内輪 第84回 (94年9月)

大野万紀


 いよいよ彗星が木星に衝突するという前日にこれを書いています。さあどうなるのだろう。さあ衝突という時に木星から巨大なモノリスが飛び出して、彗星が消滅してしまう、というのを期待しているんですが。
 しかし、いろんなことが起こりますねえ。社会党と自民党との連立内閣。社会党の首相がサミットへ(そして腹をこわして倒れる)。松本の毒ガス事件。「幽遊白書」の突然の連載終了(これでうちの奥さんは一日落ち込んでいました)。金日成の死去。金正日って、遠目で見ると青木社長に似てませんか?(ごめんなさい)。
 やっぱり面白いといったら不謹慎だけど、松本の毒ガスですね。これはもう世界征服をたくらむマッド・サイエンティストのしわざに違いありません。農薬を作ろうとして間違えたわけじゃなく、はじめからサリンを作ろうとしたことに間違いはないですから(と北野先生もいってました)。犯人が誰かはわからないわけですが、きっとあのあたりに支部のある悪の組織の犯行でしょう。次はいよいよ幼稚園バス襲撃ですね。
 また別の考えからすれば、これは人間のしわざではなく、プラズマが原因の事故です。暑い風のない夜って、プラズマの(つまり火の玉の)発生しやすい条件ですよね。で、そのプラズマが池の水と反応して複雑な化学反応が進行し、サリンになってしまった。そりゃあもう、プラズマと泥水が作用すれば、なんでもありです。原始地球では生命まで発生しちゃったんですからね。
 後はあれですか。タイムスリップ。時間の割れ目が生じて、あそこが未来の毒ガス戦の戦場に通じ、ガスが漏れだしてきた。それとも彗星衝突のエネルギーで木星のガスがワープして漏れた。木星人が何かの実験をした。あのマンションに未来の重要人物が住んでいて、ジョーカーの一人が暗殺をはかった。エジプト派フリーメイスンが……これでは振り出しに戻ってしまう。
 暑いんです。もう何も考えられない。しょうもないことはやめて、最近読んだ本から。


『戦士の誇り』 トニー・ダニエル
 大昔カヌーに乗って地球を去った誇り高きインディアンたちと、宇宙に進出した西洋文明が再び出会って、高次元の存在同士が争い合い、なんのかんのがあって……。
 といったような背景はちゃんとした説明がないため、上巻の半分くらいまで来ないと、何のことだかわからない。いろんな言葉や概念が説明もなく飛び交い、それが伝統的なSFのタームと良く似てはいるが実はかなり異なった意味で使われるため、混乱してしまう。下巻になって、わりと単純な図式があらわになってからは、それなりに面白く読めたのだが。まあ、エンターティメントともいえないし、文学作品ともいえないし、中途半端な作品だった。宇宙の飛び方ひとつとっても、C・スミスの「鼠と竜のゲーム」だと思えばさほど違和感はないのだが、しかし、スミスがあくまでもSFの文法で描いているところを、トニー・ダニエルはまったく怪しげな感じだ。けれどファンタジーといってしまうにはSF用語が目立ちすぎ。しかしその、サイバーパンク風SF用語というものも、実はまだ充分にSF用語にはなりきっていないと感じた。それはあまりにも現実のコンピュータ用語に近すぎる。そんなところからも、本書はファンタジーともいえず、SFともいえない、不可解な作品になってしまったというわけだ。

『地球の記憶』 オースン・スコット・カード
 カードの作品だというのに、ちっとも面白くない。まさに宗教小説。ところが安物のコンピュータみたいなのを神格化して、宗教的神秘性も感じられない。主人公には感情移入できないし、しまいに自我をなくすし。こんな小説はSFとはいえない。と解説にも書いてあるのか。やれやれ。

『シェイヨルという名の星』 コードウェイナー・スミス
 出ました。一気読みしてしまった。酔えるなあ。「クラウンタウンの死婦人」と「帰らぬク・メルのバラッド」がやっぱりぼくの好きなスミスだ。「クラウンタウン」は前半がいい。後半はさすがにちょっとくどく感じる。
 「老いた大地の底で」はスミスの病院での姿を思うことなしには、ほとんど何が書いてあるのかわからない話じゃないだろうか。でもその衝撃的なイメージは強烈で、わけがわからないままにも強い印象が残るだろう。その点「シェイヨル」はもちろん誰にでもわかる、グロテスクでダークな話。しかしここでの身体変容は、サイバーパンクやヴァーリイの作品のようなモラルの変容を伴わないだけに、絵画的な地獄図に留まり、スミスの世界から外に出てくることはない。で、やっぱり「クラウンタウン」と「ク・メル」だね。額縁小説というのが心地いいのです。
 しかし、伊藤さんの訳はすごくいいには違いないけど、何だか違和感が残るところがあるなあ。死婦人なんて、やだな。それに「遊び女」か。いってはなんですが「もてなし嬢」の方がもっちゃりした感じでぼくの好みです。

『ブラック・アイス』 マイクル・コナリー
 古沢訳のハードボイルド・ミステリー。一匹狼の刑事とメキシコの麻薬王、そして官僚的な警察組織の戦い。ハードボイルドで、かっこいい。後半のメキシコでの戦闘シーンも映画的でいい。できすぎの感じはするが、まあ娯楽ミステリーとしては、こんなものなのでしょう。ぼくはミステリーのいい読者ではないのですが、こういう話は派手な映画で見たいような気がする。ほんと、映画化されたらいいですね。

『星の書』 イアン・ワトスン
 すごく目まぐるしいプロット展開。でもそれがどうしたわけかストレートで一直線な展開に見えてしまう。不思議。視点が一貫しているからでしょうね。とても面白かったのだが、実は「大きな物語」の部分がよく見えないのです。ゴッドマインドの目的って、一体何なの? レンズ計画って、どういうこと?
 うーん不可解。でも、お話はとっても面白い。これからどうなるのでしょう。『川の書』の予兆に満ちた静かな面白さからすれば、本書は宇宙をまたにかける派手な面白さがある。でもそれだけ密度は薄くなった感じで、どちらかというと起承転結の承の雰囲気。期待したのは転だったのですけどね。早く続きが読みたい。

『エイリアン刑事1』 大原まり子
 ビンボーなので、文庫になってやっと読めた。評判だった作品だが、確かに面白かった。でも『20億の針』を今風にアレンジしたすごいサスペンスというよりも、男女のロマンスが中心なんだな。結婚で終わるような正統的なロマンス。アキがなかなかエッチでいい感じ。今風なところは、サイバーパンクというか、SFアニメっぽいところなんだと思う。それがソノラマ文庫の味でもあるか。これも早く続きが読みたくなった。8月に文庫版が出るんですね。

『墨攻』 酒見賢一
 ビンボーなので、文庫になってやっと読めた(もういいって)。薄い本だ。篭城戦の技術が書いてある。ほとんどそれだけだ。墨子集団に属する主人公の職人気質が書かれている。ほんとそれだけなのに、面白い。これというほどのストーリイもないし、歴史小説の大きな物語性もない。技術小説、というとちょっと違うかしら。からりと乾いた感じがある。そのあたりSFと通じるものがあるかも知れない。


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