大野万紀
4月のSFファン交流会は4月13日(土)に、「ようこそ、中国SFの世界へ」と題して開催されました。
出演は、立原透耶さん(作家、翻訳家)、泊功さん(翻訳家、教員)、上原かおりさん(翻訳家)。
写真はZoomの画面ですが、左上から反時計回りに、泊さん、上原さん、立原さん、みいめさん(SFファン交流会)です。
以下は必ずしも発言通りではなく、チャットも含め当日のメモを元に記載しているので間違いがあるかも知れません。問題があればご連絡ください。速やかに修正いたします。
立原:中国SFにどんな作家さんがいるのか紹介します。まず中国SFの四天王から。
年齢順で王晋康さん。プロマイド写真のような写真をよく使われています。『宇宙の果ての本屋 現代中華SF傑作選』に収録した「水星播種」が今年のヒューゴーショーのファイナリストになりました。東方書店で売っている「アジア文化」がまるまる一冊王晋康さん特集でお勧めです。翻訳や座談会が載っています。『三体』ほかのの劉慈欣さんはみなさんご存じですね。そしてもう一人が韓松さん。今年新紀元社から長編『紅色海洋』が発売予定です。早川からは『医院』が出る予定。カフカ的な不思議な話です。四天王の最後は何夕(フーシー)さん。『宇宙の果ての本屋』では「小雨」という作品が訳されています。最近は長編も多く書かれていて、私の中では恋愛もののイメージがあります。この四人が中国SFを支えてきて、今も大きな影響を与えています。
この後の世代は例えば郝景芳さんとか陳楸帆(スタンリー・チェン)さんとか、ハヤカワで訳されている作品が多いです。さらに新鋭の作家さんは新紀元社や中央公論新社でたくさん出ています。
香港ではミステリでも活躍されている譚剣さん。台湾では黄海さんが若いときからずっとSF一本で活躍していて教科書に載るような有名人です。伊格言(エゴヤン)さんはもし3.11が台湾で起こったらという作品『グラウンド・ゼロ』を書いています。核の問題を正面から描いた作品です。張系国さんも古くから活躍されている作家。『星雲組曲』などの翻訳があります。個人的に台湾で一番好きなのが紀大偉さん。ジェンダー問題を扱った「膜」が飛び抜けた傑作です。アジアのジェンダーSFを読もうという方はぜひ読んでみてください。
日本での中国SFの翻訳家についてぜひお話したいのが林久之さんと武田雅哉さんです。『中国科学幻想文学館』というのがお二人で書かれた本で、これが日本で今のところ唯一の中国SFの教科書になるものです。林久之先生は中国SFをずっと翻訳され、紹介してこられた方です。今も現役で翻訳をなさっています。武田雅哉先生はこの前まで北海道大学の教授をされていて、SFだけでなく幅広いジャンルを深く研究なさっている方です。
2007年に横浜でワールドコンが開かれたんですが、そこに中国のSF作家が訪れて交流があり、2008年にSFマガジンで特集がありました。これが一つの転機です。それから『三体』の特集があり、年に1度くらい中国SFが特集されるようになりました。2022年には韓国SFが伸びてきたのでそれがアジアSF特集となりました。ミステリマガジンでも「華文ミステリ」が特集されるようになったのです。
上原:今日は中国現代文学の中のSFについて話します。
中国ではもともとSFは周縁にあったものですけど、近年権威ある〈人民文学〉にも掲載されるようになった。SFの想像力が注目を浴びるようになったのです。〈人民文学〉は中国作家協会の機関誌で、文化大革命で中断していましたが、復刊号の題字が毛沢東の著であることは中国風のこだわりです。
〈人民文学〉に初めてSFが載ったのは1978年。童恩正の作品で 中国の科学者の新発明が某国のスパイに狙われたりするが断固阻止するという話。1983年から精神汚染キャンペーンがありSFも批判されました。その後2012年に劉慈欣が掲載されてSFが復活。巻頭言では我々は昔からSFに注目していたと書かれています。2015年にSF特集。2017年のネット小説座談会に宝樹さん。その後も何度かSF特集があり、SF以外でも青年作家論壇を頻繁に解説して若手を盛り上げようとしていました。ラノベ的なものやエンタメ小説、ネット小説の特集もありましたが、SF特集はそれより多く掲載されています。
国としては2012年に習近平が「中国夢」を発表、2015年には公話を発表して、文学作品が中華民族の偉大な復興を推し進めると語っています。文学は中国の夢を実現するためのものであり、SFも習近平の期待にこたえるものとして持ち上げられたと思われます。
日本での研究についても触れておきます。立原さんのお話にあったように、林先生、武田先生、それに立原さんが紹介・翻訳をされ、最近では大恵和実さんたちの活躍がありますが、中国文学研究者の間では今のように中国文学(SF)が日本で読まれるようになったのは珍しいと考えられています。2010年代にはほとんど読まれない時代がありました。そこで中国・台湾現代文学の案内書、ガイドブックを作ろうという企画が立ち上がり、31人の中国文学研究者が執筆して『中国語現代文学案内』が先月ようやく発行されました。SF作家についても記載しています。
