みだれめも 第266回・267回

水鏡子


第266回

 なろうのせいで読書量が大幅に増加しているが、読書力は明らかに劣化している。むしろ大量読破を行なうために流して読む癖が常態化し、さらに老化による体力気力の衰えが加わり、眼光紙背に徹するような読み方は夢のまた夢になり果てている。いや若い時でもできたかどうかは疑問だが、それでも夢のひとつふたつの距離にはあった。

 この数年、ひたすらなろうを読み漁り、SFマガジン年間ベストSFアンケートの〆切である11月末に向けて10月、11月に周囲の評価を参考にしつつ一気にSFを集めて読むというパターンに落ち着いていたのだが、今年はほんとうに大変だった。
 流して読めないたちの悪い(つまり出来のいい)作品に四苦八苦し、なんとか期限ぎりぎりに選び出したものの、あまりのつらさに途中でなろう読みに逃避したりもしていた。来年は二か月ではなく9月からの三か月をまとめ読みに費やすべきだと軌道修正を決意する。
 このアンケートには本当に感謝している。これがなければ本当にSFファンである原点からはずれていって読書の基本がどこにあるのか自分の中で崩れていってしまっていたのでないかという思いがあるからだ。ライトノベルやコミック、なろうにしてもジャンルとしてのSFとの距離や相関を見つめつつある種の社会学的事象として楽しんでいる一面がある。

 そして思うのはSFという、背景世界構築を必要とする小説形態は、読むのも書くのも難しい、もしくは技術が必要なのではないかということ。あるいは魔法の存在する世界というのは、小説としての世界構築がSFよりワンランク低く作れるのではないかということ。さらに恋愛小説や私小説、現代社会をベースにした小説には背景世界を設定する意味すらほとんどないのではないか。それゆえ「不信の停止」がたやすいのではないのかと。これはSFベストに選ぶような作品についてのことではない。並のSF一般についてのことである。並のファンタジイ、並の恋愛小説といったジャンルとしての差についてである。読むための「技術」が必要かもしれないとはそういう意味のことである。

 そう思うようになったのはかなり昔のことになる。鎌池和馬のまとめ読みをしたときに、もともとSFとファンタジーのハイブリッドな作風の作者なのだが、ファンタジー寄りの『とある魔術の禁書目録』に比べて、SF寄りの『ヘヴィーオブジェクト』が構築された小説世界になんとなく薄っぺらさを感じたことがきっかけだった。ただ読み比べると『ヘヴィーオブジェクト』も決して小説構築に手が抜かれているわけではなく、作者としては同格の世界構築をしていることが伺えた。にもかかわらずそんな感触の違いが生じたのが、同じ作者の作品だけにSFとファンタジーのもつ受容性の差による気がした。そして個人的には『ヘヴィーオブジェクト』以上にSFらしさのある『インテリヴィレッジの座敷童』についてはメインキャラが妖怪であるというだけでSFのとっつきにくさを減じていたような気がしたのだ。

 作り手にとっての世界構築の手ごわさは読み手にとっての敷居の高さでもある。特に流して読むのが常態化しやすいなろう系の物語ではなおさらといった面がある。ただ、ひと昔まえの時代とくらべ、アニメやコミックを通じた大量のイメージに馴染んできた世代にとって、アニメやコミックに使われた題材に限れば、対象が活字であってもかなりのレベルで受容しやすくなっている気がする。あくまでアニメやコミックで利用される題材に限ってのこととして。そしてそれは、SF以上に題材として蔓延している剣と魔法がさらに心地よく受け入れられ溶け込めている大きな理由であるのかと思う。

 この前、ライトノベルの棚にたむろっていた学生たちなのだけど、絵のない本なんか難しくて読めないとのたもう相手に、コミックのもとになっている本だから、字だけでも面白いんだよと説得している場面に出くわし、感動を覚えた。たぶん世の中には、活字どころか、絵が動かない漫画なんか読んでもよくわからないという人もきっといるんだろうなあ。

○近況(11月)

