大野万紀
5月のSFファン交流会は5月30日(土)、「ティプトリー その実在と虚構」と題してzoomにて開催されました。
出演は、大野万紀(翻訳家、SF評論家)、牧眞司さん(SF研究家、文芸評論家)、勝山海百合さん(小説家)です。
写真はZoomの画面ですが、左上から反時計回りに、大野万紀、牧眞司さん、みいめさん(SFファン交流会)さん、勝山海百合さんです。
今回はぼくが「ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア年譜」という資料を作成し、そこにSFファン交流会により出演者のティプトリーとの出会いや一推しの作品などを追加したものを、参加者のみ限定でダウンロードできるようになっていました。
ここにはそのうち、ぼくの作成した年譜部分のみをPDFで掲載します。ただし、画像や引用文には『男たちの知らない女 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの二つの生涯』からの引用を含みますので、あくまでも個人での私的利用のみに限定し、第三者への配布や拡散は行わないようにお願いします。
以下の記録は必ずしも発言通りではありません。自分の書いた資料をベースにしていますが、チャットも含め当日のメモを元に簡略化して記載しているので間違いがあるかも知れません。問題があればご連絡ください。速やかに修正いたします。
みいめ:本日はまずティプトリーとの出会いを三人に語っていただき、それから大野さんの作成された年譜をもとにティプトリーの二つの顔をもつ生涯を、歴史の流れと共に三人に語っていただきたいと思います。まずはみなさんのティプトリーとの出会いから。
大野:初めて読んだのはSFマガジン1974年3月号、伊藤典夫さんが本当にさりげなく訳された「そして目覚めると、わたしはこの肌寒い丘にいた」です。伊藤さんはその解説で、今注目されている大型新人であると紹介し、「名作とはいえませんが」「SFに古くからある題材を利用し」「幻想的な未来世界」を描いていると書いていました。そこではティプトリーを「ペンタゴンの地下階に長年勤務し」「ペンタゴンで過ごすうちに肉体がすり切れてなくなり」「想像力だけの存在になってしまったのではないかと噂される」「経歴、年齢などまったく不明という謎めいた作家」と書かれてていました。実をいうとぼくはこの作品は見落としていて、水鏡子がすごいすごいと言うので読んでみたんです。その時は確かに魅力的だけど、あまりピンとは来なかった。でも続けて訳された「苦痛志向」にはギャッといわされました。そこで発売されたばかりのの第一短編集(後に『故郷より10000光年』として邦訳された)の原書を洋書屋を探し回って手に入れ、本当にむさぼるように読みました。
牧:ぼくも同じでSFマガジンの74年3月号「そして目覚めると、わたしはこの肌寒い丘にいた」です。でも大野さんが大学生だったのにぼくは中学2年生でした。伊藤さんのペンタゴンとかの紹介はもちろん、作品そのものも背伸びしている中学生にはとても琴線をくすぐられるものでした。『愛はさだめ、さだめは死』でシルヴァーバーグが書いていたティプトリー式叙述法というのにまさに当てはまるような作品で。要するに読者はわけがわからないまま作品世界に放り込まれるということですね。「苦痛志向」の方はぼくには難しくてわかりにくかった。
勝山:SFマガジン1987年1月号に浅倉久志さんが訳された「たったひとつの冴えたやりかた」(『たったひとつの冴えたやりかた』に収録)です。それまでにもSFマガジンで読んでいたかも知れないけど、名前を覚えたのはこの作品です。タイトルと、川原由美子さんのイラストがすごく印象に残りました。
みいめ:本日のテキスト、ジュリー・フィリップス『男たちの知らない女 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの二つの生涯』について。
