京都SFフェスティバル2015レポート

大野万紀


 第34回となる今年の京都SFフェスティバルは、いつもと異なり、11月21日(土)〜11月22日(日)に開催された。場所はいつもと同様に本会は京都教育文化センター、合宿は旅館さわや本店だ。今年も出遅れて、神宮丸太町に到着したのは11時すぎ。1コマ目はもう半分くらい進んでいた。
 以下、記憶に頼って書いています。もし間違いや勘違いがあれば、訂正しますので連絡してくださいね。

 本会企画の最初は、「机上から紙上へ。TRPGとサイエンス・フィクション」と題して、オキシタケヒコさんと宮澤伊織さんの対談。お二人ともゲーム関係の仕事に関わり、しかもSFを書くという、まさにぴったりな感じ。
 でもぼくが入った時にはもうゲームの話は一段落していたみたいで、主にSFの話だった。オキシさんが、バーサーカーが大好きで、宇宙エンタメSFを書きたいといえば、宮澤さんはブリンが好きで『スタータイドライジング』が超好き。『筺底のエルピス』も大好き。コードウェイナー・スミスやセイバーヘーゲンも好き、とまさにSF好きが爆裂。オキシさんは、バーサーカーって実はあんまり強くないんじゃないかなあ、といい、本当はそういうのをやりたいけれど、どんどん現代SFから遠くなってしまうと語る。
 ゲームの話も。宮澤さんが、堺三保さん、池澤春菜さんと(Live Wire「SFなんでも箱」)、即興で5分間TRPGを実演した話をする。「5分間スタータイドライジングRPG」だ。池澤春菜さんがいきなりドアを爆破し、怪しいスパイを拷問して操作盤のキーを発見。無事宇宙船から脱出できたとか。何かすげー面白そう。ただ、ふたりともスタータイドライジングを知っていて背景の説明をしなくていいから5分で完結できたんだろうとオキシさん。
 TRPGと小説を書くことの関係について、オキシさんはTRPGのアドリブ感が役に立つという。宮澤さんはTRPGの、自分で世界を作ること、環境、状況、設定を説明するテクニックが小説を書く上でも関わってくると。オキシさんはさらに、単なる環境ではなく、物語性を埋め込んだ舞台を用意すること、それが一番楽しい。そこにイベントがありドラマがあると語る。宮澤さんは、小説との違いは、TRPGはアドリブによってダイナミックに変化するということ。
 それからまたSFの話になって、宮澤さん「ワイルドカード」の続きが読みたい。あれはマーティンのTRPG小説だ。オキシさん、宮澤さんの『ウは宇宙ヤバイのウ!』は、まずブラッドベリにあやまれ! そして、宇宙から時の彼方へと動きがはげしく、落とし方もスカッと脱力でいい。それに答えて、宮澤さんは、いつかワイドスクリーンバロックを書きたいとのことだった。
 最後に今後の予定など。宮澤さんはハヤカワで長編の予定がある。これから東京でゲームマーケットのスタッフとして行かなければならない。オキシさんも京フェスと雲魂がかちあって、今から出雲へ行かなければならないとのこと。この後は、エルピスの3巻には年明けからかかり、その前にハヤカワの仕事を年内に完成しないといけないのだが、今はまだ4回目の書き直し中とのことだった。楽しみ。

