大野万紀「シミルボン」掲載記事 「このテーマの作品を読もう!」

第10回 可愛くてもふもふ、でもそれだけじゃない――動物SF


キュートで可愛くてもふもふな動物たち、でもSFで扱われるとただ可愛い可愛いじゃ済みません。えっと思ったり、怖かったり、悲しかったり。だけど作品の底に、かれらへの愛があれば、みんな愛おしくなるというものです。

 まずはひたすらもふもふで可愛い、でもつき合うのはとても面倒くさそうな、テディベアみたいな異星人のお話。ホーカたちの物語を紹介しましょう。
 ポール・アンダースンゴードン・ディクスンが合作した〈ホーカ〉シリーズは、短篇集2冊『地球人のお荷物』『くたばれスネイクス!』と、長編1冊『がんばれチャーリー』が出ています。ホーカというのは、コロコロとした体型の、熊に似た異星人(というかテディベアそっくり)で、力が強く、酒にも強く、遊び好きで、心優しいというとても”善い”異星人なのですが、一つだけ問題があって、それは空想力がとても豊かなこと。地球の本を読んだり映画を見たりすると、その内容に同化して、そのまんまの舞台を作り上げ、とことん再現しようとするのです。そう、コスプレであり、二次創作ですね。地球人の主人公アレグザンダー・ジョーンズは、それに巻き込まれて、毎回大変な目に合います。その舞台というのが、西部劇の世界、オペラ「ドン・ジョヴァンニ」の世界、スペースオペラ、シャーロック・ホームズ、カリブの海賊、外人部隊、プロ野球、国際スパイ、ジャングル・ブック、そしてナポレオン――。
 そこに別の異星人の陰謀などもからんで大変なことになるのですが、ホーカたちは遊ぶのに夢中で、まあ適当にこなしていきます。大変な目にあるのはジョーンズくんだけ。毎回それがきれいにハッピーにおさまるのは、気持ちいいですね。そんなとても楽しい、愉快なSFコメディです。

 ホーカといえば、日本のSFマンガでも同じテーマの楽しい作品があります。竹本泉さんの『ねこめ~わく』のシリーズです。ホーカが熊なら、こちらは猫ですが。
 女子高生の村上百合子は、唐突に猫が進化した惑星へと召喚されます。この世界の猫たちは二本足で歩き、人間の言葉を話し、人間の物語に感化されてはそれを再現しようとする――。こちらも本当に可愛い、そしてSF的にちょっとひねったお話が展開されます。ホーカが気に入ったらぜひこちらも――というか、どっちかといえばこっちの方が有名ですよね。『ねこめ~わく』が好きな人はぜひ〈ホーカ〉シリーズも読んでみてください。

 猫SFは大変人気があって、たくさんの傑作が書かれています。そのあまたある猫SFの傑作の中でも、とりわけ人気が高いのが、フリッツ・ライバーの「跳躍者の時空」にはじまるスーパー猫、ガミッチのシリーズでしょう。幸いなことに、短編集『跳躍者の時空』にその五篇、「跳躍者の時空」「猫の創造性」「猫たちの揺りかご」「キャット・ホテル」「三倍ぶち猫」がすべて収められています。
 まだお読みでない方は、「跳躍者の時空」だけでも読んでみてください。高度な知性をもつスーパー子猫、ガミッチのキュートで可愛くて、そしてかっこいいこと。まわりの人間たちも、古き良きアメリカホームドラマの雰囲気でホンワカします。その中に、一瞬まぎれこむ邪悪の影。
 「猫たちの揺りかご」の、真夜中の広場に集まって行われる猫集会の真実もワクワクするし(この作品は、ライバーの長編『放浪惑星』を読んでいればさらに楽しめます)、「三倍ぶち猫」はごく短い掌編ですが、シリーズのフィナーレを飾り、ちょっと幸せな気分になれる、すてきな雰囲気の作品です。

 そんな猫SFばかりを集めたアンソロジーが出ています。というか、それこそが今回シミルボンにこの文章を書こうと思ったそもそものきっかけなのですが。それがついこの前出たばかりの、中村融編『猫SF傑作選  猫は宇宙で丸くなる』です。何しろタイトルがすばらしいですね。
 ここにはライバーのこれまた傑作として名高い「影の船」をはじめ、ジェイムズ・H・シュミッツ「チックタックとわたし」ロバート・F・ヤング「ピネロピへの贈りもの」といった有名作品のほか、本邦初訳作品も4作、全10作が収録されています。帯の惹句によると、ここに登場する猫たちは、「マシュマロを焼く天才猫、生き返ってから年を取らなくなった猫、マスコットとして宇宙船に乗った猫、銀河文明を変えた猫、テレパスになった猫」と、すごい猫たちばかり。
 初訳作品のうち、ジョディ・リン・ナイ「宇宙に猫パンチ」なんて、もうタイトルだけで嬉しくなる感じです。原題はもうひとつなので、このタイトルは訳者がつけたのかな。すばらしい。いや、内容もタイトル通りの痛快な話なのですが。

