彼方には輝く星々

第3回 チョンキンマンションのボスvs黒暗森林理論、未来経過観測員、第14回創元SF短編賞選評

木下充矢


 以前から気になっていた、文化人類学者の小川さやか氏の本を最近読みました。

『チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学』

 著者はタンザニアの路上で古着露天商として「参与観察」を重ねた文化人類学者。五〇〇人以上の常連客(!)を持った、というからすごい。香港の「重慶マンション」にたむろするタンザニア人ビジネスマンたちの、エネルギッシュで時にシビア、しかし割とゆるい日々を生き生きと描いたノンフィクション。

 なんといっても、主人公格の「チョンキンマンションのボス」、カラマ(タンザニア人中古車ディーラー)のダメっぷりが素晴らしい。大物貿易商でタンザニア政財界とも太いコネクションを持つ一方、ドラッグ・ディーラーや売春婦、元囚人とも分け隔てなくつきあい、洗濯嫌いで一度着た服は人にあげるか放置。昼過ぎまで起きてこず、著者に面白ショート動画のリンクを送りまくる。しかし、その行動原理の背景に次第に浮かび上がってくる、誰も置き去りにせず、みんなができる範囲で無理なく支え合えるコミュニティの姿は感動的です。

 本書の263ページで引用される、ブルース・スターリング「招き猫」『タクラマカン』 収録)は、最初に読んだときには、正直、なんだかよくわからない話だったのですが、初めて、何が描かれていたのかが見えてきたような気がします。「愛されているという根拠なき確信」で駆動される社会。この優れてSF的なビジョンには希望が湧いてきます。

 ジョージ・R ・R・マーティン『タフの方舟』シリーズ(1 禍つ星2天の果実 )や、
オキシタケヒコ《通商網》シリーズ「What We Want」(アンソロジー『原色の想像力2』短編電子書籍 )、「止まり木の暖簾」『GENESiS されど星は流れる 創元日本SFアンソロジー3』 / 短編電子書籍
のような、
生馬の目を抜く宇宙商人の虚々実々の世界に、ひょっこりと文化人類学者のプロフェッサー・オガワが顔を出して、ハヴィランド・タフやスミレ・シンシア・ヒルと他愛もない会話を交わしていてもおかしくない(おかしいけれど!)、などと考えると、なんだか多幸感が湧いてきます。劉慈欣『三体II』 )で描いた「黒暗森林理論」の否応のない説得力に対抗できる思想がもしあるとしたら、それは、チョンキンマンションのボスが体現している「ついで」原理、なのかも知れません。

『未来経過観測員』 田中空

 大野万紀さんも紹介されていたKindle自家出版の本作、ツイッターで絶賛されていたので気になって読みました。

 大災害はSFのお家芸ですが、にしても、その、限度、というものが。ほんわかと優しい語り口に油断していると、つるっとエスカレートして、ちょっと休み。そして、ドン、と底が抜ける。その緩急の間合いが絶妙。主人公がコールドスリープを繰り返すたびに、どんどんとてつもなくなる、「外向きに巻いた、どこまででも広がっていく巻き貝」みたいなお話。

SF史上最大級のディザスター小説でもあり、その中核アイデアには一種異様な説得力があります。しかし、それが全てではない。モリタとロエイ、彼らの遥かな旅路をたどるにつれて、この二人の幸運を願わずにはいられなくなりました。

第14回創元SF短編賞の選評が、6/29に公開されました。感想と、そして反省を。

「竜と沈黙、あたらしい物語について」阿部 登龍 紙魚の手帖Vol.12  に掲載予定、Kindle版の配信は8/12。

 受賞作品。選評を読むだけでテンションが上がります。太古から竜の存在する地球。宇宙からもたらされた膨大な科学情報によって生命合成が実現し、食用家畜は消滅。地下ではびこる違法人工動物と、それを取り締まる拡張ワシントン条約事務局査察官。そして竜レース! これ絶対面白いやつだ、という予感がしてなりません。

「鶏の祈り永久に」稲田一声

 講評から伺える、奇想と生活感のとてつもないギャップに心引かれます。町内ぐるみのタイムループ現象に捕らわれ、苦悩する人々。これはわかります。が。「鶏600羽の脳をUSBメモリとして利用し」!! ループに捕らわれた父の息子への思いが焦点のようで、「バカSF」ではなさそう。いったいどんなお話なのか。何らかの形で読めるといいなあ。

