みだれめも 第256回
水鏡子
前回の話の続きとして、素材としての、テンプレとしてのSFについて軽く考えてみる。
まず、SFにおけるセンスオブワンダーとは、科学的世界観が日常的世界観を蹂躙することで発生する驚異の感覚である、とするのがぼくの基本的な考え方であった。
これは特異な考え方ではない。19世紀から20世紀前半にかけての人文社会諸科学の根本的な課題であり、理論の構成単位としてモデル化された人間と日常現実における人間との差異を認めたうえでどう擦り合わせを行うかという問題であった。
だが、20世紀後半には科学的世界観が圧倒的暴力的に現実のかっての日常的世界観を浸食していく。グローバリズムを始めとする経済的諸観念や、工程管理、コンピュータ文化による、カット&ペーストや複写、上書きといった観念があたりまえのように日常の基本を担うようになった。
科学的世界観が日常的世界観を蹂躙することの暴力性は、ぼくなど古い世代の人間にはまだ感じることもあるのだろうが、若い世代には既にそういう感覚すら持ちえない、もしくは必要のないものになっている。実際最近の社会諸科学の入門書にはその種の観念的な議論は影を潜め、より即物的応用的になってる気がする。目次を眺めるだけで読んでないけど。
さて、センスオブワンダーには二つの方向性があるというのがかねてからの持論である。一つはクラークのような壮大なヴィジョンとそこにいたるための知識の積み重ねで導き出される驚異。もう一つはアンダースンのように世界観の衝突を基本形としてモデル化された驚異。
前者については幻視者としての個人の才能に負う部分が大きく、知識、情報をどこまで集めきれるかの問題があり、ジャンルSFとしてはモデルを知悉することで才能の有無に比較的関係なく一定の成果を産み得る後者こそ重要であると考えていた。基本的には現在も考え方に変わりはない。
ただ、後者については、いつも見ている小説世界に対する安心感、親和性があり、それをセンスオブワンダーと呼んでいいのだろうかという思いが当初からあった。
そして現在、幻視者の才能は必ずしも個人の才能が先行するものではないのではないかと思うようになってきた。インターネットを通じての興味ある事象への膨大な知識、情報の集積。そこからヴィジョンが生じ幻視者が生まれるのではないか。そしてその幻視者たちは情報の質と量の結果として、クラークを質、量ともに凌駕している。
その反面、後者のモデルは科学の日常化の進展で、驚異度を失い、構図として素材として安定的なテンプレ小説モデルとして広く行き渡ることになった。
なろう系の大半はそうしたテンプレSFであり、きちんとした異世界物などすべてがアンノウン誌型ファンタジイなのである。
京都知恩寺の古本市が11月にずれこんだので今年の10月の青空古本市は四天王寺と天満宮の二つだけ。それなのに購入数は昨年を上回った。
2月号の本の雑誌に昨年10月購入本のリストを掲載したので、比べてみると、購入冊数は371冊(+17冊)。購入金額は55,891円(-14,762円)。クーポン使用16,900円(+4,600円)とまあ似たような額に収まっている。
なろう104冊。コミック37冊。エラーと買い直し48冊。
古本市に行くとわりとハヤカワSFシリーズや創元推理文庫が大量に放出されることが多いのでわりとちょこちょこ買い直している。この月も山田風太郎4冊に創元、サンリオ文庫25冊などを。
新刊は『超新星紀元』『ブレーキング・デイ 上下』『ロボット・アップライジング』『TRPGプレイヤーが異世界で⑨』『チンギス記⑰』『ベルセルク㊷』など24,407円。古書に限ると3万円で350冊である。
昨年より大きく購入額を下げたのは株主優待クーポン使用してのなろうを除くと、売値220円以下の本しか買っていないせいである。
買うことにいちばん悩んだのが講談社の豪華ビジュアル本『日本の天然記念物(全6巻)』と『世界の天然記念物(全9巻)』の箱入りセットでそれぞれセットで200円の大安売り。ただしでっかくとっても重たい。買値はとっても安いけど、それぞれに託送料が千円かかる。踏ん切りをつけて買ったものの、自然科学系の棚には立てて置けない。寝かして置くか、美術本系のところに置くか迷っている。天満宮でのここの店舗は100円で気を惹かれるものがいくつもあった。石子順『日本漫画史 上下』『新マンガ学』、梶井純『現代漫画の発掘』、福田義也『マンガ文化』、藤島宇策『アトムがいてドラえもんがいて』、半田元夫今野圀雄『キリスト教史 上中下』、『TCC広告年鑑1990年版』など。
最後の本には表紙裏に仲畑貴志、裏表紙裏に糸井重里とサインがあって、じっと見てると店のお兄さんが寄ってきて、「それ本物なのか落書きなのかわからないんでねえ」とのこと。本物っぽいのだけどねえ。サインがなくてもまあ安い。ちなみに『天然記念物』二つと『広告年鑑』あわせると、定価は75,000円になる。
