大野万紀「シミルボン」掲載記事 「このテーマの作品を読もう!」

第9回 夏だ!海だ!--海洋SFだ!【海外編】


というわけで、海を舞台にした、海洋SF。今回は海外編です。国内編はこちらをどうぞ。また、国内編に合わせ、原則として、地球の海を対象としています。

 海洋SFといえば、ご存じネモ船長がノーチラス号に乗って活躍するジュール・ヴェルヌ『海底二万里』の昔から、多数の作品が書き継がれてきました。
 とりわけ英国では、海洋冒険小説の伝統もあり、数多くの傑作が書かれています。その中から、まずはジョン・ウィンダム『海竜めざめる』をご紹介しましょう。
 ジョン・ウィンダムは、戦前から1969年に亡くなるまで活躍した、英国を代表するSF作家の一人で、他に『トリフィドの日』『さなぎ』『呪われた村』などの作品が有名です。1953年に書かれた『海竜めざめる』は、異星人による地球侵略を描いた破滅テーマの古典的傑作でもあるのですが、相手の姿は最後まではっきりとは見えず、次第に激しくなる海からの異変が、ひたすらゆっくりと、段階を踏みつつ静かに描かれます。頻発する謎の海難事故、海からの謎の襲撃、そして北極、南極で氷が溶け始める――。
 この作品は、小説、映画、その他でその後何度も繰り返し描かれる〈海から来る脅威〉の、ひとつの原型だともいえる、海洋SFの傑作です。なお本書は、あの星新一さんの翻訳であるというのも大きなポイントです。

 英国のSF作家といえば、アーサー・C・クラークを忘れるわけにはいきません。クラークも海洋SFを多く書いていますが、彼自身、スキューバ・ダイビングにはまったせいで、スリランカへ移住したというくらい、海が大好きな作家なのです。
 まず紹介するのは『イルカの島』。どちらかといえば少年少女向き、ジュヴィナイルとして書かれた作品ですが、南の海のすばらしさがあふれていて、夏の潮風を感じながら読むのに最適でしょう。書かれたのは1962年、そして物語の舞台は2010年(!)。オーストラリアのグレートバリアリーフでの、少年とイルカの交流を描く作品ですが、そこにイルカと人間のコミュニケーションを図ろうとする科学者たちや、大自然の猛威がからんできます。少年の成長物語としても読めるし、人間とは違う知的生物との科学的なコンタクトを描くSFとしても読めます。だが、何よりも海の波と南の島の風、その雰囲気こそクラークが最も描きたかったことだろうし、そしてクライマックスの、ものすごいサーフィンの描写は、本当に印象に残るすばらしいシーンです。

 もう一作、クラークの海洋SFといえば『海底牧場』も有名です。こちらは1957年の作品ですが、ちっとも古びていません。2060年代、食糧難から人類を救うためにクジラを養殖するようになった、その海底牧場が舞台です。主人公は宇宙で挫折した中年男、宇宙から海底に職場を変えて再起を図ります。そんな人間ドラマもなかなか興味深いのですが、何といってもクラークはまず海の描写! そして巨大イカ! それらがいかにもなリアリティをもって迫ってきます。作者の宗教観についてよく引き合いに出される本作品ですが、そこはまあ人それぞれの感想があるでしょう。でも手塚治虫で育ったぼくは、クラーク、OK! といいたくなるのです。

 次に紹介するのは、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアです。ティプトリーとしては少しマイナーな作品ですが、ユカタン半島キンタナ・ローを舞台にした連作ファンタジー/ホラー短編集『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』です。
 これはファンタジーといってもジャンル・ファンタジーではなく、奇譚集というか、あんまり怖くない「世にも奇妙な物語」というか、ユカタン半島に住み着いた初老の小説家(これって、男性作家を装っていたころのティプトリーの自己紹介文を思い起こさせますね)が聞き書きした「少し不思議」な物語であり、つまりは「SF」なのです。実際、3編のうち2編は過去と現在の混交を扱っており、普通にSFといっても通じるでしょう。もう1編も、話としては超自然的で最もホラーっぽい小説ではあるのですが、環境問題への視点や、微妙なスタンスが、ティプトリーのSFらしい雰囲気を醸し出しているのです。いずれもカリブ海のリゾートっぽいゆったりとした雰囲気のある、軽く読めるお話です。そこにはもちろんティプトリーらしい批評的な視点がしっかりと同居しているのですが、ティプトリー自身は、そういう視点を離れて、純粋にキンタナ・ローの暮らしと楽しみを描きたかったのだろうという気もします。しかし、ティプトリーの描く海もまた、美しく幻想的で、そして恐ろしい。

