内 輪 第410回
大野万紀
編集後記にも書きましたが今年の京フェスは大変すばらしいイベントとなり、京大SF研の底力といったものを感じました。来年以降もこの調子で継続していただければとても嬉しいと思います。
SFマガジンのオールタイムベストに投票。10年ぶりに大幅に内容を見直して小松左京やクラークなどの大御所を思いきって切り捨てました(なかなか切り捨てられない個人的に好きなものを残して)。もちろん今でも大好きな作家であり作品であるのですが、オールタイムベストといえども新陳代謝していかなければいけないと思うのですね。
それでは、この一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。
なお、短篇集についても原則として全部の収録作について途中までのあら筋を記載しており、ネタバレには注意していますが、気になる方は作品を読み終わった後でご覧になるようお願いいたします。
今年の1月に出た本。読む速度がとても遅くなったため、ほぼ1年たってしまった。リアルな近未来が舞台の、異星人との接触を描く本格SFである。
最初に地球周辺軌道での異変が発見される。軌道の確認されているすでに機能を停止した人工衛星やスペースデブリが一斉にある高度の軌道へと移動を始めたのだ。この現象は「軌道の晴れ上がり」と称された。自然にそんなことがおこるはずはなく、人為的な可能性が高い。だがさらに調査を進めるとそれは現代の人類の技術で可能なことではなく、特殊な重力源――マイクロブラックホールのような――が現れたのではないかと思われた。しかしそれなら稼働中の人工衛星の軌道にも影響が出るはずだし、マイクロブラックホールならあるはずのホーキング輻射が観測されていない。となると異星人の仕業なのか……。
日本でこの現象はまず海上保安庁の巡視船ひぜんでのドローンの不調として現れた。さらに新たな情報がもたらされる。これまで月と地球の間を放浪していた500万キロ先にある差し渡し500mほどの小惑星が突然高度を下げて地球に接近しているというのだ。とうてい自然現象ではあり得ない。
熊谷にある航空宇宙自衛隊宇宙作戦本部で自衛隊の女性幹部として重責にある宮本未生空佐はこの情報をNIRCへも転送するかと聞くが、上司はその必要はないだろうと答える。危機感を抱いた宮本は中学高校が同期だったNIRCのAI担当理事である大沼博子へこの情報をリークする……。
NIRCとは、国立地域文化総合研究所の略であり、内閣危機管理室直属の機関である。それは各官庁への強い調査権をもってトータルな情報収集と分析を行うことのできる独立機関なのだ。このあたりには既存の政府組織というものに関する作者の苛立ちと願望が表れているように思える。
ここで突然、兵庫県の山奥の心霊スポットといわれている廃ホテルで事件が起こる。ドローン開発の技術者である竹山隆二は、高校時代の友人、廃ホテルのオーナーであり、このホテルのリノベーションを計画している相川麻里と、彼女の婚約者の矢野卓二との三人で動画を配信しようとホテルに向かっていた。だが途中でGPSがおかしくなり、スマホも圏外となる。ホテルは半ば解体されており、そこに見たこともない三角翼の航空機がとまっていた。彼らはまるでパイプを組み合わせたような人形の群れに襲われる。卓二は首を飛ばされ麻里は刺し殺される。そして隆二が気がついたとき、彼がいたのは宇宙空間だった……。そして人間ではなくなった麻里や卓二の姿が……。
NIRCでは全体会議が開かれ、動きのない政府に代わって事態の調査と対策を進めることになる。地球に近づいていた小惑星はオシリスと名付けられ、どうやら地球の衛星となってモルディブ上空高度6万7千キロに達する計算だ。それは停止した人口衛星やデブリが向かっている軌道でもある。モルディブ上空に到達したオシリスはそこで分離して下部は高度3万6千キロの静止軌道に入り、軌道エレベータを展開する可能性がある。国連はこの事態に対しIAPO(軌道上における異常現象を調査する国連特別調査班)を組織し、それに日本も参加することになる。日本の代表となるのはNIRCの大沼だ。大沼とNIRCの的矢理事長との会話がSF味があってとても面白い。異星人はオビックと命名された。
