんですが、まさにこの年作成されてファンジン大賞の大賞を受賞した「石原インデックスCD−ROM版」を入手したことから、このデータを加工して、別添の付表を作成しているところです。出典を明記するとともに謝意を表する次第です。
 付表といっても、元の原稿を前文の格まで落としめる立派なものになる予定だと自負しています。完成の暁には(やっと)ファンジン大賞受賞に見合ったものになるでしょう。(なお、そのときには、元の文章のほうも内容が古すぎるということで、大幅な手直しをするつもりです)
 データが詳細にすぎること、91年以降を手作業で追加する必要があること、なんか追加的に思いつくことができてくることなどから2000年までの到達には、まだかなりの日数を要するし、ちょっとつかれて少し推力が落ちてきているので、一度中間発表をしてしまうと、続きがつらくなる気がしているのですが、とりあえず、半年に1回くらいのわりで差替えをしていけたらなと思っています。
 なお、14才だったリストは、一般論的に高校受験準備が本格化する直前の中学2年あたりでSFにはまることが多いのではないかという予測のもとに、当時の出版状況を対比してみることにしたものです。関係者生年リストを引っ張り出せなかったので、SFマガジン近況報告欄などから拾い出した不完全版です。これもきちんとするつもり。

 付表 Excel版(138K) … 大力作ですので、Excelが使える人はぜひダウンロードしてみて下さい(編者)。

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