内 輪   第327回

大野万紀


 今年の10月、太陽系外から飛来した小惑星状天体「オウムアムア」(ハワイ語で「遠方から来た使者」の意味だそうだけど、いいにくい)。長さ400m、幅40mほどの極端に細長い金属質の天体だって、SFファンなら、これ絶対ラーマみたいなやつだと思いますよね。
 もちろんこれが異星人の宇宙船だなんていう可能性はないでしょうが、自然にできたものだとしてもすごいと思います。はるかな昔、ベガの方向のどこかで、いったいどんな現象がおこってこんな細長い天体が生まれ、恒星間飛行をするような初速を得ることになったのか。さぞかしスペクタクルな光景が見られたことでしょう。
 そして、もしこれが本当にラーマだったなら、そう、あと2つやってくることになるんですよ。

 それでは、この一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『ネクサス』 ラメズ・ナム ハヤカワ文庫SF
 変わった名前だが、作者はエジプト生まれの米国作家で、マイクロソフト社で有名なソフトの開発を行っていたエンジニアであり、コンピューター科学者である。ナノテクノロジーへも造詣が深い。
 本書は彼の初めての小説だが、ハイテクスリラーとしても、SFとしても、きわめてリーダビリティの高い、読み応えのあるエンターテインメント作品となっている。これまた三部作の第一作なのだが、クリフハンガーで終わっているわけではなく、一応完結しているので、そういう意味でも安心(?)だ。
 物語は2040年のアメリカから始まる。この時代のアメリカは、人間を凌駕するような科学技術の発達を、強権で抑える方向に舵を切っており、ERD(新型リスク対策局)という組織が自由な科学の発展に目を光らせ、時には暴力でそれを取り締まろうとしている。
 しかし、若き科学者ケイドとその仲間は、ドラッグのように経口摂取できるナノマシン〈ネクサス〉を発展させ、それを摂取した者どうしで記憶や感情が共有できる、さらには〈ネクサス〉自体を脳とインタフェースするファームウェアとして扱い、その上にOSをインストールして、そこでプログラムを走らせるという技術を開発する。それが〈ネクサス5〉だ。これは人間を人間以上のものにしてしまう技術であり、違法であり、ERDが禁止すべき対象である。
 ERDの女性捜査官サムは、ケイドのグループに潜入し、彼らを逮捕する。しかしサムの上司は、ケイドに中国の先端研究機関に研究員として潜入し、スパイ活動をすれば罪を相殺するといい、ケイドはサムとともにバンコクで開かれる学会へと参加することになる。そして、アメリカ、中国、タイの、そして旧人類と新人類(ポストヒューマン)の、進歩と抑圧と、倫理と未来をかけた、血で血を洗う壮絶な戦いが始まる……。
 まず驚くのは、本書の、とてもしろうとが初めて書いた小説とは思えない、サスペンスに満ちたストーリーテリングだ。アクションシーンの迫力は半端ない。キャラクターも、ありがちな造形だとはいえ、エンターテインメントとしての陰影がはっきりしていて面白い。とくにケイドは、こんなハードな冒険にはふさわしくないような、倫理感はあるが悩みがちで、決断できずいつもオロオロしている、コンピューター・オタク(ナード)まるだしのキャラクターだが、物語が進むにつれて芯の強いところを見せてくれる。
 物語は、始めこそポリティカルなハイテクスリラーの要素が強いが、しだいにそれが、人類とポストヒューマンの物語となる。いかにも現代的な科学的ディテール(特に、ナノテクの土台の上にOSを構築してプログラムを動かすなんてところはしびれる)が描かれるのだが、その本質は昔なつかしい「超人類」SFなのである。人々のヒーローとなるアメコミ的な超人ではなく、ヴォクトやスタージョンや、あるいは小松左京や平井和正や、そんなSFで描かれてきたような、人類と超人類の相剋の物語なのだ。ワクワクします。
 本書の最後で下される決断は、とても危険な決断であるが、やっぱりそうなるなあ、と思わせる。シリコンバレーのナードたちは、実際にそっちを選ぶだろうなと思うのだ。

