みだれめも 第215回
水鏡子
少し古い話になってしまったが、『このライトノベルがすごい!2015』は例年にも増して読み応えがあった。
10周年到達ということで、レイアウトの刷新を始め、いつもより頑張ったのだろう。ずっと関わってきた執筆者一同にも思うところがあった気もする。そんななかでも、なにより得難かったのは、「ネット発小説特集」だった。いわゆる「なろう系小説」について、はじめて俯瞰的眺望をいただけたのである。
ライトノベルという業界は、新勢力の勃興が激しい。同工異曲がまたたくうちにあふれかえり、そこに工夫を凝らした作品が続々現れ、テンプレート化してジャンルの共有財産となっていく。そのこと自体はどこの小説ジャンルでもほぼ共通した傾向(※1)だが、ここに他メデイアで成長した文化が、その文化圏の客層を引き連れたり引き連れなかったりしながら新規参入を繰り返し、ジャンルの旧来読者のマイナー意識変革をもたらし活性を持続してきたのがライトノベルであるように思える。
(※1 数少ない例外が日本SFである。少数精鋭の作家がオリジナリテイと質実を求めて邁進するため、傾向は生じてもテンプレートが確立されない。結果、SFの様々な魅力を掬いあげ低廉化していく周辺ジャンルの活況ぶりと裏腹の、伝統性先鋭性高踏性が認知され、仰ぎ見られる敷居の高さが生じている。
そんなSFに内容的に極めて近接しながら、たぶんその対極の位置にあるのが「なろう系小説」のような気がする。センスオブワンダーを求めず、読ませること楽しませることを志向した、それでいてSFの骨組みをきちんと取り込んだ作品がいくつもある)
ラノベ新勢力といっても表面上は作家が自ら体験偏愛してきた知識でもって作風を作り出していくということなのだが、たぶんそれだけではない。もっと集合的な異文化(ただし根っこはもともと同属的、他メディアで発展して一族郎党引き連れて里帰りしたようにも見える)による領域侵犯である。アニメ、コミック、パロデイ、コミケ、ファミコン、TRPG、エロゲー、ヴォカロ・ニコ動、その他ぼくのわかっていない文化の流入もあると思う。
これはラノベ本体だけでなく、いまあげたメディア(それも新興勢力であればあるほど)すべてに共通するあり方であるのだと思う。その小説メデイアでの引受先がライトノベルということだろう。「なろう系」WEB小説はその最新勢力である。しかもちゃんと本を読む読者まで引き連れてくる点でこれまでにない強力な勢力である。あまりに強力すぎてここまでラノベを支えてきた中堅どころが蹴散らかされている印象がある。
新興勢力といっても書籍化されたものだけでも「レイン」を鼻祖として10年近い歴史がある。単行本サイズの出版が先行したため別ジャンルのようにみなされてきた部分(新文芸、ライトノベル文芸などという名称もあるようだ)はあるが、ヒーロー文庫やモンスター文庫の創刊やアルファポリスの文庫化の進展に伴いその区分けがここ1,2年で急速に失われてきた。
さて本棚を眺めてみると100円本拾いの成果もあって50冊近く持っていた。ただ、シリーズ単位でみると、大幅歯抜け状態で、ちゃんと読もうと思ったら半端でない補充が必要になる。これまで1冊も読んでなかったので、『このラノベがすごい』を機に、一度覗いてみることにした。どうせ自費出版に毛が生えた程度のもの、そこまで嵌ることはないだろうとなめてかかって、もののみごとに嵌った。コンスタントに出来がいい。安定している。居ずまいを正す刺激にこそ欠けるが、最近のラノベ作品より小説的に(小説的というのはなんだ?)まっとうである。むしろSFファンには向いている。そしてとんでもなく敷居が低い。少年ジャンプや少年サンデーを読むことができる小学生なら苦もなく読めるのではないか。じっさい最初に手にした『竜殺しの過ごす日々』のあまりにていねいな説明口調とあらすじ紹介的な文章構成に、ライトノベルのコロコロコミック?と、感想を抱いてしまった。半額本、新刊本を買い集め、あっというまに100冊越え。書籍代もどんどん拡大する。困ったとこでは今年のSFの読書量が例年以上に激減、よかったことでは、本を読みまくるせいで、パチンコ時間が激減した。
『このライトノベルがすごい!2015』のあと、一年足らずの間に同じような総括本が2冊出ている。