 昼食は、から船屋。その後、会場へ戻る。午後の最初は、今回一番楽しみにしていた企画、円城塔とやくしまるえつこのコラボ企画だ。

 午後一番の企画が、「やくしまるえつこ×円城塔 朗読小説『タンパク質みたいに』」および「機械に助けてもらって小説を書こう、機械文芸部」。ただし、やくしまるさんは朗読の音源での参加だ。
 円城さんはすごくリラックスした感じで、首に手ぬぐいをぶらさげ、歩き回っていた。本人も今日初めて聞いたという、やくしまるさんの朗読の音源を聞く。とはいっても、会場で配られたテキストというのが(左の写真)、文章がリニアでなく、タンパク質のフォールディングみたいにくねくねと折れ曲がり、からまり、上下左右がトーラス状にくっついているというもの。円城さんは、「わざと読みにくいものを作って、やくしまるさんにこれをインプットしたら何がアウトプットされるのか、やってみたかった」とのことだ。
 ところが、やくしまるえつこはすごい。これを完璧に咀嚼して、音が並行し、重なって交差し、くるくる回り、上になり下になり、それがちゃんと意味のある朗読になっているのだ。感動した。日頃アニメのカラオケしか音楽に興味のなさそうな水鏡子も、しきりにすごいすごいといっていた。
 みらいレコーズ代表の守屋さんの説明では、やくしまるさんはこのテキストをいくつもコピーし、はさみで切って、17分間の朗読にしたのだそうだ。無限ループにしてもよかったが、一応17分で終わるようにしたとのこと。ちょうどバイオテクノロジーに興味があって、「タンパク質みたいに」という言葉にピンと来た、タイミングもよかったとのことだ。
 「機械文芸部」の方は、『シャッフル航法』『エピローグ』『プロローグ』と、このところ円城さんがやっているコンピューターで支援される小説の実際について。もちろん辞書やワープロソフトの話ではなく、しきりに汗をふきながら円城さんがパワポで説明するのは、この「タンパク質みたいに」のテキストや、『シャッフル航法』に載った「シャッフル航法」や「φ」といった言葉の幾何学的・数学的構成をコンピュータープログラムで実現する(言語はルビーやProcessing)方法と試行錯誤についてである。これも面白かった。
 シャッフルはカオスに関係あるので、もともとの専門分野。何度目かのくり返しで、意味ありげなパターンが生じる。そこをうまく使う。「タンパク質みたい」には、簡易なやりかたでは意外と折りたためられず、白いところが残ってしまう。きちんとやるにはMDのシミュレーションが必要だ。といった感じで、パワポはいずれ公開されるそうだ。
 でも結局、普通に小説を書く方がずっと楽だったというのがオチでした。

 午後の2つ目は吉村萬壱さんと酉島伝法さんの「表現におけるリアリティ」。しかし今日の京フェスは芥川賞作家が二人も出演しているのだな。
 これはお二人のにぎやかな大阪弁対談となり、とても楽しかった。
 吉村さんの『クチュクチュバーン』を読んで、酉島さんはこれを書いて純文学として出せるのかと思ったそうだ。なにしろ「クチュクチュバーン」ですよ。このタイトルについて、吉村さんは、クチュクチュとなってバーンとなるのがいいんやないかと思ってつけた、とのこと。酉島さんは大森望さんに『NOVA』に吉村さんの作品を載せろとずっと言っているそうだ。
 純文学もつきつめるとSF的にならざるを得ないと吉村さん。『バーストゾーン』はSF大賞を取ると思っていた、と酉島さんがいうと、それは少数意見ですねと吉村さん。
 『ボラード病』は今の時代を先取りしていると酉島さんは言う。大陸にいるという「神充」は、宇宙人が地球に来たときに、人類を見たらどう思うかというものがコンセプトだと吉村さん。酉島さんは自分が宇宙人になってしまって、自分の中の宇宙人の論理で書くのだそうだ。
 吉村さんは酉島さんの『皆勤の徒』を再読するにあたり、大森さんの解説の順番で読んで、宇宙人的な論理的整合性があり、わからない話でもわかる、それがめちゃくちゃ面白いとのことだった。でも普通の人は宇宙人の論理になんかならない、酉島さんは何でそんなことになっちゃったんですか?、と。それに答えて酉島さんは、「皆勤の徒」ではまだ「蟹工船」みたいに人間よりだったが、「洞(うつお)の街」になると、宇宙人の皮膚感覚で書かねばならなくなって、もう大変。ついにはミミズになったり(自分で床を這ってみたそうだ)。吉村さんも一日犬になってみたことがあるそうだ。
 酉島さんがいっぱい書いたメモからキーワードを探そうとして迷ってしまい、とっても焦るのが面白かった。

