みだれめも 第219回

水鏡子


〇近況(6月)

 まず、訂正とお詫び。
 前回紹介の『信長の弟』。「売れなかったようで2巻で終了」と書きましたが、3巻目が出ました。2巻目のきちんとした終わらせ方とあとがきのニュアンスで、終わったものと決めつけました。ごめんなさい。WEB版は完結した。歴史が大変なことになっている。最終10話は50話くらいかかりそうなところを飽きが来たみたいにパタパタ片づけて、完成度を落としている。

 贔屓作品「チートスキルは売り切れだった」が、オーバーラップ文庫から『ひとりぼっちの異世界攻略』というタイトルで刊行された。現在2巻。あのだらだら続く物語が、2巻とも、信じられないほどコンパクトにまとめられ、編集力の凄さを見せつけられた。アマゾンのカスタマー・レビューや読書メーターでは小学生よりひどいとか、文章に関して罵詈雑言の嵐である。なろうでは珍しく文体の妙味を見せつける作品なのだが。ただWEB版を完走している関係上、過去の記憶を補完しながら読んでいるので、初読の読者と印象が変わるところもあるかもしれない。この編集力を堪能するためにも続刊を切に望む。

 先月の戦国ものはほぼすべて単行本からWEB版に読み進めているが、ほかにも最近だと『スライムなダンジョンから天下をとろうと思う』、『ドラゴンさんは友達が欲しい』、『ドラゴンは寂しいと死んじゃいます』、『その無限の先へ』、『異世界転生 君との再会まで長いこと長いこと』などが新たに加わっている。アース・スター・ノベルの比率が意外と高い。

 昨年この時期猛威を振るったヤスデ禍。今年も余震は続くが一日せいぜい数匹程度。百匹規模で出現した去年を思えば微々たるもの。来年にはたぶん収まるものと期待しているのだが、土地を掘り起こしたりした環境の激変が理由とも言われており、となりの空き家の更地作業があり、若干不安が残っている。
 ちなみに西村寿行には「廃墟」というヤスデ禍でニュータウンが滅ぶ短篇がある(『妖魔』収録)。短篇としては取っ散らかりすぎているが、とんでもなく材料が放り込まれていて明らかに『滅びの笛』の系譜を継ぐ長編のシノプシスである。読みながら書かれたかもしれないすごい傑作長編が脳裏に浮かんだ。

 6月のメインイベントは株主総会巡り。お土産のもらえる株主総会に顔出し、その近辺の古本屋を回る。土産といっても1000〜2000円くらいのもので、大阪までの交通費が往復で3000円くらいかかるので、実質的には大赤字なのだけど、まあ総会をダシに古本屋をいくつも回るというのが主目的である。
 6月27日28日が一番のヤマで、大阪で日清食品の総会に出席したあと、アメリカ村のまんだらけ、心斎橋と難波二つのブックオフ、日本橋のらしんばんを回って、優待券を使ってホテルに宿泊、翌日は京都に行って宝ホールディングの総会出席、東寺、三条、四条のブックオフ、河原町のらしんばん、帰路、神戸三ノ宮のブックオフを回る。
 二日とも晴天酷暑でめちゃくちゃきつかった。総会土産も結構な重量で、水分補給に自動販売機で千円以上補給し、託送便を3箱送る。託送料で4000円飛ぶ。
 アメリカ村のまんだらけでは最後の二万円株主優待券を使用する。東京と違って大阪は2店とも消費税が外税なので1600円分割損である。ただ、100円本はないけれど、ブックオフでは見られない珍しい本がたくさんあり、基本半額なのでブックオフやその手のオタク本を揃えた古書店と比べても意外と安い。
 雑誌「オカルト時代」4冊、石森章太郎『ミュータント・サブT』『おてんばバンザイ』『少女版ミュータント・サブ』『虹の子』『びいどろの時』『サイボーグ009その世界』などを買う。ブックオフではエックス文庫の小野不由美悪霊シリーズを108円で4冊拾う。