大野:これは2006年にジュリー・フィリップスが書いたティプトリーの評伝です。今度北川依子さんのすばらしい訳文でついに翻訳が出ました。ティプトリーや母親の残した文書の調査、関係者へのインタビューなど、とても詳細に調査して具体的かつ迫真的に描きだした本です。日本では上下巻で出ましたが、上巻では生まれてから作家になるまでのティプトリー、というかティプトリーになる前のアリスの生涯を追い、下巻ではティプトリーとしてデビューしてから衝撃的な死を迎えるまでを扱っています。
下巻では編集者や作家との手紙のやり取りが大きく扱われているんですが、それがきちんと残されているのにはジェフ・スミスというファンの存在が大きい。あまり有名とはいえない若いSFファンのジェフがティプトリーと文通して仲良くなって信用され、資料の保管を任されたおかげです。
勝山:あの、ジェフの話、していいですか。評伝にも書かれているんですけど、74年にワシントンDCで開かれたワールドコンでティプトリーがヒューゴー賞を受賞するんです。そこでティプトリーが初めて姿を現すんじゃないかってみんな期待するんですけど、ティプトリーは来ておらず、ジェフが代わりに授賞式に出て、ごめんなさい、ぼくも皆さんと同じくらいティプトリーのことは知らないんですと言うんですが、やっぱりあれがティプトリーなんじゃないかとささやかれます。そこへハーラン・エリスンが「あんなちっぽけなボンクラのはずがない」とみなに聞こえるような声で断言してくれるんです。私の中ではここがクライマックスでした。
みいめ:ここからは資料をもとに年譜の話をしていただきます。
大野:まずは誕生から。ティプトリーことアリス・ブラッドリーは1915年生まれです。1915年というと大正4年。ティプトリーが活躍したのは主に70年代以降なので、つい当時のディレイニーだとかル=グィンだとかよりも少しだけ年上みたいなイメージがあったんですけど、もっとずっと年上なんです。日本で言えば星新一が大正15年生まれですから、日本のSF作家第一世代より10歳以上年上。歳が近いのはラファティとかコードウェイナー・スミス。ハインラインはもっと年上です。
6歳のときに、両親に連れられてアフリカへ行くんですけど、その後もアフリカやインドへ行って、異文化に触れます。評伝ではそれをSFのファースト・コンタクトに例えています。幼いときにそんな体験をしたんで、「同年代の普通の子供たちとの生活に深い疎外感を覚え、文化の相対性に悩まされる早熟で孤独な少女となった」(大野万紀『愛はさだめ、さだめは死』解説)わけです。
大野:14歳のとき、初めてSFと出会うんですがこの時のエピソードがいい。お父さんの親友でハリーおじさんという人がいて、アリスは親しくしていたんですが、この人がとってもいい人なんです。あるときハリーおじさんの買ってきたパルプ雑誌がアリスたちの目にとまります。宇宙怪物が半裸の女性を襲っているような表紙で、〈ウィアード・テイルズ〉の1929年2月号、エドモンド・ハミルトンの「太陽強奪」が載った号です。なお表紙のような場面は小説には出てきません。おじさんはあわててこれは子供に買ったんだとごまかそうとしますが、アリスはわたしは子供だよね、それいただける?と言ってもらってしまいます。かくしてアリスはハリーおじさんといっしょにSF雑誌を読みふけるようになるんです。
大野:同じ29年にアリスはスイスの教養学校へやらされます。まあ花嫁学校ですね。アリスにはちょっと早い気がしますがそこには18歳とか年上のお嬢様たちがいて、アリスは彼女たちに憧れるんですが、何せ6歳でアフリカに行ったような子ですから、彼女たちからは「あの子」と呼ばれ、孤立してしまいます。そのころからアリスの「故郷への帰還」という大きなテーマが現れてくるんですね。
その後、16歳でニューヨークの小さな寄宿学校へ移るんですが、親が有名人でアリス自身がとても美人だったので新聞に「デュ・モーリアのヒロインのごとく」と書かれて写真が載ったりします。評伝では、このころには彼女は男性にも興味を持つんだけど、同時に女性に恋心を抱いていたということが書かれています。
みいめ:それは証拠とかあるんですか?