その他の主なところとしては200円以上では谷川俊太郎編『祝婚歌』、アーノルド・ハウザー『芸術と文学の社会史①②③』、メルロポンティ『意味と無意味』、橋本治『浄瑠璃を読もう』、カール・ケレーニイ『神話学入門』、阿部正路『日本の幽霊たち』、高橋憲昭『聖と品と俗』、円城塔田辺青蛙『読書で離婚を考えた』、南条竹則『酒と酒場の博物誌』野坂昭如単行本6冊、中原中也全集3冊など。
100円台ではファーブル=ヴァサス『豚の文化誌』、深井晃子監修『世界服飾史』、日本民族文化体系『①風土と文化』『別巻総索引』、矢守一彦『都市図の歴史 日本編、世界編』、船越昭生『北方図の歴史』、長田順行編『秘文字』、松岡正剛『にほんとニッポン』、守誠『特許の文明史』、藤原英司『動物と自然保護』、梅原猛著作集『①闇のパトス』など。
この月に新しく最終更新まで読んだweb小説。なろう系という表現が座りがよくていいのだけれど、ここ数年の書籍化された作品を読むと、どう考えてもカクヨム発の話の方が質がいい。web小説という言い方に変更する。
◎KAME『冒険者ギルドが十二歳からしか入れなかったので、サバよみました。』(GCノベルズ)
内容紹介(「BOOK」データベースより)
田舎の村から町へと単身で稼ぎに出てきた、9歳の少年キリ。知り合いの商人に働き口を紹介してもらうはずが、連れてこられたのは奴隷店。奴隷商に売られそうなところを、どうにか逃げ延びたキリがたどり着いたのは港町にある冒険者の店「暴れケルピーの尾びれ亭」。純粋で素直なキリは荒くれ者たちが集うこの店で、一癖も二癖もある冒険者たちに見守られながら少しずつ成長していく。-これは一人の子供が、冒険者になる物語。第10回ネット小説大賞受賞!
冒険者となった主人公の日常と成長をじっくり地味に細密に書き込んでいく物語。話自体は珍しくないけれど、文章力や目配り、小説としての完成度が格段に高い。タイトルから主人公が周囲にかわいがられチートな能力を発揮したりしていくものを想像していたが、もっと地道に日々を過ごしていく。地道といっても派手な事件はいくつも起こり、きちんと解決していくのだが。
最近はこの手の地に足の着いた物語が散見するようになり、なんとなくweb小説が総体的に少しランクアップした感がある。しげ・フォン・ニーダーサイタマ『鍋で殴る異世界転生』(ドラゴンノベルス)も似たタイプの秀作。
◎土竜『キモオタモブ傭兵は、身の程を弁(わきま)える』(オーバーラップノベルス)
内容紹介(「BOOK」データベースより)
銀河大帝国ー人類が生息可能な惑星のある宙域の7割を国土としている大国でジョン・ウーゾスは、傭兵を生業としていた。「オタク」「モブ」を自認している彼は「分不相応・役者不足・身の程を弁える」をモットーにし、日々を穏やかに過ごそうとしていた。ゆえに、イベントが起こりそうなフラグはいつでも全力回避!すると、いつも「なぜか」続々と自滅していく周囲の主人公キャラたち…!どんな依頼に際してもウーゾスは、変わらずモブを貫こうとするのだがー。「簡潔に申し上げます。私に乗り換えませんか?」「私のチームにスタッフとして来てくれないか?」モブに徹してきたことで培われた、迅速かつ的確な判断力と、些細なことに動じない精神力。ある者からは畏怖を込め「土埃」と称される能鷹隠爪な彼を、虎視眈々と狙う者が現れはじめ…?実は超有能なモブ傭兵による、無自覚爽快スペースファンタジー。ここに開幕!第8回オーバーラップWEB小説大賞銀賞。
これが意外とまっとうな良質スペースオペラ。この世界の傭兵とは海賊退治や戦争協力に携わる宇宙船乗りたちである。イケメンが優遇され、モブが蔑視される異世界冒険者ギルド系の定番お約束を少し過剰にまじえながらSF設定を練り込んでいく。秀作である。
今月は74年11月から丁度50年である。74年11月というのがなんの日付かというと、ハリイ・ハリスン『殺意の惑星』の刊行された月である。この巻をもってハヤカワSFシリーズはなし崩し的に終刊したのである。
半世紀前というのは考えてみると大変な昔なのである。どれくらい昔かというと、74年からさらに50年前の1924年となると、まだガーンズバックはアメージング・ストーリーズを創刊していない時代になるほど昔なのである。年寄りの皮膚感覚からすると現在の少し前くらいの記憶であるわけだけど。
なしくずしと言ったのは早川書房としてはSFシリーズを終わらせるつもりはなかったからだ。なによりそれから半年間、SFマガジンには『殺意の惑星』を最新刊として三冊の近刊予告をしたSFシリーズの広告が載り続けたのである。終刊した最大の理由はハヤカワSF文庫の大成功である。万を越える出版部数重版に次ぐ重版を重ねたSF文庫に対して、部数3千部の重版もままならないシリーズでは印税収入の桁が違う。かてて加えて当時としては文学的素養に加え非日常であった一定の科学的素養を有するSF翻訳者の数は限定されており、勢いのあるSF文庫に比重を置かざるをえなかった。これが母体であるポケミスが存続し、SFシリーズが終焉した裏事情である。