『この「小説家になろう」がアツイ!』は、ジャンル別に評価ポイントの高い作品の内容紹介を主体に鼎談や作家インタビューを交えた安直な造りの本で、より精緻な俯瞰や分析を期待して失望した。
しかし、実際に本腰を入れてジャンル制覇に取りかかり、作品を個別に潰す作業に入ると、水先案内人として非常に役立った。
『このWEB小説がすごい!』は『このラノ』と同じ宝島社の本で、「オールタイム・ベスト」アンケートがお役立ち。内容的には『このラノ』とかぶる部分が見えて若干薄味である。
わずか一年足らずの間に出版された3冊だというのに、最近の注目作とされるものがどんどん変化していく。今が旬ということなのだろう。
それにしてもWEBで無料で読める小説が山のように書籍化されてそれが商業的に安定するという状況は、金のなかった若い時代を経験してきた人間として、正直信じがたい。最近の新書本ではブログにどれだけフォロワーがいるかで出版化が決定されるビジネスモデルが成立していると、堺三保に教わったことがあるけれど、ノンフィクションでなく小説である。WEBの作品で作家の才能が認められて、違う小説でデビューということなる充分に納得できるのだが、改稿しているとはいえ同じ作品なのである。電子書籍が発展しないのもうべなるかな。
頻出する珍妙な作家名には照れと同時に作家を特別視しないさせない共同体文化の発露なのかもしれない。小説なんて誰でも書けるという文化。それでいて自己満足に終始せず見せる読ませる技術の必要性を十二分に自覚している作品群。書き続けるなかで、たくさんの読者に評価され、評価に報いるために技術を磨いて数年間蓄積し、書籍化にあたって身に付けた技術で最初期の原稿に手を入れるというのはとってもいい出版形態かもしれないと思ったりする。
そしてWEBで、ある意味だらだら書き連ねた文章を、編集者の支援を受けながら1冊の本としてめりはりをつけ構成し直していることを、多くの作家があとがきで言及している。これはつまり、高い評価ポイントを得た極上の「素材」をきっちりとした商品に「加工」して提供しているという見方もできる。もともとぼくはWEB版は読んでいないわけだし。
さらにWEB在庫があるため3,4巻目あたりまで順調に刊行されるのも安心できる。最近のラノベで、これまでフォローしてきた実力のあるベテラン勢の新シリーズが、売れ行き不振からか3巻くらいで強引に打ち切られる(特に角川系)ことに、かなり疑問を抱いてみているので、そんな創作状況は作家にとってむしろしあわせかもしれない。
ついでに言えば、書籍化の拡大とともに、もともとはWEBで読んでもらうことを目標にしていた人たちに、新人賞に匹敵する王道ルートと気がついた作家予備軍が多数参入してきていることは状況的にも間違いない。そこにたぶん書き手と読み手双方の、変質と質的上昇両面の文化的変化がある。ラノベのテンプレートが「なろう」の文化を浸食する面と、評価ポイントを獲得するため、「なろう」読者に合わせる努力が双方向の影響を与えあっていくことになると思われる。
あと思いついたことがひとつ。新人賞という選考方法は作家の資質や作品に、他にはない独自性、オリジナリティを求めがち。新たな才能を発掘するのだから当然の話である。これにたいしてWEB小説はまず多数に読ませ面白がらせることが大前提。そのつかんだ読者の歩留まりを維持するために、小説の密度やオリジナリティを盛り込んでいく。優先順位がちがってくるのではないか。それが読んだ時の手ごたえや感触の違いとしてでてきていると考えた。センスオブワンダーを目指さない、SFらしさのツボを押さえた読み応えのある小説といったら大野万紀や岡本俊弥になんじゃそれはと言われたけれど、そんなところに(いい意味での)原因があるような気がする。
「異世界召喚無双」というのがほとんどの作品の基本設定である。異世界に現代人が召喚・転生させられ、その世界の人間にはありえない超絶的な異能を用いて強大な敵や世界の危機をさくさく片付け、女の子たちと仲良くなっていく願望充足ファンタジイ。もうひとつはヴァーチャル・リアリティ多人数ゲーム(VRMMOというらしい)世界にジャックインする話。『ソード・アート・オンライン』が爆発的に人気を得、大きな影響を与えたためとも言われている。ゲーム世界と異世界、まあ似たようなものである。ゲーム中に異世界に召喚され、その世界でもゲームと同じメニュー表示が活用できて、それがチート能力として機能するみたいな話もくさるほどある。
