みだれめも 第224回

水鏡子


なろうの整理4 エンターブレインの人たち

○近況(11月)

 テイツー(古本市場)の株主優待券が届く。1,000円につき500円の割引券が20枚10,000円分である。一番の有効活用は現在税別80円のコミックが30%割引の長期セールを行っていて、ここに投入するのが最良?に思える。現金千円+割引券2枚で33冊購入可能。ただし分量が膨大になるので京阪神からの持ち帰りはつらいものがあり、自宅周辺での利用となると内容的にも100冊程度が限界かな。なんかまたジャンプの長いのが増えそう。
 そんなこともあって、11月の結果は317冊。32,752円。京都知恩寺と神戸元町花隈の古本市。平均値付けは、京都<大阪<神戸なのでゴミ集めでは京都以外は収穫ゼロ。大航海時代叢書第2期や知恩寺では西村寿行の単行本を。
 漫画は80冊。なろう系69冊。新刊12,000円。

 トラックに轢き殺された50代のスタトレ・オタクのSEが、異世界(百年後の未来)に勇者(AI)として召喚される。宇宙探査船の頭脳にされるためだ。温厚な魔術師(技術師)に魔法(未来のAI技術)を教え込まれ、現世のSE思考と組み合わせ、さらにはAIならではの自己複製能力で分身体も自由に作れるチート力を身につける。他国家や国家内部の敵対勢力の破壊活動を凌ぎきり、悪の王国(原理主義宗教国家)の軛を逃れ、宇宙へと飛び立つ。分身体はそれぞれに別個性として認め合い、好き勝手に未来宇宙を無双する。
 デニス・E・テイラー『われらはレギオン』3部作。初期設定はまるっきりなろうである。隷属首輪ネタまで出てくる。序盤の「トラック転生」ってなろう読者宛のメッセージにしか見えない。中盤以降はスタトレ趣味全開にいくつもの宇宙小説テーマを平行に展開していく、ある意味まとまりの弱い小説。基本は軽く気安く読み易い。第2部の献辞「本書を、古きよきスペースオペラを愛するすべての人々に捧げる」は、著者の確固とした意志表明に見える。『火星の人』と同様に、予定調和の長い長い先につけた最終ゴールだけ大雑把に決めて、いい加減に歩いていく。日米問わずネット小説ってこのへんのだらしなさが読む側に安心感と気安さを与えてくれる。