 本日3つ目、最後の講演は柳下毅一郎さんとソローキン訳者の松下骼uさんの「ウラジーミル・ソローキンの世界」。でも恥ずかしながら、ぼくはソローキンを読んでいないのだ。『青い脂』が評判になったとき、読もうと思っていたが、なぜか読みそびれていた。なので、ついていけるか心配だったが、なかなかどうして、十分に面白かった。
 ソローキンといえば今年は〈氷三部作〉が翻訳開始され、2部まで出たが、これがある意味ターニングポイントとなる作品だということだ。本人は自分をSF作家とは思っていないだろうが、『青い脂』はまぎれもなくSFとしかいえない。
 彼は作家であると同時にアバンギャルド・アーチストでもあるということで、BBC作成のビデオや、アートフェスティバルでの画像が上映された(右の写真)。中世風のコスプレ(というかほとんど裸)のソローキンの写真が、お茶目な感じで、大いにうけていた。
 松下さんと柳下さんの会話は、ソローキンのことから、現在のロシアや旧ソ連のSFの話題に広がっていく。現実の社会をどう見るのか。政治的なものを脱構築し、ソ連時代の社会主義SFをキッチュなものとして捉える。ソビエトSFの現代への連続性について。ストルガツキー兄弟の『神様はつらい』がアレクセイ・ゲルマン監督によって映画化された(「神々のたそがれ」)話。そして、次の世代の注目作家としてあげられていたのが、ミハイル・エリザーロフであり、その『図書館大戦争』だ。すごく面白そうなオカルト・ファンタジーだが、作者は〈民族共産主義〉を標榜し、斧をもった写真で知られるいかついロッカーなのだそうだ。画像検索してみたら見つかるが、なかなか怖そうな兄ちゃんである。でもこの小説は面白そう。

 夕食はいつものみんなと十両へ。食後、さわやの前で時間つぶし。さわやがとても厳格になって、時間が来ないと中へ入れてくれないのだ。
 大広間では例によって小浜さんによる著名参加者の自己紹介タイムが始まる。円城塔さんは来年創元から新刊が出る予定。酉島伝法さんはkindleで「皆勤の徒」の設定資料集が出る。書いても書いても小浜さんが「??」といってくるので大変だったとのこと。大野典宏さんはレムの「浴槽で発見された手記」を出版社のあてもないまま訳しているとのことだ。勝山海百合さんは創元から、これがファンタジーノベル大賞受賞者の末路だというものを出すのだとか。橋本輝幸さんは副業のできない普通の会社員に戻った。早川書房では井出さんが海外部門へ異動し、日本作家は若い溝口くんの担当になるのだとか。井出さんの机には2月に出るティプトリー、3月に出るベイリーが置いてあるのだそうだ。ハイカソルのワシントンさんは、来年、銀英伝の英訳を1〜3巻で出すとか。

八世界不完全年表(クリックで拡大)

 合宿企画は、まず自分の企画。大野典宏さんとダブル大野で、SFファン交流会企画として開かれた「今読む!ヴァーリイ」
 山岸真さんの作ったジョン・ヴァーリイ完全リストは本人と東京創元社のOKが出たので、会場限定ということでコピーを配布。それに、ぼくの作った〈八世界〉の不完全リスト(右図)も配布した。ヴァーリイ自身、〈八世界〉は厳密な意味の未来史ではなく、細かな点でつじつまの合わないところも多いので、年表など作らないで欲しいという趣旨の発言をしているのだが、でもファンとしては作らざるを得ないでしょう。ねえ?
 年表を作ってみて改めて思ったのは、〈八世界〉の5百年間は、驚くほど変化がない停滞した時代だということ。これはまあ人が何百年も生き続けたり、根本的にリソースに乏しくて、ホットラインからもたらされる以外の技術的発展が見込められない世界だからだろう。それにしても、五百年前といえば日本では戦国時代の初め、世界は大航海時代ですよ。それだけの期間、ほとんど何も変化しない未来というのは、ある意味すごいことじゃないだろうか。まさに永遠の学園祭。ビューティフル・ドリーマー。
 話の内容としては、主に大野典宏さんの問いかけにぼくが答えるという形だったが、まず、なぜ今ヴァーリイなのか、ということ。これはまあ、偶然というしかない。シンクロニシティだ。アメリカで二冊目のベスト短篇集が刊行されたのが2013年、ぼくが創元から〈八世界〉全短編のオファーを受けたのが2014年の頭。その第一巻『汝、コンピューターの夢』の翻訳がほぼ終わったころ、早川から『逆行の夏』の話があった。創元で進めていることは全然知らなかったのだそうだ。両社で合意がとれたのでどちらの企画も進めることになり、無事に二冊とも刊行されて、時ならぬヴァーリイ旋風となったわけだ。それにしても、今回初めてヴァーリイを読んだという人からも、古くささを全然感じないという意見が多く、それはヴァーリイ作品の「同時代性」が実は普遍性だったということではないかと思う。
 ヴァーリイの作品については、いろいろとややこしい問題(ジェンダーとかモラルとか)をすべて棚上げにし、解決したとした上で、すごくカジュアルに、日常的に、軽々と、未来の太陽系の楽しい生活を描いているということ。しかし、その楽しさ、可愛さをふとつきつめると、実はグロテスクで不気味なものが現れてくる。また、〈八世界〉はテラフォーミングのない世界であって、代わりに人間の方が宇宙の環境に合わせて変化しているのである。肉体的にも、モラルの面でも。
 今回の企画では、〈八世界〉の華やかで楽しくてエロティックな側面よりも、むしろその裏にあるグロテスクさを強調する感じになってしまった。そこはちょっと反省。それでも大勢の人が来てくれて、とても盛り上がった。大野さんの突っ込みも的確だった。まずは成功だったといえるだろう。
 終わりに、2月に出る第2巻が売れれば、次はアンナ・ルイーズ・バッハものの全短編(未訳が1編だけある)を出したいなどと言ってしまった。まあ、〈八世界〉の売れ行き次第だろうけど、愛着あるシリーズだし、ぜひ実現したいなあ。