モルディブ近海にいた海上自衛隊のうみぎりが一瞬にして切断され海中に没する(まるで『三体』みたい)。オシリスに幽閉されている竹山隆二は小惑星内部に形成された形の変わるダンジョンを探査し、本物の相川麻里がそこにいることを確信する。沈没したうみぎりの調査からやはり軌道エレベータのウィスカーがモルディブ近海に展開されている可能性が高まる。
一方情報リークの責任を取らされJAXAで宇宙飛行士の訓練をしていた宮本は、宇宙船で軌道上の居住モジュールに向かっていたが、その軌道が勝手に変わり、オシリスの方へと向かい始める。オシリスの表面にはまるで昆虫の集団のような微小機械の群れが見えた。そしてそこから触手が伸び、宮本は居住モジュールごとオシリスに捕獲される。
兵庫県の山中では行方不明者の捜索が行われていたが、廃ホテルに着いた警察官らが見たのは奇怪に変容したホテルの姿だった。産業廃棄物の山がまるで何かの繭のように見える。そしてそこから金属パイプ人形たち(後にチューバーと呼ばれるようになる)が現れ、刀で作業員の首を切断する。自衛隊が出動するが、チューバーにより1個小隊が全滅する羽目となる。新たに重迫撃砲中隊が派遣され廃棄物の山に砲撃を加えると、そこから三角翼の飛行物体が浮上し、空中へ去って行った。航空自衛隊がスクランブルをかけるが飛行物体から離れたチューバーが貼り付いてコックピットごと操縦士を突き殺す。
このような事件は世界の何個所かで発生していた。オビックが人類にとって脅威であることは明らかだ。だがロボットが刀で戦う? いったい彼らは何を考えているのか。おそらくこれは人類を知るための偵察行為であり、本格的な侵略が始まったときにはいったいどうなるのだろうか?
本書では近未来が舞台のためか、いつもの作者よりさらに増して組織のあり方やその内部の詳細を描くのに力が入っている。自衛隊にしろNIRCにしろ、JAXAや海上保安庁にしろ、近未来の経済力低下や少子高齢化の進行により人材の確保が困難な中でいかに組織を回していくか、そして目標を設定し達成していくかが重要となっており、その中で様々な思いを抱えた人々が実にリアリティをもって組織化し、ネットワークをつくり、動いていくのだ。それは仕事の上だけではなく家族や人間関係、そして自分自身の生き方へも及ぶ。何とも解像度が高い。そこに進歩したAIも関わってくる。また近隣諸国や大国との安全保障をめぐる考察と日本の対応についても大変詳しく描かれている。
第1巻ではメインテーマである異星人とのコンタクトについてはいくつかの謎めいた事件が発生するだけで本筋が見えてくるのはまだこれからだろう(作者の作品ではいつものことだが)。
昨年10月に出て大変話題になった本だが、これもようやく読んだ。とても面白かった。
1千万の賞金がかかった本格的なクイズ番組の生放送で、最後の問題で勝者が決するところまでいった時、主人公の僕、三島玲央の対戦相手である本庄絆は、何と問題が1文字も読み出される前にボタンを早押しし、正答して優勝をかっさらってしまうのだ。当然視聴者からもやらせ疑惑が持ち上がる。しかし番組からはあいまいなコメントが出されるだけだった。僕は当惑しつつ、この謎を追究していく……。
やらせでなければ当てずっぽうか、魔法か、それとも何か納得できる理由があるのか。初めは疑っていた僕だが、相手のことを調べて行くうちに、相手のクイズに対する態度や接し方を見てやはりやらせなどではないように思えてくる。とはいえ最後の回答は当てずっぽうで答えられるようなものではない。ならどうしてわかったのか。
物語は僕によるこのミステリーの謎解きを、クイズプレイヤーでクイズマニアである僕のこれまでの人生の振り返りとともに語っていく。ここで本格的なクイズというゲームの、すさまじい内実が描かれていく。単に様々な知識を蓄えるだけでなく相手との駆け引きがあり、戦略があり、テレビ番組であれば出演者や司会者とのコミュニケーションやタレント的な能力も必要となる。まるで将棋のプロみたいだ。そして最終的にはなるほどと(いやそれでも若干の疑問は残るが)納得のいく結論が得られるのである。
読んでいて思ったのはクイズプレイヤーたちの生き方だ。大学のクイズ研究部があり、地方や全国でクイズの大会があり、テレビ番組がある。そんな中で仲間たちと切磋琢磨して腕を磨いていく。それはSFファンやマンガやアニメのファンが作品の細かなディテールにまで目を配り、鉄道ファンやアイドルファンがその知識と実践を誇るように、単に頭の中だけでなく彼らの人生そのものと強く結びついているのである。それはあらゆるマニア的・オタク的な生き方と同じものなのかも知れない。
