京都SFフェスティバル2023レポート
大野万紀
今年の京都SFフェスティバルはDiscordとYoutube、zoomを併用するオンライン形式となり、11月2日(土)の夕方から本会企画が、11月3日(日)の夕方から合宿企画が開催された。参加費は無料。各企画は時間割に沿って別々のYoutube会議室で開かれ、参加者はDiscordの掲示板を確認しては、見たい企画に参加するという形である(2日目はDiscordとzoomのみ)。
以下は、記憶に頼って書いています。もし間違いや勘違い、不都合な点があれば、訂正しますので連絡してくださいね。
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1日目の企画 |
2日目の企画 |
初日の1コマ目は橋本輝幸さんと鯨井久志さんの「海外SF紹介者というお仕事」。ところがYoutubeへのリンク先が見つからず、結局Youtubeから入って京フェスのライブを検索して見つけ、無事に視聴できた。
写真は左上:鯨井さん、左下:橋本さん。
今回記録がきちんと取れなかったので、以下は発言者・発言順不同の覚書となります。
翻訳作品の価格高騰と国内での海外文学の需要がかなりアウェイな中で今後海外文学はどういった流れを迎えていくかというテーマについて。
- 本の値段を上げるというのも一つの方向である
- 日本でもサウザンブックスがやっているが、クラウドファンディングを立ち上げて予約と先払いにより出版費用を確保しているところがある。海外でもオリジナルアンソロジーを出すのでクラファンしますと言ってそのテーマが面白いとみんな食いつくものだ。
- 英語圏でも中国語圏でもウェブマガジンに無料で読めるSF小説がいくつか載っている。その草分けであるクラークスワールド誌編集長のニール・クラーク氏は無料で読める作品を増やすことで商業的というよりジャンルに参入する人を増やす、そんな種まき効果を狙っているという。
- 今注目のウェブマガジンに「トー」がある。近年はトーの作品の品質が高く、ヒューゴーやネビュラを席巻している。
- その理由は新進気鋭の編集者の他にベテランの名編集者が外部顧問にいること、原稿料が高いこと、コンテストを実施して『マーダーボット・ダイアリー』のマーサ・ウェルズのような新しい作家や、昔ファンタジーなどを書いていたがSFは書いていなかったような作家を発掘していることなどが挙げられる。
- トーは親会社の宣伝広告の役割もあるが、海外のウェブマガジンは寄付が非課税になる団体として寄付で成り立っていたり国からの助成金をもらっているところも多い。また下読みなどは大量のボランティアが支えている。
- 日本でもできることとして、SNSではなくブログとかできるだけ長文で記録を残しレビューすること。できれば紙媒体で残すこと。作品の魅力を発信し、一過性にならないムーブメントを起こすこと。
- 文学フリマなどを見ても書きたい人は多いように思える。
- 翻訳は推し活動だと思っている。この作品を読んでもらいたい、紹介したいという思い。フットワークが軽い。ケン・リュウが『三体』を翻訳した時のように一人で世界を変えられる。斜陽と言われても日本にはSFを読む人がたくさんいる。『三体』累計80万部、『火星の人』20万部、『プロジェクトヘイルメアリー』10万。面白いSFなら読まれる。
- SFやミステリといったジャンルはその小ささがかえってムーブメントを起こすことができる。
- 博打だけではなく自らムーブメントを起こせたらいいなと思う。面白いんだと人に伝えることによって流れを変えられることができる。「トー」のカテゴリに「再読」というのがあり、過去の埋もれた作品を発掘することが面白い。
- イアン・ワトスンの『スロウバード』の中に未来のSF大会の話がある。世界が破滅していても好きなことには命を賭けるのだ。
現在のSFのムーブメントやお勧めの未訳作品について。
- 今ムーブメントはあるかというと、かつてのサイバーパンクのような一般的なものはない。
- 裾野が広がっているのでこれはという流行はないが、AIもの、ソーラーパンク(異常気象・気候変動)ものには注目している。
- アフロフューチャリズムや非英米圏のSFもあるが、ただしタグ的であってムーブメントではないかも知れない。
- 未訳作品も読むにはLocusのリーディングリストなどを参考にしている。そのLocusも今厳しくて、寄付をつのっている。そんな中で今のお勧めを挙げる。
- サラ・ピンスカー「Two Truths and a Lie」。これは子ども時代に見た番組の記憶をたぐっていく女性が自分の記憶が曖昧になっていくホラーSF。