読む前は、似たような話ばかりと思っていたが違うのだ。「異世界召喚無双」というジャンルなのである。基本設定が固まっているので、作者は何を書いたらいいか、読者は何を読まされるのか読みどころがどんなところか、読む前から見当がついている。さらに召喚された人間までがそんな構図に前もって周知していて違和感なく異世界に溶け込んでいく。ハーレクインみたいなものなのかもしれない。そのなかで見せる読ませるために物語の構成や密度や独創性に尽力する。ハーレムを作りながら世界の敵と戦ったり、世界の敵と戦いながらハーレムを作っていく(この二つは違う話なのである)のは、最近のラノベと基本的に同じだが、従来のラノベが往々に作者と読者が一緒に楽しむコミュニケーション・ツールとしての機能を強め、小説世界の小説性((だから小説性というのはなんなんだ?)が軽くなっている印象が増えているのに対し、作り出した小説への誠意が垣間見えるものが多い。ぼっち気質が強いという言い方もできる気がする。あくまで傾向であってすべてがそうというわけでもない。
前述の『アツイ!』の鼎談で、入江君人がライトノベルの現状について、「(90年代の頃は)読者を見て書くしかなかったものが、市場を見て書けるようになった。皆が読者でなく市場を見過ぎるようになった」と苦言を吐き、その原点復帰として「なろう」を評価しているのもなるほどなと共感が持てた。ただ90年代新人賞作家たちは捻れた性向の持ち主だらけで、それが魅力であったのに対し、「なろう」の作家は基本すごくまっとう。異世界に飛ばされた主人公はのきなみ現代社会においていじめられっ子や引きこもりだったりするのだが、それらは主人公の性格付けの雛型で、小説世界はすごくまっとう。『ブギーポップ』や『バッカーノ』『円環少女』『され竜』『薔薇のマリア』なんかのいびつさとは作品世界の在り方自体が違っている。すなお。
そのことが不満なのか好感なのかよくわからない。ただ、「なろう系」の定番王道を真摯に読みこませるまっとうさは、同じような成り立ちのアンディ・ウィアー『火星の人』を連想し、さらには個人的なエロゲー最高峰評価である『大悪司』の印象に重なり合う。
レーベル別の評価としては新興勢力の方が面白い。
もっとも、『白の皇国物語』『ゲート』『ソード・アート・オンライン』『ログ・ホライズン』『オーヴァーロード』など昔からの話題作を読んでいないので、偏りはある。新作を拾うのに忙しいのと、『白の皇国物語』以外100円で拾えないせいである。主要作をもう少し読むと意見は変わるかもしれない。あと不思議なくらいレーベル単位で作品の雰囲気が似通う。編集者の好みのせいか、もしくは書籍化にあたっての編集作業の結果なのか、なんとなく後者のような気がしている。
現時点では@オーヴァーラップ文庫、Aモンスター文庫、Bヒーロー文庫、C角川レーベル、Dアルファポリスといった贔屓順である。
ということで読んだ本の感想を。
★★★★を10作、★★★を10作、★★を10作選び出す。つまり絶対評価ではなく相対評価である。番号をつけているがレーベル順に並べただけ。ほとんどが未完なので読んだところまででの評価と断っておく。巻を追うと急に面白くなったり失速するものも意外にあるのだ。また評判のいい作品は古書価が高くて手を出せないものがたくさんある。定価1200円の本がブックオフで軒並み960円だったりする。
★★★★★については現在時点では一応保留している。
あと、先ほどあげた総括本で評価の高い作品と、★★★★をつけた作品が意外なくらい一致しないのがそれなりにおもしろい。
★★★★:10作
1 | 疎陀陽 | 『フレイム王国興亡記@〜C』 | (オーヴァーラップ) |
2 | 割内タリサ | 『異世界迷宮の最深部を目指そう@〜C』 | (オーヴァーラップ) |
3 | 樋辻臥命 | 異世界魔法は遅れてる!@〜C』 | (オーヴァーラップ) |
4 | すずの木くろ | 『宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する@〜C』 | (モンスター文庫) |
