内 輪   第189回

大野万紀


 ゴールデンウィークはSFセミナーへ行ってきました。詳しくはレポートをご覧いただくとして、ゴールデンウィークの後半からは天気が悪く、ほとんど梅雨のはしりみたいな状態に。五月晴れという言葉はどこへいってしまったんだ、という感じです。

 それではこの一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『地球の静止する日』 ブラッドベリ・他 創元SF文庫
 古き良きSF映画の原作となった中短編を日本独自に集めたもの。スタージョンの「殺人ブルドーザー」が目玉だ。確かにこいつは迫力がある。でもちゃんと今風に映像化すればそっちの方がもっと面白そう。小説だとちょっと長すぎ。ウォード・ムーアの「ロト」も、こんな話だっけ。映画を見ていないのだが、たしかに「性本能と原爆戦」だなあ。月着陸も遠い昔となった今読んで逆に一番面白かったのが、ハインラインの「月世界征服」と「「月世界征服」撮影始末記」だ。ハインラインのハードSF作家ぶりと、当時の特撮の大変さが伝わってくる。

『ウェブ進化論』 梅田望夫 ちくま新書
 この本もベストセラーになっているんだよねえ。GoogleとWeb2.0とブログとWikipedia、ネットの「あちら側」、ロングテールとアマゾン経済圏。なるほど。で、ベストセラーになるほど読まれているって、一体誰が読んでいるんだろう。普段ネットにアクセスもしないおじさんたち? まさかね。いや、本書は半分はそういうおじさんたちに、今や時代は変わりつつあるんだよとアピールするのが(アジテーションのような気もするが)目的だろう。「不特定多数無限大」という言葉が良く出てくる(ロングテールとほぼ同義かな)が、塵も積もれば山となるけど、塵が積もれば始末に負えないというのもまた事実。著者はGoogleのような技術がちゃんと石から玉を拾い出すと、楽観的に書くが(いやもちろんこの楽観論は良く考えた上の、あえて書く楽観論だとはわかっているが)、環境の変化で淘汰されてしまうのも進化の本質だからね。特許とか著作権とか個人情報保護とかセキュリティとか、本当に何とかなるんでしょうか。まあ元気が良くて面白かったから良しとしよう。

『ライトノベル「超」入門』 新城カズマ ソフトバンク新書
 ソフトバンク新書なんてのができたのね。新城カズマがライトノベルを普段読む機会のないおじさん(「ネクタイびと」と著者は名付けている)向けに解説したというので、期待して読んでみた。始めのうちはふむふむといいながら読んだのだけど、途中からちょっとがっかり。うーん、これでは「ネクタイびと」に何かを伝えるのは難しく、むしろこれって、おたくたちが茶店で「そーだね、うんうん」とかやってるのと変わらない気がする。おたくたちの会話と同様、表面的なコトバのウラにある「わかってる」感が大事なのに、その「わかってる」感を伝えないで、おじさんたちに何を伝えようというのでしょうか。もちろんそこが一番難しくて、だからこそ、こういう本の必要性があるわけで。そこを逃げてちゃダメでしょ。著者は当然そんなのわかってると思うんだけどな。そうだ、おじさんのための「ライトノベル入門」は、水鏡子にこそ書かせるべきだ。編集者のみなさん、がんばって水鏡子に書かせてみませんか。

『やみなべの陰謀』 田中哲弥 ハヤカワ文庫
 ずっと昔に電撃文庫から出たのを買ったはずだが、読んだかどうか記憶が定かでない。大森望の激賞あとがき付き。バック・トゥ・ザ・フューチャー・パート2と言われると、よくわかる気がする。良くない未来をいろいろとがんばって元に戻そうとする話、ではあるのだが、一つ一つの物語はつながっているようでつながっていないようで、実はよくわからない。ちゃんと図にでも書いてみればどこでどう歴史が変わったか、わかるのだろうか。まあ、実はそんなことはあんまり重要じゃないんだろうな。やっぱり作者の語り口が全てだ。真面目なようで、どこかとぼけていて、でもあんまりどぎつくは感じない。同じ田中でも田中啓文とはずいぶんと違うね。5編の中では「ラプソディー・イン・ブルー」がいい感じのラブストーリーで、読んでいて一番楽しかった。

