みだれめも 第237回

水鏡子


○近況(9月)

 梅田例会、といってもほとんど青木社長と二人だけですが、場所を梅田芸術劇場地下の珈琲館に戻しました。土日の閉店時間が8時に戻ったためです。星乃珈琲は多人数になったときちょっと使いにくかったので。

 『絶景本棚2』に掲載されたうちの書庫の写真では、ある意味一番目立つところに開高健が並んでいて、見ながら過去を思い返した。
 小松左京の『日本アパッチ族』がきっかけだったはずである。大阪のバタヤ集団「アパッチ」を主題にした濃密な作品で『果てしなき流れの果てに』より小説的に上位でないかと思ったのだが、『日本三文オペラ』を読んで、ほかならぬそのむせかえるような濃密さで『日本アパッチ族』が負けていると評価をさげさせられた。当時は著者の全盛期で文庫化されたもの中心に読んでいたが、極端に熱心な読者というわけでもなかった。
 決定的だったのは著者自ら「第二の処女作」と宣言した『夏の闇』で、古本屋で買った200円の箱なし本を読み、なんだこれはと読後呆然として言葉を失くした。その後、短編集『ロマネ・コンチィ・一九三五年』をSF作家以外で初めて新刊で購入して、嘗めるように読んだ。20代の後半の海外SF一辺倒の時代に必死で読んだ日本作家の一人だった。
 ずっとこだわり続けた作家と思っていたが必死で読んでいた時期は、本棚を見ると意外に短かったのかなと思い直した。写真の中では『耳の物語』『珠玉』『シブイ』の背表紙にブックオフの100円値札がついている。『シブイ』に至っては買ったことを忘れてダブり買いのていたらく。文庫本以外で買った新刊本は、『輝ける闇』の原型である『渚から来るもの』『夏の闇 直筆原稿縮刷版』の2冊だけで、一種の記念本であるので、じつはどちらも眺めただけできちんと読んだ記憶がない。『オーパ』のあたりで著者の方向性への違和感が生じ、「新潮90年2月号」に掲載された『花終わる闇』に失望し、『開高健全作品』を買ったことで自分の中で区切りがついて(順不同)、気持ちの中央から周縁に場を動かしていた。

 そんな当時を思い返した折も折、近くの古本屋で『開高健全集』全22巻が新しく棚に並んだ。シンクロニシティじゃん。帯、月報付き、数冊以外読んだ気配のない美本揃いで一律550円。最初は『全作品』以降のものを拾いかけたが、棚に並んだばかりの手あかの少ない状態で、新刊文庫本より安い値段であると自分を説き伏せ、全巻購入する。
 家に帰って、とりあえず月報だけをパラパラめくって拾っていくと、必死に読んだ作家というのは必死に読んだ当時の若い時代がよみがえってくるようで、なかなか至福の時間となった。
 追加をひとつ。この全集を購入した日、同じ古本屋の漫画コーナーで岡部冬彦『アッちゃん』(コダマプレス)をみつけた。100円なら無条件だが200円の値札に少し悩む。保存状態はやや劣で、印刷も昔の出版物らしくかすれ気味で、やめようかなと思いながら最後にいくと開高健の解説がついていた、神様のお引き合わせっぽいなあとあきらめて購入した。