- シオドラ・ゴス「Pelagonia」。地方都市の高校生が暇を持て余して「ペラゴニア」という国の色々を想像して作っていくとそれが本当になる。ボルヘスの「トレーン、ウクバール」のオマージュになっている。
- 今読みかけている長編、ヘレン・マクドナルド&シン・ブラーシュ『Profet』。イギリスの自然の中にアメリカの50年代風の食堂が現れる。超常的な複製物(ノスタルジーを思わすものが物質化)が人を取り殺すという話。
テクニカルなことになりますが、世界中のウェブジン、SF出版社、個人サイト、SNS等のサイトをどのような方法でPC内で整理してブックマークし、リスト化し、更新状況を把握して巡回し、必要な情報を必要なときに取り出せるように管理しているのでしょうか。という質問に対し、
整理していません。数千のブックマークがランダムにあります。でもニュースレターはチェックしている。「トー」に登録しているとこのシーズンにWEBで出版された短篇や電子書籍の全部入りリンクが送られてくる。新刊リリースが紹介されるレターもあってSNSでの情報収集に幻界を感じる現在、注目している。とのことでした。
次に見たのは高島雄哉さんの「SFをSF考証する」。とはいえ食事をしていたので見たのは途中からとなった。
以下は高島さんが話された通りではなく、一部解釈の混ざったざっくりとしたメモになります。間違いがあればご指摘ください。
- 50年前と較べると「SFの浸透と拡散」が圧倒的に広がり、SFゲーム、SFアニメなどの量的・質的な拡大がものすごい。例えばSHINCONで筒井さんが「SFの浸透と拡散」を言われた75年のテレビアニメが35作品だったのに対し、2023年のテレビアニメは300作品。テレビゲームは75年にテレビテニスが初めて世に出たのに対し、今日では拡張現実ゲームが普通に遊べるようになった。
- これらの浸透と拡散に対してSFの側も積極的に対応し、連帯していく必要がある。それが1つは「SFプロトタイピング」であり、さらにゲーム、アニメに特化すれば「SF考証」となる。
- SFアニメのメカデザイナーの方々の能力は素晴らしいものがある。実際のメカとしてはSF考証としてアイデアも出すが、メカデザイナーや脚本家、美術設定の方も入ってみんなで決めていく。
- SFとしてゼロから世界を作っていくのは自分の場合はオリジナルな小説を書くことで満たされているので、SF考証では監督やプロデューサーや脚本家の作りたい世界をお手伝いする方が楽しい。だからそれをひっくり返すような方向には持って行かない。ただ作品によってはワールドビルダーのような仕事をすることもある。
- メカデザインの仕事の本は色々あるけれど、SF考証の本はあんまり聞いたことがない。もし「SF考証の現場から」みたいな本をどこかで出させていただければ嬉しいな。
- 脚本家には印税が出るがSF考証には著作権は発生しない。作業に見合いの対価のみ。でも拡張現実みたいな規模の大きなものに関わればそれなりの額が得られるかも知れない(家は建たないだろうけど)。
2日目。こちらは自主企画が中心。でもYoutubeではなくzoomでの開催となる。色々とややこしい。
1コマ目は石亀航さんと勝山海百合さんによる「東京創元社と海外SFを語る部屋」。海百合さんがzoomに入れないトラブルがあったが、音声のみだが無事に接続できた。石亀さんによるヒューゴー、ネビュラの短篇候補の(ほぼ)全紹介。(写真は石亀さん)
●ネビュラ賞 短篇部門
- "Rabbit Test", Samantha Mills
受賞作。21世紀に人工妊娠中絶が禁止された世界 女性の体が厳しく管理されている。18歳の少女が違法中絶をはかる。そんな話の間に人工妊娠中絶の歴史が語られる。ラビットテストはウサギに尿を注射して妊娠を確認するテスト。非常に怒りに満ちた話。州によって妊娠中絶が禁止された現実がある。非常に刺激的な話。
- "Destiny Delayed", Oghenechovwe Donald Ekpeki (Asimov's 5-6/22)
ナイジェリア出身の作家。今年のネビュラ、ヒューゴーは若い人が多い。世代交代が進んでいる。近未来のナイジェリアが舞台。運命銀行の職員が主人公。人の運命を担保に金を貸す。運命抽出機という昔風のアイデアストーリーに現代的な格差などの問題が描かれているが、ガジェットの説明が弱い。
- "Give Me English", Ai Jiang (F&SF 5-6/22)
8月の紙魚の手帖に翻訳済み。知っている単語を売買できるようになった世界。コーヒーを買うのにコーヒーという単語を売る。ラストがとてもいい。カナダに住んでいる中国系カナダ人が作者。
- "Dick Pig", Ian Muneshwar (Nightmare 1/22)
