SFファン交流会レポート

2024年7月 『きのこ! 脂肪! そして叙情⁉ 初の小説集『私は孤独な星のように』刊行の池澤春菜に聞く、読者と作者の間にあるもの』

大野万紀


 7月のSFファン交流会は7月13日(土)に、「きのこ! 脂肪! そして叙情⁉ 初の小説集『私は孤独な星のように』刊行の池澤春菜に聞く、読者と作者の間にあるもの」と題して開催されました。
 出演は、池澤春菜さん(作家、エッセイスト、声優)、大森望さん(翻訳家、書評家、「ゲンロン 大森望 SF創作講座」主任講師)です。
 写真はZoomの画面ですが、左上から反時計回りに、大森さん、根本さん(SFファン交流会)、みいめさん(SFファン交流会)、池澤さんです。

 以下の記録は議事録ではありません。必ずしも発言通りではなく、チャットも含め当日のメモを元に簡略化して記載しているので間違いがあるかも知れません。問題があればご連絡ください。速やかに修正いたします。

みいめ(SFファン交流会):
前半は池澤さんの初の小説集「私は孤独な星のように」について、後半は読者と作者の間にあるものというテーマでお話していただきます。まずは小説家・池澤春菜ができるまで。
大森:
日本SF作家クラブ会長経験者なのに、小説を書いたのはその後という史上初のケース。
池澤:
当時は単著がないと作家クラブには入れないという規約があったのですが。
大森:
でもその単著は小説でなくてもいい、本でなくてもいいという解釈がされるようになった。
池澤:
色々なクリエーターの方がおられたので、本じゃない作品や成果物でもいいのではと。一応SFマガジンに連載を持っていたので入ることができました。何年かたって理事になりませんかといわれて理事をやらせていただいて、その後、会長になる人がいないから会長をやってくれといわれそんなに人材がいないのかと思ったけど。
みいめ:
会長って立派な作家であれば誰でもなれるわけじゃなくて、実際にはとても大変なんです。
池澤:
実際になってみたらスーパー事務員だった。
大森:
会長になってから柿村イサナ名義でゲンロンSF創作講座に入った。それは作戦だったんだろうね。ぼくはそれを知らずにある日SF創作講座へ行ったら知っている人がいてびっくりした。
池澤:
この講座に参加したら月に1編短編が創作できるじゃんと。でも私は作家になるために応募したのではなくて、作家をあきらめよう、それを墓石にしようと応募したんです。小説を書いちゃいけないという気がした。祖父も父も作家なので、池澤の名前で出すと普通の見方をされないだろうなと。書評は高校生くらいから書いていたし、本も台湾が好きで、台湾へ行く人にぜひ行ってほしい所のリストを作っていたらそれが本になったりもした。でも小説は自分から能動的に動かないといけない。そのハードルが大きくてずっとその前でどうしようと悩んでいたんですが、いっそチャレンジしたらあきらめがつくだろうと。
大森:
池澤さんにはずっと『NOVA』に短編を書いてといっていたんだけれど、ネタに困っているなら「オービタルクリスマス」で書いてもいいよと話をした。
池澤:
「オービタルクリスマス」の決起集会みたいなのがあって、そこで隅に追い詰められて・・・堺さんも好きに書いて下さいと。もやい綱を大森さんに切られた。
大森:
デビュー作が堺三保の映画のノベライズでいいのかと思ったが、気楽でいいからと。
みいめ:
そういうけど、あの作品で女の子がこんな発言はしないとか色々と考えたと言っていたよね。
池澤:
それは堺さんに色々と確認して映画と小説の違いをいっぱい考えた。これで作家デビューできたとは思わず、半分くらい。でも勢いがついた。
みいめ:
仕事がいっぱいある中でどうやってできたの。
池澤:
会長仕事もあって大変で、みんなバカなのと言われたけど勢いで。余裕がなくても死にそうと言いながら勢いで書けた。
大森:
ゲンロンではまずテーマを決め、それをもとにあらすじを書いてもらう。あらすじはぼくは必ず読む。そのあらすじから選ばれた作品を実際に執筆してもらい、選考する。
池澤:
ダメであってもとにかく書く。
大森:
SF作家協会の会長職にある人がずっと落選するというのに耐えるメンタルがあった。
池澤:
毎回泣いていた。でも悔しいからまた書く。
大森:
オーディションに落ちるよりは楽なのでは。
池澤:
オーディションは落ちる方が当たり前なのですぐ忘れられる。10年程前から本名で脚本も書いてみていたが、それが自分の実力なのかどうかわからず、スタッフといっぱいやり取りした。自分が声優をやってる「ケロロ軍曹」で脚本を書いてみたら面白いからと採用となり、普通に書けるようになったが声優と脚本家が同じ名前というのも何だかなあというので、ペンネームをつけることにした。柿村というペンネームを父に相談してつけてもらった。それは父が脚本を書いていたときのペンネームで、名前はイサナという、わたしが男だったらつけていたという名前にした。採用されなかった回は駅のホームで泣いていた。ゲンロンでもそれをやろうとしたのだろう。
大森:
結果的には有効に活用されて受講料のもとも取り、短篇集も出した。これが池澤メソッド。
みいめ:
短篇集はハヤカワから出している。ゲンロンから出しているわけじゃないですね。
池澤:
