みだれめも 第253回
水鏡子
ゴールデンウイークに4年ぶりの対面でのSFセミナーと、それに合わせた夜のSFファン交流会でぼくの近況報告会ということになり東京に行ってきました。
ずいぶん間が空いているのに、知り合いの顔はあんまり変わっていなくて、一年ぶりくらいの感覚にしかならなかった。自己評価として自分がかなり老け込んだ思いがあったので意外だった。
SFファン交流会では、①本の雑誌に載せた昨年10月に買った本のリスト、②その基となった昨年入手した本、のリスト、③青心社の小笠原氏に撮ってもらった書庫の最新写真、④なろうお勧め100人リストを提供した。見てもらってコメントするだけで、2時間程度では絶対に捌けないだろうという予測のとおり最後は駆け足になったけれど、リストについて話すだけというやり方はとても楽だとよくわかった。ちなみに駆け足になった最後の④なろうお勧め100人リストはSF大会で再度企画として独立させることになった。とりあえず、リストを手直ししていて、THATTAの載せる予定だったが、大会前のフライングになるので、8月まで掲載は先送りすることにした。なお、SFファン交流会での発表分はファン交HPに載せてもらっているので、興味のある方は覗いてください。
不快な話が立て続け。
①ブックオフが廉価本の値段を引き上げる方向にある。
文庫本110円→220円、単行本220円→390円。
さすがにためらう店が多いようで、足並みに乱れがあるが、東京方面はわりとこの値段設定に前向きな気配。これまでのようにダブってもいいかと気楽に買うことが出来なくなるので、購入予定本のリストをもっと充実させなければ。というかそもそも400円も出して読むかもしれないたぶん読まない本をを買う覚悟はない。東京でブックオフを回る元気がなくなった。
②JRに続いて、阪急阪神も5月からの値上げに合わせて回数券を廃止した。土日限定回数券が無くなるのは痛い。
③5月に入って、auじぶん銀行、横浜銀行、大和ネクストダイレクト,、三菱UFJ信託銀行、秋田銀行と立て続けに詐欺メールが届く。迷惑メールに移すたびに新しい銀行名に変わっていく。明らかにどこかの詐欺メールリストに登録されたようである。グーグルで検索すると、秋田銀行の知名度が全国版になったと笑っている秋田銀行預金者がたくさんいた。
4,000円近い新刊本を買って気がついた。
安い本は間口を広げる。買った1冊から新たな興味が派生する。高い本にはそんな機能はない。既存の興味の間口を強化補強し、系統立てて広げていくもの。例えばケン・リュウ、劉慈欣から中国・韓国・アジア圏SFという風に。あるいはチェコ、イスラエル、ギリシアSFという風に。大本は蓄えてきたSFへの興味から伸びる大枝である。
安い本もぼくの中では薄ーくSF(とノスタルジア)につながってはいる(はず?)。なんといっても原点はSFファンであるわけで。
ただ、広がった間口からかなりの量の本が増える。増えた本からさらに間口が広がって、自分の中でこそ関連づいているものの、たぶん他人の眼からは趣味嗜好について勘違いされかねない本の並びになっている。
たとえば、昔はともかく、最近はTV放映も含めて映画・アニメはほとんど見ない。視るのはニュースとバラエティーばかりだし、この10年に映画館に行ったのは4回だけ(エヴァ4つ)。それなのに、映画・アニメ本、DVDは合わせて1,000点を越える量が集まる。見に行くほどではないが興味がないわけではないから書籍を通じて覗いておこうという心地。音痴、味音痴だから本体に金を使う気にならないのに、グルメ系、音楽系がそれなりにあるのもおんなじ事情。手を出す気があまりないからこそ本を通じて総体としての文化に触れておきたいわけである。