『スチーム・ガール』 エリザベス・ベア 創元SF文庫
 ヒューゴー賞作家の〈スチームパンク〉小説。というか、ヤングアダルトで、全然エロくないけど百合で美少女な娼婦たちの、ジュヴナイル風な冒険小説だ。
 アメリカ西海岸の港町。蒸気機関で動く歩行機械が行き交い、マッドサイエンティストたちが様々な発明を競っている、もう一つの19世紀末。ヒロインのカレンは16歳、孤児となってこの街の高級娼館――こわもてだが、館の娼婦たちに親しみを込めてマダムと呼ばれている女主人が経営する――モンシェリで、縫い子、つまり娼婦をしている。
 彼女はその職業に誇りを持ち、割り切っているようで、客たちとも仲良く普通に接している。そもそもその「仕事」の描写は全くといってないのだが。代わりに、娼館での日常生活が、まるで寄宿学校での日常のように、楽しそうに描かれている。
 そこへ事件が起こる。ならず者を雇い、高級でない方の娼館、売春宿を経営する有力者のバントルのところから、インド人の少女プリヤが逃れてきたのだ。カレンはプリヤの魅力に参ってしまう。バントルは怪しげな機械を使ってプリヤを取り戻そうとする。さらに、まるで切り裂きジャックのような(手口は違うが)娼婦ばかりを狙う殺人鬼が現れる。それを追う剛胆で優しい黒人捜査官も登場する。彼にはコマンチ続出身の助手もいて……。
 カレンは全然大人しい少女ではなく、ミシンと呼ばれる(いや実際、ミシンなんだが)蒸気駆動の甲冑型機械に乗り込んで、ならず者や殺人鬼を相手に立ち向かうのだ。後先考えずに、ただ愛するプリヤを守るために……。
 というような物語で、波瀾万丈、楽しい冒険小説なのだが、悪役は徹底的に悪役、ヒーローは完璧なヒーロー、そしてカレンをはじめとする娼館モンシェリの女性たちは19世紀風におしとやかな一面を見せながら、その実はいたって現代的で強烈なヒロインたちだ。お話はあまりにも都合が良すぎる展開を見せるのだが、ジュール・ヴェルヌへのオマージュもあり、昔のハリウッドの大時代なコメディを思わせて楽しく読める。スチームパンクは、単にガジェットとして使われているだけなので、そちらにはあまり期待しない方がいいだろう。また、アメリカの歴史に詳しければもっと面白いのかも知れないが、当時、女性や人種の差別に対して闘った実在の人物をモデルにした部分もあるという。とはいえ本書では、善玉は現代風の価値観をもっているが、悪玉はそうでないとはっきり別れているので、そのあたりの深みはあまり感じられなかった。でも楽しく読めるからいいのだ。

『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』 赤野工作 KADOKAWA
 実際にネットでゲーム批評をしている著者による、未来の架空のレトロゲームを百年後から振り返るという形式のレビュー集(の形をとった小説)である。
 そのゲームが出た当時大きな話題になったが、すぐに問題が起きたり、飽きられたり、批判されたりして低評価となったという、いわゆるクソゲーを、ゲームの全てを愛するマニアの視点から再評価するという形で、21のゲームレビューと、語り手の独白である5編のエッセイが収録されている。
 もともとはカクヨムで連載されていたものの単行本化である。この本、円城塔をはじめ、SF界のつわものどもの間でも評価が高い。水鏡子など、この前の例会でオールタイムベスト級の傑作だと絶賛していた。
 本書は2115年に開設されたサイトで、ある高齢の老人ゲーマー(すでに部分的に機械の体になっている)が過去の低評価ゲームを語るという設定で書かれている。でも百年後という設定に深い意味はないのかも知れない。今よりはるかに進んだVRやARとか、BMI(ブレイン・マシン・インタフェース)とか、時間経過による変化まで作り込める4Dプリンターとか、SF的な未来技術は出てくるが、著者の関心はそこにはない。あくまでもゲームという観点に絞り込んだ内容となっている。
 はじめ、ぼくには読んでいてピントがつかめず、ゲームレビューというには素人くさい自分語りが多くてエッセイっぽいしなあ、だいたいレビューされているゲームの(システムはきちんと描写されているのだけど)面白さもくだらなさも、あんまり伝わってこないなあ(※個人の感想です)と思っていた。ぼく自身がゲーム好きとはいってもマニアじゃなくパンピーなので、これは「ど」マニア(というか廃人のレベル)が一般ピープルには評価されなかったゲームを、すごくひねくれた視線からネチネチと語るという、そういう風なものだと思えて、だからピンとこないんだろうと思っていた。マニアにはわかるポイントがあるけど、そこをスルーするパンピーにはピンとこないってね。
 でも読み進めると、しだいにゲームそのものより、それを語る年老いた、思わずどん引きするようなゲームマニアの姿が前面に出てきて、そうか、ビデオゲームとそれを偏愛するだけの人生を送った男との、切なくも哀しいラブストーリーなのだと思えてきた。ああ、だから水鏡子が絶賛するのね(※個人の感想ですったら)。
 いや、ゲームレビューにも面白かったものはある。前半はわりとありきたりな感じだったが、後半になるとぶっ飛んだゲームが次々と出てきて、そこはとても楽しく読めた。中でも「スーパーハッピー星のウルトラハッピー共和国に住む主人公が超ハッピーハッピー軍団と戦うアメージング・ワンダフル・ハッピー・ハッピー・ストーリー」なんて最高。これ絶対遊びたい。
 だけどSF的には突っ込みどころが多く、主人公の造形にも納得のできないところがあり、そもそもネチネチともって回った文章がうざい。ぼくとしては本当に純粋な架空ゲームレビュー集として、すごい未来のゲームを色々と紹介してくれた方が良かったと思います。(※だから、個人の感想だっていっているのに、あっ)


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