タイトルがど下ネタ。おばさんが亡くなってその遺産があるはず。山奥の山荘を訪れて暇なのでマッチングアプリをする。主人公はゲイ。だんだんと様子がおかしくなっていく。あるはずのない空間に部屋があり、メリーさん的なだんだん近づいてくる。現代怪談。
- "Douen", Suzan Palumbo (The Dark 3/22)
女の子が事故死してトリニダードトバコの悪霊になってしまう。切ないダークファンタジー。トリニダードトバコなまりで書かれているが慣れてくれば読みやすい。
- "D.I.Y", John Wiswell
現代の魔法が存在するカリフォルニア。主人公は魔法に憧れているが貧乏なので魔法学校に入れず、友だちと自分で魔法を開発するが、魔法学校に特許をとられてしまう。西海岸ハッカー文化をファンタジーに置き換えたような話。
●ヒューゴー賞 短編部門 (ダブっていないのはみんな中国SF)
- "The White Cliff", Lu Ban/鲁般「白色悬崖」 (Science Fiction World 5/22)
崖の上に医者が住んでいる。そこに娘が訪れる。どんでん返しがあるアイデアストーリー。あまりSF的ではない。
- "On the Razor’s Edge", Jiang Bo/江波「命懸一線」 (Science Fiction World 1/22)
2028年の宇宙が舞台。ISSに事故があり3人が取り残される。中国の宇宙ステーションに救助される話。昔のクラークが書きそうな話。
- "Resurrection", Ren Qing/任青「还魂」 (Future Fiction/Science Fiction World 12/22)
出征した息子が義体に意識を残して戻ってくる。切ないお話。わりと展開が想像できるところがあって、昔のロボットSFっぽい。最後に別れがあり、情感があるいい話。
- "Zhurong on Mars", Regina Kanyu Wang/王侃瑜(レジーナ・カンユー・ワン)「火星上的祝融」 (Frontiers 9/22)
アメリカで英語でも書いている人。S・チョウイ・ジューの翻訳。
人類がいなくなった火星でコンピューターが火星生物を探そうとする。昔の探査機と一緒に探すが、見つかった生命をどうするかというところで争う。中国の神話に関係あり。90年代の民族学SFに近く、一番現代SFっぽい。
●ネビュラ賞 中編部門
- "If You Find Yourself Speaking to God, Address God with the Informal You", John Chu (Uncanny 7-8/22)
受賞作。スーパーヒーローと男性のしっとりとした話。「筋肉の神に、敬語はいらない」のタイトルで2023/8のSFMに訳されている。作者は台湾系アメリカ人。
- "Two Hands, Wrapped in Gold", S.B. Divya (Uncanny 5-6/22)
中世ヨーロッパが舞台で主人公はモノを金に替える力がある。ヨーロッパの田舎に行って平和に暮らしていたが、悪魔との契約を逆転させたような話で読後感がよかった。(中国での)ヒューゴー賞を辞退している。『マシンフッド宣言』を書いたインド出身のアメリカ作家。
- "Murder by Pixel: Crime and Responsibility in the Digital Darkness", S.L. Huang (Clarkesworld 12/22)
フェイクドキュメンタリーっぽい。IT長者がどんどん自殺しているがその背後にシルビーというAIがいた。善悪ではなく相手に反応しているだけだが。最新のAIの情報に通じているが、GPT-4の直前だった。
- "A Dream of Electric Mothers", Wole Talabi (Africa Risen)
この人もナイジェリアの人。今はマレーシアに在住。たぶんナイジェリアと思われる国家で、これまで存在した全国民を集合人格にアップして国家運営している。基本的な構成がちょっと古い。予想範囲に着地するアイデアストーリー。
- "The Prince of Salt and the Ocean's Bargain", Natalia Theodoridou (Uncanny 9/22)
創作童話。塩と海が取引して生まれた若者が塩田開発して大もうけする。最後に物語が一気にまとまるが、おとぎ話部分がいかにも平凡。ギリシアSF傑作選にも短編が載っている人。
- "We Built This City", Marie Vibbert (Clarkesworld 6/22)
金星の都市で働いている女性が主人公だが人減らしがあってストライキする。メッセージ性は強いが金星の浮遊都市である必然性がほとんどない。