大野:文書に残っています。
勝山:あの人が好きだったとか、いっぱい書いて残っているんですよ。
みいめ:16歳で新聞に写真が載るとかびっくりするんですが。
牧:お母さんがすごい有名人だから。
勝山:社交界の有名人の娘でヒロイン。
大野:17歳でサラ・ローレンス女子大に入学します。アリスは画家を目指していました。ここでもアリスはスター的な存在でした。でも内心は将来についてかなり混乱していました。お母さんの期待が大きいのでそれに応えなくちゃいけない、母の望みを叶えて誉められる子になりたいと思いつつ、でも自分のイメージとは違っている。
牧:アリスは画家を目指していたんだけど、視覚心理に興味があって、その本を書こうと思ってた。それが心理学研究につながる。もっと後、大戦後、CIAのころに心理学の勉強を初めて、そういったことが全部SFにつながってくるんです。
大野:19歳でウィリアム・デイヴィーという男の子と電撃結婚します。これがまたすごい話で、お母さんがアリスを社交界にデビューさせようと、すごく豪華なパーティーを開こうとするんですが、たまたまアリスの隣に座った21歳の学生のウィリアム・デイヴィーという、前から多少は知ってたみたいなんですけども、その子がアリスにプロポーズして。で、そこでもうオッケーしちゃって、そのパーティーから逃げ出し、いきなり結婚します。
みいめ:電撃にもほどがある。
牧:全く知らない人じゃない。社交界にちゃんと招待されている人。チャールズ・プラットのインタビューではろくでなしみたいに言われているけど、それなりにちゃんとした人だった。
大野:『愛はさだめ、さだめは死』のぼくの解説ではチャールズ・プラットのティプトリー・インタビューをもとにして「3日前に知り合ったばかりのハンサムな男の子と駆け落ちし、結婚する。すぐに離婚したが」と書いたんですが、評伝によればそれは間違いです。二人の両親とも結婚を認めているし、結婚生活も6年間続いている。二人ともすごく知的で若くて過激。でもかなり羽目を外したボヘミアン的な生活だった。その時の危険な中絶手術で、後で分かったんですけどアリスは子供が産めない体になった。アリスは自分が女性であるということに困惑して、男の肉体で男の人生を送りたいというようなことも書いています。
牧:ティプトリーがフェミニズムの勉強をするのはもう少し後なんだけど、いわばナチュラル・ボーン・フェミニストみたいなところがあって、同年代の中でもちゃんとフェミニズム的な考えをもっていた。ところが同時に女性に対する蔑視もある。なんであんなつまらない話ばかりしてるんだろうとか。社会から抑圧されているという気持ちもあり、一般女性への蔑視もあり、セクシャリティの混乱もあり、いろんなものが重なってるんですね。
勝山:セクシャリティの話で女性にも惹かれるというのはまあわかるし、バイセクシャルくらいなら、ことさらクィアとかいわないくらいで21世紀の我々にとっては異端でもないんですが、ティプトリー本人が優れているせいか、ちょっと女性を下に見たり小馬鹿にしているというか、そこが厳しいと感じました。ちょっとあなたは女性のことをあまり知らないんじゃないのと。若いころのティプトリーは男性のミソジニーを女性ながら内面化してたような感じがします。
でも伝記の後半部分、SF雑誌に小説を書くようになり、女性の作家たちと文通するようになって、フェミニズムの話をしたり、いろんな話ができ、友だちになって絆が深まると、以前のティプトリーにあったミソジニー的なものが少なくなってきたように思います。
伝記の後半のティプトリーはすごくいい人ですね。でもお母さんの介護とか、抑鬱状態で悩みがあってしんどい時期ではあったんですけど。それでも人間的には成熟している感じがしました。
みいめ:私はこの前半のティプトリーというかアリスの時代に不思議だなと思ったのは、お父さんってあんまり出てこないじゃないですか。いつもお母さん、お母さんみたいな感じで。それなのに、男がまずあって、彼女はそれに気に入られるような女の子でなきゃいけないみたいになってんのかしら?
