大野万紀
3月のSFファン交流会は3月15日(土)、『「2025オールタイム・ベストSF」結果を読んで』と題してzoomにて開催されました。
出演は、大森望さん(翻訳家、アンソロジスト)、鈴木力さん(ライター)、鯨井久志さん(翻訳者、精神科医)、大野万紀です。
写真はZoomの画面ですが、左上から反時計回りに、鯨井さん、大森さん、鈴木さん、大野です。
以下の記録は必ずしも発言通りではありません。チャットも含め当日のメモを元に簡略化して記載しているので間違いがあるかも知れません。問題があればご連絡ください。速やかに修正いたします。
「SFマガジン2025年2月号」で2014年から10年ぶりのオールタイム・ベストSFアンケート結果が発表されました。今回のゲストである鈴木力さんがその統計をとり、分析された結果をご自身のNoteに掲載されています。また「SFが読みたい!2025年版」では、大森望さんと鯨井久志さん、それに橋本輝幸さん、冬木糸一さんが「2025年オールタイム・ベスト&2024年のSF総括座談会」でオールタイム・ベストに触れ、多様化するSFの未来について論じられています。
今回のSFファン交流会ではそんなところを糸口に、ゲストが趣味的に選ぶ「裏オールタイム・ベスト」についても語られました。
まずは「オールタイム・ベスト」の歴史を大森さん。SFマガジンでは500号(正確には98年1月号の499号が「海外SF編」、2月号の500号が「国内SF編」)から始まり※(SFマガジン以外ではそれ以前にも79年に「SF宝石」で選ばれるなど色々あった)、600号(06年4月号)、700号(14年7月号)と100号ごとに選ばれていたが、途中で隔月刊になったので号数ではなく700号から10年後の今回が発表となった。
※SFマガジンのオールタイム・ベストは1989年2月号(374号)が最初とのご指摘がありました。(4/7追記)
その10年間の違いとして、「読みたい!」の座談会でも話したように、新しく『三体』やウィアーの作品が入って来たが昔から残っている作品もあると鯨井さん。大森さんは比較的新しくなっているのだが落ちていく作品や、何故か急に入った謎な作品もあると。
青春時代に読んだ印象的な作品がいつまでも選ばれるということもある。しかし大森さんが言うには、投票者の主流である年配層は確かに若いころ読んだ話を入れることが多いけれど、新しい人も入ってくる。そのわりに中間層が落ちていて、とりわけ90年代の作品が入っていない。
昔読んだ作品がいつまでもベストに入るということについて、鯨井さんは「アルジャーノンに花束を」を挙げる。「アルジャーノン」は長編版ではなく短編版がずっと入り続けているのだ。短編版は今ではとても手に入りにくいというのに(長編版の文庫なら本屋に行けば平積みにされてずっと売れている)。大森さんいわく、短編版をアンソロジーに収録したら売れるかも!
