内 輪 第432回
大野万紀
毎月末の日曜日は、水鏡子、青心社の青木さん、岡本俊弥さんと例会と称して梅田で集まって雑談しているのですが、この前出た『SFファンジン』第70号(文学フリマ等で購入可です)の「ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア特集」にぼくと水鏡子(ここでは久しぶりの鳥居定夫名義)が寄稿しているのでその話題が出ました。
ぼくはジュリー・フィリップスの評伝による「センス・オブ・ワンダーランドのアリス」(『愛はさだめ、さだめは死』解説)の答え合わせを中心に「ティプトリーの五つの衝撃」というエッセイを書いたのですが、水鏡子の「ティプトリー再考」はそういうものではなく、冒頭にシオドア・スタージョン「孤独の円盤」を引用し、ティプトリー最初期の短篇への偏愛を語り、彼女がスタージョンを高く評価していた証拠を示し、そしてそれらを軽いお笑いとしてしか評価しないフィリップスへの苦言を語る内容となっている。いやあこれぞ水鏡子!
ティプトリーは(ディックらと同様に)スタージョンへも熱烈なファンレターを書いたのだけど、スタージョンはディックと違ってそれを無視し返事を返さなかったんだと水鏡子。あれそんなこと書いてあったっけと評伝を読み直してみると、下巻P373の原註13にしっかりありました。なるほど。
ティプトリーの初期作品「われらなりに、テラよ、奉じるはきみだけ」「セールスマンの誕生」「愛しのママよ帰れ」「断層」などにこそ彼女の最良の魅力があるというのは水鏡子がずっと昔から言い続けてきたことであり、スタージョンへの愛もまた。そういう意味ではこれが彼のアップデート不要な強みなのだなとあらためて思いました。
それでは、この一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。
なお、短篇集についても原則として全部の収録作について途中までのあら筋を記載しており、ネタバレには注意していますが、気になる方は作品を読み終わった後でご覧になるようお願いいたします。
マット・ディニマン『冒険者カールの地球ダンジョン 1: 宇宙人襲来! 飼い猫とダンジョンに放りこまれたんだが?』 ハヤカワ文庫SF2026年3月刊行。訳者・中原尚哉。訳者あとがき付き。米国人の作者がオンライン版を自費出版し、それが大評判になって書籍化、ベストセラーとなったというシリーズだ。訳者のノリノリの訳文が楽しい。
ある日、屋根と名のつくものの下にいた人類がみんな押しつぶされて即死。たまたま外にいた者だけが生き残る。主人公のカールは元カノの愛猫だったプリンセス・ドーナツが夜中に外へ飛び出したので、下は下着のまま、上は革ジャンをひっかけたままで追いかけ、それで助かったのだ。その時、声が聞こえ、目の前にテキストが表示される。英語ではないのに理解できる。生き残った者たちへとそれは告げる。地球はある異星企業の鉱物採掘場となり、全18層の地球ダンジョンとなった。返還要求をするにはダンジョンをクリアしなければならないのだと。
後でわかるが、異星人ははるか昔から地球人を調査しており、このダンジョンは地球のコンピュータゲームをベースに作られていて、ゲームをやったことのある読者ならよくわかる用語や決まりが出てくる。ただしとても凶悪な仕様で、死んだらそれっきり。復活はなし。安全地帯はあるがセーブポイントなし。頭の中に表示されるウィンドウでは当初1300万人ほどいたプレイヤーの数がどんどん減っていく。ダンジョンの各層には数日間の時間制限があり、それまでにクリアして次の階層に降りなければ階層そのものが破壊されてしまうのだ。もちろん先へ進むためにはモンスターを倒してレベル上げすることが必須。しかしこの情報ウィンドウはやたらと口数が多く、しかも語り口がイヤミなのでムカつく。なおここでは特にザコ敵のことをモブと呼んでいるようだ(通常はNPCも含めていっぱい出てくるものをモブということが多いようだが)。
