みだれめも 第269回

水鏡子


○近況(2月)

 宿泊用に抑えてある株主優待の一つが2月末で期限を迎える。サムティの廃止で東京方面は困っているが関西圏はわりとだぶつき気味なのだ。期限切れでしかたがないので、バカ高いホテル備え付けのお土産商品を発注する。生まれて初めて1万円の洋菓子セットと5000円のミニトマトを食べる。なんともショボい内容で、インバウンド価格というやつなのだろうなあ。一応東京方面もいくつかめぼしはついてきているのだが、どれも6月からしか使えない。今年のSFセミナーは自費で行くしかなさそうだ。

 2月1日はSF新年会。恒例の忘年会がインバウンド価格で場所が取れず、この時期にずれ込む。途上の上新庄の古本屋で1000円詰め放題で本を買う。いくつかの古本屋でときどき見かける趣向だが硬めの本が半端なく多く内容が濃い。未購入だった京極夏彦『鵺の碑』、カッシーラー『実体概念と関数概念』、レヴィストロース『今日のトーテミスム』、立風書房版最初の箱入『新青年傑作選①②』、島田謹二『日本における外国文学上下』など。これで1000円は凄い。詰め残しができたので次の週も買いに行く。I・アイブル=アイベスフェルト『比較行動学①②』、城福勇『平賀源内の研究』、サド『ガンジュ侯爵婦人』、E・ルーシー=スミス『1930年代の美術』、平川祐弘鶴田欣也編『内なる壁 外国人の日本人像日本人の外国人像』など。割戻すとだいたい1冊80円前後。どちらの日も一時間ほど眺めている間に年配の客が10人以上来店する。4坪程度の間口の古本屋にしては信じられないくらいの盛況ぶりだった。

 2月12日から9日間は、風呂、トイレ、洗面所、ガスコンロ、レンジフード、水回り総とっかえに取りかかる。キッチンは機器の入替えと清掃だけだが、風呂トイレ洗面所は床面壁面引っぺがしての大リフォーム工事。17年ぶりの入替えで、足腰の弱る将来を見越して、20年くらいは安心できる仕様になる。費用は前回の二倍超。ついでに書庫のストッパーを10個ほど、親子電話にとっかえてもらうなどいくつか雑事もお願いした。長らくご不便をおかけしましたが書庫でも電話を取ることができるようになりました。冬場で汗が比較的出ないので、とりあえず一度だけ近場のスーパー銭湯に初めて行った。

 今年度の『SFが読みたい』のアンケートで初めて投票フォームを利用したところタイトルだけの入力で著者名の項目がなかった。別に問題がないだろうとそのまま入力したところ、樽見京一郎『オルクセン王国史』がなぜかコミック版になってしまった。ぼくの読んだのは小説の方でサーガフォレストから刊行されている。
 コメント欄でSF味が強いと書いたのは違和感のあった世界の地勢が納得できる絵解きがなされるWEB版最終章に負う面があり、コミック版はたぶんそこまでたどりついていないはずである。読んでないけど。

 サーガフォレスト(一二三書房)は2015年創刊の老舗レーベル。わりと玉石混交ながら本の造りや内容もエンターブレインを意識した方向を目指した感があり、『かみがみ~最も弱き反逆者~』『傭兵物語 ~純粋なる叛逆者(リベリオン)~』など硬派な秀作を上梓していたが、読者の支持を得られなかったのか、石の比率が増えていく。この二つも3巻で打ち切りになった。それでも10に3つくらいは読み応えのある作品があるし、今年でレーベル10年目になる。2021年から始まった一二三書房web小説大賞はかなりレベルが高い。『オルクセン王国史』も第二回金賞受賞作である。
 この出版社からは兄弟レーベルとしてエロ系サイトノクターンの作品を集めたオルギスノベルが出ていたが、打ち切りになったあと、もう一つのレーベルブレイブ文庫にふつうのラノベ本のふりをして混ざるようになった。竜庭ケンジ『ハイスクールハックアンドスラッシュ』はエロの要素を世界構築にきっちり組み込んでいて読み応えあり。

 久しぶりに社会学の本を読む。芦田徹郎『デュルケーム 社会分業論』(NHKテキスト100分de名著2月号)。社会学関係は毎年十数冊拾っているが背表紙と目次、たまに序文と解説に目を通す程度できちんと読むのは何年ぶりかのことになる。じつは著者が学生時代の直近の先輩だったりする。よく練り込まれた研鑽された文章で、ですます調で読み易くおもしろい。ただテレビ放映の方はテキスト中の比喩を映像化していくのだが上滑り気味でなんか安っぽく見えて図式化になじまないなあと印象を持った。芦田さんをテレビで見るのはオウム事件のコメンテイターとしてのとき以来だが、昔の豪放磊落ぶりが影をひそめたしゃちほこばった感じがした。関連書が200円くらいまでで見つかったら原則拾う著者なのだが、ウェーバー、ジンメルとともに社会学の礎を築いた御三家であるのに、先の二人に比べると人気がないのか、古本市であまりみかけないのである。ジンメルとウェーバー関連本はそれぞれ2、30冊拾っているがデュルケームは家に5冊しかない。もっともウェーバーは見かけすぎて無視したりする。ジンメルは必ず拾う。