そういう趣味が可能になるのも1冊あたり百円から三百円という値段のおかげである。悔しいこともままにある。この月は110円で、進化論、科学論、生命哲学系という、趣味の合う、明らかに一人の人の放出本にまとまって遭遇した。今西錦司やS・J・グールド、コンラート・ローレンツ、フレッド・ホイル、ティヤード・シャルダンなどなど。収穫であるのはあるのだが、既に持っている本が半分近くあり、それらが全部110円なんだなあと悲しくもなる。
拾ったものは次のもの。すべて単行本である。
グールド『パンダの親指 上下』『嵐の中のハリネズミ』、レヴィ・ストロース『人種と歴史』『はるかなる視線①』、ピーター・ボウラー『進化思想の歴史 上下』、ナイルズ・エルドリッジ『進化論裁判』、日本鳥類保護連盟『野鳥の歳時記①~④⑥~⑧別巻①②』、アーサー・ラヴジョイ他『進化の胎動』、撰集日本の科学精神『②自然に論理をよむ』『④オーガニズムの観相』、高柳俊一『ユートピア学事始め』などなど。
5月の購入冊数412冊。57,617円。クーポン使用15,320円
なろう122冊。コミック114冊。エラーと買い直し38冊。
このうちの10,000円ほどは、国枝史郎豪華本を筆頭にした前回触れた京都みやこめっせの古本市での散財分。これを除くと、SFセミナー、ファン交流会で二泊三日の久々の東京行きにも関わらず収穫はほとんどなかった。
クーポンは古本市場の半額割引株主優待40,000円分が届いたことと、5月末期限のビックカメラの株主優待で買いたい電気用品がみつからなくて仕方なく十文字青などのライトノベルの新刊本を10冊ほど見繕った結果である。現金で買った新刊本は邵丹『翻訳を産む文学、文学を生む翻訳』、「本の雑誌」、ファンジン三冊合わせて10,000円ほど。
コミックでは、飯田一史がらみで藤田和日郎漫画家指南本『読者ハ読ムナ(笑)』を読んだところから、彼のアシスタントだった福田宏のコミック『ムシブギョー』他38冊まとめ買い。言われてみると、なるほど『うしおととら』の香りがする。SFセミナーで聴き応えのあった内藤泰弘を集め始める。その他こざき亜衣『あさひなぐ』、赤松健『UQホルダー』など。半分近くは5冊100円で。
なろう系を除く300円越えは少ない。急に興味の対象となった野坂本『フレンチコネクション八百』『風来めがね』以外では、500円でホイットリーの選集で唯一欠落していた『新・黒魔団』だけ。300円でジョイ・アダムソン『アフリカ博物誌』、筈見有弘他編『ヒッチコックを読む』、ジャン・セルヴィエ『ユートピアの歴史』、ジェフリー・ダットン編『オーストラリア文学史』、桑原三郎『少年倶楽部の頃』、高田衛『江戸幻想文学誌』、大井浩仁監修『異相の時空間 アメリカ文学とユートピア』。このところタイトルに「ユートピア」を冠した本にやけに出くわす。
200円台では「ラテンアメリカの文学」の『亡き王子のためのハバーナ』『汝、人の子よ』の2冊、樺山紘一『異境の発見』、公募風景写真集『アマテラス①』、田丸雅智編『未来製作所』、増川宏一『すごろく①②』。最後のものはしばらく前①を300円で買ったものだが、セットで500円で出たので買い直し。
その他100円台、100円以下はかなりの収穫。主なものだけ拾っていく。
①第一法規『日本の童画④⑤⑥』全13巻のうち7冊が並んでいたが、そのうちの3冊『④山口将吉郎他』『⑤高畠華宵他』『⑥加藤まさを他』を拾う。81年の叢書だがしっかりした造りで印刷がきれい。