泊:私はお二人のような専門家というより、何でもやる人なので、今日は去年の世界SF大会に参加した時の話をします。
まず劉慈欣人気はやっぱりすごかったと。会場へ行くバスは未来を先取りしたような水素エネルギーを使ったバスでした。林譲治さんが、2019年の中国のSF大会に参加した時バスにロボットが乗ってきたというエピソードを紹介されていましたが、中国の技術は進んでいると感じました。
大会で初めてヒューゴー賞授賞式に参加したのですが、一番感銘を受けたのは、ヒューゴー賞ベストファンジン賞「ゼロ・グラビティ・ニュースペーパー」の受賞者の発言です。とても熱くてSFってこんなに熱いんだと自分も思わずもらい泣きしそうなくらい胸熱でした。
中国SF四天王の写真などを撮っていたらいきなり呼ばれてセッションに参加することになりました。そんなの聞いてないぞと思いましたが、色々話ができて良かったです。
その後、劉慈欣さんのサイン会がありましたが、3時間くらいかかりそうな長蛇の列が出来ていました。ただ(小松左京のような)これほどの国民的人気があるのは劉慈欣さんだけかも。
ヒューゴーナイトの後、日本人チームが集まって夜のセッションというか、ただの飲み会を遅くまでやっていたのですが、SFマガジンの溝口力丸さんに中国の酔っ払い親父たちがしきりに近づいてくるという不思議な現象が見られました。
中国SFについては大惠和実さんのWEB東方の記事が非常によくまとまっています。また今年のヒューゴー賞に王晋康さんがノミネートされていますが、個人的に親しくしていただいているので、私がSNSでおめでとうございますといったところ、やはり成都で大会を開いた時に大勢のSFファンが世界SF協会の会員になったことが影響しているのではないかということでした。
みいめ:後半は『宇宙の果ての本屋』などアンソロジーの話やお勧めの話を。
立原:『宇宙の果ての本屋』は男女比を同じくらいにし、1冊目よりSFっぽい作品を多くし、読みやすいものにしようとした。「死神の口づけ」は古い作品だがコロナで再び脚光を浴びた作品です。
みいめ:中国といえばちょっと幻想的だったりホラー味があったりというイメージがあったが、読んでみると日本のSFに近い感じがしました。
立原:あまり幻想的・ホラー的なものよりSF中心に選んだ。個人的に推しは韓松「仏性」、日本に紹介したい作品をということで。「女神のG」は下世話になりかねない話をうまく訳してもらった。「水星播種」はとても評判の高い作品。「宇宙の果ての本屋」はタイトルが良くて図書館じゃなくて本屋なのはあえてそうしている。
みいめ:アンソロジーの3冊目は出ますか?
立原:疲れ果てています。
立原:お勧めは泊さんが三田文学に訳された王晋康「プロメテウスの火」。SFでありかつ文革の傷跡を描く傑作。ミステリマガジンに載った「生命の歌」もミステリでかつSFの傑作。
上原:韓松さんの「医院」三部作がお勧めです。中国語で医院というと総合病院を意味してします。山田和子さんによる英語版からの翻訳が出版予定。ネタバレしても大丈夫そうなので紹介すると、第一部では〈薬の時代〉の価値観が描かれ、第二部では悪魔を追い払い、第三部「亡霊」は火星での薬の話です。
一作目の『医院』では僧侶が二人の弟子と火星探査に向かう。そこで病院の遺跡を目にするのがプロローグ。主人公「わたし」は会社の宣伝歌を作るためにある都市へ出張し、ホテルのミネラルウォーターを飲んだら腹痛を起こして病院へ。そこは街と病院が一体化した医薬帝国となっている。主人公は自分の病名もわからず病院から出られずに一体どうなっているのかと調べ始める。面白いのは腹痛が治まらず手術を受けることになるが、わたしの〈付体〉というものが話しかけてくる。
二作目『駆魔』は三人称で病院船が出てくる。老人男性しか乗っておらず人工知能がコントロールする医療ロボットによって治療が行われている。人間の医者や薬屋は船の下で隠れて生きている。昔は女という生物がいて敵に滅ぼされたらしい。わたしに話しかけた〈付体〉はウイルス?
三作目では主人公が突然蘇生するが、まだ病気がわからず探索している。文章は二人称で進む。医者達は火星の病院を亡霊の池から創造させる。主人公はずっと続いていたペテンの正体に気づき、本当の死とは何なのかを考える……。
泊:中国SFにおける「普遍」と「特殊」について。普遍としては中国であっても日本であっても問題意識は同じ。戦争、格差、差別、人権、科学と倫理、環境問題など。特殊の観点としては海涯(ハイ・ヤー)さんのヒューゴー賞受賞「時空画師」では漢詩が世界に冠たる存在になっている。劉慈欣「詩雲」も未来宇宙で漢詩が普遍的価値となっていて欧米社会の価値観へのオルタナティブとなっている。この作品には劉慈欣さんの文学(漢詩)へのリスペクトが現れています。
なお5月のSFファン交流会はお休みで、6月は6月22日(土)に「〈幻想と怪奇〉とショートショートの魅力」と題して、牧原勝志さん(編集書)、井上雅彦さん(作家)ほかをゲストに開催されるとのことです。