いきなり猫のドーナツと二人でダンジョンに入って行ったカールだが、ゴブリンに襲われチュートリアル・ギルドに逃げ込む。ここで管理者のネズミっぽいクリーチャーのモルデカイからダンジョンについての説明を受けることになる。モルデカイはこのゲームのNPCだが、自意識のある生きた存在だ。カールと同様に惑星を破壊されてゲームプレイヤーとなった異星人であり、ダンジョンの11層でそれ以上行くのをあきらめてこの役を引き受けたのだ。このゲームは全宇宙に配信されていて、数百京人もの視聴者がいる。闘技場の無責任な観客みたいなものだが、気に入ったプレイヤーをフォローしたり支援したりもする。毎日定期的にハイライトの配信があって、フォロワー数の多いプレイヤーはゲストに呼ばれることもある。単にモンスターを倒すだけじゃなく、ショーアップが必要なのだ。生き残るには支援者を増やし、いいアイテムを送ってもらうことが重要なのだ。しかしこのチュートリアルがやたらと長い。あまりこういうゲームに詳しくない初心者にも親切なようになっているのだが、スキップボタンがあるなら飛ばしたくなる。まあ飽きないように色々と工夫されているけれど。その最後で、ドーナツが変身する。見た目は猫のままだが、女王様のように言葉を話しだすのだ。語尾に「にゃーね」をつけて。そのステータスを見るとカールより上。特にカリスマ性が。以後、二人はパーティとなり、リーダーはプリンセス・ドーナツで、カールはその護衛となる。素手の力はカールの方が強いが、ドーナツは目からビームを出すことができるのだ!
かくてカールとドーナツはモンスターを倒し、移動手段を手に入れ、中ボス(何レベルもある)を倒して冒険を続ける。ただここでの戦闘はとにかくグロいしえげつない。モンスターの死体はそれが片づけられるまで――死体を食うやつもいる――そのまま残る。それが汚いし臭いとくる。不快で不潔。そこからアイテムを入手したりする(能力アップもある)のだが、下手するとダメージを受けることもある。食事中に読むのはお勧めしない。おぞましい中ボスの一人はもと人間で、助けて助けてと心の声を上げる。また敵はモンスターだけではない。プレイヤーの中には人間を襲うやつ、プレイヤー・キラー(PK)もいる。カールがタフで、ドーナツがツンデレで可愛いのに救われるが、これって映像で見たいとは思わないな。
第一巻の終わりの方で、カールとドーナツはやっと他のプレイヤーとチームを組む。彼らはある高齢者介護施設の人々で、40人ほどのほとんどが車椅子の老人。認知症を患っている人が多い。ゲームでは全くの足手まといだが、それをブランドン、クリス、ヨランダ、イマニの4人の介護職員が引き連れているのだ。他にアガサという謎めいたホームレスの老婆がいる。それがチーム・メドーラーク。この階層崩壊までの期限も迫っており、カールとドーナツは彼らに協力することになる。モルデカイの説明を聞き、情報番組の配信を見てから、チームはこれまでの知識と知恵を絞ってボス敵と戦う。そして第2階層へ。
マット・ディニマン『冒険者カールの地球ダンジョン 2: 銀河生配信! デスゲームでめざせフォロワー爆増』 ハヤカワ文庫SFこの作品の特徴として、ダンジョンでのゲームを描いていることに加え、それを宇宙的SNSで配信し、膨大な数の視聴者が熱狂して見ているということがある。「銀河生配信!デスゲームでめざせフォロワー爆増」というこの巻の副題がそれを示している。そこには現在のSNSの、ひたすら金儲けとセンセーショナリズムに走る配信元の巨大企業や、まともな人間性を失ったような観客たちの醜悪な姿も描かれているのだ。