牧:いや、ちょっと違う。男に気に入られるじゃなくて、アリスはアリスとして認められたいんですよ。一番は母に認められたい。そして社会的にも認められたいんだけど、それは当時は男に認められるってこと。社会的に地位をもっているのはほとんど男だったから。ミソジニー的なものを内面化しているっていうと、それはそうなんだけど、それはアリスの問題というよりは社会の問題だったといえる。
お母さんという大変優れた女性を間近に見ていたから、さっきのお嬢様学校へ行ったときも周りの女の子たちが他愛もない話ばっかりしていてうんざりする。だから勝山さんがご指摘になったように、SF作家になりSF作家の友だちができて変わっていったというのも、周りに自分と同じような知性をもった女性がいるとわかってきたというのがあると思う。アリスはちゃんと考えられる人なんで、男性性とか生得的な性で人の性格が決まるとか思っていたんだけど、そうでもないなとか、いろんなことがわかってきた。だから時代の制約とか周りの状況とか、そういうのがあるんだ。
それからアリス自身のセクシャリティの問題として、ぼくは詳しくないんであんまり単純化していうことじゃないんだけど、彼女は男性的な女性の愛し方みたいなメンタリティをもっていて、同性愛的なものもあるかも知れないけど、男性的な衝動を抱えていたんじゃないか、それらが複雑に入り組んでいたんじゃないかと思う。今はいろんな文献もあるけど、その当時のアリスは自分一人で考えなくちゃいけなかったから、迷っていたんじゃないかしら。
みいめ:年譜の話に戻りましょう。
大野:アリスとデイヴィーですが、なんやかんやあって、1940年に離婚します。41年には新聞社に入って美術評論の仕事をします。いろんな才能があったんですけど、アリスは忍耐力に乏しいところがあって、長続きしない。結局画家になることを諦めるんです。
第二次大戦が始まり、日本とも戦争になると、アリスは陸軍女性補助部隊(WAAC)に志願し入隊します。でも男性と平等に働けると思ったら、これはあくまで補助部隊でした。そこで43年には航空写真から敵の情報を解析する航空隊写真情報部へ移ります。で45年に戦争が終わったとき、アリスは29歳でしたが、その時の縁でロンドンへ派遣されます。そこで、ドイツ軍から入手した技術を利用するためにハンティントン・シェルドン大佐が率いた部門に配属され、それがシェルドン大佐との出会いです。それからたった4週間で互いを認め合い、アリスはシェルドン大佐と結婚してアリス・シェルドンとなりました。
46年には二人とも陸軍を辞職し、48年には面白いことに鶏の孵化場経営を始めます。でも長続きしません。
大野:はっきりとした年代ではありませんが、1952年ごろ、アリスが37歳のころから、再びSFを読み始めます。そして自分が子供のころのSFとは違うものとなったと気づくんです。アシモフ、クラーク、ブラッドベリ、ハインライン、ベスター、コードウェイナー・スミス。いわゆる50年代SFです。
赤字になった孵化場は売却し、ワシントンDCへ引っ越します。そして仰天、二人ともCIAに就職するんです。
CIAのことはプラットのティプトリー・インタビューで面白おかしく語っていました。『愛はさだめ、さだめは死』の解説に書いた通りです。でも評伝を読むと、もっと地味なことだったようです。これもアリスのサービス精神ですね。
牧:CIAといっても当時のCIAは今とちょっとイメージが違うよね。
大野:戦後すぐですから、わりとまともな感じです。この後ですかね、CIAは悪役のイメージが定着するのは。
大野:38歳ごろには、いくつかの初期の草稿をSF雑誌に送っています。全部不採用になりますが。
55年、40歳のとき、突然CIAを辞職して行方をくらます事件が起こります。家出して小さなアパートで1年足らず暮らすんですが、実は夫と離れていたのはせいぜい数週間だったとのこと。これもインタビューの方では面白おかしく書かれているんですけど、CIAでも夫の仕事と自分の仕事の不均衡とかいろいろストレスの溜まることがあったんでしょうね。