 日曜日、神戸のブックオフで10冊ほど本を買ったところ、大阪に着く前にレジ袋に裂け目が生じてきた。やばいなあということでレジ袋入手を目的に閉店間近の梅田ロフトのヴィレッジバンガードに行って株主優待半額割引券1000円を使って、投げ売り半額の菓子類を2000円分買う。つまり定価の2割五分というわけ。で、うまい棒ビッグパック2袋その他を購入する。高い血糖値に困っている独り身の人間がうまい棒80本を買ってどうするのかなあ。

 11月の購入数176冊。購入金額20,148円。クーポン使用4,900円。
 なろう本53冊。コミック58冊、だぶりエラーと買い直し7冊。
 新刊が『ロボットの夢の都市』『カクテル、ラブ、ゾンビ』『星、はるか遠く』『乙嫁語り⑮』の4冊6,502円。

 西宮神社での昨年に続く第二回古本市。宇宙塵バラ35冊1万円とか、元々社各1000円とかそれなりに面白いものはあるのだけれど、如何せん京都大阪に比べて全体に割高。他の古本市でもよく見かける8冊500円の店を中心に少しだけ拾う。
 硬めの本はいつもの月より比較的少なく、高田衛『江戸幻想文学誌』、寺田博『ちゃんばら回想』、佐竹昭広『酒吞童子異聞』、天野正子編『団塊の世代新論』、清水幾太郎『この歳月』、アンガス・ウィルソン『ディケンズの世界』、滝裕子『ディケンズの人物たち』、押山美知子『少女マンガジェンダー表象論』、スティーブン・カーン『肉体の文化史』、山下圭一郎『イメージの博物館』など。
 田中ユタカのエロ漫画がまとめてみつかる。『愛人』『ミミア姫』が気に入ってこつこつ集めていた作家である(こつこつ集めているエロ漫画家のほかに道満清明と毛野楊太郎がいる)。一度家に帰ってチェックをしたが残念ながらというか驚いたことにというか、ほとんど持っていた。残り数冊。拾えたのは旧版の『いたいけなダーリン』1冊だけだった。

第267回

○近況(12月)

 18切符が改悪されていた。バラで使うことができず、日時指定での3日乃至5日連続使用しかできなくなった。これまで週一で京都大阪まで徘徊し、いくつかの駅で下車を繰り返しながらブックオフ行脚をしていたのが出来なくなった。昼間特割切符の廃止に始まり、回数券廃止(阪急阪神も追随)、そして今度の18切符とどんどん交通費の負担が増えていく。でもふと気がつくとこの負担増って結局年数万円のことでしかない。腹立たしさの精神的ダメージはあるけれど、日常生活への影響は軽微なものに過ぎないのだね。

 この数か月、いろいろと不具合が重なる。
 メールの仕様が変わって、ファイルの添付ができなくなった。クリップマークとかドラッグアンドドロップしてくださいとか、ファイル添付の箇所はあるのだけれど、どうやっても「エラー発生 ファイルのアップロードに失敗しました」とメッセージが出て送れません。「みだれめも266」もそんな事情で送れていません。大野万紀、岡本俊弥といろんな方から助言を頂きましたが、電話をしてもずっと話し中、メールの問い合わせもひと月経っても回答なし。年末に会食した機械に詳しい関大SF研のおじいさんたちに年明け見に来てもらうことになった。

 物理面では①トイレが壊れた。便をすると水が詰まって、流れるまでに1日2日かかる状態になる。しばらく我慢していたのだが、最後に1週間経っても流れない完全閉塞状態になった。
 ②ガスコンロが壊れた。電池を変えても火がつかなく、オーブントースターと電子レンジでまわせるかと思ったが、鍋とフライパンが使えないのは予想以上に困った。
 このふたつがほぼ同時に起きたので懇意の業者さんに連絡を入れて、ついでにというかむしろこちらが主であるのだが、、空焚きを二度して数年前から追い焚きができなくなっている風呂の取り換えを依頼する。

