みだれめも 第264回
水鏡子
SFマガジン、10年ぶりのオールタイムベスト投票に参加する。若いころの10年はとても長い間であるのだが、年をとっての10年はついさっきと言った感覚。現に頭を浚うと10年前の投票内容が7割方甦る。二週間前に読んだ本が現物を目の前においてみても内容を思い出せない今日この頃だというのに、なんなんでしょうね。それでもさすがに短編部門は記憶のかなたで、呻吟しながら選び出す。選んでみるとどうやら半分くらい前回とかぶっているのを思い出した。年寄りの特権で誰も選ばないような、忘れられるのがもったいないと思えるものをいくつか混ぜる。
ティプトリーを入れるのは当然で、初読の衝撃が圧倒的だった「そして目覚めるとわたしはこの肌寒い丘にいた」を選ぶのがこれまた当然だったのだけど、あれからたくさんこの人の話を読んできたこともあり、少し変えてみようかといろいろ迷って、「われらなりに、テラよ、奉じるはきみだけ」を選んだ。二択となったのは「最後の午後に」だった。
何を選ぶとしても第一短編集からである。世評に高い第二短編集ではない。「接続された女」や「愛はさだめ、さだめは死」は初めて読んだ時から、完成度ばかり高くなって、SF愛に欠けてしまったと失望を漏らしている。
物語というものは読者のために書かれるものだ。そして読者は大きく4つに分かたれる。
①第一読者としての自分自身。
②自分をよく知る接点のある仲間。身内友人知人編集者。
③自分と接点はないが志を一にする文化共同体の成員。ex.同人、ファンダム等。
④志を共有しているわけではないが、書かれたもの読んで楽しんでくれる人々。
第一短編集の作品群では、なにより①の第一読者としての自分自身が中心にあった。SFという憧れに嬉々として手を伸ばし具現化していく自分自身を満たす快感が物語から伝わってきた。あるいは作家ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアからアリス・シェルドンへ向けたプレゼントを享受する喜び。そしてうがった見方をするならジェイムズ・ティプトリー・ジュニアという作家像には愛する夫が投影されていたのではないか。もしかしたらこの時点ですでに病が発現していたのではないか。そんな夫目線で書かれた物語と捉えると「愛しのママよ帰れ」「ピューパはなんでも知っている」にすごく納得できるものを感じた。
そして本人にとっても望外の、SF界の高い評価と熱い期待に真摯にSFに向き合っったのが「接続された女」や「愛はさだめ、さだめは死」の第二短編集の諸作であったのだと思える。その中で読者の主体は②と③に移り、①である自分自身は従の立場に退いた。
もちろんほぼ同時期の作品群であり、画然と分かたれるものではないのだっが①が従に退いたことが欣喜雀躍とした当初の作風に影を落としたことは否めない。
それでも最後まで②と③を中心に物語を紡いでいたところ、④に向かわなかったところがティプトリーという作家だったと思っている。
前回触れたとことろの繰り返しでもあるのだけれど、なろう系の小説もラノベデビューを目指す書き手を除くと、最初は①と②の読者に向けた物語だったのだと思う。それが書籍化の影響による人口急拡大のなか、むしろ④を意識した作品が主流を占めるように変質していった。そして昨今、その中に揺り戻しのように③の読者へ向かう作品が目につくようになってきたと個人的には思っている。文化的な中核はあくまで④の読者であるけれど。
9月の購入数174冊。購入金額40,584円。クーポン使用7,700円。
なろう本63冊。コミック49冊、だぶりエラーと買い直し12冊。
8月の冊数より、60冊も減ったのに、クーポンと合わせると10,000円近い出費増である。新刊本が19,041円と8月より10,000円以上増えたことが原因である。年末のベスト選びにそろそろ本格始動してきたせいだ。
基本、古書の購入は、300円縛りであるのだけれど、今月はビジュアル系を中心に割高本がいくつか。
『アサヒグラフ別冊 紙芝居集成』(2000円)、『スクリーン特編版 チラシ大全集①~⑤』(2500円)、石森章太郎『遊びをせんとや生まれけむ』(1050円)、週刊朝日編『値段の風俗史①~④』(1200円)、『出版人の遺文』(8冊中7冊で2100円)、澁澤龍彦編『ルネサンスの箱』(500円)、鶴見祐輔『ビスマーク』(500円)
『出版人の遺文』は講談社、新潮社、改造社など著名出版社の代表の文言を集めたもの。岩波書店岩波茂雄分が欠。『ルネサンスの箱』は翻訳アンソロジー渋沢文学館全12冊の唯一残っていた1冊。800円~1000円ではいくらでも見かけたのだが、最初の7冊を500円で買ったため、500円縛りをかけつづけていた。鶴見祐輔『ビスマーク』は昭和10年発行の伝記本。山田風太郎の作品の骨子部分にビスマルクの戦略や生き方が大きな影響を及ぼしていることはいくつもの小説の中で縷々繰り返されているところであり、本書もあるいはそんな基底を成した本かもしれないと一応入手。年代的に少し古すぎるかもしれないが。
その他の主なところとしては。
『季刊推理文学70年第2号』、『マンガ奇想天外創刊号』、玉井璋・新野緑編『異界を創造する−英米文学におけるジャンルの変奏−』、ちばてつや『紫電改の鷹①~④』、日渡早紀『チェリッシュギャラリー』、フェーブル『大地と人類の進化 上下』など。
今月のなろう本。
△赤野用介『乙女ゲームのハードモードで生きています』(星海社FICTIONS)
赤野用介『転生陰陽師・賀茂一樹 ~二度と地獄はご免なので、閻魔大王の神気で無双します~』(TOブックス)
『乙女ゲームのハードモードで生きています』はタイトルからは想像できない大宇宙戦記。『転生陰陽師・賀茂一樹』は最近安定した作品が目立つ現代陰陽師系。小説の出来栄えにはいりいろつらいところがある。暴走気味の妄想に、気を惹かれるところがあって、とりあえずweb最終更新まで読み切った。お勧めはしない。ちなみに『乙女ゲームの』は完結済み。