アリスは今度は以前中途半端だった心理学の勉強をちゃんとやりたいと思って41歳でアメリカン大学へ入学します。最優秀で卒業してジョージ・ワシントン大学へ移り、視覚心理学の研究をします。そして学生を教えることになるのですが、現実は厳しく、アリスはくたくたになってしまいます。博士論文の執筆もやっていたんですが、なかなかまとまらない。博士号は取るんですが、アリスはその執筆中の気晴らしにSFを書いて雑誌に投稿するんです。それが1968年、53歳にして男性のSF作家、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの誕生です。
このペンネーム。博士号を取ったアリスは心理学の本を書こうとするんですがあれこれ興味が移ってなかなかまとまらない。学者としてまだ不安定なので、SFはあくまでもお遊びなんだとわかるように、バカバカしい名前にしようと思ったそうです。夫と二人でスーパーマーケットに行ったとき、たまたま棚にティプトリーという商品名のジャムがありました。アリスが「ジェイムズ・ティプトリー」といい、夫が「ジュニア」と言った。それでジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの出来上がりです。
みいめ:そのジャム、今でも売ってます。1個千円くらい。
大野:初期の短編、「セールスマンの誕生」「断層」「愛しのママよ帰れ」(このあたりの作品はいずれも『故郷より10000光年』に収録)がジョン・W・キャンベル、ハリイ・ハリスン、フレデリック・ポールに採用され、まず「セールスマンの誕生」が〈アナログ〉68年3月号に掲載されます。これがSF作家ティプトリーのデビュー作です。〈アナログ〉デビューなので、情報が何もなかった当時、ティプトリーはアナログ作家と言われたこともあります。
牧:〈アナログ〉は当時キャンベルが編集していて、ちょっと右よりの、技術志向でガチガチのハードSF雑誌というイメージがあった。そうではないのも載っていたから、これは偏見ではあるけれど。
大野:「セールスマンの誕生」はそういう〈アナログ〉っぽい作品ではないですね。パルプ雑誌の雰囲気を残したコミカルでユーモラスな作品です。ちなみに水鏡子はこれとか「愛しのママよ帰れ」とか、このあたりの作品が大好きだと公言しています。
大野:69年に〈ギャラクシイ〉に「エイン博士の最後の飛行」が掲載されます(『愛はさだめ、さだめは死』に収録)。これでティプトリーは一挙に注目作家となるんですね。これはぼく自身も大好きな作品です。その前の年からティプトリーは「スタートレック」にはまっていて大ファンとなり、「ビームしておくれ、ふるさとへ」を〈ギャラクシイ〉に続けて掲載します(『故郷より10000光年』に収録)。これまた傑作です。
大野:アリスはもともと手紙魔だったんですが、このころからティプトリーという男性名でたくさんのSF作家や編集者と頻繁に文通するようになります。フィリップ・K・ディックに熱烈なファンレターを送ったりします。
牧:アリスは自分の正体を隠しておこうとしてるんだけど、いろんな人と文通して、あれこれ話をしちゃう。隠したいならそんな話をしちゃいけないんだけど、アリスは自分自身を表現したいという気持ちと、仲良くなった人たちとコミュニティを作りたいという気持ちと両方ある。
アリスはアリスという名前では結局認められなかったという気持ちがあった。心理学でもそうだし、お母さんや夫のティングの前だと同じような仕事をしていてもアリスはかすんでしまう。ところがティプトリーであれば友だちもできるし、こんな楽しいことはない。女性として認められなかったアリスがお母さんとの関係のバリアとして最初の結婚もしたし、ティングとも結婚したし、男性を間に挟むことによって自分自身であろうとした。ところが結局男の方が評価されてしまう。それが正体を隠してティプトリーという男性名のペルソナを手に入れることによって、小説も出せるし友だちもできる。ちょっとねじれているんですけど。
みいめ:ここで初めて自分がちゃんと表現できるってことですね。
牧:でもそれが「わたし」かどうかはわからない。そこで「ティプトリー」という(「わたし」とは違う)もう一つの人格が出てきてしまったという言い方もできる。
大野:でもそれに浮かれているんですよ。とても楽しそうなんです。でも後半になってくると、それがだんだんと辛くなっていくんですが。
