ベルンハルト・ケラーマン Bernhard Kellermann(1879〜1951)の『トンネル』といえば、手塚治虫と筒井康隆が絶賛するSFとして有名…のような気がするが、大西洋横断トンネルを建設するだけなんやろ、延々と穴を掘ってる小説が何で面白いんや。
などとゆー疑問は、『楽園の泉』って延々と糸を垂らしてる話だろ、と言って手にとらないようなもの?
手塚治虫「SFがかくも氾濫(はんらん)している現在でも、ひとにSFベスト作品を挙げるように言われれば、この『トンネル』を十指の中に入れることにいささかもためらいはないのである」(「忘れられない本」<朝日新聞>1977年5月16日)
筒井康隆「読む気になったのは手塚治虫の「地底国の怪人」がこの「トンネル」から着想を得ているということを聞いたからだ。あの手塚治虫にヒントをあたえたほどの作品なら面白い筈(はず)と確信して読みはじめたのだが、たしかにこれは面白かった。」(「漂流―本から本へ22 壮大・精緻な「土木SF」」<朝日新聞>2009年9月6日)
と、ここまで誉められてるのに新訳を出そうと思った編集者はいなかったのかねえ。小学館地球人ライブラリーのラインナップに入れるのに、ちょうどよかった作品という気がするが、あの叢書もすぐになくなったしねえ。
で、読んでみると、同時代の世界を描いているように見せつつ、作品発表の1913年からはそれなりに未来が舞台となっていて、ベーリング海峡トンネルは完成しており、英仏海峡トンネルも間もなく竣工するところ。世界人口は70億で、飛行テクノロジーは飛行船中心でそれほど発達していないという設定。まあ、そんなら大西洋トンネルもいるかな。
結論をいうとこれは単なる穴掘り小説ではない。何かというと投機と雇用の物語で、資本主義を描いた話。邦訳はほぼ「世界恐慌」あわせなタイミングで出ているので、第一次世界大戦前にこんなものが書かれとったんかと驚かれたのでは。
当時の独文の人の評だと、成瀬無極は「約二十年前に於て今日の、或は未来の大都会生活を描出したことは驚嘆に値する」というだけであまり評価してない感じなんだが、新関良三は、昔ベルリンにいた時、読みかけで放り出してたら宿のおかみさんが読むってんで、貸したんだけど、感想をきいたら、キッチュ! といわれたんでそのまま読まずにきたんだが、今度、秦豊吉訳が出たんで読んだら「なあんだ、実に面白い小説ぢやないか」と結構気に入った御様子。
最近は一回りして人物描写でページとんなっ、サクサク話を進めろっというイラチな声も強くなっておりますが、事業にかまけて家庭不和を招く主人公描写にも紙幅を割いて「愛は事業を救う」な終盤につなげてます。
ともかく大工事に伴って生じる巨大な雇用と、資金需要。事故によるダメージを終息させても、風評による資金繰りの焦付きで事業が崩壊していくといった今日的な展開の話がほぼ百年前に書かれてたのに感心するね。というか来年、刊行100周年だけど、なんかイベントとかないのかっ。新訳するとか復刊するんだったらこのタイミングだろっ。
「「トンネル」は、エレンブルグの「トラストD・E」に大きな影響を與へた小説であり」(村山知義「「トンネル」に就いて」)って、そうなのか。いや、メイエルホリド座の「トラストD・E」に「トンネル」がまぶしてあるって話は聞くが、それが理由なのか。ともかく村山は秦豊吉訳の出る前の1929年4月に心座でメイエルホリド版「トラストD・E」を上演してるんだよな。最近出た、武田清『新劇とロシア演劇』而立書房。これって、演劇研究界では評価されてる本なの? メイエルホリド、メイエルホリドゆーてる割には、そこを全然拾ってなくて、なんじゃこりゃ感が漂ってますけど…。
あと、<婦人之友>に出た映画「トンネル」の紹介記事には、小山内薫がラジオドラマに脚色して放送したって、書いてあるんだが、ほんまかっ。同じ穴モノで「炭坑の中」と勘違いって気もするけど。あったのかねえ、そんなのが。
ところで気になるのが主人公の友人のホッビイが提案していたニューヨーク、ヴェネチア化計画。ハドソンとイースト・リバーとニューヨーク湾に摩天楼を建ててそれをコンクリートの大道路で繋いで、って「東京計画1960」のニューヨーク版!?
マンハッタンな計画を書いた本といえばコルハースだが、そんな提案は『錯乱のニューヨーク』には出てこなかったよなあ。実際にはいろいろあったけど、コルハースが無視しただけなのか、本当にそーゆープレゼンテーションをした建築家が存在してなかったのか。
さて、ケラーマンの邦訳をざっと振り返ると新潮社『世界文学全集 第2期 12巻』に秦豊吉訳で、「トンネル」「さつさ、よ、やつさ」Sassa yo Yassa. Japanische Tanze(1911)「日本印象記」Ein Spaziergang in Japan, Reisebericht(1910)が入って、その後、映画公開合わせで脚本版『トンネル』が平原社トーキー・シリーズから刊行。
それに続くのが、菅原政行訳『シュウェーデンクレーの体験』白水社 Schwedenklees Erlebnis (1923)、浜野修訳『アジアの旅』昭森社 Meine reisen in Asien(1940)、ってなとこか。
ちなみに秦豊吉は来日時の様子を宮津まで調べに行った(「雪の宮津にドイツ大衆作家ケラアマン曽遊の跡を訪ふ」<読売新聞>)上で、ベルリンでケラーマンに会っている。
なおトーマス・マンの息子のクラウス・マンは世界旅行の途上で旅費が尽きて、偶々行きあったケラーマンに泣きついて、なんとか帰国したとかで、ケラーマンとってもいい人、って書いているんだけど、そのエピソードしか出てこないねえ>『転回点―マン家の人々』晶文社、1986年。