 さて、「跳躍者の時空」と並び猫SFの傑作として定評があるのが、コードウェイナー・スミス「鼠と竜のゲーム」です。
 コードウェイナー・スミスの〈人類補完機構〉シリーズでは、猫に限らず、犬や牛や亀やその他の動物たちが、改造され知性をもった〈下級民〉として人間たちと暮らし、時には人間以上の活躍を示すのですが、「鼠と竜のゲーム」(短篇集『スキャナーに生きがいはない』に収録)は、その比較的初期の時代の話で、まだ完全に人間化していない猫たちが人間のパートナーとなり、共に宇宙空間の危険な存在〈竜〉と戦います。猫たちにはその〈竜〉が鼠にしか見えないのです。とにかく猫たちの描き方が愛情たっぷりで魅力的。よくやったと抱きしめたくなります。なおこのモチーフは、その後、多くの猫好きな作家の様々な作品へと引き継がれていきます。
 そのほかのスミスの作品も、猫好き動物好きにはたまらないものがあります。もっとも、有名な猫娘のク・メル
や犬娘のド・ジョーンなど(『アルファ・ラルファ大通り』に収録)の、とっても魅力的な〈下級民〉たちは、すっかり人間化しているので、もふもふとはいえないのですが。
 そういった中で、『三惑星の探求』に収録された「太陽なき海に沈む」には、その背中に人間が乗ることのできる巨大な猫が登場します。この子は人間化しておらず、もふもふで、はじめはおっかなびっくりだった主人公も、すぐに慣れていつもいっしょに出かけるようになるのです。

 猫SFが続いたので、今度は犬SFを。
 犬SFといってまず紹介しなくてはいけないのは、クリフォード・シマック『都市』です。
 これは遠い未来の物語です。人類は滅び、進化した犬たちが地球を引き継いで、そのはるかな年代記を子犬 たちに語るのです。子犬たちは炉端に黙々と坐って、話に耳をかたむけ、話が終わるといろいろな質問をします。たとえば、「人間ってなあに?」とか、「都市ってなあに?」とか、「戦争ってなあに?」とか。
 この小説は8つの短篇からなる連作短篇集ですが、語られているのは主に今や伝説と化した人間たち(とロボット)の物語であり、犬たちの物語はそれらをつなぐ覚え書きとして描かれていきます。そこで、人間とは違う形に発達した犬たちの文明がどのようなものなのかわかるのですが、それはとても平和で牧歌的な――いかにもシマックらしい――ものです。でも、そこにも悲劇は忍び寄ってきます。
 今読むとやや古めかしく感じるかも知れませんが、シマックの愛犬に捧げられたこの小説には、彼の犬への愛情があふれているように思えます。

 犬SFは猫SFに比べ、哀しい話が多いような気がするのですが、どうでしょうか。人間がいなくても自立している猫と、より人間との関係が緊密な犬との違いでしょうか。
 犬SFとして大変な人気のあるハーラン・エリスンの短篇「少年と犬」『世界の中心で愛を叫んだけもの』に収録)は、第三次次世界大戦後の荒廃した世界で、テレパシー能力のある愛犬と共に、殺伐とした暴力 に満ちた生活を送る少年の物語。そこは残酷で悲惨な弱肉強食の世界だけれど、好き勝手に生きる自由はあります。そこへ、地下で何とか文明を維持し、生き残ってきた富裕者たちの管理社会から、好奇心旺盛な少女が一人、地上へとやってきて、少年と出会うのです。ボーイ・ミーツ・ガール。二人は共に暮らそうとするのですが、文化の違いはいかんともしがたく、二人の思う「愛」の意味も異なっていて、やがて悲劇が――。
 最後のひと言「少年は犬を愛するものさ」があまりにも強烈で、心に響きます。
 なお特筆すべきは、この犬のすごさ。少年よりずっと賢く、もともと軍用に改造されていた犬なのでとても強い。ユーモアも解し、もふもふでとっても可愛いんですよ。

 「少年と犬」をちょうど逆転させたような話が、パオロ・バチガルピの短篇「砂と灰の人々」『第六ポンプ』に収録)です。
 これもまた荒廃した未来世界の話で、人間は身体改造し、砂や灰でも生きられるような体になっています。そのかわり地球環境は壊滅的に汚染され、自然の動物はほぼ絶滅。そんな世界の採掘現場で警戒任務にあたっていた三人が、一頭の死にかけた犬を発見する――そして、三人はこの犬を飼うことにするのですが、何しろ自然の生き物ですから、汚染されていないエサや水も必要だし、糞の始末もしないといけない、病気の手当も必要と、いろいろと手がかかります。でも、改造もされていないのに、この犬は彼らといっしょうけんめい親しくしようとするのですね(何しろ犬ですから)。このけなげで可愛いこと。
 でも結末は(「少年と犬」の裏返しで)とても残酷です。残酷だけど、最後のひと言に、哀しい余韻が残るのです。

 動物SFといいながら、ほとんど猫と犬だけ(熊もいるけど)になってしまいました。もちろんもっと違う動物も、また地球の動物によく似た異星生物も、SFでは数多く描かれています。
 人間と動物――それも感情や意思の通じる(ように思える)動物との関係は、人間とはまったく異質な異星人や知的存在との関わりを考える上で、ひとつの補助線となるのかも知れません。

(17年9月)


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