編集は溝口さん。成都のSF大会で溝口さんに短篇集出しませんかと話しをしたら、検討してみますと言われた。それから色々と相談して。
大森:
商業クオリティがあると評価されたわけだから。
みいめ:
装丁も面白いですね。
根本(SFファン交流会):
着物の大きな帯みたいに上下が開いている。
池澤:
デザイナーの川名潤さんの事務所に出向いては相談した。川名さんの事務所にはうどんちゃんという犬がいてめちゃめちゃ可愛いかった。
大森:
短篇集として収まりがよくて講座で読んでいたときよりいい。
みいめ:
この中で一つ選ぶとしたら。続編を書いてみようとか。
池澤:
「あるいは脂肪で」は4時間で書いた話なので、その追い詰められた気持ちで書ける。その続編も書けてしまった。今度は脂肪ちゃんが宇宙へ行くかも知れない。
大森:
脂肪ちゃんで続けられるかも知れない。
池澤:
ある程度熱に浮かされてじゃないと書けない。
みいめ:
キノコが表紙になっているけれど表題作にはしなかった。キノコ本を出すのかな。
池澤:
色んなものを書いていきたいので。また違う物になったらいいなと思います。
みいめ:
今度の本、オーディブル(朗読版)をやっているという話を聞いたのですが。
池澤:
今度全部とり終わりました。
大森:
本人が全部読むのは珍しいというか。
池澤:
1編だけという話だったのに1冊全部読むことになっていた。読んでみて、目で読むのと声で読むのと全然違い、自分は言文一致の人なので、読んだ時ここは直したいと思うところがたくさんあった。文体が色々あるけれど、読んでみるとこれは自分の内側にある文体のバリエーションだとわかった。女の子と落ち着いた女性でテンポが違う。句読点で読む人の呼吸のテンポを変える、操るということも考えている。
大森:
「三体」を文庫化するときもオーディブルを聞いて変なところを修正した。単行本版だけでなく文庫版のオーディブルも出してほしい。
池澤:
天草の方言をちゃんと聞いて書いた作品があるが、口に出して読むと何もわからない。自分で書いておいて何てことをしてしまったのかと。「とても音声にならない声」と書いたところもあって。でもそれでいいのとか著者である自分に直接聞けるから便利。
(ここで、池澤さんによる「わたしは孤独な星のように」オーディブルの生実演がありました。とても素晴らしかった)
みいめ:
「読者と作者の間にあるもの」ということについて「夏は、SF」でも書いていたが。
池澤:
読み手としてスペキュレイティヴなもの、世界の枠を外してくれるものが好きで、理系じゃないのでそっちに軸足を置く。
大森:
スペキュレイティヴというのは中高生のころに散々言ったので今はもうあまり言わないようにしている。中二病っぽい。
池澤:
でもサイエンスというとサイエンスのカテゴリーの中に入り込んでしまう気がする。
みいめ:
あるとき心の中で起こっていること、インナースペースのことも含めてサイエンスといっていいと思って、スペキュレイティヴとか言わなくてもいいんだ、問題ないんだと思った。
大森:
スペキュレイティヴとは何かとか、面倒な説明をしなくてもサイエンスにも色々あると言った方がわかりやすい。
池澤:
SFは自由だった。今ここじゃない遠くまで行ける。父の書庫にある本の中でそういうものがSFだった。
根本:
ぜひもっと若い人向けの本を書いて欲しい。
大森:
「オービタルクリスマス」の長編版を書けばジュヴィナイルにできるかも。
池澤:
自分だけでは書けなかったのは「Yours is the Earth and everything that's in it」。これは書き方が違う。企業の人とSFプロトタイピングの流通をテーマのワークショップで書いたもの。
みいめ:
これだけはあれっと思って読み返した。
大森:
自分の中にない物で幅が拡がる。
池澤:
読む自分と書く自分が切り分けられなくなって、去年ごろ読むのも書くのもできなくなった。どこかで気にしないことにして、読者と作者を切り分けた。
大森:
同業者の小説は読まないという作家は多い。
池澤:
自分が出ていないアニメは一切見たくない。アニメファンじゃなくて仕事だから。ファンでありたい読み手の自分もいるが書き手の自分は違う自分と考える。読者が受け取る小説は書き上がったものだが、書いている時はそれがどういうものになるかわからない。書き手にとっての作品と読み手にとっての作品は別のもの。父がよく小説というものは書いてしまうとそれは読者のものであって自分のものじゃないと言っていた。
大森:
この後、作家池澤春菜はどう行きたいのか
池澤:
今ビギナーズラックを超えて色々な物にチャレンジするチャンスがあると考えていて、今のうちに色々とできることをやってみたい。そのうち正体が分かるかもしれないが。今年から来年にかけて自分のリアル血反吐を吐いてみようと思う。それが許されるのは今だけだから。

 8月のSFファン交流会は8月24日(土)に「追悼 クリストファー・プリースト」と題して開催されます。ゲストは、渡辺英樹さん、たこい☆きよしさん、そして僕、大野万紀となります。本来であれば古沢嘉通さんがお話されるところですが、都合で参加できなくなったとのことでした。残念。


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