②文学系・映画系:ロレンス・ダレル『予兆の島』、藤島宇策『たかがマンガされどマンガ』、ユリイカ『特集 安部公房』、畑中圭一『童謡論の系譜』、長部日出雄『書物交遊録』、風間賢二『オルタナティブフィクション』、エイゼンシュタイン『全集②戦艦ポチョムキン』、戦後アメリカ映画大百科⑪⑫『資料編②③』など
③自然科学系:リチャード・モリス『光の博物誌』、シャーマン・K・スタイン『数学 創造された宇宙 上下』、レイチェル・カーソン『潮風の下で』、島尾永康編『科学の現代史』など
④人文科学系:松岡正剛『空海の夢』、山本晴義『社会倫理思想史』、ロールモーザー『ニーチェと解放の終焉』、日本とアジア 生活と造形『⑥色と形』、色川大吉『歴史の方法』など。
読んだなろう系では、ダイスケ『庭に穴ができた。ダンジョンかもしれないけど俺はゴミ捨て場にしてる』(サーガフォレスト)をご紹介。
「ある日、家の庭に穴があいていた。ゴミ穴にちょうどいいので、ゴミを捨てた。家庭ゴミを捨てた。事業ゴミを捨てた。建設ゴミを捨てた。まだまだ穴は埋まらない…謎の穴が齎すものは福音か、災いかー。現実を侵食していく現代ダンジョン怪異譚!「第1回一二三書房WEB小説大賞」“金賞”受賞作!」
星新一の「おーい、でてこい」に、生きている穴の要素を加えて長篇化したらこうなる。というか「おーい、でてこい」は本来的にビジネス・ホラー小説だったのだなあと再発見した。
春の日びより『乙女ゲームのヒロインで最強サバイバル』(TOブックス)はタイトルこそ安っぽいがしっかりした小説。
「剣と魔法の世界シエルで孤児として生きていた少女アーリシア。ある日、彼女は自分が“乙女ゲームのヒロイン”であると知ってしまう。両親の死さえ単にストーリーの一部だったのだ。アーリシアはヒロインの役割を『くだらない』と一刀両断すると、冒険者『アリア』を名乗り、次第に複数の武器と魔法を操る『殺戮の灰かぶり姫』へと成長していく!だが、“悪役令嬢”の護衛依頼を受けたことで、気付かぬ間に貴族同士が争うゲームの舞台に巻き込まれていきー?『私は“私”だ。ゲームの登場人物じゃない!』武器を作れ!技を鍛えろ!強敵との戦いに生き残り、乙女ゲームをぶち壊せ!戦うヒロインが魅せる、壮絶&爽快な異世界バトルファンタジー!」
二大潮流、「追放ざまあ」と「悪役令嬢」とを比べると、設定や文章力に頓着せずチートに寄りかかった願望充足安直展開が少なくない「追放ざまあ」と比べ、「乙女ゲー悪役令嬢」ものは性格上、細やかな筆致や物語の重層性が必須とされる部分が多く、小説的完成度の高いものが多い。派生系である「ギャルゲー悪役貴族」ものだと設定重視で完成度に疑問のあるものも少なくないので単純に著者の性別に起因するとも思えなくもない。個人的には「追放ざまあ」を支持したいのだが、辟易するものが多いのも事実。願望充足を求める著者には理解したい部分はあるが、それを商業物として流通させる編集者への憤りは深いし不快だ。しかし、そんなものの方がストレスフリーで売れるのであれば、それもまたしかたがないということで、結局読みたがる人間がいるからではないか、けれどもそういう読者のおかげで商業ジャンルとして成立しているのではないかとぐるぐるもやもやしている。結果的にそうした大勢のなかで読者を選ぶ作品が陽の目を見る機会が増えるのであれば、それはそれでいいのではないかといったところで気持ちを納得させていく。
本書は異世界の知識を身につけた七才の少女が乙女ゲー世界の役割から逸脱を図る、ある意味定番の物語で、いかに知識を持ちえたにしろ七才の少女の論理的思考力が上がりすぎだろうとか思うところもあるものの完成度は高い。正直うざったさのある説明回の第1巻は読むのにきつい部分があるが、乗り越えて順調に6巻まで刊行されてめでたい限り。
なおweb版は完結しており、現在は後日譚に入っている。