内 輪   第248回

大野万紀


 震災については、まだまだ気持ちは落ち着きません。
 それはともかく、Nifty-Serveが25周年とのことで、記念サイトができていました。1996年ごろのパソコン通信の雰囲気を体験できるコーナーがあって、これが懐かしい。昔はMS-DOSの通信ソフトでこんな感じで流していたんだよねえ。でも色々遊んでいるうちに、ちょっと違う感が。そこで思い出したのが、当時のぼくのパソコン(NECのPC98です)には、カーソルにじゃれつく白い子猫が住んでいて、パソコン通信の文字が流れていくのをちょこちょこと追っかけていたのです。ちょっと邪魔だったけど、可愛かった。実際は、nekoというMS-DOSに常駐するジョークソフトで、けっこう入れている人が多かったように記憶しています。今はどこにいっちゃったんでしょうね。

 それでは、この一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『阪急電車』 有川浩 幻冬舎文庫
 映画化され、もうすぐ上映されるというので、西宮北口の書店には山積みされている。単行本が出た2008年にこのショッピングセンターが出来て、阪急西宮北口駅の風景も変わった。ちなみに「ニシキタ」派と「キタグチ」派がいるそうだが、ぼくはずっと「キタグチ」派だ。
 学生時代から結婚するまで、ずっと阪急電車に乗っていた。といってもほとんど神戸線で、本書で描かれている今津線にはあまり乗っていない。今も西宮に住んでいるので、SFではないが、ご当地小説として楽しめた。
 本書は宝塚から西宮北口までの阪急今津線の折り返しの中で、たまたま電車に乗り合わせた直接関係のない何組かの乗客たちの、ちょっとしたふれあいと、そこから始まるいくつかの物語が描かれる。恋の始まり、恋人との別れ、新たな生活、いじめとの対決(小学生たちや、おばさんたち)……。本書の女性たちは、若い子も年配者も、それぞれはっきりした意志をもち、前向きな生き方をしようとしている。ま、いい話ですね。短くて、軽く読めるし。
 ご当地もののわりには沿線や風景の描写が詳細ではない。その中で、小林(おばやし)だけはそこで途中下車するドラマがあるためか、かなり詳しく描かれている。今津線でなければ、という話ではなく、どこの電車でも成立する物語だと思うが、乗客のちょっとおっとりした上品さは、やっぱり阪急ならではなのかも知れないと思う。

『シリンダー世界111』 アダム=トロイ・カストロ ハヤカワ文庫
 「ワイオミング生まれの宇宙飛行士」の作者による長編SF。
 人類が星々に広がった未来。〈AIソース〉と呼ばれる異星の人工知能集合体が深宇宙に建造した超巨大なシリンダー型世界111(ワンワンワン)。直径千キロ、長さ10万キロというこの巨大な人工世界は〈AIソース〉が実験のために建造したもので、ウデワタリという知的生命が住んでいる。その研究を目的に、ここには人類の調査団が滞在している。そこで殺人事件が発生。事態を重く見たホモ・サップ連合外交団は女性捜査官アンドレアを派遣したが……。
 というストーリーで、シリンダー世界を舞台にしたハードSFというよりは、様々なぶっこわれたキャラクターたち(異星人やAIも含めて)によるSF心理ミステリである。とにかくお友達にはなりたくない(なれそうもない)登場人物ばかり。シリンダー世界の円筒の内側、つまり地上は人の住めない有毒な海が広がり、その上はまた巨大なドラゴンが遊弋する有毒な大気、さらにその上にツタ植物が繁茂する天井世界があって、ウデワタリたちはそこに住んでいる。人間たちもツタの間にハンモックをぶらさげた居住区を作って生活し、一歩踏み外せば、恐ろしい奈落の底へ落ちていくという。
 そんな世界設定はとても面白いのだが、この物語の中心テーマではない。SFミステリ(謎がSF的な設定とからんでいるという意味で)としては良くできていると思うのだが、好きになれるキャラクターがいないので、ちょっと疲れる。このヒロインが出てくるシリーズがあるということだけれど、うーん、正直あんまり読みたいとは思わないな。

『青い星まで飛んでいけ』 小川一水 ハヤカワ文庫
 SFMやSFJapanなどに掲載された6編を収録した短編集。4編が宇宙もの、2編が地上というか、現代ものである。
 現代もの2編「グラスハートが割れないように」と「占職術師の希望」はかなり読後感が異なり、特に「グラスハート」は直接的な社会批判(というより、どうしようもないごく普通の人間への愛と怒り)が書かれていて、言いたいことはわかるが、この小説を読むような多くの読者(SFファンを想定)には直球すぎると感じるのではないだろうか。
 宇宙ものはいずれも遠い未来を舞台とし、解説の坂村健がいうように〈ボーイ・ミーツ・ガール〉で、未知の世界へのあこがれと、人間が肉体を離れてさえも希求する人と人のふれあい(ここでは「人」の定義も変わっているが)を描いている。やっぱりこういうSFが好きだなあ。
 宇宙ものの4編のうち、「都市彗星のサエ」は小さな世界からの脱出を目指す若者たちの物語で、最もオーソドックスな、むしろ古めかしいくらいな(これは誉め言葉)話となっている。昔のジュヴィナイルな味わいもある。「静寂に満ちていく潮」はちょっと変わったファーストコンタクトもので、ぼくにはティプトリーを思い起こさせる雰囲気があった。この話はとても好きだ。「守るべき肌」は、SF読みにはすぐにネタがわかる話だが、その謎がわかった後の展開が意外性があって面白い。「青い星まで飛んでいけ」は人類の後を継いだ人工知能たちによる、遙かな時間と空間を越えた探求の旅の物語で、SFでしか書けないこういう話は大好きだ。ただ、かつてのこの種の話と違うのは、気の遠くなるような時間と空間の広がりや深みを感動的に描くことよりも、それでも変わらない人間的な属性――恋愛であったり、攻撃性であったり――の方を、むしろ軽い文体で描こうとしていることである。センス・オブ・ワンダーよりも、日常性、連続性を重視といえるだろうか。「大きな物語」を描いているにもかかわらず、とても身近な雰囲気を残しているのだ。