ここでちょっと面白い話が出てきます。デイヴィッド・ジェロルドという「スタートレック」の脚本を書いていた若いSF作家がいるんですが、ティプトリーは彼とも文通していた。ジェロルドはティプトリーに会いたいと思って手紙の住所からアリスの自宅を訪問します。ところが出てきたのはおばさんで、住所違いだと追い返されるんです。もちろんそのおばさんはティプトリー本人なんです。これであわてたティプトリーは私書箱を作って住所変更し、以後の手紙はそこから出すようにしました。とてもCIAの関係者で秘密主義のアリスとは思えないくらいとぼけた味があって、笑えるエピソードです。
大野:この後、70年になって夫のティングもCIAを退職します。ユカタン半島のキンタナ・ローに別荘を入手し、アリスは自分の生活と旅を優先して、ディプトリーをいったんここで休憩します。とはいえそれは1年足らずのことで、翌年、56歳のティプトリーはSF雑誌やアンソロジーに多数の傑作を投稿します。ここから73年までにティプトリーを代表するような傑作の数々、「愛はさだめ、さだめは死」、「男たちの知らない女」、「接続された女」(いずれも『愛はさだめ、さだめは死』に収録)などが掲載され、73年には最初の短編集『故郷より10000光年』(の原書)が出版されます。74年には「愛はさだめ、さだめは死」がネビュラ賞、「接続された女」がヒューゴー賞を受賞。まさにティプトリーの黄金時代です。
大野:ここで日本の話になります。冒頭で話をしたように、74年、SFマガジン3月号に伊藤さんの訳で「そして目覚めると~」がひっそりと翻訳されます。これがティプトリーの日本初紹介でした。一月あけて5月号に「苦痛志向」が載り、衝撃を受けたぼくらは第一短編集の原書を手に入れてむさぼり読んだというのは冒頭でお話した通りです。そこから何編か翻訳し、ガリ版刷りのSF研の会誌「最後のレベル烏賊」に掲載しました。それだけじゃなく、20枚ほどのティプトリー論まで書いてしまいました。短編集一冊読んだだけで書いたので今読めば笑えるんですが、それでも後に『老いたる霊長類の星への賛歌』の鳥居定夫(水鏡子)解説に引用されているように、いい線いっていたと思えるところもあります。
ただ「故郷」とか「マザー」とかへの執着は、読めば誰でもわかるくらい明確なことでした。ところがティプトリー自身はそれが作品中に現れていることにあまり自覚がなかったようです。評伝には、ガードナー・ドゾワが書評で指摘したそのことをアリスがそんなに明確に書いたつもりはなかったとあります。
ちなみにこの鳥居定夫という水鏡子のペンネームですが、とりい・ていぷ=ティプトリーで、最近はほとんど使っていないようですけど、水鏡子(=うぉーたー・みらー・じゅにあ)よりもよく出来ていると思います。大野万紀(=たいや・まっきん)もどうかと思いますけど。
みいめ:まだ途中なのですが、そろそろ本会終了時間となるので、ここで三人のお勧めの作品についてお話してもらいます。
大野:ぼくは「苦痛志向」「エイン博士の最後の飛行」「たった一つの冴えたやりかた」の3編です。
「苦痛志向」は大学生の時に読んでこれはすごいとショックを受けた作品なので。とにかくその文体に圧倒されました。宇宙から故郷を目指す男の話なんですけど、色々な食べ物の名前が脈絡なく詩のように連続して出てきて、こんな文章でSFが書ける、それも宇宙SFが書けるというのにびっくりしました。
「エイン博士」は短い話なんですが、エイン博士という人が世界各地の飛行場に降り立っていく話と、地球環境に関わる話が交互に語られ、始めのうちはとても謎めいています。そして最後にその真相がわかるんですけども恐ろしいというより、むしろエイン博士に共感してしまうような、そういうストーリーになっています。とても印象的な話です。
「たったひとつの~」は多くの人がご存知の話だと思います。これを書く前のティプトリーはどちらかというと重い、暗い話ばかり書いていた時期なので、突然こんな、楽しい、前向きで幸せな、15歳の女の子が宇宙を行くんだという話になって嬉しくなりました。最後はかなり切ないんですけど。ここにはティプトリー自身がいるような気がします。宇宙に好奇心満々な15歳のコーティーはパルプ雑誌に目を輝かせた14歳のアリスを思わせますし、結末も若いコーティ=アリスを年老いた霊長類であるアリスが見守って、一緒に歩んでいくような、そんなイメージが浮かびました。