 同じ部屋で続いて「ハイカソルの現在っと、アメリカSF最新事情」。昨年に引きつづき、英訳版日本SF専門のレーベルであるハイカソルの編集長、ワシントン真澄さんに、大森望さんや小浜徹也さんら日本勢が色々とお話を聞くという企画だ。
 映画公開とベストセラーの関係、10月に出たクライムSFアンソロジー『Hanzai Japan』の話、次にはエロティック系のアンソロジーを出したいという話、藤井太洋さんのワールドコンでの大活躍の話、そして今年のヒューゴー賞のスキャンダラスな話など。
 『Hanzai Japan』でダントツに評判が高かったのは、平山夢明の「独白するユニバーサル横メルカトル」だそうだ。LOCUSの書評でも評価が高かったという。ちなみに、ハイカソルの日本SFアンソロジーで、あちらでの評判が高かったのは、1巻目では伊藤計劃「The Indifference Engine」と飛浩隆「自生の夢」、2巻目では上田早夕里「くさびらの道」だそうだ。
 アメリカでもアン・レッキーがレムが好きだと書いていたり、翻訳SFに対する感覚も今までとはずいぶん変わってきているようだ。そして今年のワールドコンでの藤井太洋さんの大活躍。パネルでも何でも、あがったりせずにすぐ同化して、人気ものになり、藤井ファンをいっぱい作ったとのこと。すごいなあ。
 アメリカでは朗読がさかんで、本は耳で聞くものという文化がある。日本でもカセットブックとかあったけど、うまくいかなかった。デジタルの時代だから、技術的には楽になっているけれど。でも、ルビとか、朗読ではどうするのかとか、日本語ではややこしい問題もあるようだ。けれど、本会でのやくしまるえつこの「タンパク質のように」の朗読を聞いた後では、何とでもなりそうな気がする。
 あと、中国SFの話(国の補助があったりするようで、勢いがあるという)や、ヒューゴー賞の選考方法の話、組織票スキャンダルの話など、様々な話題について、今現在の話が聞けて、とても興味深かった。

 それから大広間へ出て、京大SF研OBの船戸さん、坂永さんらといっしょにSF談義。船戸さんがヴァーリイのファンだということで、色々と話がはずむ。ラファティトリビュートや昔のSFの話も。次はぜひコードウェイナー・スミスのトリビュートをやってほしいと話す。面白いので、やりたいとのことだった。翌日大森望さんにその話をしたら、ティプトリーもいいんじゃないかと。いっそスミスとティプトリーの合わせ技もいいかも知れない。本当に実現すればいいのに。

 翌朝は大広間でクロージング。早川書房提供の、『ハヤカワ文庫SF総解説2000』の大判ポスターに執筆者がサインを入れたものを、希望者全員のジャンケンで勝った人にあげるという企画があって、何と大森望が勝利して獲得。家に飾るのだそうだ。

 今年もいつもながらの楽しい京フェスを堪能しました。実行委員長はじめ、スタッフのみんな、ありがとうございました。また来年もよろしくね。 

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