本巻(本国では1冊の長編として出たが、日本でそれを2分冊にしたものの2巻目)はそんな配信トークショーにカールとドーナツがゲスト出演するところから始まる。美猫ショーの常連だったプリンセス・ドーナツがここでは主役だ。まだダンジョンに入って間もない二人だが、派手な活躍で注目されていた。ドーナツの一言一言に観客は熱狂する。番組の後、異星人の女性司会者オデット(モルデカイの知り合いだった)は二人に忠告する。このフェイクだらけのダンジョンで、視聴者に人気のあるあなたたちは、生き続けてくれれば金になる。殺されないようにせいぜいがんばって、と。
第2層のダンジョンは第1層と大きな違いはない。変わったダンジョンになるのは第3層からだ。メドーラークの老人たちは攻撃を受けないセーフルームに移動している。ブランドンたちは老人たちを先に第3層へ下ろしたいと考えている。そこだとクラスチェンジができるので、ここでは何もできない老人たちにも生き残る可能性が出てくるのだ。システムからのアナウンスがあり、トイレ以外で排便したプレイヤーには高レベルのモンスターが現れて即座に始末するので注意しろとのこと。ここには平気で立ちションする老人もおり、介護者たちに緊張が走る。カールとドーナツは第3階層への入り口までを掃討する役割を担い、様々なモンスターを倒してはレベルを上げ、新たな能力や武器を入手していく。地方ボスを危機一髪で倒し(おかげで視聴者数激増)、ダンジョンを運営するボラント社から二人のもとにゼブという名の広報エージェントが派遣され、番組出演のマネージメントをすることになったという。オデットの番組の他にもう一つ番組に出演してほしいと。カールはうんざりするが、ドーナツはゼブと地球の連続ドラマについて意気投合する。二人はモルデカイの安全エリアを出てメドーラークとの合流に向かう。ブランドンたちは列車のような乗物を作って老人たちを乗せて運んでいた。だが一人の老人がいつもの調子で立ちションをし、圧倒的なレベル差のあるモンスターが襲ってきた。戦おうとしたヨランダとランドールは瞬殺され、かろうじて生き残ったメドーラークチームと老人たちをセーフルームに逃がして、カールとドーナツは対策を考える。普通に立ち向かっても勝ち目は無い。だがダンジョンのルールを逆手に取れば――。視聴者も注目している。全宇宙の視聴者数は1兆を超えた。
ギリギリのところでモンスターを罠にかけて倒し、メドーラークチームを先に第3層へ送り、第2層でもう少しレベルを上げてから下へ降りようと思った二人だが、セーフルームに入ったところで新たな配信番組に呼び出される。ゼブが選んだものかと思ったがゼブの姿はない。番組はこれまでのと違い、ずっと低俗でゲストに命がけのゲームを強いるようなものだった。司会者のマエストロはスカル帝国の王子だという。さらにゲストとして悪辣なPKの二人、マギーとフランクも現れる。カールは怒り、番組を台無しにする。
セーフルームに戻った二人の前にゼブが現れ、ボラント社とスカル帝国の複雑な関係について話す。そしてあの番組を見た視聴者からカールとスカル帝国の王子を主役にしたBLの二次創作が投稿されてバズっているとも。カールとドーナツは次のボス戦を戦って勝利し、報酬として小さなペットの恐竜を入手する。ドーナツはそれをモンゴと名づける。第2層の残り時間はこのなかなかいうことを聞かないミニ恐竜をなつかせるのに使うのだった。モンゴもモブ敵と戦い、正式にパーティの一員となった。モルデカイが第3層について話をする。そこでは新たに自分の種族とクラスを選ぶことができるのだ。
いよいよ第3層へ降りる時が近づき、カールとドーナツが階段の部屋で待機していると、あの謎めいた老女アガサが現れた。相変わらずショッピング・カートを引きずり、低いレベルのままで。だがそのカートにはバルティ・コーポレーションという会社の製品らしいものが載っている。この老女がただのホームレスじゃないことは明らかだ。アガサは第3層へ降りて行く。彼女こそボラント社より上位レベルのシステムAIの手先ではないのかとカールは思うのだが……。
