みだれめも 第229回

水鏡子


○近況(7月)

 2か月掛かったけど、HbA1c9.4→8.0まで回復。体重が数年ぶりに75㎏を割り込んだ。ピーク時83㎏を思うとかなり頑張ったと思う。60台までいけば正常値も夢でないと思うけど、体力の衰えが身に染む。朝から古本屋行脚をしていて、夕方くらいでダウンする。時間的にはうまくいけばあと2軒回れるのに。

 自転車から徒歩に移動の主体を移したことで、見える風景がいろいろ変わった。信号手前で青の点滅が始まるとこれまで自転車だと走り抜けていたのだけれど、徒歩だと必ず止まる必要がある。それどころか広い十字路だと20mほど手前で青になったらかなりの比率で渡り終えられなくなる。年寄りの歩く速度は生半可でなく遅いのだ。
 靴底の摩耗が尋常でない。すでに3足履き潰し、1足目は気づきが遅れて穴の開いた靴底に靴下2足を毀損した。スニーカー3足より革靴1足の方が持ちがいいのかもしれない。
 トイレにも気をつける必要が生じた。コンビニに数回入る羽目になった。

 7月のSF大会では埼玉でのSF大会を挟んで、金曜と日曜に東京で同じホテルに宿をとる。金曜日に荷物をホテルに預けることができるので、軽装でSF大会に参加できるうえ、金曜に買った本、土日に埼玉で買った本をまとめて一度に託送できるのだ。
 SF大会では古書即売会(若尾天星さんの遺したものとのこと)が常設されており、除湿管理を失敗した創元推理文庫を中心に50冊ほど買い直す。

 その他の東京での収穫は、日本SFシリーズ5冊(3冊汚・古書市、2冊良・大会ディーラーズルーム)、『少年小説体系・戦時下少年小説集』、『1920年代日本展』(各500円)、『国枝史郎伝奇全集第3巻』(800円)、『火星人記録』(200円)など。まんだらけで金券8,000円使ってなろう本を28冊買う。

 7月の購入合計は228冊、32,000円。なろう系は70冊。

 この月読んだなろうの意外な拾いものは、光喜『ゼノスフィード・オンライン』(GCノベルス)15年7月刊行全3巻。装丁の安っぽさで入手したあとずっと寝かしていたのだが、粗雑な部分もあるもののしっかり重厚である。なろうの小説情報を見ても改稿のせいで開始日がわかりづらいが、どうも13年初頭あたりから書き始められているようだ。わりと初期の作品である。『ソードアートオンライン』でブームとなったVRMMORPGデスゲーム系のヴァリエーションだが、作風的にはむしろ『魔法科高校の劣等生』の方に近い。デスゲーム化した世界で、モノ扱いされていたNPCに肩入れし、ひたすらPK行為を繰り返し、世界最強となった少年が主人公。人質であるプレイヤーが解放されればゲーム世界が終了されNPCたちが初期化されてしまうということでラスボスに協力し闘い続けた結果である。と言ってもストーリイはそういう話ではなく、ラスボスが倒されデスゲームが解放されたその直後、異世界化した500年後に主人公が転移して物語が始まる。
 基本はバトルファンタジイだが文章はちゃんとしており、世界の設定、謎解きは考え抜かれたなかなかのもの。一応満足いく出来栄えなのだが、物語は一段落がついただけで中段どまり。仕方がないので続きを読みにWEBに行ったがWEBもここで終わっている。大きな減点要素で評価は可に近い良。

 その他のお勧めは、平鳥コウ『JKハルは異世界で娼婦になった』(早川・優)、ナカノムラアヤスケ『カンナのカンナ』(宝島・可)、緋色優希『おっさんのリメイク冒険日記』(ツギクル・可)、国広仙戯『リワールド・フロンティア』(TOブックス・良)、灯台『勇者召喚に巻き込まれたけれど異世界は平和でした』(新紀元社・可)など。

○近況(8月)

 8月の主なイベントは自宅開催のゲーム会(4泊5日)。最近は新しいゲームをする気力がなくて、ひたすらカタンをやっている。4か月ぶりくらいで人を招くので大掃除。冬場からほったらかしていたこたつや保温マットをやっと片づける。