『リトル・ブラザー』 コリイ・ドクトロウ 早川書房
 キャンベル賞受賞作のヤングアダルトSF。
 近未来というかほぼ現代のアメリカ。友達とARゲームをするため学校を抜け出したサンフランシスコの高校生マーカスは、大規模なテロに遭遇し、容疑者として国土安全保障省に拘束されてしまう。9.11以後の右傾化するアメリカで(本書が書かれたのは2007年、ブッシュの時代だ)、マーカスたちは国家組織による屈辱的な暴力により、ある意味テロよりも恐ろしい恐怖を経験する。いったんは釈放されたが、厳しい監視下におかれ、あまりにも大きな敵の存在に怯える毎日だ。しかしそこはサンフランシスコの高校生。改造されたXBOXによる暗号化ネットワークを駆使して、友人たちと共に反攻を試みる。その反攻は若者らしい、稚気に溢れるものだが、政府はそれに対して催涙ガスと激しい弾圧で応じる。
 ハッカーが政府の弾圧、自由の抑圧に対し、ネットワークと情報公開によって反抗するという話だが、恋もあり両親との葛藤もありの青春小説になっており、最後は(一応)ハッピーエンドだ。この手の話がハッピーエンドで終わるというのもアメリカっぽいといえばアメリカっぽいのだが、それはそれで気持ちよく読み終わることができた。
 書かれた当時より、今の方がこの問題意識はリアルだといえる。中東で、中国で、まさに本書のようなことが起こっている。それは日本でも(特に3.11以後)はっきりと現れてきた傾向のようにも思える。本書のようなハッカー的なやり方が有効かどうかはわからないが、読む価値のある作品である。コンピュータネットワークのセキュリティに関してもわかりやすい説明が書かれていて、お得です。

『人類は衰退しました 6』 田中ロミオ ガガガ文庫
 久しぶりに出たシリーズ6冊目。
 前半は「鳥人間コンテスト」を開催する話。ヒロインはその安全管理責任者に任命されてしまうのだ。全然安全じゃない、とんでもない機械がいっぱい出てくる。妖精さんの力を借りて、何とか役目を果たそうとするのだが……。というお話だ。衰退した人類の、何だか妖精さんと似たような変なことへの情熱、おバカな真剣さが楽しい。ただ、いつもの妖精さんたちのとほうもない妖精さんらしさは、あんまり現れていない。単なるドラえもんのポケットみたいな存在になってしまっているような気がする。
 それは後半のマンガ同人誌(この世界では同類誌)を作り、コミケ(みたいなもの)を始めてしまう話でも同様だ。こっちも主体はヒロインの同窓生だった人間の女性で、腐女子たちのイベント発生の物語はとても面白いけれど、本来、それは妖精さんたちがやるはずだったのではないかと思う。妖精さんたちは〈マンガ世界〉を作ってしまい、ヒロインたちはそこに取り込まれてしまうのだけれど、面白さの中心は人間のおねえさんの方にあるものなあ。
 あいかわらず面白く読んだのだが、前巻あたりから少し方向性が変わってきたように思うのだ。それがダメというわけじゃないが、やっぱこのシリーズのキモは妖精さんたちにこそあるのではないだろうか。

『妙なる技の乙女たち』(文庫版) 小川一水 ポプラ文庫
 2008年に出た短編集の文庫版。新たに1編が書き下ろされて収録されている。
 シンガポールに近いインドネシア領リンガ島に建設された軌道エレベータ。その下で働く日系女性たちの近未来の日常を描いた短編集である。以前読んだ時と再読した今回と、さほど印象は変わらないのだが、作者の他の作品との繋がりが随所に見られることを発見。大まかな未来史を構成しているのではないかと思った。
 2050年の話だが、書き下ろされた1編は2030年の話。この島に軌道エレベータが建設される前の、様々な偶然が歴史を変えることもある、という1エピソードが描かれているのだが、そりゃないだろ、と思うよりも、そんなもんかな、と思う方が強い。そうでもなきゃ、ぼくらが生きている内に軌道エレベータが実現するなんて、とても難しいだろうからね。
 働く女性と、アジアと、宇宙。そして生活。本書が優れたSFであるのは、ごく普通の日常の延長線上に、人類の未来という大きな断絶を含む変化がきちんと接続されていることにある。偶然や幸運(あるいは――本書では描かれていないが――災厄)といった非線形な要素が大きな断絶を生むのだが、そこを遙かな過去から連綿と続く日常が、文化が、生活が、愛や欲得が、いつの間にかちまちまと埋めていく、そんな風景が、本書のテーマとなって、南国の汗臭い日常の中に、青い空に、天へとつながる細い糸が見えてくる。こういう風景はやっぱり好きだなあ。エアカーが飛び交うような未来はもう見られないだろうが、こんな未来は本当にこの目で見てみたい。好ましい1冊である。


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