彼方には輝く星々

第5回 ホライズン・ゲート、「その日暮らし」の人類学、見知らぬものと出会う、阪大量子コンピュータ

木下充矢 


『ホライズン・ゲート 事象の狩人』冒頭掲載

 第十一回ハヤカワSFコンテストの大賞受賞作『ホライズン・ゲート 事象の狩人』矢野アロウ(12/20刊行予定) の冒頭が、SFマガジン2023年12月号に先行掲載されています。

 超巨大ブラックホールが舞台。超絶的射撃能力を持つ狩猟民族出身のヒロイン、時間的異能の相棒、宇宙の過去と終局にまつわる巨大な謎。ケレン味たっぷりの設定が主人公の成長とともに徐々に明かされる展開が心地よい。まだ物語は始まったばかりですが、ミクロとマクロの目も眩むようなギャップ、それに立ち向かう主人公、と、王道感が満ち溢れています。宇宙SFはいつでも大好物なのですが、ここまで真正面だと本当に嬉しい。

 宇宙物理学の尖ったトピックが重要な役割を果たす話のようですが、冒頭を読む限り、予備知識がないと楽しめないたぐいの話ではなさそう。骨は太いが、肉もジューシー。キャラクターが立っていて、するする読めます(見習いたい!)。とはいえやっぱり、理屈も判ってはおきたい。この話で重要な役割を果たすらしい「ブラックホール相補性」を調べていて、「量子情報で拓く極限宇宙」というオンライン講演会 (2023/11/18(土)、1000-1230。参加費無料!) を見つけました。犬も歩けば棒に当たる。予習を兼ねて、聴講しようと思います。

人類学とSF

『チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学』(THATTA 423号で感想を書きました)が素晴らしかったので、小川さやか氏の本を追いかけ始めています。

 今回は新書。『「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済』小川さやか

 冒頭のマンガ『俺はまだ本気出してないだけ』青野春秋から始まり、「過去」も「未来」も語彙にない南米のピダハン族、「最小生計努力」に徹してみんな等しく貧しく生きるタンザニアのトングェ族、と、ぐいぐい行きます。『チョンキンマンションのボスは知っている』で詳しく語られたタンザニア商人たちの、本国での行き当たりばったりな、しかしロバストで柔軟性に富んだビジネスモデル。中国の「山砦企業」としたたかに付き合うコピー商品の社会的位置付け、オンライン決済システム「エム・ペサ」によってぐるぐる巡る寸借のセーフティネット。エピローグ「Living for Todayと人類社会の新たな可能性」からは、現代社会の閉塞を打ち破るのはもしや「生きてるだけで丸儲け」的な根拠なき楽天性なのではなかろうか、という思いが湧いてきます。だからといってタンザニア商人のように生きるのは難しいけれど、首肩のあたりがちょっと楽になった気がします。

 図書館の、上記の本と同じ棚でたまたま目についたのが『見知らぬものと出会う: ファースト・コンタクトの相互行為論』木村大治。なぜこのタイトルでこの棚に、という疑問は読み始めてすぐ解消。この本の著者も人類学者で(著者自身が収集したコンゴの「奇怪な住人」の伝承が出てきたりする)、かつ、相当ディープなSF読者、ということがすぐ判る。冒頭に「想像できないものを想像する」という『神狩り』掲載時の山田正紀の言葉を据え、小松左京の「袋小路」で締めくくる、古手のSF読みにはグッとくる構成。ファースト・コンタクトの理論的・哲学的考察と、SFでファースト・コンタクトがどのように想像されてきたか、を、だいたい半々くらいの比重で扱っている本です。2018年発行なので『三体』や『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は間に合っていないけれど、主要なファースト・コンタクトに関わるSFはほぼ網羅しているのではないかと思います。第6章「ファースト・コンタクトSFを読む」の3分類、友好系・敵対系・わからん系、の「わからん系」という切り口が素晴らしい。確かにソラリスの海もジャムも、「わからない」。SETIの基本文献(1960年の「ブルッキングス・レポート」2014年の「NASA本」)も紹介してもらえて嬉しい。投射(手持ちの知識だけを武器に不可知の壁に窓を開け、「想像できないものを想像する」)、規則性、不可知性、意外性、面白さ、という刺激的なキーワードが並ぶ。じっくり咀嚼したいと思います。

「阪大量子コンピュータ一般公開(11/3)」

 阪大豊中キャンパスで量子コンピュータ(国産としては3号機)の一般公開があったので、見学に行ってきました。

 「量子ビットチップ」の付け替え作業を見せてもらえる、という、何とも贅沢なイベント。

 シャンデリアのような金色(金メッキ銅板だそうです。銅の酸化を防ぐため)のシャーシに、冷媒を通すちょっと太めのパイプと、マイクロ波を通す細い「導波管」が絡みつく作り。上の段から段階的に温度を下げ、いちばん下の銀色の円筒に、中核部品の64ビット超伝導素子マイクロチップが収まっています。素人質問に丁寧に答えていただき感謝に耐えません。

(素人質問その1)「どうして上からぶら下がる造りなんですか」→ 作業性が良いから、らしい。人手の調整が必要だから、足元はスッキリさせたいのでしょうね。

(素人質問その2)「右側で導波管がクルクル巻いているのはなぜですか」→ 温度差による伸縮を吸収するため。確かに、室温でセットアップした後、カバーを取り付けて絶対零度近くまで冷やすので、かなり伸縮はありそう。

 見学会の最終回に滑り込んだのですが、説明してくださる根来先生(QIQB副センター長)が疲れ果てて椅子にへたり込みつつ、次から次へと質問にガンガン答えるさまが圧巻でした!

 巨大科学の先端のひとつ、ではありつつも、キロメートル単位の粒子加速器施設やビル丸ごとのスーパーコンピュータとは違い、何とか一部屋にほぼ全システムが収まるスケール感が、何というか好もしい。シンギュラリティ級の可能性を孕みつつも、現時点では実利直結というより基礎科学の色彩が濃い。ある意味、「いちばんいい時期」の見学の機会に巡り合わせたのかも知れません。もちろん、この黄金のシャンデリアが世界を震撼させるさまを見てみたくもあるのですが。


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