大野万紀「シミルボン」掲載記事 「ブックレビュー」
宇宙の時空構造が気に入らず、一人でそれに立ち向かう男の物語!
『永劫回帰』
バリントン・J・ベイリー
宇宙の時空構造と戦うって、イーガンじゃないよ。近々『時間衝突』が再刊されるベイリーの、83年の作品。以下は1991年に訳された当時のレビューです。今では手に入りにくいので、古本屋で探してね。何しろ、宇宙の時空構造が気に入らないって、そんな話を書くのはベイリーだけだと当時は思ってた。それがイーガンなんて、本気で科学的に宇宙を変えちゃうのだから(イーガンの〈直交〉宇宙と、まあよく似た話――かも知れない)。すごい時代になったもんだ。
『永劫回帰』は〈ワイドスクリーン・バロック〉をほとんど一人でやっている感じのあるベイリーの、比較的新しい作品である。『禅銃』と同じ、八三年に出版されたものだ。
本書でもベイリーの(良い意味の)めちゃくちゃさというのは健在だ。なにしろ、大宇宙の時空構造が気に入らないといって、ひとりでそれに(つまり、宇宙の構造に)立ち向かってしまう男の物語なのである。単身
で巨悪と戦うヒーローというのは多いけれど、ここまでやるのは普通ないよ。
主人公は一応一種の超人である。身体改造され、一隻の宇宙船とリンクされていて、なかなか強力な力をもっている。けれども、ある意味では大きなハンディキャップを負っているともいえる(宇宙船からあまり離れると生きていけないのだ)。特に、過去に想像を絶する苦痛を受けたトラウマが大きく、精神的にはずいぶんと屈折している。それでもまあ、人間には違いないのだ。彼の目的はただ一つ。この宇宙の時空は円環構造をしていて、永劫回帰する。それを打ち破ること。おりしも〈時間石〉と呼ばれる禁制の宝石が採取できるという謎の放浪惑星が現れた。彼は何人かの協力者とそこへ向かう……。
しかし、話はいかにも壮大でベイリーらしいのだが、彼の他の作品に比べるとやや物足りない印象がある。わりとストレートだな、という気がするのだ。『カエアンの聖衣』にしろ『禅銃』にしろ、中心テーマは中心 テーマとして、むしろ枝葉のアイデアやエピソードが面白いのだが、本書ではそこがもうひとつだ。ヒーローがひたすら意志強固なので、それにひきずられたのかも知れない。でも異常な風俗や習慣の描写はいつものベイリー。何よりもぶ厚くないのが嬉しいね。
(16年9月)