大野万紀
11月のSFファン交流会は11月16日(土)、「歴代未訳海外SF紹介というお仕事」と題してzoomにて開催されました。
出演は、東茅子さん(編集者、レビュアー)、鳴庭真人さん(翻訳家、英米SF紹介者)、香月祥宏さん(書評家)、紅坂紫さん(作家、翻訳者)です。
写真はZoomの画面ですが、左上から反時計回りに、香月さん、鳴庭さん、東さん、紅坂さんです。
以下の記録は必ずしも発言通りではありません。チャットも含め当日のメモを元に簡略化して記載しているので間違いがあるかも知れません。問題があればご連絡ください。速やかに修正いたします。
SFファン交流会のみいめさんより、今回の趣旨について説明。〈SFマガジン〉の未訳海外SF紹介コーナー(MAGAZINE REVIEW / NOVEL&SHORT
STORY REVIEW)の歴代担当者の方々にご登壇いただき、時代とともに変わる未訳海外SFの探し方や苦労や楽しみ、現担当者の方には最近の作品傾向、オススメ作品などについてもお話をうかがうということだった。ぼく自身、昔の「SFスキャナー」欄で様々な未訳SFを紹介していたので今回の話題はとても面白かった。
※ご指摘がありましたので、一部間違いがあったのと不適切な記述を修正いたしました。
早川書房の編集者である東さんからSFMの海外SF紹介コラムについて。90年代前半には山岸真さんの「海外SF取扱説明書」、山岸さん、尾之上さんらの「世界SF情報」、それに大野典宏さん、小川隆さん、巽孝之さんらが毎号6ページ担当される「World SF Report」のコーナーがあった。「World SF Report」では英米だけでなく中国やロシアのSFについても紹介されていた。
香月さんは、自分たちより前だと「SFスキャナー」があったが、90年代から読み始めた者には「海外SF取扱説明書」が未訳の海外SFを知る中心的な存在だったと話す。また「World SF Report」では本の紹介だけでなく作家についての話題があり、それも興味深いものだった。
96年1月号から体裁が変わって「SFスキャナー」が復活したと東さん。:97年1月号から東さんも「SFスキャナー」での紹介に参加したが、2004年1月号からまた変更があって英米のSF雑誌を紹介する「MAGAZINE REVIEW」が始まった。このころはWEBジンが出始めていたがまだ紙の雑誌が中心だった。
紙か電書かの話題。
香月さんは「MAGAZINE REVIEW」で〈F&SF〉誌の担当だったが、そのころもう紙じゃなくてPDFで買って読んでいた。東さんによれば、Amazonのkindleが出来る前だったが、Fictionwiseという店ではPDFやEPUBやテキスト形式で販売していたとのこと。船便を待たなくてもすぐに時差なしで紹介できるようになっていたんですね、とみいめさん。
会場にいた深山めいさんも、Fictionwiseで買ってCLIE(クリエ。初期のスマホサイズのSONY製タブレット)で読んでいた。kindleが出る前にはこれなくちゃ読めなかったとの発言があり、鳴庭さんも、ぼくもクリエで読んでいた。仕事で使う本はほとんど電子だったとのこと。
どんな本を紹介したいかということについて。
香月さんは、海外雑誌が隔月刊になったので4ヶ月に1回2冊分を紹介したといい、選んだ作品がヒューゴー賞を取らなかったりするとがっくりくるという。
東さんはハイライトだけにはなるがなるべく面白かったいい作品を紹介したいし、またこのころになるとインターネットで向こうの評判もわかるようになったので、LOCUSとか、そういう海外の評判のも入れとかないといけないかなと思うようになった。
みいめさんの、LOCUSの紹介は本がでてすぐに載るのかという問いに、東さんは、そんなに早くはない。6~7月に出た本の書評が9月に載るという感じ。でもできるだけ自分の好きなものを紹介したいと思ったと答える。
香月さんも、私は後で翻訳が出ればいいなというのを推して紹介していた。バチカルピとか。それが日本で翻訳されて評判になれば嬉しい。
ジャック・キャンベルが本名でアナログに書いていた短編とか好きだったと東さん。香月さんはケリー・リンクが面白かったがどう説明・紹介すればいいか悩んで5回くらい読み直したことがある(それが「マジック・フォー・ビギナーズ」)。やっぱ日本語になっても面白かった。
