大野万紀「シミルボン」掲載記事 「このテーマの作品を読もう!」

第8回 夏だ!海だ!――海洋SFだ!【国内編】


 というわけで、今回紹介するのは海を舞台にした、海洋SFです。
 宇宙はフロンティア。でも海だって、長い間人類のフロンティアでした。そして今もそうです。だから海を舞台にしたSFはたくさんあります。地球だけでなく、異星の海を舞台にしたものも。どことも知れない海の惑星や、かつてあった、そしてまたあるだろう火星の海。ロマンがありますね。でもここでは、とりあえず地球の海に限定しましょう。地球の海にも多くの謎があり、そこで生きる人々の物語があります。
 今回は国内編です。

 まず紹介したいのが、藤崎慎吾さんの作品。
 藤崎さんはメリーランド大学海洋・河口部環境科学専攻修士課程修了で、深海探査にも参加したこともあるという、海の専門家です。そのためか、海洋SFを数多く書かれています。2005年の『ハイドゥナン』は、地球の海からはるか木星の衛星エウロパの海までつながる、壮大なスケールの「海」の物語です。
 本書では、南西諸島が地殻変動による沈没の危機にさらされ、いくつかの島が沈没。そんなローカルな危機が、やがてずっと大きな、全地球的、宇宙的な物語につながっていきます。とりわけ、著者の本領発揮といえる、海底探査の描写などのディテールのすばらしさは、さすがというしかありません。実際、本書の海底の描写は、技術の硬質さと機器を操作する人間の熱さ、宇宙と同様に力学が支配する別世界の迫真性とあいまって、ハードSF的な世界を見事に描き出しているのです。とはいえ、本書のメインテーマでもある、地球環境と生命の関連、ある種オカルト的なものと現代科学の関連という側面に関しては、特に主題となっている神や祈りと世界にあまねく広がる情報の雲という概念との関係は、著者の『蛍女』の続編としても読めるテーマなのですが、はっきりとしたハードSF的な明確さでは描かれておらず、読者の想像力へと委ねられています。ここはむしろ、とても美しく壮大なSF的イメージとして捉えるのがよいのでしょう。

 その藤崎さんが、エンターテインメント作品として力を入れているのが、〈深海大戦〉の三部作です。『深海大戦』『深海大戦 漸深層編』と出て、さきごろ『深海大戦 超深海編』で完結しました。
 これは文句なしに面白い。近未来の日本近海で、メタンハイドレート採取基地の警備を行っていた海洋漂泊民〈シー・ノマッド〉出身の主人公が、謎の大事故に遭遇。その後彼は、シー・ノマッド集団の「オボツカグラ」に属することになり、そこでバトル・イクチオイドのパイロットとなって、海洋テロリスト集団との戦いに巻き込まれることとなる――。このバトル・イクチオイドというのが、搭乗型の人型ロボットといえるのですが、むしろ海洋生物を思わせる造形で、動きもそんな感じ、あんまりロボットという感じじゃありません。それはともかく、近未来の海洋漂泊民の集団とか、海底開発とか、そんなディテールがしっかりと書き込まれていて、それがすごく面白いのです。海底での戦いも迫力があって、読み応えがあります。そして、妖精と呼ばれる謎の存在――。このあたりは、著者の他の作品ともつながるテーマだといえるでしょう。

 次に紹介するのは、国内における海洋SFの最高峰のひとつ、上田早夕里さんの『華竜の宮』とその続編『深紅の碑文』です。上田さんも「海」をテーマにすることの多い作家ですが、この〈オーシャン・クロニクル〉 のシリーズは、長編2編の他、いくつかの関連する短篇で構成され、壮大な未来史を形づくっています。
 『華竜の宮』では、巨大な地殻変動によって海底が隆起し、多くの陸地が水没して、地上民と海上民が分かれて暮らすようになった25世紀の世界――まずその成り立ちが、ハードSF的に詳しく描かれます。ほんの数百年先の未来であって、何万年も先の遠未来ではないのです。現代から継続した文明を維持している地上民 と、遺伝子操作により海に適応し、魚舟と生活するようになった海上民との間で高まる軋轢。主人公である日 本政府の外交官(地上民だが、海上都市に勤務し、海上民とも交流が深い)青澄は、アジア海域での地上民の政府と海上民の対立を解消しようと、ツキソメという海上民の女オサ(見た目は若いが、大変な年齢の謎の女 性)と会談を行います。互いにその理想とひたむきさに好意をもつものの、形が整うより先に、両者の対立は武力での迫害・虐殺という局面を迎えてしまいます。本書は実はSFである以上に、この理想を追う外交官の、現実といかに対峙し、乗り越えていこうとするかという、政治と情熱の物語として読めます。さらに、この世界にはより巨大な災害、ほとんど人類滅亡に近い大災害が近づいており、後半はツキソメの謎と大災害後の世界の覇権を巡っての、冒険活劇の様相を見せるのです。