5 | 横塚司 | 『ぼくは異世界で付与魔法と召喚魔法を天秤にかける@〜C』 | (モンスター文庫) |
6 | 日暮眠都 | 『モンスターのご主人様@〜C』 | (モンスター文庫) |
7 | 井藤きく | 『ドラゴンイェーガー@A』 | (モンスター文庫) |
8 | 甘酒之瓢 | 『ナイツ&マジック@〜D』 | (ヒーロー文庫) |
9 | 佐島勉 | 『魔法科高校の劣等生@〜P』 | (電撃文庫) |
10 | 蝉川夏哉 | 『邪神に転生したら配下の魔王軍がさっそく滅亡しそうなんだが、どうすればいいんだろうか@〜D』 | (アルファポリス) |
★★★:10作
11 | いえこけい | 『リーングラードの学び舎より@A』 | (オーヴァーラップ) |
12 | 白米良 | 『ありふれた職業で世界最強@』 | (オーヴァーラップ) |
13 | Gibson | 『銀河戦記の実弾兵器@A』 | (オーヴァーラップ) |
14 | 夏にコタツ | 『ギルドのチートな受付嬢@A2.5』 | (モンスター文庫) |
15 | 浮世草子 | 『最新のゲームは凄すぎだろ@〜B』 | (ヒーロー文庫) |
16 | 十本スイ | 『金色の文字使い@〜D』 | (ファンタジア文庫) |
17 | 理不尽な孫の手 | 『無職転生@〜E』 | (MFブックス) |
18 | 安部飛翔 | 『シーカー@〜G』 | (アルファポリス) |
19 | 鰤/牙 | 『VRMMOを金の力で無双する@〜C』 | (HJ文庫) |
20 | アマラ | 『神様は異世界にお引越ししました@〜B』 | (宝島社) |
★★:10作
21 | 十文字青 | 『大英雄が無職で何が悪い@〜B』 | (オーヴァーラップ) |
22 | 篠崎芳 | 『聖樹の国の禁呪使い@〜C』 | (オーヴァーラップ) |
23 | ファースト | 『神眼の勇者@A』 | (モンスター文庫) |
24 | 美紅 | 『進化の実@』 | (モンスター文庫) |
25 | からす | 『余命一年の勇者@』 | (モンスター文庫) |
26 | 月夜涙 | 『エルフ転生からのチート国記@』 | (モンスター文庫) |
27 | 赤雪トナ | 『竜殺しの過ごす日々@〜J』(完結) | (ヒーロー文庫) |
28 | 武藤健太 | 『無属性魔法の救世主@』 | (ヒーロー文庫) |
29 | アロハ座長 | 『Only Sense Online@〜C』 | (ファンタジア文庫) |
30 | 長月達平 | 『RE:ゼロから始める異世界生活@A』 | (MF文庫) |
★以下:
31 | 有馬五十鈴 | 『ビルドエラーの盾僧侶@A』 | (モンスター文庫) |
32 | 水星 | 『勇者パーティーに可愛い子がいたので告白してみた@』 | (モンスター文庫) |
33 | 藤崎 | 『レベル99冒険者によるはじめての領地経営@』 | (モンスター文庫) |
34 | 愛澤魅魂 | 『ぼっちがハーレムギルドを作るまで@』 | (モンスター文庫) |
35 | 硝子町玻璃 | 『異世界の役所でアルバイト始めました@』 | (モンスター文庫) |
36 | タンバ | 『軍師は何でも知っている@』 | (モンスター文庫) |
37 | 山南葉 | 『サラリーマン中二病@』 | (モンスター文庫) |
38 | 幼馴染み | 『異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます@A』 | (モンスター文庫) |
39 | 内田健 | 『異世界チート魔術師@〜B』 | (ヒーロー文庫) |
40 | 気がつけば毛玉 | 『神様ライフ@A』 | (スニーカー文庫) |
41 | 暁なつめ | 『この素晴らしい世界に祝福を@』 | (スニーカー文庫) |
42 | 赤石赫々 | 『武に身を捧げて百と余年。エルフでやりなおす武者修行@〜B』 | (ファンタジア文庫) |
43 | サカモト666 | 『HP1からはじめる異世界無双@』 | (ファンタジア文庫) |
44 | かっぱ同盟 | 『メイデーア魔王転生記』 | (ファンタジア文庫) |
45 | 大沢雅紀 | 『反逆の勇者と道具袋@〜D』 | (アルファポリス) |
46 | 秋川滝美 | 『いい加減な夜食@』 | (アルファポリス) |