 アルファポリスとKADOKAWAの株主優待本が合わせて5冊届いたが、今年はカタログがとてもだめ。人気シリーズの第一巻とかばっかりで、持っていないらのべやなろう系とかがほとんどない。中川右介『サブカル勃興史』山口周『武器になる哲学』などをしかたなく選ぶ。

 大森望&日下三蔵編『年刊日本SF傑作選』が2018年分で終了した。合計12冊というのはドゾア、カーには遠く及ばないが、最終巻が『SF12』というタイトルだったメリルと同数である。そういえば年間SF傑作選収録作が過半を占める粒ぞろい短編集『なめらかな世界と、その敵』(◎)の著者伴名練はメリルであれば絶対に選んでいた作風だと思う。すべからくが再三再四のどんでんがえしという小説技法で、まとまると読み疲れる一面があるが、基本的に傑作だらけ。個人的には書き下ろし「ひかりより速く、ゆるやかに」が一押し。「シンギュラリティ・ソヴィエト」も好きで、最近作に至るほど技量が磨かれている。
 最終巻のコミックには道満晴明が収録されている。ぼくの御贔屓筋のひとりで商業出版物の七割くらいを保有している。最近の古本市場を中心にこの人の『最後の性本能と水爆戦』、『性本能と水爆戦 征服』、『よりぬき水爆さん』の3冊が美本でやたらと見つかる。出版元の放出本なのかなあ。この月には3冊100円のワゴンセールで見かけてショックを受けた。ダブリ買いをしようかと真剣に悩んだ。

 18切符で古本屋回りをしたかったのだが、週末豪雨が続いてあまり動けなかった。それでも下鴨神社、大阪阪神百貨店の古本市などそれなりに動き回り、325冊38,000円。

 固めの収穫としては『エピステーメ』を1冊100円で31冊。残り9冊なのでコンプ指向案件に昇格。『ユーロマンガ』を1冊500円で6冊コンプ。『国枝史郎伝奇全集第3巻』を先月買ってしまったので『第1巻』『第2巻』を各1,500円で購入する。E・マイアー『ダーウィン進化論の現在』、スーザン・J・ネイピア『現代日本のアニメ』、カール・ケレーニイ『迷宮と神話』、ゲッツ・フォン・ベルヒリンゲン『鉄腕ゲッツ行状記』、ローランド・ブリケット『鼻ほじり論序説』、ハリー・G・フランクファート『ウンコな議論』、デラメア『デラメア物語集②③』、峯島正行『SFの先駆者今日泊亜蘭』、メルヘンメーカー編『架空幻想都市 上下』、田辺貞之助『夢想の詩学』、川村二郎『白夜の廻廊』などを買う。

 なろう系は114冊。

 意外な拾い物はぷぺんぱぷ『そのエルフさんは世界樹に呪われている』(オーバーラップ文庫・良)。
 世界樹に呪われたエルフの一族の凄惨なまでの悲惨さと滑稽さが実に見事で感動的。ギャグと悲劇が完璧に融合している。文章もいい。それにしては書籍化以降のWEB版は文章も内容もまあ普通。タイトルも説明的でよくない。『あったかごはんのカイ』とかずっとふさわしいタイトルがあったのに。