牧:ぼくは「愛はさだめ、さだめは死」にとどめを刺しますね。何がしびれたかというと、何が起こっているのかわからないところから語り始め、読者に説明しないまま世界の内部から異様な世界を描くという、ティプトリーの得意とする手法の作品であること。それに、これは地球外の異生生物の生態をオスの一匹の視点で描いたっていう話なんですけど、彼にとってはその世界がどういうものであって、自分がどういう本能に従っているかわかんないですね。それを読者も解いていくんですけど、彼自身、語り手自身が気づいていくっていうのがストーリーの骨子になっている。
もう一つ、これぼくにとって切実だったっていうのは、「アルヴィン問題」って呼んでるんですけど、クラークの『都市と星』でアルヴィンっていうのは、人類史を再スタートさせるためにダイアスパーの中にプログラムされた存在なんです。彼は歴史によってプログラムされている自分と、自分の意思をもつ自分と、どっちが自分なんだろうって悩みながら、そのどっちもが成就する形で物語が進むっていうのが、青春小説として大好きなんです。
それと同じなんですよ。主人公の異性生物が、自分は種族のさだめに従って生きている生物なのか、それとも自由意志を持ってさだめを超えることができるんだろうかっていう話なんです。彼はさだめを非常に恐れながらも、もしかして自分と恋人は超えられるんじゃないかと思ってる。でも実はっていう話。
彼もアルヴィンと同様に、さだめに従う自分も、さだめを超える自分も、成就するんだけど、それは同時に破滅なんですね。ここはいかにもティプトリー的に、故郷にずっと憧れ続けて旅をするんだけれど、旅の終着地点で、実は故郷も自分も破滅してしまうみたいな。これがある意味、高校生の僕にとっては衝撃的でした。
本当はこれ母の小説なんです。母に追われて自立して恋人のちっちゃな赤を見つけて、ちっちゃな赤も母になろうと思って、最後はもっと大きな母に呑み込まれてれてしまうというか、それが愛の成就であるという、すごい、セクシャリティの問題も織り込まれている。いろんな読み方ができる作品です。
勝山:「たった一つの冴えたやりかた」です。今日の参加者の人とかきっと、ティプトリーは知らなくても「たった一つの冴えたやりかた」は知ってるくらいの有名作なのでちょっと恥ずかしいんですけども。
女の子が一人で、勇気と知恵で宇宙へ出て行って、そして人類の危機を彼女一人の勇気と知恵で回避するっていう、すごい短いながらもなんかジュブナイルの、ジュブナイルですよね、ちょっと自己犠牲とかもあって悲しいお話ではあります。
だいたい宇宙に出るっていうのは危険と隣り合わせというか、そういうのもなんだろうなと。宇宙を行ったり来たりするのがわりと日常な世界で、女の子がアルバイトのお小遣いを貯めて軽自動車を買ってちょっと北海道までドライブするみたいな、あるいはスーパーカブを買ってちょっと走って峠を越えていくみたいな、まあなんでもいいんですけど自分自身の足、移動手段を手に入れて自分の意志で行きたいところに向かうっていう意味ではすごく自由と、あと責任も一緒についてくるっていう話でもあります。
それから、早川のファンタジーの方から出た『すべての幻はキンタナ・ローの海に消えた』。
あの私事で失礼しますが、この間、キンタナ・ロー州にある出版社からメキシコのアンソロジーに参加して、ちょっとキンタナ・ローっていう地名に惹かれているので、出してきました。実は読んだことがなくて、「リリオスの浜に流れ着いたもの」というのを読んだんですが、スタイルとしては志怪小説、怪しいものを語るっていうスタイルがあるんですけど、怪談とか志怪小説とかのスタイルだったんで、このSFではないティプトリーっていうのもちょっと新鮮でした。スタイルがもうバッチリ怪談のパターンですけど、怪しいものの話をしているうちに、怪しいものが寄ってくる。そしてそれはもう一回よく見ようと思うと、通り過ぎて行って二度と見られないみたいな話でした。怪談作家としてのティプトリーも面白かったです。
ただSFの、トリッキーな部分はあんまりなくて、でもなんかユカタン半島の、メキシコの海辺の砂漠の、すごい景色が浮かんでくるような、それはそれで、また違う味わいのティプトリーです。
本会はここで終了しますが、この続きは2次会で話されました。長くなりすぎるのでここではティプトリーの正体曝露と、そして衝撃的な死について語った部分のみを記載します。その他は年譜資料の方にありますので、どうぞそちらをご覧ください。