47 | かっぱ同盟 | 『僕の嫁の、物騒な嫁入り事情と大魔獣@〜B』 | (アルファポリス) |
48 | ヘロー天気 | 『ワールド・カスタマイズ・クリエイター@〜D』(完結) | (アルファポリス) |
49 | 吉野匠 | 『レイン@〜I』 | (アルファポリス) |
50 | アマラ | 『地方騎士ハンスの受難@』 | (アルファポリス) |
51 | 秋川滝美 | 『いい加減な夜食@』 | (アルファポリス) |
52 | 柑橘ゆすら | 『異世界支配のスキルテイカー@』 | (講談社ラノベ文庫) |
53 | もち | 『異世界魔術師は魔法を唱えない@』 | (ビギニングノベルズ) |
★★★★:10作について
異世界召喚・転生物は、大雑把にバトル系と国作り領地経営系に大別される。物語をドラマティックにしていくためにはバトル主体が楽だし、地に足がついた世界構築には領地経営系が向いている。ほとんどの作品が両面の配慮をかかさないようしているが、それでも比重のかかりかたで大別できる。強大な敵を打ち破るバトル系は少年コミックののり、異世界に現代文明の成果を導入していく領地経営系は『アーサー王宮廷のヤンキー』以来の歴史をもつSFの味わいが色濃い。
この10作のなかでは、(1)『フレイム王国興亡記』、(4)『宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する』、(10)『邪神に転生したら配下の魔王軍がさっそく滅亡しそうなんだが、どうすればいいんだろうか』が領地経営系である。
★★★の中では、(14)『ギルドのチートな受付嬢』、(20)『神様は異世界にお引越ししました』がその系統。
上位20点のうち5点が領地経営系というのがぼくの偏向性のようである。ちなみに『このWEB小説がすごい』のオールタイム・ベスト上位30点にはこの5点、ひとつもランクインしていない。
(1)『フレイム王国興亡記』はここまで読んだ中での個人的ベスト。異世界召喚魔法の実験で、つい意味なく召喚されてしまった主人公。なんの能力もない銀行員である。魔王どころか魔法もない西洋中世風異世界。召喚がまさか成功するとは思っていなかったらしい。比較的平穏な世界での勇者召喚は、いわば「核兵器を持っちゃいました」みたいな外交上きわめて不穏当な行為であり、主人公もさしたる能力もなかったことから、王宮は彼をこっそり身内の姉が治めている僻地の貧乏所領に送致する。早い話が不始末の隠蔽である。何の特産物も産出しないやせた土地、王宮からの補助金だけでかろうじて食いながらえている貧乏所領の居候になった主人公だったが、一宿一飯の仁義で銀行員だった知識を生かして地の立て直しに協力する。
金融による異世界革命。敵は外交と商いに長けた海千山千の各国商人、宰相、王さまといった面々。紙幣経済を導入したり株式会社を作ったり、主人公の繰り出す新機軸に、面喰いつつその足を掬おうと虎視眈眈と蠢動する。
キャラが立っている。女の子たちもさることながら、おじさん連がすばらしい。先が楽しみ。
(4)『宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する』は、宝くじがあたったことでうざったくなった人間関係を嫌って田舎の旧家に引き籠った主人公が異世界に通じる扉をみつける。こちらは行き来自由な扉。鉄器時代曙期の村に辿りついた主人公が、40億の資金を使い、農耕土木技術を導入していく。主人公の力は知識と金だけ。栄養失調世界という設定が面白い。先が楽しみ。
(10)『邪神に転生したら配下の魔王軍がさっそく滅亡しそうなんだが、どうすればいいんだろうか』はまあ、表題のとおりのお話。バトル系でもあるのだが、転生した神々の世界の物語と配下の魔王軍による魔界に覇を唱えていく話が絡み合う。表題から連想されるおふざけに向かうか、骨太のエピック・ファンタジイを目指すか、方向性が定まらないで始まりだったがだんだん後者寄りになる。アルファポリスの本は他社の出版物に比べ、小説の出来栄えが租というか、完成度に欠けるものが多く、本書もご多分にもれないが、欠点を補ってあまりある魅力がある。本書の第5巻はぼくが新刊で買った唯一のアルファポリス本である。
