大野万紀「シミルボン」掲載記事 「ブックレビュー」

宇宙での息もつけない追いかけっこ、宝物の争奪戦は超楽しい!

『サターン・デッドヒート』
グラント・キャリン


 エッジの効いた最先端のSFばかりじゃ息が詰まる。こういうストレートな娯楽SFこそ、もっと読みたいものです。ということを書いた下記のレビューも、1988年に書かれたもの。ずっと同じことをいっているような気がします。というわけで、またまた入手しにくい本で申し訳ありません。なお続編、『サターン・デッドヒート2』も翻訳されています。

 これからは再びストレートな〈物語〉の時代だ――と、そういう気がする。サイバーパンクもいいけど、もっとスカッと単純で一直線な物語性を持った、SFっぽいSFが読みたいという、そういう読者も多いのではないだろうか。評者はどちらかというと複雑なプロットを持った(ただしその背後には一本筋が通ってないと、単なる混乱になってしまう)SFっぽいSFというのが好みで、だからサイバーパンクも決して嫌いではないのだが、でも季節はもう暑い暑い夏、星がいっぱいの宇宙で追いかけっこをするという、こんなストレートな宇宙冒険SFもいいなあと思う。いいえ、はっきりいえば大好きです。

 本書は中篇版が以前SFマガジンに掲載されたことがあるので、内容についてはご存じの方も多いだろう。土星の衛星で異星人の遺物が発見された。スペースコロニーの大学で考古学を教えるクリアス教授が、そこに記された図形の解読にあたる。その結果、土星近傍に同様な遺物が隠されており、それを見つければ異星人からの〈秘宝〉が手にはいるらしい、ということがわかる。そうして始まる地球対コロニーの宝物争奪戦。といっても、派手なドンパチというよりも、ジェットコースター感覚の追いかけっこが中心なのは、夏向き気分でとってもよろしい。
 主人公のクリアス教授はもともと学究肌のあまりぱっとしないおじさんだったのだが、コロニー上層部の強引なやり方によってこの事件に巻き込まれ、それに反発しながらもついついのめり込み、ついにはヒーローにまでなってしまう。敵を含めて、誰からも好かれるという、なかなかステキな味のあるキャラクターである。この他にも土星のリングの隙間を超絶的な操船技術ですり抜けて見せる天才少年とか、魅力的な人物が多く登場する。またそれらの人物がみな人間的な温かみを持って描かれているのも好ましい点だ。

 著者はNASAの宇宙ステーション計画に参加し、宇宙物理学、生理学、生物物理学の博士号を持つ科学者だということだが、ハードSF的な側面は物語中によく消化されていて、あまり派手に前面に押し出されてはいない。土星のリングの描写などに、いかにもそれらしいというところが見られるが、一般の読者には気がつかない人も多いだろう(別にそれでかまわないのだけどね)。土星近傍の宇宙空間を舞台にしているというので、かつて天文ファンであったというオールドSFファンの郷愁を誘う点も多い(これは解説で指摘されている通り)。天体望遠鏡を持った子供がまず見ようとするのは月と土星だ。そういうみずみずしさを備えた、ハインラインのジュヴナイルを思わせるSFらしいSFだという解説の指摘も全くその通りと思う。

 ただし、この作者、物語作りの腕は悪くないのだが、小説の描写力という点ではもうひとつなのですねー。コロニーは地球の軌道上にあるのだが、ついつい土星との距離感を忘れてしまう。太陽系の広さとか、土星の巨大さ、リングの壮観、衛星の奇妙さ、コロニーや宇宙船内の生活のそれらしさ等々、要するに魅力的なSFXがちょっぴり足りないのだ。これがあれば本当に第一級の娯楽SFになったのにと惜しまれる。小説におけるSFXとは、単なる描写のもっともらしさを越えて、イメージ豊かに読者に訴えかけてくる文章上の〈効果〉である。センス・オブ・ワンダーもそこから生まれるのだ。昔から宇宙SFには舞台の広がりにイメージの広がりが追いつかないという問題があった(せめて対数スケールでいいから追いついてほしいと思う)。この点では、舞台が太陽系を越えて広がるという続編にぜひ期待したい。

※ というわけで、1990年に出たその続編がこれです。

(16年9月)


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