 その他のお勧めとしては、この月は月夜涙をまとめ読んだ。なろう系といえばだらだらと長い話をひとつ書き続けている印象があるが、コンスタントに良質のよくある長い話を量産する作家もいる。長いというのがなろうらしいところだがSFで言えばポール・アンダースン、ラノベだと榊一郎などのポジション。こういう作家がジャンルを安定させ、ふくらみを持たせていくのだと思う。代表作を持たない良質の長さと質を兼ね備えた量産作家には、森田季節や三木なずななどたぶん10人以上いるのだが、ひとりを選び出すとしたら個人的にはこの作家である。評価としては軒並み可の上限あたりに位置し、気分次第で良をつけてもいいと思う。基本は評判になっている様々な要素を加味しながらのチート&ハーレムで若干ノクターン寄り。
 読んだ中での順位をつけると、ダンジョンマスターとなり他のダンジョンのダンジョンマスターと競い合うことを命じられる①『魔王様の街づくり!~最強のダンジョンは近代都市~』(GAノベル)、同じ世界違う時代での物語②『エルフ転生からのチート建国記』&『チート魔術で運命をねじ伏せる』(モンスター文庫)、使えない勇者として虐待された主人公が時を遡って復讐を遂げる③『回復術士のやり直し~即死魔法とスキルコピーの超越ヒール~』(スニーカー文庫)、最近増えてきたおっさんが主人公である④『そのおっさん、異世界で二周目プレイを満喫中』(双葉社)、まあタイトル通り⑤『俺の部屋ごと異世界へ!ネットとAmozonの力で無双する』(モンスター文庫)といったところ。『スライム転生。大賢者が養女エルフに抱きしめられてます』、『お菓子職人の成り上がり~天才パティシエの領地経営~』は未読である。

○近況(9月)

 『天冥の漂』(◎)を読み終える。最終巻までほぼ考え抜かれた知的緻密稀有壮大な複綜した構想が良くも悪しくも特長で、周到に張られた伏線が後出しじゃんけん的に開陳回収されながら最終巻まで紡がれていく。複雑な構想構成にはすごいなあと感動するけど、それをきちんと書きあげていく作業は、しかたがないとは思うけど小説として読んで窮屈な感触がある。連想したのは北方謙三『水滸伝』。『楊令伝』『岳飛伝』と後続作ののびやかさと比較して、『水滸伝』は豪傑列伝をスリリングでリアルな史伝に再構成し、著者の独立国指向やキューバ現代史を重ね合わせた意欲的部分が知的興奮を生む反面、小説的に窮屈な印象を生んでいた、と後続作品を読みながら思い至った経験に重なった。
 ただ、この知的興奮と小説的な窮屈さというのは、じつはSFの本質的な魅力と通底しているのでないかと思ったりして。

 幻の名作チャールズ・ハーネス『パラドックス・メン』はぐじゃぐじゃしてないヴァン・ヴォークト。ぐじゃぐじゃというのが誉め言葉になるのだとハーネスを読んで初めて気づいた。いやほんとうにヴァン・ヴォークトであるのだけれど、ヴァン・ヴォークトに横溢していた文章や展開における水っぽさ色っぽさみたいなものが見えないのだ。

 古本市で岩波の『大航海時代叢書』が2、300円でしょっちゅう拾える。『コロンブス アメリゴ ガマ バルボア マゼラン 航海の記録』、『ジョアン・ロドリーゲス 日本教会史』、『ペドロ・ピサロ オカンポ アリアーガ ペルー王国史』といった本である。現在時点で第1期、第2期合わせて現在17冊。でかくてかさばることが放出される大きな理由であるのだろうけど、同時に売れ行きが好調だったことで古書市場でだぶついていることも大きいのだろう。現に叢書は第3期まで出ている。
 異世界を経巡り、見たことのない風景や社会に感動するというのは、古来からの連綿と続くエンターテインメントで、紀行文紀行小説がその代表格なのはもちろんだが、歴史学、民俗学、博物学を皮切りにした人文科学系諸科学も基本的なルーツは同じところに、SFもまたたぶんその伝統の一翼にある。
 家の中にもその手のものは大量にある。『東方見聞録』、『ケンペルの見たトクガワ・ジャパン』、『亡命ロシア人の見た明治維新』、『一外交官の見た明治維新』」などなど。作品社「史話日本の歴史」という全集からは、本巻なしで別巻に当たる『日本見聞録』、『異国見聞録』を入手している。
 そんなことから今月の古本市で『新異国叢書』(第1期全15巻)を見つけたときに1冊1,000円の値段に若干ためらいながら、近畿圏内配送料750円というのを最後の一押しに全巻購入した。
 『イエズス会士 日本通信・日本年報』、『ペリー 日本遠征随行記』といった内容だが、『ティチング 日本風俗図誌』、『アンベール 幕末日本図絵』の豊富な図譜類が見ごたえがあり、口絵を見るだけでも楽しめる。
 昔から興味津々のジャンルであるわけだけど、ほとんどの本を読んでいないという問題点がある。『東方見聞録』など数冊は読んだ気がするけれども内容をほとんど覚えていない。困ったことである。

