大野万紀
11月のSFファン交流会は11月22日(土)、『今年の推し海外SF短編はどれだ?』と題してzoomにて開催されました。
出演は、冬木糸一さん(レビュアー)、香月祥宏さん(レビュアー)、鯨井久志さん(翻訳者、精神科医)です。
写真はZoomの画面ですが、左上から反時計回りに、冬木さん、鯨井さん、みいめさん(SFファン交流会)、香月さんです。
「世に海外SF短編は数々ありますが、そろそろ今年の作品を振り返る季節、そしてSFファンにとっては「星雲賞」の準備を始める時期でもあります。そこで11月例会では、今年発表された作品に絞り、印象に残った作品やオススメ作品についてゲストとともに楽しみたいと思います」という企画。
確かに短編は短編集やアンソロジーでまとめて読む以外、新しい作品がなかなか読めず印象に残らない気がします。とりわけ歳を取るとSF雑誌を買ってもコラムや特集記事をざっと読むだけで、小説の方は本になってからでいいやとスルーしてしまいがち。そうやって読み漏らした傑作短編がたくさんあることでしょう。
例えば「紙魚の手帖 GENESIS」8月号に載ったレイチェル・ジョーンズ「惑星タルタロスの五つの情景」など、たった2ページの掌編だからと読んで見たら、とんでもない大傑作でした。
以下の記録は必ずしも発言通りではありません。チャットも含め当日のメモを元に簡略化して記載しているので間違いがあるかも知れません。問題があればご連絡ください。速やかに修正いたします。
みいめ:SFファン交流会でも星雲賞候補をあげるのですが、短編は選ぶのがなかなか難しい。
冬木:今年度の短編は200作くらいある。それでもまだ同人誌に載った作品など漏れているものが結構あると個人的には思う。海外短編に関しては、今年は河出書房が元気だった。パク・ソルメ『影犬は時間の約束を破らない』やトリスタン・ガルシア『7』など、翻訳SFの短編集がたくさん出た。でも値段が高い。創元からは中編を一冊の本として出す試みもあった(レイ・ネイラー『絶滅の牙』)。
鯨井:新作で文庫で出たものがあまりなかった。河出からたくさん出たのはSFとしてよりも韓国文芸とか著者とかそんな別方向からのものが重なったのでは。
香月:ど真ん中のSFではないがSFファンに引っかかるものが出た。創元はアンソロジーが色々出たが時期が合わなかった。
みいめ:以下リストをもとに話していただきます。
冬木:『影犬は時間の約束を破らない』は韓国SF。冬眠状態の人が描かれるSF・ファンタジー系短編集。
香月:冬眠する人にガイドが必要とか韓国の日常に寄り添った優しい短編集です。
冬木:『宇宙墓碑 現代中国SFアンソロジー』は早川から出た文庫の中国SFアンソロジー。レベルの高い短編が集まっている。
鯨井:もともと中国語から翻訳されて英語で出たアンソロジー。ところが日本版は中国語から直接訳されていて偉いなあと思った。
みいめ:英語版とは違いがあるのかも。
鯨井:ケン・リュウのアンソロジーなどは英語から訳しているが、こちらは原語から訳すというポリシーがあった。その中で選んだのは、「大衝運」馬伯庸(マー・ボーヨン)。スラプスティックSFで面白かった。初期の筒井さんの雰囲気があった。
香月:私もこれはすごく好きだった。
冬木:「彼岸花」阿缺(アーチュエ)を選んだ。コメディタッチのゾンビもの。語り手がゾンビで、記憶や認識は人間のものだが肉体はゾンビ。ゾンビ映画の話をしている。とても笑えた。今年読んだベスト短編に選んでもいい。
冬木:チャットで、SFマガジンの2025年2月号がリストから漏れているとあったが、これは発行が2024年となっていたためです。
香月:スタニスワフ・レム『電脳の歌』は昔の『宇宙創生期ロボットの旅』の新訳でその部分(「トルルルとクラパウツィウスの七つの旅」)が特に面白かった。何でも作れるトルルルとクラパウツィウスの旅。7つの旅といいながらおまけもある。今読み返して思ったのは後半で二人に莫大な電気代の請求書が届いたので、小惑星に持って行くところ。これも生成AIを予言しているような。
鯨井:「ツィフラーニョの教育」の言葉遊びの翻訳はすごい。
香月:トルルルの子供の話かと思ったら途中から隕石が落ちて別の話になる。
冬木:キム・チョヨプ『惑星語書店』は韓国の注目の作家の掌編集。短いが切れ味の鋭い作品が多い。「#cyborg_positive」はSNSのハッシュタグだが、ずっとポジティブな発信をしていたのがサイボーグについてはポジティブな発信を断る。その理由が義手にしろサイボーグはポジティブなだけじゃなく苦しみもあるということ。SFと技術の関わりを正面から描いている。
みいめ:昔のサイボーグと違って今はそれがリアルになった。普通にSFとして面白いが、ちゃんと読むとSF読みが軽くスルーしているところを掘り下げている。
香月:『派遣者たち』の原型になった短編も面白かった。「沼地の少年」は人間ではない視点から描かれている。
鯨井:『派遣者たち』は面白かった。
冬木:エド・ブライアント『シナバー 辰砂都市』は76年に出たが全体が訳されたのは初めて。連作短編集。幻想的で未来的。バラードとC・スミスが好きなので1つ選ぶとすると「何年ものちに」。人間が死なない世界であえて死を選ぶホラーテイストな作品。老いというものへの葛藤が描かれている。
鯨井:ラヴァンヤ・ラクシュミナラヤン『頂点都市』は一応連作短編集だがほとんど長編。インド発のディストピア小説。批評性が高い。