 今度は海洋パニックものです。テーマ的にはよくある話なのですが、これはとてもよく出来ていて、何より迫力があり、SFとしても十分面白い。ドイツの作家、フランク・シェッツィング『深海のYrr』です。
 上中下分厚い文庫三巻の超大作エンターテインメント、何ともりっぱな娯楽大作で、しかもスカスカじゃなくてみっちりと情報が詰まっています。科学的、SF的な側面もしっかり書き込まれており、それと同時に、人間ドラマの方も良くできていて、とてもパニック小説のおまけのレベルではありません。イヌイットの血を引く主要人物の(ストーリーと直接の関係はない)帰郷の物語など、それだけで独立した小説としての読みごたえがあります。もっとも、最初の大災害が起こるのがやっと中巻のはじめ(でもこの迫力はものすごい)。面白く筆力もあるのでぐいぐいと読ませてくれるのですが、やっぱりちょっと長く感じます。半ば以降、Yrrの正体が明らかとなって、科学者たち、主要人物たちが一カ所に集まり、その対策を講じることになります。かくて人類とYrrとの正面からの対峙が描かれるのですが、本書ではソラリス的な未知の存在を科学的にきちんと描こうとする方向性、そして困難ながらYrrとのコンタクトをめざそうとする方法論などが描かれていて、SFとしても興味深い作品です。

 次は映画のノベライゼーションですが、ぼくの好きな深海での未知との遭遇もの。「ターミネーター」や「タイタニック」で有名な、ジェイムズ・キャメロン監督(この人もまた、自身で深海探査をするなど、海に取り憑かれた人であり、またSFファンとしても知られていますね)の映画を、『エンダーのゲーム』などのオースン・スコット・カードが小説化した『アビス』です。
 ほとんどキャメロンとの合作といえるぐらい、映画との結合度が強い作品ですが、それは決して映画の脚本をそのまま小説にしたというようなものではなく、あくまで作家としてのカードが映画の製作過程をその目で見ながらディテールをふくらませていった、映画との相互作用によって作られた作品です。また、本書は何よりも、非常にストレートで感動的な、読みごたえのあるSFとなっているのです。
 深海底を舞台にし、登場人物の人間関係を詳細に描き、謎と、冒険と、そして異星人――。確かによくあるお話なのですが、カードの描き方はとてもSF的で、スケールの大きなものです。また実にカードらしい、すなおで前向きなSFにもなっています。これはカードが、海底の閉ざされた空間でのドラマを描きながらも、種としての人類といった視点を常に失わないからなのでしょう。

 最後に、はじめに述べたレギュレーションからちょっと逸脱し、この地球の海の話ではない(たぶん)のですが、これまた海洋SFとしても傑作といえる、クリストファー・プリースト『夢幻諸島から』を紹介しましょう。もっとも海洋SFというより「島」SFという方が正確かも知れませんが。
 これはプリーストがずっと書き続けてきた、そしてライフワークともいえる〈ドリーム・アーキペラゴ(夢幻諸島)〉の物語です。長いもの、短いものを含め、35編が収録された連作短篇集で、エピソードや登場人 物に関連があり、全体に〈夢幻諸島〉観光のガイドブックとなるような体裁がとられています。ただし、すなおな物語ではありません。プリーストの作品ではいつものことですが、序文から最後まで、複雑で、相互に矛 盾もある、様々な関連性のネットワークがあって、とても一筋縄ではおさまりません。でももともと、時間勾配とやらによって、ちゃんとした地図も作れない(でも船や飛行機は島々を結んでいて、インターネットのような現代的テクノロジーもある)世界なのだから、それでかまわないという気もするのですが。
 決して難解な話ではありません。それぞれの短篇自体は日常的なリアリティがあって読みやすい話です。でもこの世界全体のSF的な整合性を求めようとすると、戸惑ってしまうことになります。これがどこかの植民惑星だとするとつじつまが合わなくなるので、地理的には全然違いますが、もう一つの異世界の地球と考えた方がいいのでしょう。いや、もう一つどころではなく、時間勾配があるために、微妙に異なる幾千もの地球が同時に重なって並立しているのかも知れませんが。

(17年8月)


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