 この古本屋(開設当初はブックオフだったが、かなり早い時期に独立して小さな郊外型チェーン店になった)、週一で通って5冊10冊単位での購入を繰り返している。数十年の往来でここだけで1万冊近い買い物をしているのだが、最近はなろうとラノベくらいしか拾えない日々が続いていた。それがここにきて、わりと妙なものが並び始めた。コロナ禍での蔵書整理の煽りだろうか。
 『開高健全集』を抜いた棚に何が入るか楽しみにした次の週、『筒井康隆全集』が330円で、ほるぷ出版の絵本集『ベルリン・コレクション』が220円で陳列されていた。同じほるぷの『オズボーン・コレクション』を拾ったことがあるので、いそいそ籠に積みかけたが、よく考えるとドイツ語絵本はどうなのよ、それにほるぷのこのシリーズは、『オズボーン』のときも印刷が少し不鮮明だったしと棚に戻す。『筒井康隆全集』は16巻まで108円で拾っているので、残りについて考慮中。単行本でほとんど持っているし。
 そんなさらに次の週、ホームズ本のハードカバーが大量に100円本の棚に並んだ。ほとんどが帯付き初版再版の美本である。背焼けもしていない。明らかに年季の入ったシャーロッキアンの放出本で、長沼弘毅4冊、W・S・ベアリング=グールド『ガス燈に浮かぶその生涯』富山多佳夫『シャーロック・ホームズの世紀末』ディクスン・カー『コナン・ドイル』笹野史隆『シャーロック・ホームズの解明』など。日本シャーロック・ホームズ・クラブの会誌『JSH』の21号だけが6冊まとめて並んでいたので、たぶんこの号の執筆者なのだろう。ホームズ以外にも権田萬治『教養としての殺人』『趣味としての殺人』『宿命の美学』アリス・ウィン編『ミステリ雑学読本』九藝出版『大衆小説の世界』など。最後の本は荒俣宏、石上三登志、小隅黎&谷口高夫による非常にしっかりとした幻想小説、ミステリ、SFの入門書であり、持っている本の買い直し。
 とりあえず、まとめて30冊ほど抜いたけど、せっかくまとまってあるのだから全部拾うべきかどうか。別にシャーロッキアンなわけでもないし。

 9月の本は225冊。先月よりも90冊減ったが、購入額は「開高健全集」全22巻12,000円があったため、36,000円とほぼ前月並み。クーポン使用は3,000円分。なろう60冊。

 各種雑学系は、漫画系で笠原博『石森章太郎漫画の魅力』秋山満『COMの青春』長谷邦夫『ニッポン漫画名鑑』いしかわじゅん『漫画ノート』夏目房之介『漫画の深読み、大人読み』に、真崎守、石川賢、石井隆、御厨さと美など18冊。その他、フリードリッヒ・ブルーメ『ルネサンスとバロックの音楽』織田武雄『地図の歴史』松田道弘『とりっくものがたり』渡辺京二『逝きし世の面影』W・J・T・ミッチェル編『物語について』など。最後の本は、シカゴ大学の行われた物語をめぐるシンポジウムに基づいた論文集で、ジャック・デリダやポール・リクールとならんでル・グインの名がある。いずれ読みたい本のなかでかなり上位に位置する。

 『月の光』をはじめとする中国SFを読んでいて、作品とは違うところで横溢するノスタルジックな心地よさがどこから来るのかやっとわかった気がする。この人たちはSFという概念を、いまでも崇敬しているのだ。英米や日本のSFファンにとって作家はともかくSFというジャンルそのものは偏愛の対象たり得ても、畏敬すべきものでは無くなってしまった。かくいう僕がそうである。
 けれども中国の作家・読者にとって、世間から黙殺され続ける中で自分たちだけはと信じてきたものが、今『三体』を契機に国際的に認知され、国家から支援を得るにいたった現状は、まさしく「我が世の春」で、いい意味で「舞い上がっている」最中であるのだろう。これだけの秀作の大半がこの5年くらいの間に書かれているのがその証左であると言っていい。そこには第一世代が登場しマスコミの寵児となっていった60年代70年代の日本SFの昂揚感を思い起こすものがある。ノスタルジックな心地よさと表現をした所以でもある。もちろん個別の作品には、半世紀を間に挟んだリテラシー・レベルの進歩による質の向上があるわけだが、ここでいうのはジャンルに対するスタンスの問題である。『折りたたみ北京』『時のきざはし』『文藝春号 中国・SF・革命』と合わせて10編近くに及ぶ俯瞰的エッセイに騙されているだけなのかもしれないが。
 あまり指摘をされていないが『月の光』には『折りたたみ北京』収録作家が全員再収録されている。再収録作家と新顔がほぼ交互に配列されている。
 再収録作家については『折りたたみ北京』の水準を維持しているのは8名中3名。「正月列車」や「始皇帝の休日」みたいな小話ネタを含めて水準が下がったという言い方はすべきでないとは思う。新顔組では未来に向かって歴史が遡っていくワンアイデアを力技でねじ伏せた宝樹「金色昔日」が読み応えでは頭抜けている。あと作家の中では、「潜水艇」「サリンジャーと朝鮮人」「地下鉄の驚くべき変容」(『時のきざはし』)の韓松が、今回最大の発見だった。この人の短編集はぜひとも邦訳してほしい。
 陳楸帆『荒潮』。いくつもの未来=現代風景を端正に手際よくまとめたきれいな仕上がりの作品。短篇とも共通するところだが、ストレートな問題意識を気持ちのいい読後感の上質の物語に着地させる技術は紹介された作家の中でも筆頭株に思える。