『ルート350』 古川日出男 講談社
 初めてのストレートな短編集、というのはどういう意味だろう? 連作短編ではないという意味だとは思うが、本書だって、それぞれの短編には全体としてのモチーフが現れていて、それは作者後書きでも触れられている。ぼくが名付けるとすれば、本書は「SF短編集」だ。もちろんすごく広い意味でのSFだけど。そして、以前の分類からすれば、本書は明らかに「地理的」な小説集で、すべての物語が地図を内包している。「お前のことは忘れていないよバッハ」では逃げ出したハムスターのバッハが作り出す世界地図、「カノン」はあのテーマパークを巡るもうひとつの地図。しかもそれはこの国とは別のこの国にあるのだ(ねえ、SFでしょ)。この物語はまたボーイ・ミーツ・ガールなお話にもなっている。「ストーリーライター、ストーリーダンサー、ストーリーファイター」は(これはぼくの大好きな作品)3人の高校生のすてきな青春の物語であり、地上げによって生じた幽霊アパートを中心に放射状に配置された3地点の物語である。だからすこぶる地理的で、しかも主人公の幽体離脱した視点から描かれるから、やっぱりSFなのだ。「飲み物はいるかい」は東京都内、神田川界隈の地理的な探索、離婚してオフになった主人公と死んだふりをしていた七歳の女の子との橋を巡る旅の物語。「物語卵」は「SFJapan」に掲載されたからSFに違いなく、インコを集めて楽曲を歌わせる計画や、吉祥寺の鏡戦争の顛末、そして物語を語ることの進化論が語られる。「一九九一年、埋め立て地がお台場になる前」はまるでスティーヴン・キングみたいなSFホラーで、存在しない時空に閉じこめられてしまった人々の物語。「メロウ」では中学受験のために地方都市のホテルに集められた天才小学生たちが、その町に暗躍するスナイパーたちと戦う。ここでも地図(ジオラマ)が重要な役割を果たす。「ルート350」は佐渡島へ渡る海の上の国道の話。作者後書きも含めて、物語としてのバラエティには富んでいるが、紛れもなく古川日出男の小説である。

『涼宮ハルヒの陰謀』 谷川流 スニーカー文庫
 このシリーズはずっと時間がつながっていて(とはいっても一直線ではなく、8の字形だったり)まだ高校一年の冬が続いている。本書ではハルヒがなんだか大人しく、突然8日後の朝比奈さんが現れたり、未来からの指示通りに「おつかいイベント」をこなしたり、始めからタイムパラドックスがらみと思われる不可解な出来事が起こる。一つ一つはごく日常的な、ちょっと変わっているという程度のことだが、いかにも伏線というか、いかにもゲームのフラグっぽい出来事である。で、どう落ちるのだろうと期待して読み続けるのだが、うーむ。確かに落ちてはいるけど、落ち足りない。ウラの方でみんな色々とやっているようだなということはわかるが、それは前からわかっていたことで、新たな発見はないな。いやまあ、もう一つ、ハルヒに関わるストーリーもあって、そっちはきちんと落ちているのだが、物語のレベルが違うので、メインテーマという気がしない。つまり、次巻に続くというわけですね。

『安徳天皇漂海記』 宇月原晴明 中央公論新社
 やっと読了。いや2月に出た本を読み始めるまでに時間がかかったということで、読むのはあっという間に読み終えた。とても面白かった。でも、タイトルから、壇ノ浦で沈んだはずの安徳天皇が(義経がモンゴルへ行ったみたいに)海外で冒険する話のような気がしていたのだが、まあそういう側面もあるけど、安徳天皇が主人公というわけではなかった。第一部実朝篇は、実朝の近習の武士が語り手で、天竺の冠者と名乗る平家の残党の手により、源実朝のもとに、神器の中に封じこめられた幼いままの安徳帝が現れる。様々な奇怪な事件や陰謀が語られるが、とても典雅な中世風の語り口で語られるため、生々しさは少ない。しかし、ここで語られる事件のほとんどは驚くことに史実のままなのだなあ。結局安徳帝は滅亡寸前の南宋へと届けられ、舞台はクビライ・カーンの宮廷へ移る。第二部は三人称で、マルコ・ポーロが主人公となり、滅びた南宋の残党に担ぎ上げられた最後の皇帝(彼もまた安徳帝と同じ年頃の少年である)と、その最後が描かれる。さらに奈良時代の高丘親王の渡海の謎が明らかとなり、美しくも奇怪なクライマックス。そして第一部へとつながり、あの元寇の真相へとつながっていく。いや、実際のところ、本書では歴史の謎解きといった側面は重要ではないのだ。本書での安徳帝はほとんど夢の中に現れる存在として描かれるが、その夢の幻想的で儚く美しいこと。夢の中のジパングなど、まさにマルコ・ポーロの見えない都市といった風情である。

『グリュフォンの卵』 マイクル・スワンウィック ハヤカワ文庫
 日本オリジナルの短編集だが、ヒューゴー賞受賞作を5編も収録した、まさにベスト短編集となっている。スワンウィックというと『大潮の道』があるが、日本ではわりとマイナーな印象がある。ところがアメリカでは結構な人気作家だそうで、実際、本書の収録作を読めば、確かにこれはSFの本道を走っている作家だと思われる。ぼくにはかなり文学よりの奇想作家という印象があったのだが、確かにそういう作品もあるが、むしろハードSFっぽい作風を得意としているようだ。「ギヌンガヌップ」にしろ表題作の「グリュフォンの卵」にしろ、「スロー・ライフ」や「死者の声」にしろ、太陽系を舞台にした本格的な宇宙SFだ。しかも、意識の問題や異なるタイプの知性といった、現代SFのメインテーマもしっかりと守備範囲にしている。イーガンほど突っ込んではいないが、そのぶんわかりやすいともいえる。とはいえ、それらとはまたタイプの違う、軽妙なゼラズニイといった雰囲気のある奇想SF「クロウ」や「犬はワンワンと言った」、そしてその独特のレトロ感覚にちょっと驚かされる「時の軍勢」、ニューウェーブっぽい「世界の縁にて」といった作品にも忘れがたい味がある。長編もぜひ読んでみたいという気にさせられる。


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