内輪 第93回

大野万紀


 会社でウィンドウズ95を使っていると、やっぱしこれは便利だわ。3.1とは大違い。パソコンのOSというより、ワークステーションを使っている感じになる。ずーっと昔の学生のころ、モトローラやインテルのワンチップマイコンに研究室でほこりをかぶっていたテレタイプをつないで、アセンブラ作りからはじめ、カンサスシティスタンダードとかいうのを手に入れてカセットテープとのインタフェース作ったり、雑誌の付録のソノシート(!)に入っていた(たしか出たばかりのASCIIだったと思う)BASICを改良したり、日本橋の小さなジャンク屋でチップを買ってきてテレビにつないでキャラクタディスプレイを作ったり……(遠い目)……まあ、そこまで戻らなくても、初代アップルやPETなんかをもの欲しそうに見ていた頃、そして思い切ってPC8001を買ったのは……あれ、何の話をしてるんだっけ。 ともかく、家でも95にしたいなあと思って、今のPCをレベルアップしようと考えているのです。始めはCPUを載せ替えてメモリー積んでビデオアクセラレータを入れたらOKと思ったんだけど、新品買うより安いとはいえ結構な値段になる。旧型番になった(とい っても一年前のだけどね)PCが定価の3割くらいになっているので、そっちにしようかなと思っている今日この頃です。

 それでは、最近読んだ本から。


『恐怖のカタチ』 大原まり子
 文庫になったホラー短編集。ホラーといえばホラーだろうけど、期待したほど恐くない。いや全然超自然的な意味では恐くなくて、むしろ人間の(というか女性の)ぴりぴりした心理が恐ろしい話だ。「お守り」はうーん、よくわからない。「恐怖のカタチ」も「海亀アパートの怪」も、なんだかぴんとこない。これらの作品はどれも一応それなりの解釈ができるのだが、どこか違うような気がしておさまりが悪いのだ。好きなのは「真夏の夜の会議」。大原まり子ってこんな話も書けるのね。「猫が轢かれてから」や「僕は昆虫採集が好きじゃない」は素直に読める。男性向けの視点で書かれているせいか。

『タリファの子守歌/クレギオン5』 野尻抱介
 久しぶりに読んだこのシリーズだが、今回はもう一つ。砂漠の惑星を舞台にした〈航空アクション〉ってやつですが、薄明嵐とか、その航空アクションの部分はさすがに面白いのだけど、ストーリーがねえ。キャラクターに寄り掛かりすぎて、リアリティのない安物のオリジナル・ビデオ・アニメみたい。アニメっぽく性格をデフォルメされたキャラクターの〈ヒューマンタッチな〉会話は、多少ならばいいんだけど、おじさん、頭いたーいの。

『フラックス』 スティーヴン・バクスター
 バクスターのグロテスク趣味とハードSFの結合といったところか。設定にはかなり燃えるものがあるのだけれど、バクスターって、ストーリーテリングがもう一つだねえ。どんなにハードな設定だって、物語が中世の放浪する部族ものでは、そこらの冒険ファンタジーと変わらない。後半、話が拡大し、視点がぐっと大きくなって、本来ならここでめくるめくセンス・オブ・ワンダー!となるべきところも、ちゃんと決着をつけないで(まあジーリーシリーズだから、それでもいいのかも知れないが)放り出す。ちょっと欲求不満の残る作品でした。面白かったけれどね。

『神樹の下で/チョンクオ風雲録10』 デイヴィッド・ウィングローヴ
 転の巻といったところか。北アメリカは炎上するわ、七帝はばらばらになるわ、大波乱の巻だ。陰謀、暴君、クーデター……ドラマチックで面白く読めた。とはいうものの、こういう主人公が誰と決まっていない大河小説は、読者の方もなかなか視点が定まらず、困ってしまう。チェンあたりが感情移入しやすいヒーロータイプなのだが。

