大野万紀「シミルボン」掲載記事 「このテーマの作品を読もう!」

第7回 そしてSFでも、永遠にラブストーリーを――


 そう、たとえ遙かな未来でも、宇宙の彼方でも、ラブストーリーはいつも私たちの心を惹きつけます。何だか理屈っぽくて、ロボットや宇宙船やガチャガチャしたものがいっぱい、と思われがちなSFにだって、読んでみれば、胸がキュンとするほど切ない、あるいはホンワカでほのぼのとした、あるいは哀しくて叫び出したくなるような、そんなラブストーリーが満ちあふれているのです。

 とはいえ、ロマンス小説や恋愛小説ではなく、SFというからには、ごく普通の日常的なラブストーリーよりも、ちょっとひねった、視点の違う物語が多いといえるでしょう。
 もちろん、SFのストーリーの中で、登場人物たちが普通に日常的な恋愛をする、そういう作品も当たり前にあります。というか、今時そうじゃないものを探す方が難しいかも知れません。何てったって、人間である主人公たちの感情を描くのに、愛というのは最強のものですからね。
 でもここでは、もう少しSF的にひねりのある、SFならではのラブストーリーを紹介したいと思います。だってぼくは「SFの人」ですからね。でもそうなると、どうしても中短篇が多くなって、なかなか入手しづらくなるのが困った点なのですが。

 そんな中で、長篇ながらまぎれもなくボーイ・ミーツ・ガールの、ど真ん中な切ないラブストーリーで、しかもそれがSF的なアイデアと完璧に溶け合っているというのが、以前にも紹介しましたが、マイクル・コーニイ『ハローサマー、グッドバイ』です。
 遠い宇宙のとある惑星の、ある夏のできごとです。港町バラークシに休暇で訪れた、政府高官の息子ドローヴ少年。惑星に極寒の冬が近づき、日常の暮らしにも戦争の影が差し込む世相の中で、彼は宿屋の少女ブラウンアイズと恋に落ちます。彼女、とても魅力的なのですが、ちょっと取っ付きにくいところもあり、なかなかハラハラさせられます。
 きらめく海。謎めいた異星生物。怪しげな大人たち。そんな中で、まだ若い二人の、微笑ましく魅惑的でさわやかな、そして切ないラブストーリーが展開していきます。夏の港町の潮の香りが濃厚に漂うような、ストレートな思春期の恋愛小説なのですが、実はこの二人、人間じゃないんですね。外見は人間そっくりだけど、異星人なのです。そしてそのことが、SF的なアイデアと密接に関係し、驚きの結末を迎えます。

 SFの、ロマンチックなラブストーリーとして、これも大変有名なのが、ロバート・F・ヤング「たんぽぽ娘」です。これは同名の短編集に収録されています。
 「おとといは兎を見たわ。きのうは鹿。今日はあなた」
 という名セリフだけで、もうグッときてしまいますが、謎めいた美少女との時を越えた恋を描く、ロマンチックSFの傑作です。ネタバレになってしまうので、あまり詳しく書けないのがもどかしいところ。ぜひ手にとって読んでみてください。
 タイムトラベルものは、ロマンチックなラブストーリーと相性が良くて、アニメでもマンガでも、テレビドラマでも、何度もくり返し描かれていますね。その嚆矢となった(もちろんこの作品以前にもありますが、最も有名ということで)作品です。ヤングのロマンチックなSFは、この作品以外でも、どれもお勧めです。

 今ではタイムトラベルでのボーイ・ミーツ・ガールなんて、ほとんど定番のようになっていて、わざわざSFという意識もないかもわかりません。そこで、もう少しストレートじゃない、SF的な作品を紹介しましょう。