冬木:『シナバー』と同時期に出た本で未来風な都市のイメージが重なっている。
鯨井:サラ・ピンスカー『いつかどこかにあった場所』。竹書房がSFを出していたのが止まっていたがこれで復活した。作者は「奇想と現実の狭間を歩く」と帯にあるように変なことを書く人。「二つの真実と一つの嘘」はSFというよりほとんどホラーだが、語り手の女性が虚言癖があってアイデンティティが不確かになる。
冬木:技巧的というかチャレンジングな作品が多い印象。「宮廷魔術師」は短編らしい美しい短編。問題を解決すると大切なものが失われる魔術師。最後に失われたものは何だったのか。SF要素はないファンタジーだが良かった。
鯨井:これは翻訳もすばらしい。「オークの心臓集まるところ」は「紙魚の手帖」でも横書きになっていたが、そのまま横書きでSNSの都市伝説を描いたチャレンジングな作品。ただ原語で読んだときもよくわからなかった。
冬木:これは前作の宇宙船で過去のデータが失われて口伝で伝わるという話(『いずれすべては海の中に』の「風はさまよう」)とつながっていると思った。
鯨井:薄れ行く伝承と記憶の違いとか、作者にあるテーマなんでしょうね。
香月:「ケアリング・シーズンズからの脱走」は一番SFっぽい。完全介護されている80代の女性。小さな数字の違いにより退去できなくなる。
香月:『どこかで叫びが ニュー・ブラック・ホラー作品集』はホラー・アンソロジー。黒人作家ホラーの作品集で、5千円超えでぶ厚く大きい。N・K・ジェミシンの「不躾なまなざし」は警察官の主人公は車のヘッドライトが目に見えると、その車に高確率で麻薬が積まれているという力がある。見た目での偏見と眼差しの問題。昔海外SFで上がっていた作家の作品も入っている。
鯨井:英米文学の流れで訳されている。フィルムアート社偉い。
冬木:トリスタン・ガルシア『7(ナナ)』。フランスの哲学者による、本格的なSF短編集。SFとしてレベルが高く、面白い。最後の中編で全ての短編に別の意味が加わって長編として読める。
香月:これも5千円超えでぶ厚くて2段組。
冬木:「エリセエンヌ」は薬により過去の自分に内面だけが戻る。人間の内面をえぐり出す話。「半球」はその中に入るとどんどん分断が加速していく。風刺的で面白い。
香月:SFとしてはその二つが面白かった。「木管」は大昔の音楽記録媒体であってそれが色んなミュージシャンの音楽の元になったという奇想小説。
冬木:オラフ・ステープルドン『火炎人類』。認識を描いた話が多い。「樹になった男」はブナの木に一体化した男というそれだけの話だが、世界まるごとの認識を描くというステープルドンらしさがある。
香月:『宇宙大将軍侯景SFアンソロジー 梁は燃えているか』。日本人作家はぶっ飛んでいるが中国作家は大人しめ。
冬木:エトガル・ケレット『オートコレクト』。短いけれど印象に残る作品が多い。色々な面白い作品があって、レベルの高いSF的な作品が多い。
香月:自撮り棒がない世界。どれも短い。2ページとか。
香月:ジェニファー・イーガン『キャンディハウス』も連作短編だがほとんど長編。個人の記憶を取り出してみんながアクセスできる世界の話だが、そこに中心があるわけではなく、そんな世界での家族小説だったりする話。
鯨井:「韻律構造」が面白かった。
香月:ジャミル・ジャン・コチャイ『きみはメタルギアソリッドⅤ:ファントムペインをプレイする』はタイトルがキャッチー。表題作は短い。アフガニスタンの少年がこのゲームを手に入れて遊ぶのだが、このゲームはアフガニスタンが舞台。少年はゲームの中に自分の父や叔父が生きているのではと思い始める。「サルになったダリーの話」は人がサルになってしまったが今のテクノロジーの世界で普通に生きる話。
香月:カミラ・グルドーヴァ『人形のアルファベット』はイギリス作家の短編集で奇妙な味系。「ワクシー」は男が哲学の試験を受け、女はそれを助けて働くという世界だとわかる。ワクシーという蝋のような子供を女が産む。「蜘蛛の手記」は蜘蛛男が街の中で普通に暮らしているがパートナーがいない。男はショーウィンドーで見たフローレンスというミシンに惚れて買って帰る。
鯨井:これは面白い。
香月:ユキミ・オガワ『お化け屋敷へ、ようこそ』の作者は日本人だが英語で書いている作家。なので海外部門。「町外れ」は結婚相談所に男の種が必要という女が来る。そんな依頼を解決していたら、実は――。話者のわたしは怪異を普通に人間の話として扱っている。「NINI」は宇宙ステーションでAIのNINIが高齢者を世話している。一番SFっぽい話。
ということで、なかなか読めない今年の海外SF短編の話がたっぷり聞けて、大変意義深い企画でした。2次会ではぼくも顔出しして『シナバー』の話をしたり、『電脳の歌』の訳者の芝田文乃さんがレムの話をされたりで、こちらもとても面白かった。出演者のみなさま、ありがとうございました。
12月のSFファン交流会は、11月22日(土)14時から、藤田一美さん(「えほんやなずな」店主)、藤田雅矢さん(作家、植物育種家)をゲストに、タイトルは「SFファン必見!「オトナの絵本の時間」」とのことです。今回はつくば市の「えほんやなずな」さんでのリアル開催ですが、zoomによる中継もあるそうです。残念ながらぼくは不参加となりますが、夕方からはリアル納会(二次会)もあるそうで、楽しそうですね。