● WEB小説作家別一覧(不完全)リスト 第3回

○ 「か行」の作家

 不完全リスト、やっとの第三回。
 今回、「読めるリスト」を目指して、修正といくつかの項目を増やした。

 リストはこちら。 (※リンク先はOne Drive(Excel Online)です)

【表の構成(修正版)】

評価の目安  A:上の上、上の中 B:上の下 C:中の上 D:中の中 E:中の下 F:下の上 G:下の中、下の下

評価 評価真 作家名 代表作 副題・受賞履歴 出版社(レーベル) 角川系 アルファポリス系 その他 文庫 枠超え1 枠超え2 枠超え3 代表作内容
かいと     皆藤黒介① 要するに怪異ではない   角川文庫       飛火夏虫 思い出の品、売ります買います 九十九古物商店 ことのはロジック やはり雨は嘘をつかない こうもり先輩と雨女 高校に入学した皆人が出会ったハル先輩は、筋金入りの妖怪マニア。彼女は皆人のもとに「妖怪がらみの事件」とやらを次々に持ち込んでくる。部室に出ると噂の幽霊の正体、天窓から覗くアフロ男、監視カメラに映らない万引き犯…。とある過去から妖怪を嫌う皆人は、ハル先輩に振り回されながらも謎を解き明かしていく。爽やかでほろ苦い、新たな青春ミステリの決定版!

 まず、評価欄に関して。
 リストの最初の行に、ABCDEFGの評価の説明を加えた。前回も説明したようにFGの評価点については公開用のものは空白にしている。
 とはいえ、読み手の中には自分の楽しんでいる作品につけられた低評価点に腹を立てることもあることは想像に難くない。
 さらに僕自身、大量読破の弊害で、読んだ記憶が持続できない。なぜこの評価にしたのか、すぐわからなくなる。
 そんなことから、ぼくの評価欄の隣に、「評価真」欄を作った。気が向けばダウンロードして自分の評価を書きこんでほしい。
 次に作ったのが、「副題・受賞履歴」の欄である。
 最初、俯瞰がしやすいように副題は外していたのだが、内容説明になっているので、「読むリスト」としてつけたほうがいいのではと考え直した。
 ただ、副題のないものも多く、また巻ごとに違う副題があるものを外していくと、空白が多くなりすぎたので「受賞履歴」を加えることにした。
 ただし、受賞履歴は紹介文とうから適度に拾ったものであり、いつか作成予定のWEB小説受賞作一覧に合わせてきちんと埋めていきたい。
 最後に、「代表作内容」欄を作った。
 代表作に選んだ本の内容紹介である。楽天ブックスに掲載されている1冊目の内容を引っ張ってきたものだが、自分で決めた枠のスペースに収めるための切った張ったがそれなりに大変で、途中で嫌気がさしたりしたのも遅延の大きな原因である。
 本来は「副題・受賞履歴」の欄の次に置くべきものだが、置いてみると他作品の一覧と完全に分離されてしまい、「読むリスト」としては有用だが、「活用するリスト」としては失格であると判断して、最後の項目に移動した。じつはもう1項目、「VRMMO」とか「ダンジョンマスター」「集団転移」「パーティ追放」とかいった「テーマ」欄を作ろうとしたのだが「代表作内容」欄で疲れきって断念した。ダウンロードして活用する際には一考を。

 「活用するリスト」としての活用法は、ぼくの場合だと、
 ① ジャンルを俯瞰できること
 ② 蔵書及び読書リスト
 ③ 内容整理の補助
 といったところ。

 ①のジャンルの俯瞰については、リストというのはそもそもそういう目的のものである。
 ③の内容整理の補助については、一応基礎リストが仕上がったあとの話になるけれど、年表や受賞作一覧やレーベル別秀作一覧表などを後ろのシートに作っていけたらなあと見果てぬ夢を描いている。
 ②は最近とみに買った本がダブるようになってきて、また読んだ記憶が消えることもあり、かなり必要性を痛感している。
 各種の事情に基づいてセルにいろいろ色付けするだけでいい。