ぼく自身は全然クイズマニアではなく、むしろ苦手な方なのだが、本書で描かれる細かな描写にはうんうんとうなずき、思わず微笑んでしまうようなところも多かった。そんな意味でも楽しめる一冊だった。
2023年12月に出た本。終戦後、米軍占領下の琉球・与那国島を舞台に、琉球、日本、台湾、アメリカ、中国のアウトローたち、軍人たち、過去ある男や女たちが入り乱れる迫力満点なハードボイルド作品である。
少し前に戦争が終わったとはいえあちこちに悲惨な戦争の傷跡が残り、きな臭さが色濃く漂っている与那国島。台湾では逃れてきた国民党軍による虐殺があった。そんな中で港町・久部良(くぶら)では深夜でもネオンが眩しく輝き、狭く渾沌とした街中を怪しげな男たちがうごめく。ナイトランド。密貿易の利益ですごい好景気なのだ。
主人公の武庭純(ウー・ティンスン)はすご腕と評判の台湾から来た密貿易の仲介人(ブローカー)で、すこぶる金回りがいい。この街では顔が利き、ナイトクラブを経営する謎めいた美女トキコにも一目置かれている。台湾の黒社会や与那国の警官とも繋がりがあるが、本人はどうやら悪辣な人間ではないようだ。しかしその本心はなかなか明らかにならない。彼の相棒は玉城という若者で、とんでもなく力が強い。そして武を心から慕っている。玉城の実家は「怠け者」という名の与那国馬を飼っている。名前の通りなかなか人の言うことをきかない馬だが、これが愛らしいのだ。
とこれだけでも戦後の琉球を舞台にした重い背景のあるハードボイルド・ノワールとしてとても面白そうな物語なのだが、実はこれ、改変歴史SFなのだ。こんな時代なのにサイボーグ技術やコンピューター技術が進み、電脳化や義体化が普通に行われ、すご腕のハッカーが暗躍する。帯にある通りで、細かいところにも過去のSF作品へのオマージュが溢れたサイバーパンクSFなのだ。もっともサイバースペースはほとんど出てこず、ギブスンというよりも攻殻機動隊の世界というのが近い。まあテクノロジーが数十年進んでいるくらい、スチームパンクの世界観などに較べればほとんど問題にならない小さな違いだといってもいいだろう。
主人公も見た目は普通の人間とかわらないが体のほとんどを義体化している。彼は顔見知りの新里警部から本土から気の狂った元憲兵の大尉がやってくるという情報を知らされる。その男は終戦を信じず、殺人鬼となってたくさんの人間を殺戮しているのだ。警部は武に協力を依頼するのだが……。
そんな時、武が恩になった台湾の有力者の息子、小李(シャオリー)が「含光(ポジティビティ)」なるものを探すよう彼に命令する。それは彼の過去に関わりのあるアメリカ人女性、ミス・ダウンズがその子の電脳を操作して彼に伝えたのだ。「含光」がいったい何なのかわからないまま、もう少しで「彼女」が見つかりそうだというミス・ダウンズの言葉に、苦しみの中でこの島に来た真の目的を思い起こし、その命令に従うのである……。
ここまででようやく物語のスタート地点だ。この後物語は大きく動き出す。とにかくキャラクターたちが濃ゆい。主人公の武と力自慢の玉城、本土から来た得体の知れない(やはり義体化していてとても強い)毛利巡査、それに元教師の中国人ハッカー楊さん。成り行きで行動を共にすることになった彼らとの心の奥までは信用できないがそれでも命がけで助け合い戦う姿はとても熱い。
前半では義体化し電脳に狂いが生じた憲兵大尉との激しい戦闘があり、島民の自警団と外から来た者との血みどろの抗争があり、途中に冲方丁もかくやというカードゲームの息詰まる対戦がはさまり、後半では舞台が国民党の圧制下にある台湾へと移る。ここで国民党が(大陸では共産党が)人々の電脳化計画を推進しようとしていることがわかる。電脳を支配して体制に忠実な人民を作ろうとしているのだ。武たちは反体制派の学生たちと関わり、彼らの捉えられた牢獄へと向かう。そこに「含光」のヒントがあるとわかったからだ。「含光」を電脳にインストールすることで人間をロボットのように操ることができるらしい。そしてまた想像を絶する激しい戦いが繰り広げられることになる……。
最終章でいよいよラスボス登場だ。もちろん相手はアメリカ軍とミス・ダウンズ。この戦いはそれまでで最大のものとなり、武の最後まで残された秘密も明らかとなる。そして結末はどこかもの悲しい。
ツッコミどころはあると思うが、とにかく迫力満点で面白かった。