 6月の総計は356冊。なろう本は99冊で三桁に届かず。

〇なろうの整理 ヒーロー文庫の人たち

 時間的ゆとりができたので、なろうの整理をやろうと思います。前回の戦国ものの整理もその手始めですが、さらなる俯瞰としてレーベル別のリストアップをやってみます。
 時系列的には、『レイン』で始まるアルファポリスと『魔王勇者』を皮切りにしたエンターブレインやMFブックスなどの角川系から始めるのが筋なのだが、「小説家になろう」の優位が確立される以前のWEB小説がそれなりに重要な位置を占めており、僕自身まだきちんと見渡せていないこと、さらにいずれも本の数が大量なのと、アルファポリスの場合、なろうからの移設騒動でWEB版の初動がわからない、角川系がカクヨムでのメディア主導のWEB連載の状況確認が見えていないことがある。そんな事情で、なろうの文庫書籍化の走りとなり、現在状況の巨大な導火線となったヒーロー文庫(主婦の友社)から始めることにした。勢いが続けば、モンスター文庫、オーバーラップ文庫と進めていきたい。

 調べたことを簡単にまとめておこうと思ったけれど、ネット小説史(小説家になろうを中心に) - スパイラルダイビング、さらにその文章から飛ぶことのできる「小説家になろう」というサイトと、電撃文庫『魔法科高校の劣等生』というイレギュラー - ピアノ・ファイアという記事が非常にきちんとした内容でそちらを覗いてもらえばいいかなと。

 2004年個人サイト「小説家になろう」開設、2009年大規模リニューアル、2010年「小説家になろう」法人化(株式会社ヒナプロジェクト)、2011年『魔法科高校の劣等生』書籍化の大ヒットによる知名度の上昇という経緯を経て、2012年10月にヒーロー文庫が創刊、『竜殺しの過ごす日々 1』『理想のヒモ生活 1』が刊行される。

 『竜殺しの過ごす日々』は全11冊で完結。「小説家になろう」では2010年 01月02日に掲載が開始され、2012年 11月23日で終了しており、発売時点でほぼ仕上がっている。
 一方の『理想のヒモ生活』は2011年 06月25日と発売の一年半前に始まり、まだ連載は続いている。現在10冊まで出版されている。
 ある種の安っぽさとそこからくるいかがわしさが気になり手を出しかねたアルファポリスと違い、カバーの紙質、表紙絵、装丁ともに品のいい仕上がりで、文庫としても従来のラノベ系と一線を画している。一般客が手に取りやすい雰囲気のレーベルだった。
 あとがきがシリーズ最終巻くらいしかなく、文庫広告も一切ない構成はページ数の調整という点からも編集の技術と方針をうかがわせる。
 そうした品の良さからすると『竜殺しの過ごす日々』はともかく、もう一つの作品が『理想のヒモ生活』なのは意外感があるのだが、これも戦略だったのだろう。

 以前にも触れたように、なろう系を本格的に読み始めたとき最初に手を出したのが『竜殺しの過ごす日々』だった。ライトノベルのコロコロコミックという印象で、稚拙というわけではなく、素朴な物語を小学3、4年生なら楽々読めるような丁寧な筆致で書き綴る、少年向き長編コミックの風情のある作品だった。一方の『理想のヒモ生活』は、異世界の女王が自分の連れ添いにと召喚された現代日本のサラリーマンが、現代知識と社会人スキルで幸せな家庭生活を築きつつ、ゆるやかにハーレム展開を進めていく、タイトルからイメージするよりは穏健だが社会人読者層を対象とする恋愛風味の内政チート作品といえる。

 第2弾は2013年1月。巨大ロボおたくの青年が剣と魔法の異世界に転生し、現生オタク知識を駆使し異世界ロボット事情を改変していく『ナイツ&マジック』と、タイトルからも作品意図が丸わかりの『異世界迷宮でハーレムを』で、第3弾は『異世界チート魔術師』、『ネクストライフ』と概ね創刊時の二つの路線を踏襲している。
 創刊段階では「ラノベ作家になろう大賞」の募集を行うなどなろうの評判作と自前作家の2本立てを考えていて、発刊1年あたりにはなろう以外の作品も刊行するが、今ひとつパッとせず、「ラノベ作家になろう大賞」も第1回のみで終了し、2年目の14年10月以降はすべてなろう掲載作品だけになる。例外は、16年4月の音井駿彦『キミガイルセカイ』だけで、これは「ラノベ作家になろう大賞」の積み残しである。

 とりあえず、ヒーロー文庫全作品をリストアップすることにした。(リンク先はExcel Onlineです)

