彼方には輝く星々

第4回 

木下充矢 竜と沈黙する銀河、ハンチバック、宇宙シンポジウムin串本


 まず、第14回創元SF短編賞受賞作の感想から。

「竜と沈黙する銀河」阿部登龍 (短編電子書籍)

紙魚の手帖Vol.12 にも収録

 ひとことで言うなら、「重厚・爽快」!
 冒頭の、致命傷を負った競技竜を看取る竜騎手姉妹の場面が素晴らしい。竜と人間が、当たり前に共存する世界。体高二メートル、体重七〇〇キロの、空を駆ける生き物が、くっきりと立ち上がる。小説を読むときに、むやみにメタ情報を持ち込むのは誉められた話ではありませんが、現役の獣医師だという作者の実体験が、この圧倒的「解像度」を支えているのは間違いないだろう、と感じます。そして、全編を通して流れている「死生感」のようなものにも。

 体温や匂い、肌触り、といった等身大の感覚と、「フェルミのパラドックス」の陰惨な真実、という、目がくらむようなスケールの差。大いなる存在に仕組まれた世界に、毅然と立ち向かう主人公。光瀬龍(「龍」!)と切り結ぶ骨太の思弁小説であり、同時に、軽快な百合バディアクションでもあり。そして何よりも、「竜がいる世界」の確かな質感が印象に残りました。

 きちんと閉じられた話なのですが、もし、あえて無理筋の願望を言うならば。語られざる物語が、まだまだ残っているはずです。「戦闘竜」のバトルは、まだほんの片鱗しか描かれていません。<収穫者>との決着も。それに、やっぱり、ザーフィラはミランダと再会してほしい! いつの日にか、読める可能性がひょっとしたらないとも限らない「長編版」を、期待して待ちたいと思います。

「ハンチバック」市川沙央

文藝春秋2023年9月特別号 にも収録

 SFではありませんが、話題になっている第169回芥川賞受賞作の感想を。

 人工呼吸器を常用する重度難病当事者による、実体験を色濃く反映した、重い、……というか、すっごく頭が切れて人は悪い重度のオタク(とんでもない場面でエヴァ旧劇版の引用が出てくる)が捨て身のブラックジョークをぶちかます話。

 重度障害者本人による純文学創作は、ステレオタイプ打破のブルーオーシャンたりうる、という昨年度早稲田大学通信制の卒論「障害者表象と現実社会の相互影響について」(こちらも小野梓記念学術賞を受賞。「本学で学生が受ける最も栄誉ある賞」とのこと)の実践編、だそうです。二十年以上ラノベ、SF(「深海世界で見えざる侵略者と戦う女性兵士の話とか」!)、ファンタジーの応募を続け、自信作が3次で落選したことが本作執筆のきっかけだった、とのこと。

 親の遺産で全く生活に困らない主人公が抱く、どす黒く、かつ滑稽極まりない欲望の帰結。HTMLタグから始まる小説は前代未聞ではなかろうか。(SFなら『ハーモニー』伊藤計劃がありますが……あ、こちらはETMLか)しかも、その内容たるや。出来事は重いが文章は軽い。「紙の本」信奉を始めとして重層的な差別意識を意地悪くも軽妙に暴き、その刃は主人公の釈華自身にも容赦がない。マルチバース的結末には途方に暮れました。いやはや、ガッツのある賢い人って本当に手に負えないですね!(すごくほめています)

 受賞を機にした、作者の精力的な寄稿を多く目にします。特に面白かったのが、産経新聞への寄稿。受賞式での作者の障害者権利主張を「反日」と難ずる日の丸系アカウントのSNS炎上に対し、戦傷障害から論を起こし、「十代半ばから月刊「正論」読者でもあった私のような筋金入りの人間」、「差し迫る国難を見据えなければならない時代」とたたみかけ、「人口減少の社会では、ただ一人の生きる力の取りこぼしもあってはならない。保守派の包摂的な寛大さと対話能力が今こそ我が国のために発揮されることを心から願う」と格調高く結ぶ。控えめに言って最高でした!

「宇宙シンポジウムin串本」

 木下の実家からほど近い和歌山県南部で、「スペースポート紀伊」 という民間ロケット発射場が建設され、カイロスロケット、という、固体3段+液体1段を備えたロケットの打ち上げ計画が進行しています。重量はJAXAのイプシロンロケットの五分の一くらいで、打ち上げ能力もほぼ同じくらいの比率。その分、フットワークの軽い高頻度打ち上げを目指す、という構想のようです。今年の夏には初号機が、という話だったのですが、残念ながらコロナ禍の影響で延期され、まだ予定は見通せない模様。

 その応援企画が8/20に会場・オンライン併用で開催されたのでYoutubeで視聴しました。(残念ながらリアルタイム配信のみで、アーカイブ公開はなし)

 冒頭のispace代表、袴田武史氏による HAKUTO-R 月着陸失敗(4/26)の報告が、見応えがありました。クレーターの3キロもある段差がきっかけで制御ソフトが誤動作。高度が正しく検出できなくなり、高度五キロで立ち往生して燃料切れ。泣くに泣けない惜しいミスでしたが、袴田氏、まるでめげない。着陸直前までの技術は立証でき、失敗の原因も特定できた。損失は保険でカバー、来年のMission2は計画通り実施します、とのこと。

 その後、「宇宙商社」Space BD代表 永崎将利氏の「過去の自分は将来の自分が正当化する」、カイロスロケットの運営母体であるスペースワン社最高顧問 遠藤守氏の「2050年にカーボンニュートラル」、串本古座高校CGS部のロケット班によるCANSAT実験、保育班の保育園宇宙授業、調理班ロケットラーメン制作、の報告。最後は、超小型衛星で有名な中須賀真一先生、スペースデブリ問題に取り組むJAXAの河本聡美氏も交えたパネルディスカッション。串本の高校生が羨ましいな。なんだか元気が出てくるイベントでした。

 ロシアのルナ25号は月の南極に挑むも失敗(8/20)、インドのチャンドラヤーン3号は同じく南極付近に初着陸成功(8/23)、と、宇宙ニュース満載の夏でしたが、まだ、JAXAのSLIM探査機も控えています。天候の関係で8/28の打ち上げ予定が順延になってしまいましたが、期待して待ちたい。

※ご報告。さなコン3に応募した拙作は残念ながら2次には残れず。とはいえ、今年も最終候補作にはグッと来る話が揃っていて、読み進むのが楽しみです。まだまだ、夏は終わらないのでした。


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