鈴木さんは読者層と投票者層が違ってきているのではという。そして今回統計をとってみた結果、90年代の作品がとても少なかったことを指摘。
90年代の作品がなぜオールタイム・ベストにほとんど入らないのか。
鈴木さんはまず仮説として、単に流通していないから手に入らないのかと思ったそうだが、実際に調べてみると海外作品は確かに今それほど残っていないのだが、国内版を見ると今でも流通しているものがけっこうある。となると手に入らないというより、時代の流れ的に割を食ったのではと語る。
大森さんはそこで、90年代はSF冬の時代と言われてSFとしての出版が減ったことがあり、恩田陸や小野不由美についてもSF作家とは言われなくなっていたようなことが背景にあるのではと指摘。
ファンタジーノベル大賞やホラー大賞から出た作家が中心になり、SFとしての認識がされにくくなったのではということだ。
であれば、作品的にはすばらしいSFがたくさんあっても状況的に「SF冬の時代」というのが確かに存在したのだなあといえて、ちょっと寂しくなる。ぼくとしても資料「90年代SFベスト30 流通状況」を見ると、とりわけ海外SFの傑作が今手に入りにくくなっているのにとても残念な気持ちになる。
オールタイム・ベストの国内編について、『百億と千億』、『果しなき』などが不動の地位だがその他はけっこう入れ替わりがあると大森さん。
鯨井さんは表題作が強いという印象があるが、そうでないものもある。10年前も今回も国内短篇部門で1位になった津原泰水「五色の船」はアンソロジーにはたくさん入っているが表題作じゃない(23年に単行本化はされているが)。
年間傑作選も初版売り切りなので時間たってから読み直すのは難しい。むしろ色々なアンソロジーに入れることが重要と大森さん。「フェッセンデン」や「たんぽぽ娘」も同様だろうと鈴木さんも言う。
SFファン交流会のみいめさんが、星新一にはあれだけたくさん作品があるのに「おーい でてこーい」がいつも上位に挙げられるのはなぜだろうと質問。投票がそこに集中するからと大森さん。
鯨井さんが言うには集中する人と分散する人がいる。例えばラファティだと分散してしまう。ラファティは統一候補が選びにくいと大森さんも言う。
ライバーとか、殿堂入り作品のアンソロジーが読みたい、作って欲しいとみいめさん。
大森さんが、表題作アンソロジー(代表作アンソロジー)を作るという話があると答える。どんな作家でどんな作品が入るのか想像すると楽しい。
鈴木さんによれば、オールタイム・ベストに選ばれた海外短編のうち14編が表題作。
海外部門でいえば新訳ブーストという現象もある。『ファンデーション』とか『砂の惑星』とか『華氏451度』とか。
「鏖戦」のように出し直して上位に上がる例もあると鯨井さん。
大森さんはチャールズ・ストロス『アチェレランド』がオールタイム・ベストに残っている(22位だが)のが不思議だと言う。文庫にもなっていないのに。
海外SFの翻訳家別の話もあり、鈴木さんの統計では小隅黎さんや山高昭さんが入っておらず、これはニーヴンが全滅したのとホーガンの後期やクラークの後期が入っていないためだろうとのこと。強いのは福島正実。『夏への扉』、『鋼鉄都市』などロングセラーを見抜く目があった。
今後は鯨井さんに期待と大森さん。古い作品を新訳するのもいいかもと。
後半はゲスト各自の投票したオールタイム・ベストと、もっと独自の観点から選んだ「裏・オールタイム・ベスト」の話へ。何を裏ベストに選んだか詳しくはこの資料をダウンロードして見てください。表のベストについてはSFマガジンに載っています。
まずはぼく、大野万紀の裏リスト。裏とはいえ、ぼくのコンセプトは「好きなんだけど、もう殿堂入りにしたいベスト」というもので、放っておいてもいつもベストの上位に上がってくるもの、あるいは個人的に好きなのでついつい上位に入れてしまうものを、もう殿堂入りにしてしまってもっと新しい別の作品を選ぼうという意図でした。なので表のベストといってもいい作品がリストに上がっています。
大森望さんがクラークはなぜ『都市と星』なのと聞いてきたので、一番好きなのは『ラーマ』だけど『都市と星』のようないわば中二病小説ってわりと好きなのでと答えました。短編ではティプトリーが殿堂入りでコードウェイナー・スミスは殿堂入りじゃないのはどうしてという質問には、これはもう心の友、推しの問題なので仕方がありません。スミスは何度でも入れ続けるのだ(ヴァーリイも)と答えるしかないのです。