鳴庭さんは、自分が訳したいというのはモチベーションになる。でもなかなか見つからない。ジェイスン・サンフォードの「八〇〇〇メートル峰」は紹介と翻訳がダイレクトにつながった。
紅坂さんはずっと趣味全開で紹介しているので訳したいものばかりだと話す。それで紹介のモチベーションが上がるとのことだった。
2000年代後半からの話。
2005年1月号から「SF BOOK SCENE」が始まったと東さん。昔のスキャナーに近い感じで未訳の長編を持ち回りで紹介するコーナーだった。
15年6月号からは「NOVEL&SHORT STORY REVIEW」が始まってここにいるゲストの人たちが書くようになる。始まった時からずっとやっているのが鳴庭さん。私(東さん)もこの前までやっていてその後任に紅坂さんが入った。
「世界SF情報」はずっと細井威男さんが担当してきて、その後橋本輝幸さん、山本さをりさんが引き継ぎ、今度2月からはくじらいさんが担当されることになった。
会場から長い間「世界SF情報」を担当していた細井威男さんが顔出しし、自分がやっていたころはLOCUS(オンライン版)とネットの情報をもとに探してこの辺はみんな興味あるかなというものをやっていた。SFMからはヒューゴー賞情報を載せてくれといったリクエストなどはなく、本人の裁量だけで書いていたとのこと。
香月さんは「MAGAZINE REVIEW」でも編集部向けにこれを訳してほしいんだという気持ちで書いているところがあったという。少なくとも編集部の人は絶対読んでいるはずだからということで。
鳴庭さんの「SFカレンダー」がすごかったと東さん。香月さんもこれは毎年何月にはこんな本が出たと注目作を選んで解説してくれる大変な記事だったと話す。
みいめさんが、今度「世界SF情報」を担当されるくじらいさんを会場から顔出しさせてどんな風に進めるかと話を聞く。くじらいさんは、過去の蓄積が(フォーマットとして)あるのでそれに引き続いてということでやっていきますとのこと。
担当者がどう決まるかといったことについて。
鳴庭さんは、編集部から体制についての話はなかったとのこと。始めは東さんと3人でやっていて、それが自分と紅坂さんの二人になったが、個人で好きなようにやっていたので特に変わりはなかったという。
紅坂さんは、最初全然違うエッセイの翻訳をしたいという話をもっていったのだけれど、それがなくなって、ブックガイドを書くことになったとのこと。
東さんは、紅坂さんについては2月号に書いてもらったのがお試しということだった。それが良かったので、自分が抜けた後も、なし崩し的に続けて書いてもらうことになった。次の人が決まらないことには交代できないので。
香月さんの連載も最後に次回はこれを紹介しますと書いてあったのに次号では担当者が変わっていたことがあった、とみいめさん。
鳴庭さんと紅坂さんからおの勧め作品。
鳴庭さんは賞を取りそうな作品を先取りして取り上げる場合もあるが(〈マーダーボット・ダイアリー〉シリーズなど)、そうでなくてもあえて取り上げる場合もあるとのこと。スコット・アレクサンダー・ハワード The
Other Valley は後者。SFレーベルから出た作品ではないが、本格SFでもある。谷間に小さな町があるが山向こうには20年後の同じ町があり、反対側には20年前の町がある。ストレートなSFとして読めるが主流文学の方から出た。もうひとつ、アントン・ハー
Toward Eternity これもプロパーなSFとは違うが作者は韓国文学の英訳者。ナノテクで不老不死が生まれた世界を描いていてスケール感は本格SFのものだ。
紅坂さんはジェフ・ライマンの19年ぶりの新作 Him を紹介。イエス・キリストがマリアのクローンとして女性として生まれたが男性を自認していたらという思考実験だが、トランスジェンダーな息子の母マリアの物語として興味深い。次はパレスチナSF特集で紹介したIbtisam
Azemの The Book of Disappearance イスラエルからパレスティナ人が全員消失するという今ぜひ読んで欲しい長編。
鳴庭さんが他に気に入っているのがノンフィクションだが、アンドリュー・グルーンの Empires of EVE オンラインゲーム EVE ONLINEに関するノンフィクション。やっている現実の人たちがリアル銀英伝みたいで小説以上にSFっぽい。短編ではナイジェリアのエンジニア系作家ウォレ・タラビの'Debut'と'Encore'。二つセットになった作品で、'Debut'ではバグのように見えたものがAIが作った芸術だったとわかり、後編の'Encore'ではAIが遠未来の宇宙にいて異星人に芸術を見せるという壮大な話になる。