エピローグでオデットの定期配信に出た二人に、オデットはバルティ人について話してくれる。彼らは宇宙で最も強力な政府の一つをもつ寄生生命体であり、地球ダンジョンを作ったボラント星を艦隊で包囲して債権を取り立てようとしている。それを先延ばしにするためボラント社はこのゲームの運営に、売上向上に躍起になっているのだ。
ということはアガサはやはり……。
本国ではすでに7巻まで刊行されており、シリーズ8巻目がまもなく出るという。これは早く続きが読みたくなるね。
ジョナサン・ストラーン編『星の海を駆ける 新世代スペース・オペラ傑作選』 創元SF文庫 2026年4月刊行。評価の高いオーストラリアのアンソロジスト、ジョナサン・ストラーン編集による2024年の現代スペース・オペラ・アンソロジー。中原尚哉他・訳、渡邊利道・解説。編者による序文「「ニュー・スペース・オペラ」からここへ」の他、14編が収録されている(3編は既訳あり)。
序文はスペース・オペラの歴史から現代での位置づけまで短い中に要領よくまとまっている。もちろんあれがない、これが抜けているとは言えるし、個人的にはディレイニーやダン・シモンズ(名前は出てくるが)にももっと言及してほしかったと思う。
トバイアス・S・バッケル「禅と宇宙船修理技術」(金子浩訳)は『黄金の人工太陽 巨大宇宙SF傑作選』で既読。読むのは2度目だが、それでもこの世界の大きな設定がほとんど説明されておらず、わかりにくい話だなという印象は変わらない。説明なしで物語が進むのはSFではよくあることだし、それで効果を上げている作品もあるのだが、これはどうだろうか。主人公の私はカニみたいな硬甲殻形態にダウンロードされた意識の1つで(ロボットと呼ばれている)、宇宙船の修理技術者であるようだ。ブラックホールを巡り何十億もの市民が住む巨大宇宙船や惑星や建造物のある超巨大世界があって、大きな宇宙戦争で勝利し、降伏した人々を受け入れてといった背景は、ちょっと説明が不明確だが、まあ超未来のすごい世界だという雰囲気があるので、それで十分だろう。この世界では超光速が存在しないのが面白い。主人公は、先ごろの戦争で生き残った(おそらくは危険な戦争犯罪者である)敵の高飛車な重要人物(CEO)を心ならずも助けることになる。私とCEOには価値観(ミーム)に大きな相違があって、倫理的な葛藤に苦しむのだが、私はロボットなので断れないのだ(まさかの三原則?)。味方のセキュリティに見つかるのも時間の問題。どうすればいいか、私は神殿に行ってその瞬間だけに一時的に存在する準シンギュラリティの人工知能に教えを乞う。そして、助けてくれる見返りに持ち株の完全委譲をもちかけてくるCEOと取引し、SFではおなじみのある方法によって倫理的葛藤も解決する。ストーリーはわりあい単純だが、とにかく設定が派手でエキゾチックなのが面白かった。
ユーン・ハ・リー「課外活動」(赤尾秀子訳)は『ナインフォックスの覚醒』のシリーズに属する一編。本編の前日譚にあたる。本編で重要な役割を示す、ジェダオの若いころの話。ストーリー的には独立しているが、背景説明がほとんどないので、『ナインフォックスの覚醒』を読んでいた方がわかりやすいだろう。ここでのジェダオは新任の司令官で、暗殺者・工作者。命を受けて擬装した商船隊に乗り込み、他国のステーションで消息を絶ったスパイ船の調査に向かう。スパイ船にはジェダオの昔の同僚、モンが乗っていたのだ。商船は海賊に襲われたが、ジェダオは殺害した海賊の一人になりすまして当局に連行されまんまとステーションに潜入する。しかしそこでジェダオが知ったのは――。ストーリーは比較的軽め。人死には出るがまるで大きな問題なく解決できたように見える。しかしそれよりも本編で中心にあるのはジェダオの性的な指向であり何かにつけ描かれるほのかにエロティックな描写だろう。