 続く『深紅の碑文』では、その〈大異変〉に関わる、最後の40年間が描かれます。まずは、単なる海上強盗団であることを越え、陸上民に対する海上民の過激な戦闘組織となった〈ラブカ〉のリーダー、ザフィールの物語。彼はもともと人々の命を救う心優しい医者だったのに、どうして冷酷に陸上民の船を襲撃し、民間人までも皆殺しにする残忍な殺戮者となったのか。その暗い過去と共に、ある意味ロマンティックな、海の冒険者としての物語が語られます。そして彼と対峙するのは、海上民と陸上民の融和を目指した海上都市群マルガリータを建設した後、人道支援とビジネスを合体させた救援団体パンディオンの理事長を務める真澄です。彼は〈大異変〉後の人類の生き残りのために、時には国家権力や闇の勢力とも手を結び、アシスタント知性体のマキと共に、厳しい信念をもって来るべき破滅に立ち向かおうとします。もう一つ本書では、ザフィールや青澄らのリアルな対立軸とは別に、人類が築いた文明の存続に向けた、宇宙への夢が語られます。それが〈大異変〉の到来時に働き盛りを迎える、若い世代の物語であり、そこには科学技術の未来を肯定し、日々の現実を越え、遙かな高い空を見上げようとする視点があるのです。それこそが、目の前の現実を見据えながらも、遙か遠い先を、宇宙の彼方を目指そうとする眼差しなのです。

 林譲治さんの『進化の設計者』も、読み応えのある近未来海洋SFです。
 コンピュータ-・シミュレーションと大きく食い違う異常気象の発生、阪神北市で起こった謎のホームレス大量死事件、猫屋敷、スマトラ沖で進められている日本主導の巨大人工島、海底での原人化石発掘と研究者の謎の事故、それらの背後に、人類は神によってデザインされたというID仮説を元に優生学的思想を持つ世界的な政治組織ユーレカの影が。しかし共通点はあるものの、直接は関係なさそうなこれらの事件が次第に結びつき、恐るべき陰謀が明らかに――。
 そういうポリティカルサスペンスな要素、ミステリ的要素も大きいのですが、本書の最大のテーマは、タイトルである『進化の設計者』ということでしょう。もちろん著者はID仮説などには興味がなく、進化の設計者などいない、というのが答えであり、さらに「進化」というよりも「適応」にこそ重点が置かれています。ここで重要になるのが、ユビキタスなコンピューター社会と、その中での情報処理に適応した者たち、それは一般人からは障害者として扱われる人間だったり、猫だったり――。
 というわけで、本書は海洋SFであると同時に(もしかしたらそれ以上に)〈猫SF〉の傑作でもあるのです。

 今では日本SFの中心的な作家の一人となった小川一水さんも、海洋SFを多く書いています。ここで紹介する『群青神殿』は、2002年という初期の作品(2011年に再刊)ですが、これまたとても面白い海洋冒険SFです。
 本書は海底資源探索艇のクルーである主人公たちが、突然現れて海の安全を脅かしはじめた謎の存在と立ち向かうという話ですが、謎といっても科学的な謎であり、超自然的なものでも、秘密組織の陰謀でもありません。あっと驚くというより、なるほどそういうものかと思うたぐいの謎なのです。それをディテール豊かに描いているわけで、いかにも王道のSFだといえます。クライマックスは大スペクタクルな怪獣映画のノリだし、深海に秘められた世界の描写は神秘的で美しく、強烈ではないけれど、胸に響くセンス・オブ・ワンダーがあります。ヒロインと脇役のおじさんたちの描き方が、やっぱりちょっとラノベっぽい気はしますが、大人 が読んでも充分に楽しめるりっぱなSFです。

 すばらしい海洋SFはまだまだあるのですが、最後にまだ若い作家による作品をひとつ。
 1987年生まれの民俗学研究者柴田勝家さんが、2014年の第2回ハヤカワSFコンテストに投稿して大賞を受賞した、デビュー長編『ニルヤの島』がそれです。
 本書の舞台は未来のミクロネシア。生体受像の技術により、人生のすべてを記録し、編集し、体験できるようになった時代。このため死後の世界という概念もなくなり(肉体的に不死になったわけではなく、自分の主観的物語の中でいつでも過去と再会し、そこで生きることができるという意味でしょう)、大宗教は大きな打撃を受けたという設定です。ところが、島々が巨大な「大環橋」で結ばれ、DNAコンピュータが浸透しているこの未来国家、ミクロネシア経済連合体に、死後の世界、海の彼方のニルヤの島があるとする宗教が復活したのです。文化人類学者のイリアス・ノヴァクは、その意味を探ろうと島々を訪れます。
 本書は、DNAの塩基(ATGC)を頭文字とする4つのパートから構成され、各パートは断続的に入り乱れて時系列も一様ではないので、ちょっと読みにくいのですが、島に育った人々、変化する生活環境や過去の習俗、新たな宗教に取り込まれていく両親と娘の物語には、確かに海洋SFとしての魅力があります。

(17年8月)


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