『図南の翼』 小野不由美
 待ちに待った十二国記の新刊。出たばかりのをさっそく買って、その日の内に読んでしまった。番外編ではあるが、あいかわらず面白い。勝ち気な十二歳の少女が恭王になるまでの話。というか、蓬山を目指す、その旅の物語だ。他の巻と違って、ドラマは少なく、ストレート一本勝負である。その旅も妖魔が跋扈して苦労するとはいえ、特別な悪人も出ないし、ヒロインの性格も基本的に変化しないし、他の巻に比べれば平和で平穏な物語だといえる。だからこれは作者にとっては「短編」なんだな。きっと。

『帯をとくフクスケ』 荒俣宏
 以前にハードカバーで出た本の文庫化。だいぶ内容が改訂されているらしくて、「新編」と銘打たれている。古今東西の図像のシンボリックな謎を解読していくという趣向の、著者らしい面白いエッセイ集になっている。残念なのは、絵もテーマも興味深いのに、肝心の謎解きがいかにもあっさりしていて、軽すぎることだろう。もっともっと深く知りたいと思ってしまう。おそらく、ひとつひとつのテーマは掘り下げれば本が一冊書けるくらいのものなのだろう。そのあたり不満が残る。

『ドラゴンの騎士/ドラゴン・ウォーズ2』 ゴードン・R・ディクスン
 面白かったことは面白かったのだが、けっこう読むのに時間がかかった。結局、どこで読むのを止めてもかまわない、というか、強烈な引きを感じないというか、淡々としているのだな。イングランドのオオカミのアラなんて、いいキャラクターなんだけど。現代の人間が魔法の使える中世へ行って……という話で、ディクスンだから、理屈っぽいユーモアを期待するのだが、何だか不発に終わった感じ。

『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク2』 マイクル・クライトン
 なんか訳者あとがきで過不足無くまとめてあるので、感想が書きにくいなあ。上巻の初め4分の1くらいまでは少々かったるいのだが、ロスト・ワールドである恐竜島へ舞台が移ってからはまさにノンストップノベル。「おいかけっこ」と「かくれんぼ」のスリルとサスペンスがいっぱいだ。映画化されたら、さぞすごいだろうな。もう一つは、複雑系の科学をテーマにしたハードSFの部分。この島の恐竜たちの生態系の異常さとか、とても面白いのだが、作者が力を入れているわりには説明不足。まあ、もともとわかりにくい話なのだけれど。生物学でのカオスは、むしろしろうとには常識的に見えてしまうのがまずいのかな。常識的に見えることが、実は科学的に説明できるということのすごさ。これってちょっと伝わりにくいと思う。

『魔法』 クリストファー・プリースト
 和田誠の装幀がとてもきれい。途中までの話は、聞いて想像していたのと同じ、細やかな描写が美しい、少し奇妙なラブストーリイといった感じだった。現実崩壊といっても、このあたりはまだ合理的で、登場人物の内心の調整で済む範囲であり、これはこれで心地よく物語性に奉仕しているといえる。「魔法」という新しい要素が導入されて、読者の方も読み方の再構成が必要となるが、まだロマンスがファンタジイになったという程度だった。それが、最後の章で、かなり乱暴にひっくり返される。これはあまり心地よくない。何ていうか、特にヒロインの観点からの話がとても面白く、物語としても成功しているように思えたのだが、最後の強引な侵入によって宙ぶらりんにされてしまうのだ。この侵入は、それが読者に与える衝撃という面では必ずしも成功しておらず、というのもこの観点の侵入を認める合理的な解釈は、すぐ思いつくものとしてはひとつしかなく、それって結構陳腐でいまさら何の衝撃ももたらさない種類のものだからである。もちろん、作者の意図にはもっと深い意味があるのかも知れないが、読者にとっては、ここで現れる「絶対者」にそれまで物語をふくらませてきた相対性 のゆらぎを適用しにくいため、ここまで紡ぎあげてきた物語の破壊者としての反発しか感じられなくなるのだ。これがなければ、アイロニーにあふれたファンタジイとして楽しめたのに、どうしてそれを破壊する必要があったのだろうか。うーん。読みごたえのあるいい話であることには間違いないのだが。


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