アーカディ・マーティーン「あなたが王だと思っていたすべての色」(内田昌之訳)は短めの二人称小説。あなた(イライアス)はタマルといっしょに育てられたが、実はタマルは女帝のクローンであり、成人を迎えると、女帝とタマルは決闘し、生き残った方が次の女帝となる運命なのだった。明日がその二人の決闘であり、巨大な旗艦の中の闘技場で行われる。あなたはアカールであり、同じ血統の遺伝子をもち、体内にナノマシンを受け入れている。あなたとペトロス(ナノマシンを受け入れていない)、それにタマルは同じ保育所仲間で、三人はタマルを次の女帝とするため、反逆の計画を練っていた。女帝とタマルの命がけの激しい決闘が始まる。あなたは時間きっちりに引き金を引く――。そして訪れた静寂の中で……。
アレステア・レナルズ「ベラドンナの夜」(中原尚哉訳)では20万年かかって銀河を周回したことを祝う千夜祭(せんやさい)が描かれる。何とも壮大な話だ。この時代、宇宙に進出した人類は惑星や恒星系に定着した者もいるし、いくつかの系統に分かれて銀河を巡っている者たちもいる。彼らは20万年かかって銀河を一周し、一同に会してそれを祝うのだ(レナルズの宇宙では原則として超光速は描かれない)。主人公のワタシ、シャウラはオジギソウ系統に属する。最古の系統の一つ、リンドウ系統から来たのがマンテマ。人なつっこく誰からも好かれるカレ、マンテマだが、なぜかワタシとは距離を置いている。しかし、マンテマはワタシの部屋のドアの外にひそかにベラドンナの花を置いていくのだった。あるときそんなマンテマに直接話しかけた。カレはワタシと過去にここで会ったことがあると言う。ワタシはここに来たのは初めてのはずなのに。そして告げられた真実は……。壮大でそしてとても哀しく切ない物語。レナルズはうまいなあ。短いが傑作である。
T・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」(原島文世訳)の主人公はロボット(?)の兄妹。むかしむかしあるところに男がいて、ブラザーとシスターと名づけた巨大な2台の金属の機械を作り、ナノマシンを組み込んで自由に構造を調整できるようにした。しかし男は年老い、2台にはこの惑星の外に出て小惑星帯で自由に暮らすように伝え、自分は救助隊に連絡する。また世の中には悪人がいるので無垢な二人は注意するようにとも。はるか昔に資源を掘り尽くされた小惑星帯での生活が始まる。美味な金属を求めて進んでいると、小惑星くらいのサイズの放棄された巨大な金属の宇宙船が見つかった。美味しくいただいていると、その持ち主が現れて二人は捕まってしまう。5千年かけて作っていた私の船を食ったなとそいつは言い、自分のために翼を作れと命じる。鉤爪のあるこいつを二人は第三ドローンと呼んだ。第三ドローンはかつてガス惑星に棲んでいたがそこから追い出されたのだ。そして翼を手に入れてそこへ戻ることを計画している。シスターはそこに「悪」を見た。そして悪から自分たちを守るための「嘘」を手に入れる。そしてついに翼が完成し、第三ドローンはガス惑星へと向かう……。未来のおとぎ話といった雰囲気があり、ロボットの兄妹が素朴で可愛い。