●ヒューゴー賞 中編部門
- "The Space-Time Painter", Hai Ya/海漄「時空画師」 (Galaxy’s Edge 4/22)
受賞作。英語になっていないので読んでいない。故宮博物院に幽霊が出る話。ミステリ傑作選に載ったが全然ミステリじゃないと読んだ人は言っている。ヒューゴー賞初の非英語作品受賞。
- "The Difference Between Love and Time", Catherynne M. Valente (Someone in Time)
詩のような話で時間軸をぶつ切りにして語る。一応ハッピーエンド風になるがカタルシスがなくよくわからなかった。創元やハヤカワでいいファンタジーが訳されている。幻想と怪奇にはヘンゼルとグレーテルを元にしたお話が載っていた。
掲載誌はアンキャニー、トー、などWEBジンが中心になっている。主人公のバックグラウンドが出てくる作品が増えた。アメリカではSFとファンタジーに垣根がなくみんなファンタジーを書く。ハリーポッター全盛期に生まれたのでみんなファンタジーを書くのかも。
L・D・キンドレッドという黒人作家がイグナイト賞の候補になった(落ちたけど)ので注目してください。
日本作家の海外方面での活躍は小川さん。yukimi ogawa 来年以降の賞レースにからむ。日本に住んで英語で作品を発表している。クラークワールドなどへ。それが今度短篇集ができた。
2日目の2コマ目には鳴庭真人さんと東方綾さんの「最新海外SF・ファンタジイ情報 こんな本が売れています」を見る。こっちもほとんど東方さんが話す。古生物SFやタコSFがはやっているという話が面白かった。そして「歯」SFって……。
●お勧めSFの紹介
- 『鋼鉄紅女』のシーラン・ジェイ・ジャオに注目。それ以外でもロボットSFがここ数年ざざっと出ている。秦の始皇帝が好き過ぎる。
- レイ・ネイラー。ヨーロッパ系のカナダ人だがロシア語を話す。The Mountain in the Seaはタコの知性の話。The Tusks
of Extinctionはナウマン象の話。
アシモフ誌生え抜きの作家で、雑誌で短編を書きその後長編を書くという伝統的な作家。作風は地味な感じだがそれがいい。このところタコやくにゃくにゃするものが多い気がする。
- T・キングフィッシャーとアーシュラ・ヴァーノン。『パン焼き魔法のモーナ、街を救う』など可愛い表紙だがダークファンタジー。
- エイドリアン・チャイコフスキー。竹書房で『時の子供たち』が出ているが毎年ヒューゴーネビュラ候補になっている。
- ジェイスン・サンフォード。今は亡きインターゾーン生え抜きの作家。初長編がなかなかいい遠未来SF。
- P・ジェリ・クラーク。SFM2020年6月号に訳された「ジョージ・ワシントンの義歯となった、九本の黒人の歯の知られざる来歴」は三大「歯」SFの一角になる作品と思う。
- ジョン・ウィズウェル。ダークファンタジー系だが毎年受賞したり候補になったりしている。
- エクペキ。アフリカSFのアンソロジーも編集している。
- R・F・クゥアン。中国系アメリカ人。BABELで大ヒットし、新作のYellowfaceがさらにヒット(未読)。
- ニー・ヴォ。ベトナム系アメリカ人。集英社から『塩と運命の皇后』が出ている。
- T・J・クルーン。ファンタジイの話題作が多い。ここ2、3年出たファンタジーが一般読者にも読まれている。
- トラヴィス・ボールドリーのLegends&Lattesは異世界で喫茶店をしているユーモアファンタジー。なろう系な感じ。
- エマ・トルジェ。「はじまりの歯」は歯SF。第一長編をハヤカワで翻訳予定。
- レベッカ・ヤロス。Fourth Wingはロマンスもの風なファンタジーでベストセラーになった。自分の意思に反して龍騎士の学校に入らされた主人公の話。
- ロマン+ファンタジーでROMANTASYという言葉がアメリカで流行っている。数年前まではファンタジーというとR.R.マーティンみたいな長くて重いものが多かったのだが。
他の企画は少し覗いてみたところはあるけれど、時間がなくてちゃんと見られなかった。でもdiscordで延々とチャットが続いていて、とても面白そうだった。SF大会の企画などでは1つを見ると同じ時間に開かれている別の部屋を同時に見るのは難しいけれど、オンラインなら制約はあってもそれが可能なので面白いと思う。
関係者の皆様、今年もすばらしい京フェスをありがとうございました。
※これまでの京都SFフェスティバルレポートは下記インデックスページにまとめてあります。
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