 ・ 書籍版完結  蔵書済  読書済
 ・ 籍版未完 蔵書済 web完結まで読書済
 ・ 書籍版完結 蔵書漏れ  web最終更新まで読書済
 ・ 書籍版未完 蔵書1冊 web最終更新まで読書済
 ・ 書籍版未完 蔵書複数冊  web最終更新まで読書済
 ・ 書籍版未完 蔵書複数冊 読書済 web未読
 ・ 書籍版未完 書複数冊 未読 web未読
 ・ 書籍版未完 蔵書1冊 読書済 web未読
 ・ 書籍版未完 蔵書1冊 未読 web未読

 という具合。目がちかちかするけど蔵書整理、読書整理にそれなりに役立つはず。ただ、僕の場合、スマホがないので、紙に打ち出さないとブックオフで買うときに役に立たない。カラー印刷はもったいないし。
 蔵書数が4,000冊を越えたころから、本当にダブることが増えた。ブックオフだと210円するから、かなり頭が痛いのだ。

 さて、そんなところで、か行の結果。

評価A 
夾竹桃 『戦国小町苦労譚』
評価B
蝸牛クモ 『ゴブリンスレイヤー(外伝あり)』
Gibson 『銀河戦記の実弾兵器』
黒石迩守  『ヒュレーの海』
五示正司 『ひとりぼっちの異世界攻略』
古流望 『おかしな転生』
評価C
香月美夜 『本好きの下克上』
金斬児狐 『リ・モンスター(外伝あり)』
からす 『余命一年の勇者』
国広仙戯 『リワールド・フロンティア』
草野原々 『最後にして最初のアイドル』
健康 『槍使いと、黒猫。』
小東のら 『転生者の私に挑んでくる無謀で有望な少女の話』

 ハヤカワSFコンテスト入選の2作については、どちらも発想はすばらしいのだが小説の完成度で減点。なろうに対して完成度をうんぬんするのはどうなのよとは思うけど、『ヒュレーの海』はなろう文体でなくふつうのちゃんとしたSFだし。
 ほとんどの作品は過去に言及したことがあり、『戦国小町苦労譚』『銀河戦記の実弾兵器』『リワールド・フロンティア』『槍使いと、黒猫。』『おかしな転生』『本好きの下克上』(完結)はweb最終更新まで読んでいる。『ひとりぼっちの異世界攻略(チートスキルは売り切れだった)』はノクターンに移行したごたごたのあたりで読むのを止まってしまっているがまだ続いている模様。『転生者の私に挑んでくる無謀で有望な少女の話』は短編として発表されたものだけど、書籍版は3冊刊行されている。

 『おかしな転生』は、お菓子職人が辺境の武人の貴族の家に転生し、貧しい領地を豊かにし思う存分お菓子が作れるように奮闘(無双)する話。安定感のあるしっかりした物語で、僕としては同じレーベルで出ている『本好きの下克上』より評価が高い。

 リスト作りに手間暇かかった分だけ、今回は評価が辛めになったのか、評価Cの数が少ない。1冊目の設定が面白そうに見えても、そのあとの展開がつまらないものや、途中でWEB更新が途切れたままのものがいかに多いことか。ちょっと変わったセンスが気に入っていたのに、作品数が増えるに従い、どんどん平凡になっていった著者もいる。
 Ⅾ評価をつけたなかで、著者ではなく、さらに書籍化された部分に限ったうえで、ちょっといいなと思った作品には以下のものがある。
 『武姫の後宮物語(外伝あり)』『放課後は、異世界喫茶でコーヒーを』『結界師への転生』『安定志向の山田さんによる異世界転生』『マカロン大好きな女の子がどうにかこうにか千年生き続けるお話。』『「お前ごときが魔王に勝てると思うな」と勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい』『アイゼン・イェーガー』『魔王殺しの死に狂い』など。


○WEB小説作家別一覧(不完全)リスト (※リンク先はOne Drive(Excel Online)です)

 ※ 凡例、表の説明などはこちらにあります。追加・修正についてはこちら


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