 ラブストーリーには、もはや性別など関係ない。BLなどのことを考えれば、そんなの当たり前と思うかも知れません。しかし男女の「性」というものをしっかり意識しながら、しかもそれが自由に交換可能で、個人の属性とは無関係なものとなるような未来社会を考え、そんな世界でも、ぼくらの知るような普通の恋愛が、ロマンチックで切ないラブストーリーが成り立つのか、というと、これがしっかりと成り立つんですね。それがジョン・ヴァーリイの〈八世界〉の物語です。
 例えば短編集『汝、コンピューターの夢』に収録された「ピクニック・オン・ニアサイド」(これはヴァーリイのデビュー作でもあります)では、未来の月世界で、親の押しつけに反発する少年が親友の少女と一緒に家を飛び出し、謎めいた老人と出会ってしばらく共に暮らすという体験と、その二人の成長を描いた作品ですが、「少年」も「少女」も、たまたまそのときその肉体的な性別を選んでいただけで、遺伝子的な性別とは関係ないのです。いつの間にか「ぼくたち、入れ替わっちゃってる」じゃなくて、自由意志で性が選択でき、また戻ることもできるのです。
 SF的には、そこから敷衍される未来社会の、現代の標準的な倫理観とは異なる世界観が描かれることにポイントがあるのですが、二人の感情は、ごく普通の恋人たちのそれであり、まさにハッピーでリアルに充実したものです。ヴァーリイの他の作品にも、新しいけれど、凡人なわれわれにも充分理解可能な愛の形が様々に描かれているので、ぜひご一読を。

 今度はもう少し控えめで、ちょっと古風なラブストーリーを。それはコードウェイナー・スミス『アルファ・ラルファ大通り』に収録の「帰らぬク・メルのバラード」です。これは、遠い未来の世界を支配する、偉大な人間の長官(ロード)であるロード・ジェストコーストと、取るに足らない下級民である、猫娘ク・メルの、ほのかな、でもとても美しく切ないラブストーリーです。
 ちょっと背景の説明が必要ですね。この作品は、コードウェイナー・スミスの〈人類補完機構〉という、遙かな未来史を描くシリーズの一編で、下級民とは、動物から改造されて人間と同じように知性を持つようになった種族、見た目も人間とほとんど同じなのですが、人間より劣る存在として差別され、厳しい境遇におかれている存在です。ク・メルは高位の人々をもてなす接待役の〈遊び女〉として育てられた猫娘で、かつてSFで描かれた最も魅力的なヒロインの一人といわれています。この作品では、そんな下級民の解放にいたる物語が描かれるのですが、その背景に、人類の最高権力者であるロード・ジェストコーストと、下級民のク・メルとの、報われない、すれ違いのラブストーリーがあるのです。報われることはないのですが、悲劇ではなく、とてもほっこりとした心温まる結末が待っています。

 こうしてみると、SFのラブストーリーって、普通の人間同士のものは少ないですね。いや、そういうものばかり紹介しているわけなので、当たり前ですが。

 それでは最後に、きわめつけの、とてもSF的なラブストーリーを紹介しましょう。これもぼくの大好きな短編ですが、ロジャー・ゼラズニイ「フロストとベータ」です。
 ゼラズニイもとてもいい作家なのに、最近はなかなか手に入りにくくなっているのが悲しいところです。この作品は、ハヤカワ文庫のアンソロジー『追憶売ります』に入った後、ゼラズニイの短篇集『キャメロット最後の守護者』に収録され、後には瀬名秀明さんの『ロボット・オペラ』にも収録されましたが、いずれも入手 困難となっています。本当にいい話なので、古本屋で見つけたら手に入れてみてください。
 さて内容ですが、これは人類滅亡後の、遠い未来の地球でのお話です。そうです。これまた人間同士のラブストーリーじゃありません。ロボットというか、機械知性というか、人類亡き後の地球の再建を目指す巨大コンピューターたちの物語です。軌道上にいるのがソルコン、その配下で、北半球を支配するのがフロスト、南半球を支配するのがベータです。そのフロストは、今は存在しない人間のことに興味を抱き、何とか情報を集めようとするのですが、その過程でベータの支配域に入り込んでしまいます。そして――。
 実はこの作品をラブストーリーと呼ぶ人はあまりいないようなのですが、この結末はラブストーリー以外の何ものでもないでしょう。遥か未来の、人類の誰もいない世界でも、ラブストーリーはしっかりと成り立つのです。

(17年7月)


TOPへ戻る

ARCHIVESへ戻る

「このテーマの作品を読もう!」の次へ