 第1作と最新巻の出版年月、WEB連載の始まりと最終、その間の執筆文字数を記載した。400字詰め原稿換算で、10万文字が三百枚、加筆訂正もあるので概ねラノベ本1冊分の目分量と考えて、刊行された作品との分量差とかも見比べてもらえればと思う。他社で書籍化されている作家についてもすべてその作品も含めて掲載することにした。ただし、三上康明のように既にプロ作家として活動している作家については、基本WEB発表分は拾い上げるが、既発表分はデビュー作もしくは代表作のみとした。
 逆に日向夏のようにWEB書籍化デビューでその後多数の作品を書き下ろしている場合はできるだけ全作品を挙げてみた。なお、作家名検索で集めていて現物確認しきれていないので同姓同名が混じっている可能性あり。
 藤村藤村という作家みたいに、この作家名で検索すると、島崎藤村など藤村という人名が網羅されて絞り込みが出来なかった作家もいる。
 楽天ブックスで発売日を調べたのだが、これがどうも奥付とは異なっていて、どうも実際の発売日に依るものらしい。(なぜ楽天ブックスに頼ったかは来月書く予定)

 ヒーロー文庫のリスト作成は、偶然とはいえ、絶妙なタイミングになった。
 この文庫の場合、裏扉の折り返しに既刊行本の一覧リストが載せていて、今年3月発売(奥付は4月10日)のものには刊行開始以降の57本(何本かは未掲載)が掲載されていたのだが、4月発売(奥付は5月10日)の文庫から一気に35本に削られている。リストで★印をつけているものが現在掲載分である。『竜殺しの過ごす日々』のように完結したものはいいとして、ナンバーが振られていて完結していないものまで消えている。
 全作品を載せるにはスペース的に苦しくなったということか、それとも倉庫が満杯になって在庫の一斉処分を行ったのか。消された作品の続きが出版されるのかどうかが気になる。
 主婦の友社という出版社がライトノベルの文庫を刊行するというのは一見場違いに思えるが、古い読者ならよく知っているように、この出版社、じつは角川書店のお家騒動で追い出された角川歴彦の受け皿になり電撃文庫を創刊した出版社なのである。お家騒動が終息し、電撃文庫は角川に移ったわけだけど、当時のノウハウや勘所、人脈はそれなりに蓄積されているのかもしれない。

 お勧め15を選んだが未読も少しある。未読で雰囲気的に入りそうなものの筆頭は朱雀新吾『異世界落語』。魔族との戦いの切り札のはずで異世界召喚されてしまった落語家の話。

 一番のお勧めは中野在太『康太の異世界ごはん』
 強盗に刺し殺された職人肌の割烹店主がエルフやドワーフの住む限界集落の村に年齢のまま転生する。料理無双の異世界召喚は、定番ジャンルで『異世界居酒屋のぶ』、『異世界料理道』、『おかしな転生』、『とんでもスキルで異世界放浪メシ』などなど枚挙にいとまがなく、ヒーロー文庫でも『異世界食堂』、『傭兵団の料理番』など読み応えのある作品が多い。
 この作品は、民俗学、神話学、人類学を援用し、レヴィ・ストロース命名の「冷たい社会」の概念で過酷な生活を肯定する。そのなかで料理人としての技術の開示に苦悩する。


 革新を起こすのは、『現代日本で生きてきた』というアドバンテージを持つ人間にとってみれば、たやすいこと。

 すぐに思いつくものだって、いくらでもある。
 どぶろくを二回ほど蒸留すれば、高アルコールの消毒液になる。
 これだけのことで、この村の死亡率はものすごく下がるはずだ。
 だけど、死亡率が下がれば、すでに産児制限までかけている現状、人口爆発が起こるのはまちがいない。
 その先に待っているのは、もっと極端な人口制限策か、片っ端からの農地開拓による自然破壊かもしれない。
 土壌がやせて不作が続き。
 木々がうしなわれ地すべりや洪水が増え。
 人々はばたばた死んでいき。
 あとに残されたのは不毛の土地にしがみつく少数の村人だけ、ということになりかねない。