 12月の購入数203冊。購入金額22,224円。クーポン使用10,100円。
 なろう本70冊。コミック27冊、だぶりエラーと買い直し14冊。
 新刊が『鹽津城』『ミスマルカ最終章』『このライトノベルがすごい』『昭和39年の俺たち』の4冊4,544円。

 この前、洋書洋雑誌を処分したいと送ってきたSF研の後輩の川上君からまた本が出てきましたと27冊ヴァン・ヴォクト、ベスタ―などの横文字が届く。シェフィールドの宇宙衛星写真集2冊など日本の本も混じる。

 12月末有効期限のクーポン4000円を使い切るため日本橋まんだらけに行く。書籍・コミック系が激減して株主優待クーポン20,000円をこなすことに四苦八苦する。特に梅田がひどい。数年前までは50,000円分をなろう中心に計画的に使えていたのに。『香山滋全集③』『鈴木いずみコレクション⑥⑦』『角田喜久雄全集②⑫』『雑誌「童話」復刻版 別冊』などを買う。
 石森章太郎の『ジュン』5巻本(ポット出版)のうち2巻を各1000円を買う。今月現金で買った古本では最高額。
 硬めの本は、田口俊樹『日々翻訳ざんげ』、宮脇孝雄『洋書天国へようこそ』、イアン・ツアイセック『ケルト神話物語』、クリスチアーヌ・エリュエール『ケルト人』、現代哲学の冒険『⑬制度と自由』、デリク・デントン『動物の意識人間の意識』、マーティン・ガードナー『インチキ科学の解読法』、マーカス・デュ・ソートイ『素数の音楽』、梅棹忠雄栗田靖之編『知と教養の文明学』、B・J・ホラーズ編『モンスターズ』など。

 一江左かさね『へっぽこ腹ぺこサラリーマンも異世界では敏腕凄腕テイマー』
 営業所の建物ごと異世界に飛ばされた食道楽の主人公たち。人化した竜とは知らず行き倒れていた少女を助けたところ餌付けになったらしくティムできてしまう。なぜか物流通信機能が生きていて現代とつながったことから地方の左遷用営業所が大躍進を遂げることになる。異世界サラリーマン小説である。
 作品としては尖ったところのない可もなく不可もなくといったところだが、社内の人間関係や組織的対応がよく書けていて楽しく読める。後半は話の枠を広げすぎてやや薄味になっていく。
 学校ごとの転移というのは定番の一つだが、会社社屋ごとの転移というのは割と珍しい。単純に類型化された学校の人間関係は書けるけれども、、会社の人間関係というものは実感として想像しづらい人間が書き手の多数を占めているということなのだろう。

『デーモンルーラー 定時に帰りたい男のやりすぎレベリング』、『厄神つき転生のススメ 過保護な災厄神とリスタートする冒険者たち』と既に読んでいる話があるのだけど、、みごとに話を思い出せない。本書をきっかけにどちらも最終更新まで読み終えた。
 『デーモンルーラー』は携帯にダウンロードしたアプリから出てきた悪魔とともに異界で悪魔狩りをする話。従魔に戦闘させる他の参加者とは異なり、日々の仕事で鬱屈したストレスを解消するため自らが暴力的に悪魔を蹂躙していく。無理無駄バランスの悪い素人めいた手つきが目立つが一所懸命な執筆姿勢が感じられ三作中一番好感を持てる。
 少し気になっているのが、ヒーロー文庫の成功で爆発的に執筆人口が増える以前の「アルカディア」に集まっていたころの創作集団というのはどれくらいの規模のコミュニティだったんだろうという事。その多くが二次創作及び読者といった存在でオリジナルの小説発表者は多くても数千人、下手をすれば千人を割り込むくらいだったのではないかという気がしている。
 そんな時代の少数の同志読者に向けた素人めいた一所懸命な執筆のひとつが『デーモンルーラー』であったのではないかというのが資料に基づかないぼくの勝手な推測だったりする。
 本書の書籍化は三巻で終わっているが、特に三巻目は打ち切りを意識してか後の展開を適宜アレンジした物語密度の薄いものになっている。最初からWEB版で読むことをお勧めする。


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