残りは基本的にバトル系。
(5)『ぼくは異世界で付与魔法と召喚魔法を天秤にかける』、(6)『モンスターのご主人様』は高校生が学校ごと集団で異世界に転移する話。主人公がいじめられっ子というのが定番で、異世界に飛ばされてもその学校内関係が継続するという設定。
(13)『ありふれた職業で世界最強』、(23)『進化の実』、(24)『余命一年の勇者』も同様の初期設定の集団転移ものである。ただし、(13)(23)はさっさと集団から追い出され、そこで馬鹿みたい強くなるのでいじめられっ子設定はきっかけ程度。
(5)『ぼくは異世界で付与魔法と召喚魔法を天秤にかける』はRPGパターンで、敵を倒して経験値を貯めるとレベルがあがり、ボーナスポイントをいろんなスキルに割り振る設定。魔物の襲撃と高校生集団内の内部抗争を低レベル状態で乗りきっていく序盤は臨場感が半端でなく読み応えがある。ただレベルがあがるに従い切迫感が薄れていく。
(6)『モンスターのご主人様』は転移した学生たちが基本的に全員強力かつ多様なチート能力を持つという設定。4巻目で明らかにされる、多種多様なチート能力が発現するにいたるこの世界の在り方がいい。
(3)『異世界魔法は遅れてる!』は勇者として召喚された友人に巻き込まれて転移させられた主人公。じつは現代世界の裏側で魔法の根絶を目指す勢力と熾烈な戦いを繰り広げていた魔術師で、召喚された世界の魔法技術の稚拙さに呆れかえるという設定。勇者として召喚された友人に正体を隠し、袂を分かって自由気ままな旅に出たものの、なぜか魔王の軍団と戦う破目になっていく。(16)十本スイ『金色の文字使い』も同じく勇者召喚巻き込まれ型異世界転移で勇者グループから別行動をとっていく。
(2)『異世界迷宮の最深部を目指そう』は異世界に飛ばされた主人公が、どんな望みも叶えてくれる地下百階の宝の間を目指す。元の世界に戻るため。物語の基本はいちばんふつうなんだけど、作風は、読んだ中では90年代組に一番近い。重たくて派手な話が紡がれる。
(7)『ドラゴンイェーガー』は召喚ものではない。さまざまな竜に侵攻される世界で、竜狩人となった少年少女がS級狩人として頭角を現していく物語。しっかり構築された竜の特徴や徘徊する異世界、社会が魅力的。
(8)『ナイツ&マジック』ロボットメカおたくが現代の記憶を持ったまま、魔法機動の巨大ロボで魔獣と戦う世界に転生する。メカおたくの知識を活用して魔導技術を次々革新していく。バトル主体の物語。
(9)『魔法科高校の劣等生@〜P』は、魔法が存在する現代。さまざまな流派の魔法使いの子供たちが在学する学園に、学内最優秀の妹と初歩魔法すら覚束ない兄が入学する。だがじつは、劣等生の兄は、秘匿された超強力な戦略級魔法の所有者で、敵国と戦う特務部隊の一員でもあった。右寄りの述懐に逆なでされる部分はあるけど、バトル系物語としての密度は濃い。
その他の作品についてもいくつか紹介しておこう。
(49)『レイン』 最初のWEB発ファンタジーということで読んでみた。アマチュア小説の極みのような作品で、この本の第1巻の刊行が2005年なので、WEB小説の状況が10年でここまで発展したことに驚きを禁じ得ない。ファンタジー戦記であるのだが、10冊目まで、ほぼ局面を活写しながらひとつの戦争を書き続けている。
(21)『大英雄が無職で何が悪い』は、ゲーム世界に放り込まれた少年少女が辛酸を嘗めながら生き延びレベルをあげていく『灰と幻想のグリムガルド』の同じ世界を舞台に、なんの努力もせず無双する主人公を設定した十文字青のWEB小説。性格の違うキャラで性格のちがう二つの話を重ねて見るという趣向だが、やっぱりこの作者には似合わない。十文字青の執筆速度はまた上がってきている。『サクラ×サク』『実存系ドグマストラ』が面白い。
(13)『銀河戦記の実弾兵器』はこの中で唯一の宇宙SF。突っ込みどころは満載だけど、補って余りある面白さがある。SFだけど無双である。
大宇宙のど真ん中で冷凍睡眠から目覚めた主人公は、地球が伝説の星になっていることを知る。辺境宇宙で軍艦仕様の船でアダルトグッズを輸送していたところ、経路上にいたバーサーカーを打ち破ったことから一躍ニュースネタとなり、知名度を武器に会社を立ち上げ、伝説の星〈地球〉を目指して販路を広げていく。
〈デュマレスト〉より面白い。