〇なろうの整理4  エンターブレインとファミ通文庫の人たち

 2014年というのが、ひとつの分水嶺だったようである。
 2012年9月にヒーロー文庫が創刊されるまでの状況は、ある意味でアルファポリスの独壇場と言っていい。
 WEB発異世界冒険活劇の出版歴史は、2005年10月のアルファポリスからの吉野匠『レイン』刊行を嚆矢とする見方が定着している。その前に携帯小説、ボカロ小説に市川拓司や女性作品といったものがあるのだが近寄る気がないのでとりあえず横に置く。
 『福音の少年』、『迷宮外クロニクル』、『アクセルワールド』、『魔法科高校の劣等生』などがその前後から刊行され始めるわけだが、こうした作品は既存のレーベルの中にWEBで見つかった優れた作品を拾いあげるスタンスでしかなかった。『魔王勇者』、『ログ・ホライズン』というエンターブレインの出版も基本的には橙乃ままれという才能を売り出すためのものだった。
 さらに言うなら、WEB小説の書籍化はもともとスターツ出版などからの携帯小説の流れを汲んだものであり、女性向け恋愛小説として先行市場が形成されていた。『レイン』もある意味そうした流れの中の異端作品だった。
 男性系WEBファンタジイを生産基地としてアルファポリスが意識したのも2010年の『ゲート』の成功以降となる。『白の皇国物語』、『シーカー』『RE:MONSTER』などの長い話を続けさまに刊行する。つまりそこから数えてまだ10年経っていないのだ。
 『オーバーロード』、『ニンジャスレイヤー』などエンターブレインも何作か出すわけだが、そのスタンスはやっぱり知られざる優れた作品を拾いあげるという感じで、生産フィールドとして総括的に捉える視点は見えない。たぶん『魔王勇者』を発掘した桝田省治とそのWEB仲間たちが中心にクセのある作品を見繕っていたのだろう。まだ「小説家になろう」が他を圧倒できていない時代であり、話題作が口コミで知られていった時代だったようである。そんな抽出の甲斐があってか、他社とは一味違う読みごたえのある硬派のファンタジイを次々と刊行する。
 WEB小説専門出版としては、11年末に林檎プロモーション(フェザー文庫、フリーダムノベル)が参入するが、同人出版でももう少しましだろうというダメな造型の出版物で、史的には黙殺対象。一応20冊ほど拾っているけど。
 そして2012年秋にヒーロー文庫が創刊され、成功する。ほぼ全作品がなろう系という新興レーベルとしては思い切った戦略だった。
これにエンターブレインが続く。もともと見識知識的には他社を凌駕していたわけだが、ここからWEB小説を生産フィールドとして意識した気配がある。
 2013年『死神を食べた少女』、『幼女戦記』、『この世界がゲームだと俺だけが知っている』などを出版。
 2013年夏、角川系メディアファクトリーが本格、参戦する。7月に女性系アリアンローズ、8月にMFブックスが創刊される。MFブックスからは『盾の勇者の成り上がり』、『フェアリーテイル・クロニクル』、『ニートだけどハロワに行ったら異世界につれていかれた』、『マギクラフト・マイスター』などが続々刊行される。コメディ・タッチのライト・ファンタジイ路線でその後のなろう系の王道路線となる。
 そして2014年。
 この年がなぜ分水嶺かというと、①参入する出版社が激増したこと、②書籍打ち切りが多発したことである。
 この年、参入した出版社(なろう系に舵を切ったものを含む)。
 オーバーラップ文庫、モンスター文庫、ぽにきゃんBOOKS、NMG文庫、GCノベルス、富士見書房(後のKADOKAWAブックス)、宝島社、新紀元社、TOブックスなど。既存文庫レーベルも、『このスバ』、『RE:ゼロ』、『金色の文字使い』、『オンリーセンス・オンラン』、『VRMMOをカネの力で無双する』など大量に収録する。前年までの作品も続きが続々出るわけで、集計していないが2014年だけで200冊くらい出版されたのではないか。
 このこと自体はは収拾がつかないというだけでまだいい。水準を若干下げる必要があるかもしれないが少なくともこの年に始まった物語は、読むに堪えない文章とか頭を抱える稚拙さや、紙装甲の世界観は比較的少ない。たらたら読むのに苦労しない。
 問題は過当競争である。どう考えても読者の購入限界を超えている。しかもこの種の作品は、有限である小説棚を大幅に占拠するとかほかにもいくつかの理由があって図書館とかは積極的に揃えてくれない。
 その中で作品が一応の完結さえ見せずに終了する作品が出てくるのがこの年からである。ある程度仕方がない面があるのは理解できなくはない。
 以前にもそういう作品はある。ただその数は比率的に少なく、改稿等をめぐる編集トラブルによるものと推測が付く数だった。それがここにきて激増する。
 そのなかでも目立つのがエンターブレインである。
 14年に始まった物語のうち完結まで辿りついたのは読んだ限りでは『勇者様のお師匠様』だけ。『辺境の老騎士』、『しにこん!』、『勇者イサギの魔王譚』、『ラピスの心臓』、『異世界から帰ったら江戸なのである』などWEB版10冊近い話が軒並み3冊程度で終わっている。
 15年からはファミ通文庫でもなろう系を取り上げるが、ここでも『奪う者奪われる者』、『賢者の孫』などの一部を除いて早い段階で打ち切っている。
 過当競争の中で、たらたら読めない読み応えが枷となって売れ行きが落ちた面があったのかもしれない。カドカワとニコ動の合併による社内の波乱と時期が重なったこともあったのかもしれない。
 それでもこの中断は、とにかく数だし、売れた物だけ続刊を出そうという戦略にしか見えない。
 適度に評判のいい作品を適当にばらまき結果を見ようというのであれば、やり方としていい気分にはならないし、著者にはかわいそうだけどまあそういう商売もありかという気にもなる。
 エンターブレインの問題は、そのほとんどがそれなりに出来のいい、途中打ち切りすべきと思えない作品だということだ。
 ラノベの打ち切りの場合、実際には書かれていない段階での作者と編集者の話し合いの結果であるから、ある意味読者の側からすれば闇の中の出来事だ。けれどもWEB小説の場合、その後の話は改稿前の状態とはいえ閲覧可能である。作品の質がどういうレベルにあるのか見えることだ。本としての仕上がりに出版社、編集者の姿勢や見識が見えてくるのと同等に、続刊を止めることにも出版社、編集者の姿勢や見識が見えてくる。
 丁寧な造本が評価できればできるほど、その続きが内容に支障がないのに宙ぶらりんにされるのは本棚に本を並べたい人間にとってはかえって苛立つ。いや古本でしか買ってない人間が云えることではないのだけれど。
 そんな事情でエンターブレインに関しては好悪評価が半ばする。