 そんな状況下では、嬰児殺、妊婦への暴行による中絶、病人や老人を遺棄する『姥捨て』、果てには人肉食みたいな、今より極端な人口制限策が採用されるかもしれない。

 なにをおおげさな、と思うかもしれないけれど。
 こういうできごとは、地球の過去に何十回も何百回も何千回も起きている。
 北米のアナサジ族、グリーンランドのヴァイキング、イースター島のポリネシア人。
 多くの民族は、増えるだけ増えたあと、住んでいる環境からうばえるだけのものをうばいつくし、ぱたっと全滅した。

「産児制限をしているのは、そういう悲劇を避けるための工夫なんだよ」
「そうか……」

 悠太君は神妙な表情でつぶやいた。

 この踏鞴家給地では、知恵をしぼったありとあらゆる手段が、生き延びるため、もちいられている。
 鷹嘴家の鍋、村人主導の輪作、産児制限、すべては、生存圏を少しでも長く保つための、生態系みたいに精妙な工夫だ。

「だから白神は、きっとこの世界にとって、侵略的外来種なんだ」

 ブルーギルやブラックバスのように。
 カミツキガメやカダヤシのように。
 セイヨウタンポポやセイタカアワダチソウのように。

 環境を激変させ、生態系をめちゃくちゃにぶち壊すだけの力をもっている。

 いつだって、料理をつくってよろこんでもらうたび、どこかで違和感をおぼえていた。

 この世界の歴史にどれほど多くの白神がかかわり、どれだけ好き勝手に捻じ曲げ、畏敬や崇拝をあつめてきたか。
 きっと、それがあからさまになる瞬間だから、すわりの悪さをおぼえていたんだろう。
 僕はどんなときでも、『白神』という下駄をはかされているんだ。

「だから僕は、僕の力を揮わない。僕の領分は、どれだけ広くても、パーティションに囲われた半個室と台所だけ。

 そういうことに、決めたんだ」

 きっぱりと、そう宣言する。

 思うところがあるだろうに、悠太君は、なにも言わないでいてくれた
 思慮深くて頭の良い子だ、理解してくれたのだろう。

 ほっとひといきついたその時。

「でも、それで、康太さんは幸せですか?」
 榛美さんが、声をあげた。
                         (WEB版39話)

 その他の変わったお勧め作。

小東のら『転生者の私に挑んでくる無謀で有能な少女の話』
 直近の未来に転生した主人公が、現生記憶のアドバンテージで天才少女と学業を競り合う話。

青生恵『聖王国の笑わないヒロイン』
 まだ1巻目なので評価保留で〇に留めたが、かなりこじれた設定である。乙女ゲーの世界に絡んだ転生ものなのだが、主人公は乙女ゲー世界のことなど知らないヒロイン。転生者たちは攻略対象の男の方であるのだが、ヒロインは没落してすでにゲームの設定から転げ落ちている。そこに混乱した攻略対象に転生した人間が接触してくるのだが・・・。ドタバタではなく、どシリアスで話が進む。

中村颯希『無欲の聖女』
 金にがめつい孤児院のの少年が市井に隠れ住む大貴族の孫娘と心が入れ替わったまま、貴族のもとに連れ戻され、王子王女も通う貴族の学校に通うことになる。そのはかなげな容貌と金に執着した発言が周囲の貴人たちに誤解され、なにものも欲しがらない「無欲の聖女」と誤解され盛名が鳴り響いていく。事情を知る孤児院の仲間たちはなんとか助け出そうとするのだが、王家をめぐる陰謀とも重なり事態はどんどん拡大する。ハートウォーミングな人情コメディ。

山下湊『ウロボロス・レコード』
 死んで転生した記憶がトラウマとなり、二度と死なないため体実験を繰り返す主人公。『小さな魔女と野良犬騎士』、『棺の魔王』など表現がハードなものもいくつかあってそういうものほど作りこみがしっかりしていて好きなのだが、『ウロボロス・レコード』はそういうものともまたちがう、ダーク・ファンタジイ。エロ系ではないインモラル小説。

寺原るるる『竜峰の麓に僕らは住んでいます』
 少年が魅力的な女の子と次々仲良くなりながら成長を続け、強大な敵を次々打ち破っていく典型的ななろう小説。続刊が出なくてWEB版を覗いていたが書籍換算30冊越えの分量的になっている。2冊目が出てから2年近く間が空いているが作品一覧から名前が落ちてしまっている。


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