チャーリー・ジェーン・アンダーズ「時空の一時的困惑」(市田泉訳)は『黄金の人工太陽 巨大宇宙SF傑作選』で既読。スピード感溢れるアクション満載のぶっとんだドタバタSFで、面白さ抜群。市田泉の訳文もノリノリだ。主人公は宇宙でレストランを開業するのが夢の二人組。モンスター娘のシャロンとイケメン(だが実は単細胞生物)のカンゴ。二人は背徳の世界〈自由の宮〉で生まれた(作られた)。今回は恒星系をまるまる呑み込んだような巨大なぶよぶよの存在〈お広様(ひろさま)〉から「時空の一時的困惑」を作り出すシントリックスという装置を盗み出すのが地球政府から依頼された仕事だ。もともとその恒星系に住んでいた人々はみな〈お広様〉を強制的に崇拝させられカルト信者となっている。二人は危機一髪で無事に仕事をやりとげたが、信者の一人、ジャラという娘がいつの間にかついてきていた。依頼主は二人に次の仕事、二人が逃げ出してきた〈自由の宮〉で究極の兵器が作られているので、それを奪ってくることを依頼する。レストラン開業が夢の二人はそれに応じるのだが……。ジャラも二人に加わり、さらに宇宙船の意識、ノリーンもからんで、銀河系を破壊してしまうという超兵器(こいつも意識をもっている)を入手するのだが、そこに〈お広様〉が追ってきて……。それにしてもホール&オーツはいつから神様になったんだろう。
アリエット・ド・ボダール「包嚢」(大島豊訳)はちょっとスペース・オペラの概念からは外れていて、テクノロジーによって仮装された自分と本当の自分との齟齬、あるいは異文化との葛藤を描いた作品だ。「包嚢」とは外見を変化させ、それだけでなく様々な文化的相違を翻訳・アシストしてくれる化身(アバター)だが、仮想空間ではなく現実空間で身にまとうものである。それはこの世界を支配している星間勢力ギャラクティックの文化・価値観をベースに開発されたもので、ギャラクティックから独立した存在である〈長寿ステーション〉の住人、主人公のキュイには違和感が大きい。彼女は人前に出るときだけそれを最低限の機能で着用している。叔父が経営するレストランでギャラクティックの大物夫妻が結婚5周年の宴会をしたいという話があり、キュイは叔父に呼び出されその打合せに同席する。ここで大物夫妻の妻、アグネスの視点が挿入される。包嚢に深く包まれ、自分がほとんど消滅してしまったかのようなアグネス。キュイは打合せの場でそんな彼女の様子に気づき、包嚢を脱ぐように言うのだが……。ギャラクティックがアメリカや西欧のイメージで、〈長寿ステーション〉が東南アジアをイメージさせるのは明確だが(作者はフランス在住のベトナム系作家)、文化的相違以上に、アグネスなる女性の病的な包嚢依存が描かれ、そこには民主的と自称しているギャラクティックにおけるジェンダー的な矛盾も関わっているようである。色々と割り切って自分の好きなように生きているキュイやその妹が好もしい。結末には希望の光が見える。
セス・ディキンソン「モリガン、光へと落ちる」(山崎美紀訳)は宇宙戦争が舞台なのでスペース・オペラには違いない。50年前、人類は異星人の侵略と闘いそれを撃退した。太陽系(ソル)連邦は平和になり、温厚で民主的な哲学が支配するようになった。だがその結果外宇宙の星間コロニーは孤立し、ソル連邦の富とインフラを得るため同盟軍を結成して攻め込んで来たのだ。――といった背景はあまり重要ではなく、この作品ではソル連邦に育ちながら温厚さを捨て戦闘のために自ら怪物となった女性パイロットのシムズ大佐と、その部下となった優秀なパイロット、ラポート(コードネームがモリガン)の、死を目前とした極限状態における関係性が中心となっている。二人の乗っていた護衛艦は大破し、太陽に向かって落下しつつあったのだ。飛ばせる戦闘機もなく、二人は司令室でただゲームをしている。敵を人間と思うな、ただ殺せ、殺せと叫ぶシムズを、ラポートは人間に戻すよう上官から命令されていたのだが、激しい戦闘を共にする中で、ラポート自身がシムズにある種の愛を抱いたのだった。最後の土壇場で救援が来るが、ラポートは――。