さて、この月は京都知恩寺の古本市がずれこんだことのほか、兵庫でたぶん初となる青空古本市が西宮神社で開催された。神戸さんちか古本市の値段設定から、段ボールひと箱分(託送)の収穫が確保できるかどうかの不安があった。懸念は的中し、京都大阪に比べ全体的に割高で、内容はともかくこの値段ではねえというのが大半だった。ただ、大阪でも出店している5冊800円の小町書店がいつにも増した品揃えで、8割近くをこの店だけで拾い集めた。
森豊『シリーズシルクロード史考察他シルクロード関連7冊』、神坂吉雄『シルクロードの鹿』、西田幾多郎『西田哲学選集①』、小成隆俊編『日本欧米比較情報文化年表』、石村吉甫『神道論』、日中漫画交流会編『現代日中漫画競作集』、日蘭修好380年記念『シーボルトと日本』、網野善彦『海民と日本社会』、アーノルド・ブラックマン『ダーウィンに消された男』、小林信彦荒木経惟『新版私説東京繁昌記』、高橋源一郎『ニッポンの小説』など。
知恩寺の古本市ではほぼすべて3冊500円かそれ以下のものしか買っていない。いちばん残念だったのは以前にも触れた『シートン動物誌』。全冊揃いで並んでいたけど、持っていない巻がわからない。確実に持っていない第12巻『ウサギの足跡学』のみを買う。残り3巻。講談社『日本の文様』(全18巻)も12冊買う。こういうのも残りを拾うのがたいへんなのである。NWSFをとびとびで3冊。店で聞くと朝方にはもっとたくさんあったとのこと。
その他の主なもの。峯島正行『現代漫画の50年』、岩波講座東洋思想『②ユダヤ思想2』『⑧インド仏教1』、北川忠彦編『軍記物の系譜』、中島梓『作家の肖像』、倉橋由美子『城の中の城』、木下宗一『号外近代史①』、小田切秀雄『社会文学社会主義文学研究』、ロバート・P・マッキントッシュ『生態学 概念と理論の歴史』、長谷川恩『ネズミと日本文学』、総合人間学会編『進化論と平和の人間学的考察』、ロベルト・ハーヴェマン『ドグマなき弁証法?』など。
ふたつの古本市以外だと、野坂昭如の単行本を300円で4冊買った。野坂の本はあっという間に20冊を数えたが、なろうに忙しくてまだ1冊しか読めてない。
そんなこんなで11月は、購入冊数277冊。購入金額49,765円。クーポン使用21,500円となる。クーポン使用が増えたのは11月末有効期限のビックカメラの優待券が買いたい安い電気製品を思いつかなく、ソフマップの書籍コーナーで新刊web小説本をまとめ買いしたことによる。来月も12月期限のまんだらけ優待券がまだ14,000円残っている。
購入金額中2万円が新刊本。9月10月11月はここ数年『SFが読みたい』ベスト選びのための今年のSF一気読みで、あのアンケートがないとweb小説以外読まない生活に落ち込みそうで感謝している。今回の新刊本もその関係書を除くと弓月光『甘い生活 Ⅱー⑯』1冊だけである。
なろう123冊。コミック19冊。エラーと買い直し23冊。
新しくWEB最終更新まで読んだ本。
〇篠崎冬馬『三日月が新たくなるまで俺の土地!~マイナー武将「新田政盛」に転生したので野望MAXで生きていきます~』(アース・スターノベル)
内容紹介(出版社より)
「俺はこの田名部を豊かにしたい!」
時は戦国、所は本州最果ての地・下北半島プロ経営者の生まれ変わり、新田吉松は前世の知恵と経験をフル動員して弱小武将の新田家を盛り上げていく
しかし時代は喰うか喰われるか領地を狙うハイエナ武将どもから吉松はサバイバルできるのか!?
一代で建設会社を立ち上げ中堅企業に育て上げ、80歳で大往生を遂げた男が戦国時代に転生し、成り上がっていく。歴史知識と企業経営のノウハウを生かして「(民が)飢えない、怯えない、(寒さに)震えない」の「三無」を旗印に蝦夷、東北をそして関東を席巻していく。
他と異なるのは、2歳で領主の地位を得、当初から時代の常識を顧みず、建設業界で叩き上げた知識を隠すことなく改革披瀝していくところだろう。元は3千石の小領主だが、WEBでは現在、信玄、謙信を討ち滅ぼし、東北関東を掌握し、日本最大の大大名となり、京を征した織田信長と対峙するにいたっている。
物語的には小説というより歴史シミュレーションの趣が強く、都合よくとんとん拍子に話が進みすぎるきらいはあるが、力強くて楽しめる。
著者の他の書籍化作品『ダンジョン・バスターズ ~中年男ですが庭にダンジョンが出現したので世界を救います~』(オーバーラップノベルス)もそれなりにおもしろくWEB最終更新まで読んでいる。『セイクリッド・シュヴァリエ』(オルギスノベル)は未読。