紅坂さんの紹介した短編はファッションSFともいえる糖匪の「胞子」。胞子を体に埋め込むタトゥー技術を発明しある種族の虐殺の物語を伝えていくという物語で、今読み直してもとても刺さる作品。パレスティナSFでは、ラシャ・アブドゥルハーディ Helen
after Helen これは詩。非白人のためのSF賞イグナイト賞にノミネートされた。サイトにある解説を読んでから読めば面白いと思う。それからもう一つ、アジア系のベストSFアンソロジーInsignia 2021に載っているKamei
Toshiyaさんの短編‘No Kisses Goodnight’がとてもいい。荒廃して砂漠になった東京が舞台の女の子同士のロマンス。ぜひ訳したいと思っているのだが、短いので読んでみてほしいとのこと。
本会はここまでだが、その後二次会として、ぼくを含め会場にいた何人かが顔出しして自由に話をする。
内田昌之さんは以前スキャナーをやっていたことがあるくらいだが、今回の話を聞いていて山岸真さんがここにいれば良かったのにと思ったと。
今は亡き小川隆(小林祥郎)さんが主催した〈ぱらんてぃあ〉では山岸さんや内田さんたち現在プロとなっている人たちが多く参加して(その前のKSFAと同様)、海外SFを紹介していたのだが、東さんもお茶大SF研から〈ぱらんてぃあ〉の例会に連れて行ってもらったのがきっかけで今のようになったとのことだった。
SFマガジンの「SFスキャナー」が重要すぎて、それを読むために買っていたようなものだという。海外SF情報にとても飢えていた。
ここで古沢嘉通さんが登場。昔のSFスキャナーの話など。面白かったSFの紹介とそれを翻訳したいと持ち込んで売り込もうとする話(内田さんやくじらいさんも入って話したけれど、ちょっと生々しいので省略)。
みいめさんが京フェスで初めて山岸真さんに会った時のこと。手書きでびっしり情報が書かれた情報誌「ぱらんてぃあ」を会場のみんなに配っていたのが印象に残っている。
そこで古沢さん、ちなみに当時の若い海外SFファンに洋書の買い方を教えたのは私なんですけど、と発言。古沢さんが大阪外大で出したファンジンに高校生からお便りが来て、洋書を読みたいと書いてきた。そこで文通で洋書の買い方などを教えたらその次にはもうテリー・カーの年間傑作選を買って読んだと、細かい感想を書いた手紙が来たとのこと。
そこでぼくが割り込んで、それを言うなら当時の大森望さんに洋書の買い方を教えたのは私です、とぼく。KSFAの「NOVA EXPRESS」の時代にお便りが来て、洋書の買い方を事細かく「NOVA
EXPRESS」に書いて教えたのだ、と。まあ口ではそう言ったのだけど、実際はぼく一人が書いたというわけではなく、ぼくを含むKSFAのメンバーで書店への手紙の書き方から送金の仕方、よく使われるSF書店の一覧なんかを懇切丁寧に書いて掲載したわけです。
またぼくが昔に書いた「SFスキャナー」での黒歴史を披露。まさか訳されるとは思っていなかったのでバカSF・バカファンタジーだと面白がって書いたのが(実際英語で読むぶんには面白かったのだけど)リチャード・ルポフ『神の剣 悪魔の剣 ファンタジー日本神話』。日本のことを何も知らない作者が本で読んだ知識だけで書いたもので、それが創元SF文庫で訳されると、こんな話だとは思わなかったとさんざんな評判だった。
その他、昔のスキャナーで時々あったような個々の作家や作品紹介だけでなく、海外で話題となっているSFシーンを総括するようなものが最近はあまり見られないのではという話。古沢さんが「紙魚の手帖」にヒューゴー賞の内側の話を書いていたが、そんな風に断片的な情報だけでなくもっと踏み込んだものが読みたい。文庫の解説には時々見られるし、フェミニズムやLGBTといったテーマならSFMに評論が載るのだけれど、今のSFシーン全般を概括するようなものをリアルタイムに(日本語で)読みたいということだった。
というところで二次会も終了。今回もとても面白く(ぼくにとっては)懐かしくもある話題でした。
12月のSFファン交流会は、12月14日(土)14時からzoomにて「少女小説における「SF」の在り方」というテーマで開催されます。出演は、嵯峨景子さん(ライター、書評家)、皆川ゆかさん(作家)、若木未生さん(作家)の予定とのことです。