 そんな大口もあって、9月の書籍代は54,000円、327冊。

 主な固めの収穫は、マックス・リューテイ『昔話の本質』、長谷川つとむ『魔術師ファウストの転生』、ハンフリー・カーペンター『トールキン 或る伝記』、別冊太陽『子どもの昭和史s10-20年』、一億人の昭和史『昭和全史』、『兵器大図鑑』、陳冠中『しあわせ中国』、長野襄一『説話文学辞典』、池上洵一他編『説話文学の世界』、竹内オサム他編『アニメへの変容』など。

 なろう系は104冊。

 藤原ゴンザレス『ドラゴンは寂しいと死んじゃいます』(アーススターノベルス・ぎりぎり秀)。が全5冊で完結した。人のしあわせを糧に生きるドラゴンと、人の不幸を糧にする悪魔たちが、ドラゴンと契りを結ぶドラゴンライダーとその仲間たちとともに、不幸を得るため人を家畜として支配する悪魔の一派神族と向かい合っていく物語。ふわふわしたゆるい文体でわりと評価が難しいのだが、ハートウォーミングなたたずまいは個性的で一読の価値。WEB版よりも改稿されてスリム化された書籍版の方をお勧め。

 その他のお勧めは、『魔王の器』(エンターブレイン・可ただし完結したWEB版は良)、『異世界からの企業進出』(ハヤカワ・良)、『ゲームでNPCの中の人やってます』(ハヤカワ・可)、『最強の鑑定士って誰のこと』(カドカワブックス・良)、『ライブダンジョン』(カドカワブックス・良)、『どうしても破滅したくない悪役令嬢が現代兵器を手にした結果がこれです』(Kラノベブックス・可)など。

○その他

〇ハヤカワ文庫のトールサイズについては、書棚の高さを一穴分引き上げる必要性(新書本と同じサイズ)や並べたときに他の文庫との頭が凸凹するなどの不満を抱えているのだけれど、ここに来てメリットも見えてきた。ブックオフの文庫108円コーナーでハヤカワ文庫はとにかく目立つのだ。

〇講談社タイガ&レジェンドノベルスが「よみぐすり」という販促企画を打ち出している。選んだ20数冊それぞれ別の対象、効能、用法を記して、薬局の薬袋に擬した紙袋に入れて売っている。
 レジェンドノベルスは新参のなろう系叢書である。認知度が低いせいかわりとブックオフでよく見かけるので、新刊を買うのはどうなのよと思ったのだが、「よみぐすり」という紙袋は絶対についてないしなあと諦めて、1冊買った。書店系の知り合いで分けてもらえる人とかいないかなあ。
 講談社にはもともとKラノベブックスという、Kラノベ文庫と連動したなろう系レーベルがあるのだが、そちらより若干年齢層を高めに設定している気配がある。『辺境の老騎士』の支援BIS『迷宮の王』、『火刑戦旗を掲げよ!』のかすがまる『ゲーム実況による攻略と逆襲の異世界神戦記』、止流うす、加茂セイ、第616特別情報大隊、津田夕也、原雷火、スフレ、茂木鈴など半数くらいは実績のある作家を揃えている。
あと、なろう系読者がめんどくさがって人気が伸びないSF要素の強い作品への忌避感が薄いところに好感が持てる。『無双航路 転生して宇宙戦艦のAIになりました』を一押しに挙げているところからも見て取られる。ほかにも『異世界総力戦に日本国現る』『普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ』『すべてのチートを過去にする異世界超科学』などのタイトルが並ぶ。
 今回新刊で買ったのは二上たいら『レベル1の異世界転移者』。表面上は地味な普通の異世界召喚系チートの体裁だが、言っていいのかな、ネタバレになるけど、人族と魔族の争いを侵略者人類と原住民魔族のエコロジー闘争にすげかえて見せる。SFである。評価としては良に近い可で、『コボルドキング』とか『迷宮の王』とか読んだ限りではこのレベルの作品が多い。


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