ラヴィ・ティドハー「背教者たち」(茂木健訳)はユダヤ教の支配する宇宙でのハード宗教SFである。ユダヤ教に関わる用語と著者の造語が多数使われ、訳注を参照しながら読まないと何のことかわからなくなる。惑星カデシュに出現した異端者を始末するため、亡命者の長(エクシラルク)は腕利きの裁定人(どうやら体内に禁制テクノロジーが埋め込まれた改造人間のようだ)シェメシュを派遣する。だがシェメシュはその地で謎の存在と闘い、ついに異端の聖人がいるという洞窟に到達する。異端者イシュマエルは一種のロボットだと言うが、シェメシュにある光景を見せ、そして――。シェメシュの記憶には不可解な空白があるため、エクシラルクたちは帰還した彼を聖宮殿の地下で拷問する――。長大な時間を背景にした複雑な陰謀が描かれるのだが、超越的なテクノロジーがまさに神話として作用している。
ベッキー・チェンバーズ「善き異端者」(細美遙子訳)。こちらも異端者の物語だが、ティドハーと違ってずっとソフト。何といっても『ロボットとわたしの不思議な旅』の著者だからなあ。でも主人公の苦悩と決断は当人にとってとても苦しいものである。主人公のマスは銀河共同体(GC)に属するシアナット族の少女。シアナット族はある年齢になるとウィスパラーという共生ウィルスを感染させることでウィスパラーとのペアになり、非常に高度な思考能力を発達させることができる。かれらは銀河共同体になくてはならない超光速飛行のナビゲーターとなるなど、その直感力と叡智をもって活躍するのだ。マスもついにその年齢に達し、感染者となる。ところがどこか他の人と違う違和感があった。ウィスパラーの働きで高度な思考能力が発達し、彼女はやがて宇宙船のナビゲーターとなることができたのだが、それでもウィスパラーとの一体感がなかった。彼女の高次の脳、世界を感じ、自分を知る部分はウィスパラーを拒んだのだ。昔母に聞いたことがある。シアナット族の中に、ウィスパラーの感染を拒む異端者がいると。そして彼らは普通のシアナット族と共に暮らすことはできず、アルーンという流刑の星に去って行くのだと。マスは自分の意思でウィスパラーとの共生を拒んだわけではないが、結果的には彼らと同様の状態となったのだ。そして数年後、本当の危機が訪れる――。そしてマスは自分が異端者であることを認め、善き異端者としての決断をするのだ。
アーニャ・ジョアンナ・デニーロ「クイーンズスロートへの旅路」(小路真木子訳)は解説で渡邊利道さんが書いているように、往年のサイエンス・ファンタジイを思わせる壮麗な物語である。どのような結末になるのかも途中で明らかにされ、そこに至った経緯が主人公の回想として語られる。多数の月が存在する世界。主人公の老女はかつてそこを支配する千寿菊帝国に仕えていたが、帝国が崩壊したときに逃れ、今はあまり人の住まない小さな月でスモモを栽培しながら平穏に暮らしている。そこへ「清浄軍」という自分たちの信条に反する者全てを滅ぼそうとする独善的で排他的な思想にかぶれた少年たちがやってきて彼女を襲おうとする。しかし彼女の敵ではなく、たちまち少年たちをボロボロにするのだが、その中にいた最年少の一人がなぜか気になり、後に「清浄軍」の本隊が月を襲ったときにその少年を助け出すのだ。少年は――いや、彼の心は少女だった。主人公もトランスジェンダーでかつては男性だった。だが「清浄軍」はそういう多様性を許さない。タイトルのクイーンズスロートとはかつて帝国にあった彼女らの行くべき所であり、主人公はそれを知っていた。そして二人は「清浄軍」に立ち向かうことになる――。
アン・レッキー「審判」(赤尾秀子訳)は激しいが何とも不可解な物語で、説明のない用語が頻発し、背景となる世界観もよくわからないところが多い。もっともそれがこの作品に幻想的で独特な魅力をかもしだしている。主君メルルの〈眼〉の一人であったが、今は宮廷を離れて雪原で一人暮らしているヘットのもとに、かつての同胞、ディオートがやってくる。彼人(かのと)の後ろにはその紋章(その人を象徴し、言祝ぐロボットみたいなものか)がとことことついてくる。彼人はヘットに主君メルルが宮廷に戻るよう言っていることを告げる。ヘットに選択肢はない。