大森望さんの裏コンセプトは「自分が訳した本/編纂したオリジナルアンソロジーより。国内長篇は非SFプロパー系からのセレクション」というもの。コニー・ウィリス、ベイリーなど納得の作品が選ばれています。クロウリー『エンジン・サマー』やハインライン『ラモックス』のような昔訳した作品というのも思い入れがありますね。短編はわりと最近の作品が多く、大森さんの好きそうな奇想性の強いものが選ばれています。ジョー・ヒル「ポップアート」なんてその典型でしょう。奇想があって、それでいて泣ける話とか。国内長編はハヤカワ創元以外の、SFとしては挙げられることが少ないが面白くてSFのベストにも残ってほしい作品。〈十二国記〉シリーズや〈デルフィニア戦記〉シリーズ、それに古川日出男『アラビアの夜の種族』などが選ばれていました。
鈴木力さんは「現在、紙版が入手できない作品ベスト」が裏コンセプト。海外長編のベスター『分解された男』やライバー『闇の聖母』、ブラウンの『火星人ゴーホーム』も今紙の本で手に入らなくなっているんですね。また〈ワイルド・カード〉シリーズは何で続きが出ないんだという恨み辛みを込めたということで。海外短編では埋もれた名作やあまり覚えられていないだろうけれど面白かった作品を。ゲイアン・ウィルスンの「SF・怪奇映画ポケット・コンピューター」なんて作品は別冊奇想天外に載ったものだが、フローチャート形式の小説で、フローチャートをたどっていくとSFやホラーのあるあるなストーリーが生成されるというもの。好きだけどなかなかベストには入れにくいとのこと。確かに。国内長編では井上剛『死なないで』という日本SF新人賞の大賞を受賞した作者の第2長編で、とてもヘビイな大傑作なのにほとんど話題にならなかったという作品も選ばれています。国内短編に入れた清水義範「おそるべき邪馬台国」という作品は、これを読めばあまたの邪馬台国論争がどうでも良くなっちゃう脅威の作品なのだそうです。
鯨井久志さんはオールタイム・ベストに投票するのが今回初めてなのに裏ベストも何もあったもんじゃないとのことですが、コンセプトとしては「これをSFと括っていいものか?? もしくは、マイナーすぎて死に票になりそうで避けたリスト」というもの。スラデックやバラードは表と同様で不動だが、ウィリアム・コッツウィンクル『バドティーズ大先生のラブ・コーラス』はSFじゃないけどすごい好きで、ニューヨークでヒッピーのおっさんがコーラス隊を作るというだけの話。海外短編は主に入手が難しめなもの。アンジェラ・カーター「むらさき姫の情事」はSFマガジンに載っただけの人形遣いものファンタジイだが、浅倉久志さんの翻訳がめちゃくちゃ素晴らしい。シルヴァーバーグ「我ら死者とともに産まれる」はこれを表題作にした海外SFノベルズの他の作品もみんな面白く、シルヴァーバーグはもっと評価されるべき。マイクル・ビショップ「ジョージア州クズ・ヴァレー、ユキオ・ミシマ文化協会」もSFマガジンに載っただけだが、アメリカの田舎町で急に三島由紀夫がはやりだしてという奇天烈な話。国内作品は大好きだけれど何だこれはと思った変な話ばかりを選んだとのこと。どれも面白いので何とか探して読んでみてください。
2次会も色々と面白い話が多く出て、とりわけ今回のオールタイム・ベストから落ちた作品についての話が興味深く、ぼくはロバート・ソウヤーの『占星師アフサンの遠見鏡』や『さよならダイノサウルス』のシリーズが好きで、それが消えてしまったのが哀しいといった話をしました。まあ理由は色々とあると思うのですが。エリスン、ディレーニー、ゼラズニイの時代もあったんですけどね。
今回の資料として「2024・2014年オールタイム・ベスト比較」、「90年代SFベスト30 流通状況」、さらに「[裏]オールタイム・ベストSF」が、PDFで「SFファン交流会」の「赤い酒場」からダウンロードできます。
4月のSFファン交流会は、4月12日(土)14時から「藤井太洋さんの視る未来」と題し、「はるこん2025 」の会場でリアルタイムに開催されます。なおオンラインではないので、大野万紀のレポートはありません。詳しくはSFファン交流会のサイトをご覧ください。