「祝炎月の娘たち」河野咲子

 ハードコアファンタジー、とでもいうか、濃密な雰囲気が選評からも伺えます。

 6/24に、本作の一場面(28:30あたりから)を含む、作者本人の朗読が公開されています。

 登場人物の「モーニングルーティン」を描く場面。この世界の人々は翼を持っている。迷いの一切ない、力強い幻想。現実ではあり得ないのに目に見えるような、克明で視覚的な描写。「じゅっと音を立てる」あたり、痺れます。

「遥かなる賭け」木下 充矢

 ハイ、拙作です。木下の「宇宙SF愛」を丁寧にくみ取っていただき、感激に耐えません。宮澤 伊織先生、小浜 徹也さん、ありがとうございました! 枚数とネタの物量がかみ合っていない、というご指摘には一言もありません。創作サポートセンターでいただいてきた拙作の講評でも、「なぜこれを長編で書かないのか」(大意)というご指摘を、受けなかったことがほぼない、という……。バランス感覚が悪い、というか、ない。その割に、長編を書いたことが一度もないのは、忸怩たるものがあります。

 宮澤先生の、異質な知性を描くことから逃げている、というご指摘は具体的かつ示唆に富み(岡本さんにも本誌でご指摘をいただいたところ。岡本さん、ありがとうございました!)、小浜さんの、偶然性を持ち込みすぎ、微生物クラウドや窒化珪素アーカイブが7億年も保つのか、金星最後の日も「知られざる物語」でよかったのではないか、というご指摘も、深く刺さりました。次は、もっと頑張ります。ネタの密度とは違う方向で。

 さなコン3で審査中(1次選考は通過しました!)の「天の向こう側」は、独立した話にしたつもりではありますが、本作との連作を意識しています。次こそはプロクシマ・ケンタウリb惑星をがっつり舞台にするぞ! と、意気だけは高く。ここは、「未来経過観測員」の重要な舞台でもあるのですよね。なんだか嬉しい。(なんてことを言っている暇があればとっとと「次」を書け!>木下)

「馬が合う」斉藤千

 奉納流鏑馬を舞台にした、ヒロインの心の傷と、馬との交流を通した再生、そして動物とのコミュニケーションデバイス「ドリトル」を巡るお話、とのこと。このお話では、SFガジェットは慎ましい脇役なのだろうな。そのようにしてしか書かれ得ない、瑞々しいSF。たぶん。『「私は、今、不快です」と言い続ける馬』! 素晴らしい。

「ベルを鳴らして」坂崎かおる

 なんと、商業誌にすでに掲載されています。(小説現代 2023年7月号) 

 読んで納得の完成度の高さ。第二次大戦に翻弄されつつ、断乎として己の道を貫く邦文タイピスト、シュウコの清々しく伸びた背筋に引き込まれ、一気に読みました。

 結末の、たった一文字で世界と切り結ぶシュウコが素晴らしい。超常描写を厳しく抑制した、違和感なく一般文芸としても読めてしまう小説。たぶん、候補作中で、拙作との距離は最も遠い。だからこそ引き付けられるところがあります。

 私は学生時代、電子機器での日本語入出力が立ち上がる、まさに瀬戸際の1980年代に、和文タイプでの同人誌製作に参加したことがあります。複雑怪奇で手のかかる、しかし、かけた労力にはきちんと報いてくれる、気難しいが腕のよい職人のようなあのデバイスを懐かしく思い出しました。

 同時期に、「ニューヨークの魔女」も、小説誌スピン/Spin 4号に掲載。こちらはうって変わって、発電事業草創期アメリカの熾烈な「交直競争」を背景に、「絶対に死なない女性」による電気椅子興行を描いた、奇妙な、そしてすがすがしい後味の残る作品。

 2022年に三田文学新人賞佳作の「あたう」は、全く超常要素のない小説。奇妙な隣人の「ただならなさ」が次第にエスカレートし、最後の「贈り物」で炸裂する。怖い。そして切ない。終盤の、ともすれば読み飛ばしそうになる「ひとり暮らし」というひとことが痛い。

さなコン1の「ファーサイド」圧倒的評価を勝ち取った作者の快進撃には、励まされます。木下も、もうちょっと頑張ろう。


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