正体曝露
大野:1976年、「ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか?」(『老いたる霊長類の星への賛歌』に収録)がヒューゴー賞、ネビュラ賞の両方を受賞します。でもこの年に、お母さんのメアリーが94歳で亡くなります。このとき、メアリーの死亡記事に載った経歴がティプトリーの語っていたことにそっくりだったことが話題になり、ついに1977年ティプトリー62歳のとき、ティプトリーはアリス・シェルドンという女性だったことが曝露されてしまいます。日本も含めて世界中に衝撃が走りました。
ぼくもびっくりしたんですけど、何というか、ティプトリーのことだから「バレちゃった、てへぺろ」って感じで受け流したのかと思ったら全然違って、すごく深刻なことだった。評伝を読むと、そこでこれまでのティプトリーとしての自分と、アリスとしての自分、またその中間をねらったものの結局中途半端になってしまったラクーナ・シェルドンとしての自分が完全に分裂してしまった。ティプトリーとして書くとちゃんと面白い文章が書けるんだけど、アリスとして書こうとすると何かぐちゃぐちゃになってしまう。そういうとても辛い経験をしたみたいですね。
そこで男性作家ティプトリーとして文通していたル=グィンやラスにその苦悩を告白するんですけれど。
牧:アリスにとってバレたのはショックで、文通相手にどう話そうか、これまで騙してたのねって言われたらどう謝ろうかと思っていたら、ル=グィンやラスはそうじゃなくて、すごく温かい受け取り方をしてくれたんです。特にル=グィンは友だちとして親身になってくれた。
そのことにわれわれがジェンダー的な観点を持ち込むのは間違ってはいないけど注意が必要です。ティプトリー/アリスの場合は様々なものが重なり合っていて一般化できない。あまりわかりやすく単純化して考えるのはよくないと思う。
衝撃的な死
大野:1987年、71歳のティプトリーは、84歳になった夫を射殺し、自殺します。評伝によると5月18日の夜中に弁護士に電話をかけ、これから夫を殺して自殺すると、合意はできていると、とても冷静に説明したとのことです。弁護士が警察に電話して、警察が現場に行くんですが、いやもう無事に解決したからと言われて帰っちゃう。ところが3時頃にまた電話があって、もう殺しちゃったんでこれから自分も死にますと。現場に行ってみるとアリスは夫の手を握ったまま、2人ともベッドの上で死んでいたとのことです。
ここでちょっと気になるのが、関係者の証言がいろいろ書かれてまして、もともと二人が年取り過ぎて健康でいられなくなったら一緒に死ぬという約束をしていたのは事実のようですが、夫のティングは目が見えなくなってかなり弱ってはいたものの、死ぬ覚悟はできてなかったんじゃないかという証言があります。とすると、心中というよりは無理心中だった可能性もあります。この当時アリスは病気をして精神的にもかなり不安定な状態だったことも確かなようです。
日本だと心中といえばまだ納得できるところもあるんですが、無理心中となるとちょっと厳しい。1991年にティプトリーの名を取ってジェンダーへの理解に貢献したSF/ファンタジーに与えられる賞として創設された「ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞」(よしながふみさんの「大奥」も受賞した)が、異議申し立てによって2019年に「アザーワイズ賞」と改名されたのも、もやもやするところはあるのですが、やむを得ないのかなという気がします。
ティプトリーの死のニュースはたちまち電話やネットを通じて広がりました。ネットといっても当時はインターネットじゃなくてパソコン通信の時代ですけど、あちこちの掲示板にわっと書かれていた記憶があります。
牧:日本で最初に知ったのは当時のSFマガジン編集長かもしれない。アメリカの掲示板で見て、すぐさま電話をかけまくったとあります。
6月のSFファン交流会は、6月27日(土)14:00より、zoomにてオンライン開催されます。テーマは「『ライトノベル大全』刊行記念企画 ラノベ50年、好きが止まらない!」。出演者は細谷正充さん、三村美衣さん、タニグチリウイチさん、中津宗一郎さん、天野里美さん(時事通信出版局) ほかとのことです。