 社会学関連だと後藤将之『コミュニケーション論』(中公新書)というのが隠れたSF周辺書である。かなり変な切り口で読み物としておもしろい。ほかにビジネス系ブックガイドである三谷宏冶『戦略読書』は、ミステリ系が無視されて、SFとコミックが百冊以上紹介されている。これも隠れたSF周辺書といえる。文庫化されたとき「戦略読書 増補版」となっていてさらにSFが増えているのでこちらの方をお勧めする。

 1月に続き2月も200冊を割り込んだ。購入数168冊。購入金額20,333円。クーポン使用6,200円。
 なろう本45冊。コミック39冊、だぶりエラーと買い直し12冊。
 新刊が『昭和39年の俺たち3月号』『デュルケーム 社会分業論』の雑誌2冊1,375円ぽっきり。なろう本が50冊を切ったのは何年ぶりだろう。
 コミックでは『手塚治虫マガジン』110円をまとめ買いして全巻揃える。
 高額本では日本近代文学館編『日本近代文学大事典』全6巻を2980円で買う。昭和52年の発行だが、SFについては一応載っけておこうかといった刺身のつま的扱い。執筆はすべて石川喬司が担当している。北村寿夫の項で『新諸国物語』について二行しか触れられていないなど、偏向ぶり硬直ぶりを嗤いつつパラパラめくるとそれなりに楽しい。
 その他の硬めの本では、林完次『月の本』、マリノフスキー&デ・ラ・フェンテ『市の人類学』、橋本治『義太夫を聴こう』、山下武『青春読書日記1946ー49』、W・ハンゼン『ニーベルンゲンの歌の英雄たち』、マーリオ・ヤコーピ『楽園願望』、J君『なんだこのマンガは』、藤田圭雄『チンチン電車の走る街』、H・H・ローリー『死海巻物と聖書』、第三書館編『出版界独断批評』、島津久基『羅生門の鬼』など。

 2月に最終更新まで読んだなろう本から

唖鳴蝉『転生者は世間知らず~特典スキルでスローライフ!……嵐の中心は静か――って、どういう意味?~』(BKブックス)
 異世界転生した自己評価の低い主人公が人が住めない魔境の中の廃村でチートスキルで引き籠りなんちゃってDIY生活を送る物語。異世界の村人と遭遇するまで5年の歳月がかかり、その間異世界人が驚愕する数々の成果物を開発する。それらがとんでもないものだと気がつかずに。
 わりとよくある設定だが、ひたすらDIY生活の描写が続きドラマツルギーがない。村人と遭遇するのも第1巻の終わりである。本としてどうなのと思うのだが、WEB本としては一応許容範囲。『スキルリッチ・ワールド・オンライン レアというよりマイナーなスキルに振り回される僕 』、『従魔とつくる異世界ダンジョン』に続く3作目の書籍化で、わりと知的な作風で語りも下手でなくて好きなのだが、作風が災いしてか、なかなか本として続かない。1巻でぽしゃったVRMMO系『スキルリッチ・ワールド・オンライン』が一番お勧め。

赤木一広『誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は 』(未書籍化・web完結24年12月)
 異世界に学校ごと飛ばされた高校生たち。これもそれなりにある設定だが
主人公は現代社会に馴染めなかった武道家系美少女二人と町工場で大人に混じって暮らしていた擦れた少年の三人組。この学生たちが世界に災いをもたらすと予言を受けた隣国は、彼らを抹殺するために軍団を派遣する。敵を殺すとレベルが上がる世界の中で少女たちの無双が始まる。
 敵味方ともキャラが立っていて、背景構築にも余念がない。美少女二人で万を超える敵を殺戮し尽くし、最後には神にも届く怪物と対峙するにいたる。
 『無双系女騎士、なのでくっころは無い』(GAノベル)という、同様に美少女が敵を殺しまくるデビュー作が序盤2巻で打ち切りになったあとも臆せず完結へ147万文字(15冊相当)費やしたところに感心して、続いて本篇を読みに行った。こちらは208万文字である。最終章は駆け足気味で若干興を削がれるがお勧め。


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