宮廷に戻ったヘットにメルルは、あなたが必要なのと言う。民の安全のために、混乱や陰謀の芽を見つけ出して根絶しなさいと。だがそんなものは存在しないのだ。この世界では義人と呼ばれる「アニマ」を持ち、死んでも復活が保証された者たちと、一度きりの生を生きる唯一生(ゆいいつせい)と呼ばれる普通の人々がいる。ヘットの部下である〈三十六〉に反乱の兆候はどこにあるか聞くと、唯一生を根絶すればいいのではと答える者がいた。激怒したヘットはその者を殺し、さらに義人たちを見境無く虐殺していく。ついにメルルとディオートがヘットの前に現れ、そして――。血と殺戮に満ちた物語であるが、どことなくユーモラスなところもある。
サム・J・ミラー「惑星執着者」(中村融訳)は軽快なコメディのように始まるが、次第にシリアスで重い話になっていく。ワーク・ゲートで多数の世界がつながっている宇宙が舞台で、主人公のぼくはセックス・ワーカーの(早い話が男娼の)アラン。ひさびさの休暇をもらい、26のゲートを渡ってメネリク・ステーションへ遊びに行くが、そこでたくましい元兵士の男二人、今はフリーランスの武器商人をしているデックとペルに出会い、ベッドでひたすら楽しく過ごすことになる。だがデックから「きみはどこの惑星の出身?」と聞かれて去って行った故郷を思い出す。その風景を、そして泣きじゃくる弟の姿を。ぼくの故郷の惑星ウクバルは過激で排他的な反=外世界主義に犯され、他の世界とのゲートを閉じてしまったのだった。ぶしつけな質問をしたことを謝り、二人はぼくを宇宙射撃に連れて行ってくれる。ぼくはセックス・ワーカーだが、収入の三分の二は仕事で得た情報を情報の売人モリブディータに売りさばくことで得ている。デックとペルはそれにも協力してくれることになった。そして新たに二人が提供してくれた情報をもって、ぼくはモリブディータのところへ行く。そこでぼくの前に彼女が会っていた男がチップとして残したコインを見つけるが、それはウクバルのものだった。ゲートが復活しているのか? ぼくはデックとペルの力を借りてコインを残した男を追い、故郷へのルートを探す旅に出る。そうして見つけ出した男は弟のことも知っていた。そして――。結末はちょっと意外だった。え、そうなの? という感じ。でもこのように現代的で政治的なテーマを描く時、こういうリアリズムもありかと思う。
カリン・ティドベック「スキーズブラズニルの最後の旅」(市田泉訳)は生体宇宙船スキーズブラズニルの物語。ただし人間ではなく、彼女は巨大な水棲の異生物である。ヤドカリのように建物などを外殻としてその中に入り、海底を泳ぐように世界の隙間の異空間を泳いで目的地へと浮かび出るのだ。彼女は言葉を話さないが、機関士のノヴィクとは意思が通じている。主人公はたまたま故郷を訪れたこの古びた旅客宇宙船に修理工として雇われたサガという娘。スキーズブラズニルはオンボロ船でしょっちゅうトラブルが起こる。思っていたようなロマンチックな宇宙旅行ではなく、雑役ばかりの退屈な旅が続き、サガが没頭できるのは「アンドロメダ・ステーション」という連続ドラマのビデオを見ることだけだ。このところ客室や船室で故障やトラブルが続き、ノヴィクが言うには、スキーズブラズニルの成長が止まらず外殻である宇宙船に収まりきらなくなっているのだそうだ。ノヴィクはある星に廃墟になった都市があり、そこでなら彼女の体に合う建物を見つけられるので、それを彼女の新しい外殻とするようにと船長に進言するが、船長はそんなリスクは冒さずスキーズブラズニルを売り払って新しい船に買い換えるつもりだった。彼女は肉として売られることになる。乗客を降ろし、船長とその腰巾着のスチュワードがオフィスへ向かったとき、サガとノヴィクはスキーズブラズニルを救うための行動を開始する――。ジュヴィナルっぽい展開だが、結末は夢があってとても楽しかった。