のへのへ読書日記 第4回    菊池鈴々


扇風機稼働開始の季節です。

◆こちらは小説

「夜の写本師 (創元推理文庫)  乾石 智子」

 骨太のファンタジー。
 主人公は「右手に月石、左手に黒曜石、口のなかに真珠」を持って生まれてきたカリュドウ。幼少期に育ててくれた女魔導師と幼馴染を謎の魔導師に殺され、逃亡するところから物語が蠢く。さまざまな魔法・魔術・呪法が次々に現れて、絶望や悪意や憎悪が周囲を染めていく。逃亡しつつ復讐の糸口を探す中で、彼は「写本師」として立ち振る舞う術を身につける。魔導師や魔術師ではなく魔法とは系列の違う魔法を使う「夜の写本師」という闇の世界の力だ。
 章の切り替わりの時に、時間と視点の人物がコロコロ変化するので読書のリズム的には躓く。あれが千年前でこれが3百年前で視点はこの人……。けれど読むと、これはカリュドウに「過去の話」として語られるよりも、裏切られ殺され利用されるその場の事件としての臨場感を大切にする方を取ったのだなと思う。
 静かに幕を下ろす結びの終盤がしみじみと心地良い。
 私が買った表紙が、Amazon、東京創元社その他で見られる書影と違った。私のは12版だから、たまたま「魔法使いの嫁」のヤマザキコレのイラストの表紙が使われていた期間だったようだ。キャラクターが明確な表紙よりイメージ重視の表紙が好ましい人がいることはわかるが、私は、ヤマザキコレが自分の画風のまま隅々まで作品に寄り添ったこの表紙を素晴らしいと思う。

「ディアスと月の誓約 (ハヤカワ文庫JA)  乾石智子」

 乾石ファンタジーを続けて読んだ。氷の大地の凍える王国の物語。寒さ描写にリアリティがあり、作者が山形出身だと書いてあるのでなるほどと思った。
 魔法と人の営みが丁寧に描かれており、欲望や支配が生活を脅かす。その中で「生きる」とは何かが繰り返し問われる。「生き方」の選択を迫られる。問われ続けた主人公達の誠実さが入り組んだ物語をほぐしてゆく。
 「夜の写本師」よりもこちらの方が状況描写の美しさを含めて読みやすいが、呪いの強さ、凄みは目減りした気がする。

「くらし安心支援室は人材募集中 オーダーメイドのおまじない (富士見L文庫)  雪村花菜

 架空の地方都市、北加伊道(ほっかいどう)が舞台。特殊だけど一応公務員、実質はオカルトやホラー系と思われてまともに取り合ってもらえない不思議事件に対応する部署にスカウトされた女の子が主人公。
 文章がバタバタわちゃわちゃしていて読みにくい。
 出世作の「紅霞後宮物語」はとてもいい感じで読めたから、作者と私の文章リズムが合わないということもないはずなんだけど。あちらとガラッと雰囲気を変えてライトにしようという意気込みが空回りしてるように思う。
 設定そのものは、リアル寄り日本での公務員系ゴーストバスターということで、悪くはない。もう少し落ち着いてくれると嬉しい。

「京都一乗寺 美しい書店のある街で (光文社文庫)  大石 直紀」

 4つの短編ミステリー。京都にあるリアル書店が「緑色のドアの書店」として、話題になったり舞台になったりして全ての話に出てくる。書店もののライトミステリーかと思って買ったけど、予想よりシリアスな事件でスタートした。4作とも独立した話で、テイストがそれぞれ違うが、どれもよかった。

◆こちらはコミックス

「転生貴族、鑑定スキルで成り上がる ~弱小領地を受け継いだので、優秀な人材を増やしていたら、最強領地になってた~(1)~(2) (KCデラックス)  井上 菜摘,jimmy」

 タイトルで傾向・路線を説明するタイプの作品。異世界転生ものはたくさんあるから、読者が自分好みのものを選びやすいようになっている。2巻まで読んだ感じではまだまだ滑り出しだけど、人種差別問題をさらりと入れ込んでいる。
 ちょっと気になったので「小説家になろう」の小説版を読んだら、魔法使いの少女の性格が漫画版とかなり違った。コミカライズの漫画家さんがそこまで変えるとは考えにくいので、なろう小説を商業出版する時に大きく手を入れたんだと思う。主人公は子供からスタートで、父親はすごい存在感があるんだけど、母親が無視されすぎている。弟妹がいるし死んでるわけでもないのに、扱いが空気で極端だ。
 スキルで無双とは言っても鑑定スキルなので、自分が戦場で大暴れする系列とは違う。内政方向で着実に進む路線だけど、戦闘シーンはそれなりにある。

「魔入りました!入間くん (1)~(30) (少年チャンピオン・コミックス)  西 修」

 30巻を一気読み。長期連載だと雰囲気が変わったりすることもあるけど、この作者は少々絵柄の変化はあるものの「のびのび描いてます」ムードで、一貫して嫌味がない。
 人間の少年が実の両親に売り飛ばされて魔界で暮らすハメになる。魔界では人間だとバレたら大変だというスリリングな部分は最初のうちだけで、魔力を吸収して自分の意思で放出できる指輪をもらってから、人間だとバレる心配はほぼなくなり、本人の心理的問題は残るものの扱いが小さくなる。
 魔界ではあまり人間界に興味がない人がほとんど。争いは魔界内での権力闘争や個人的な目的のもので、人間界に攻め込む勢力などは今のところ見当たらないから、人間界のことをあまり考えず魔界ライフを楽しめるようになっている。何せ実の両親がひどいので心配する必要も未練もない。
 ストーリーのメインは学園生活で、努力・友情・勝利のがっつり王道。次々提示される学園内イベントがいい。時折挟み込まれる事件に若干シリアスさが含まれるものの、全体としてハイペースでストーリーを引っ張って飽きさせない。学生・教師・その他の登場人物の能力や性格がバラエティ豊かで盛り上がる。
 30巻読んで作中時間は1年とちょっと。このままだと主人公が〇〇になるまでは100巻くらいかかるかも。もっとかな。画面的に大ゴマが多すぎるのが気になるけど、それはまあ仕方ない。このまま息切れせずに楽しく続いてほしい。


『のへのへ読書日記』インデックスへ

THATTA 421号へ戻る

トップページへ戻る