 『幼女戦記』を筆頭に未読の評判作がいくつもあるので、◎4つ、〇8つと3席開けておく。ファミ通文庫は単行本に比べると軽めが多くてあまり選べてないけれど、安定して面白い。

◎4つ うち2つは橙乃ままれ

橙乃ままれ『魔王勇者』、『ログ・ホライズン』
この2作がなろうを読みふけるきっかけとなった。必読
羽二重銀太郎『ラピスの心臓』
魔物の徘徊する深界と呼ばれる地域が圧倒する世界。人間の領域は孤立した地域とそれらを結ぶ街道をかろうじて維持しているだけであり、なおかつ互いに相争っている。そんな世界のスラムで死にかけていた孤児のシュオウは深界に居を構える魔女に生きる術を叩き込まれ、人界に復帰する。
じっくり書き込まれた異世界成り上がり物語。
青井硝子『異自然世界の非常食』
家ごと異世界に飛ばされた男が妖精のような原住民とサバイバルしながら暮らす話とまとめるとほのぼのファンタジイのようだけど、じつはこれが未来世界で、この妖精が人類棲息圏をいくつも滅ぼした第1級危険指定生物であるという生物学系ハードSF。生態描写が思い切りグロく、未来人やら時間旅行やらの設定が構成的に整理しきれない読みづらさがあって、完成度はよろしくない。読者を選ぶ作品だが、異世界感は圧倒的。

○8つ

 『オーバーロード』
 『勇者様のお師匠様』
 『辺境の老騎士』
 『魔少女毒少女』
 『奪う者奪われる者』
 『かまどの嫁』
 『テグスの迷宮探訪録』
 『異世界転生に感謝を』

『勇者様のお師匠様』は魔王を倒した勇者の女の子と幼なじみの剣の師匠の少年のラブストーリイ。毒のない過不足なく楽しめるバランスのいい作品で『異自然世界の非常食』を読んで疲れた後に特にお勧め。完結してるし。
『辺境の老騎士』は3冊で終わっていたけれど、講談社からコミック版が順調に出版されて、そのせいか最近になって4冊目が準備中らしい。

 リスト作成にはこれまでになく難渋した。(リンク先はExcel Onlineです)
 まず、WEB小説の目配りが広く、なろう系だけの出版ではないこと。なろう系においても女性系18禁サイトムーンライトを積極的にとりあげてもいる。さらにもともとの出版路線がゲームのノベライズやメディア・ミックス作品がたくさんあって一目でなろうでないと区分けしにくい。おまけに、たとえば『ログ・ホライズン』のように、出版を前提になろうに書かせたのではないかと思えるものがあったり、なろうに書いているライターにノベライズを書いてもらったりもしている。
 WEBの目配りについては、個人サイトやアルカディア、2チャンネルとかいろんなとこから拾っている。小説家になろうに限っては、書報という書籍化一覧のサイトがあって、ここで概ね確認が取れると思っていたのだが、これは申告制らしく抜けがボロボロできている。ファミ通文庫、ビーズログ文庫はかなり漏れがありそうだ。
 さらに問題となるのはカクヨムである。角川系列だからカクヨムから見つけているのはまあ当然であるのだが、ここの掲載が著者の意思なのか出版側の意向なのか判じ難い。出版社の意向でWEB連載したものを本にしているだけのものをここにリストアップしていくのは違うのではないかと思う。好例がみかみてれん『マジメな妹萌えブタが英雄でモテて神対応されるファンタジア』で、カクヨムに17年10月3日から31日まで掲載。書籍化が10月31日である。どう考えても出版作品の先行WEB掲載だろう。あとじつは、エンターブレインとKADOKAWAの区分けもきちんとできたかどうか。編集部の整理統合などという時期がからんだりしている。まあそんなこんなでわけがわからなくなったりして遅くなりました。ごめんなさい。

 


THATTA 367号へ戻る

トップページへ戻る