続・サンタロガ・バリア  (第105回)
津田文夫


 あまりのことに前置きを書く気になれないので今回は無し。

 『侍女の物語』以来、久しぶりに読んだマーガレット・アトウッド『オリクスとクレイク』はバイオ・ハザード型ホロコーストSF。前作同様それなりにジャンルSF的な興奮をもたらすところもあるけれど、やはり主流文学的な手触りがある。主人公はスノーマン(ホロコースト後の現在)/ジミー(回想時/近未来ディストピア)で、題名は主人公あこがれの美少女と親友の名前になっている。回想では、ジミーの少年時代にいかにしてクレイクと親友となり、映像で見て忘れられない顔となった遠い国の少女娼婦がどうやって現実の美少女として目の前に現れたか、そしてオリクスとクレイクが何をしてジミーがスノーマンになったかが語られる。物語はジミーの視野の中だけで語られるので、世界は狭く人間関係も3人の関係のみと言っていいくらいだが、落ち着いた語り口で読ませる力は強い。バラードに近いかもしれない。

 そのJ・G・バラード『千年紀の民』は『スーパーカンヌ』などに描かれた現代的狂気/バラード風ユートピアの進化形とも言える作品。知的中産階級が住むロンドン近郊のコミュニティのあやふやと言えばあやふやな社会的反乱と、それをけしかける概念的テロリストの活動に巻き込まれる/進んで参加する主人公の意識と行動を描いて、いかにもバラードらしい破滅/幸福感に溢れた現代小説になっている。直接的なSFではないけれど、バラードがSFで描き続けた来た世界と地続きなのは間違いない。

 文庫になったのでようやく読んだ筒井康隆『ダンシング・ヴァニティ』は、一種の極限的形式小説とでもいうスタイルを採用して、筒井康隆の未だ衰えない壮大なギャグ精神を見せつけている。登場するキャラクターが素材としてはやや古びてはいるものの、コピー&ペーストを物語のパロディとして完璧に使いこなしているところは、余人及ぶところではない。思いつきとしては面白いと考えても、実作できるという自信がある作家はほとんどいないだろうな。最後まで読むとそれなりにホロリとさせられるところも、いかにも筒井康隆らしい。『敵』に匹敵する一作。

 大好きなんだけれどなかなか手に取って読めない作家パトリシア・A・マキリップ『夏至の森』は、『冬の薔薇』の続編ということで手に取った。物語の時代は携帯電話さえある現代とはいえ、舞台は『冬の薔薇』の地に建つ屋敷とその村なので、結界の中は魔法の国である。あいかわらず主人公をはじめ女キャラが圧倒的な存在感を示していて、どうも男たちは影が薄い。前作と違って魔術的状況で何かと理屈が語られるところが、いかにも現代に置かれた魔法の世界という感じがする。前作のように灰色の世界の中で目の覚めるような色彩が広がる描写は少ないけれど、魔法世界の美しさはここでも十分魅力的である。

 文庫クセジュのガッテニョ版を読んだのはもう随分昔だけれど、その新版ジャック・ボドゥ『SF文学』は、ガッテニョ版より構えの少ない読み物に思えた。ま、こちらも歳を取ったからそう思えるだけかも知らないが。英米作家のチョイスはまあ普通だけれど、作品選びはちょっと変わっている。フランスでの評価と言うことだろうけれど、アポロ賞とかSFプロパーの翻訳作品の受賞作が何だったのか言及が無くてちょっとびっくり。フランスのSFファンダムについてもよく分からない。面白いのはフランス国内のSF作家の紹介でほとんど聞いたことのない名前が多いこと。まあこれは英米以外の国が自国のSF史を紹介しても他の国の読者にはチンプンカンプンだろうから仕方のないことではある。でもサンリオSF文庫から出ていたフランスSFのイメージを一新してくれたメンバーへの言及もジュリが『不安定な時間』のタイトルを紹介されているくらいで、後は名前のみ(プロがその後他ジャンルへ移ったという情報がある) なのが残念。英米作家・作品の表記でケアレスミスが目立つけれど、そこらへんは大森・中村・山岸の誰かにゲラ読みしてもらえばよかったのにね。

 アダム=トロイ・カストロ『シリンダー世界111(ワンワンワン)』は、作家の名前に対する期待とタイトルに非常なギャップを感じていやな予感を持ちながら読み始めた。まあ、予感通りの代物ではあったわけだけれど、それにしても非道いタイトルだよねえ。原題らしき章タイトル「死者の国からの密使」もあることだし、ソレでよかったと思うけどねえ。たぶん『死者からの使者』とでも付けようとして却下されたのかな。イギリスのニュースペースオペラに対応する舞台設定だけれど、自己憐憫の強いヒロインの一人称が鬱陶しい上、〈AIソース〉を含めどいつもこいつもボンクラでキャラ立ちに乏しい。シリンダー世界の説明は、最初の数ページで事務的に紹介されるだけで、せっかくの舞台が読者に分かりにくいものになっている。唯一魅力的なのはウデワタリという〈AIソース〉が造りだしたナマケモノ風類人猿(?)で、原タイトルの意味はこのウデワタリたちの独特の思考形態にある。SFミステリな物語の中身を忘れて絵だけ記憶に残るようになれば、結構いい作品だったと思うようになるかも。
 


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