続・サンタロガ・バリア  (第158回)
津田文夫


 2年ぶりSF大会ということで「米魂」に参加。米子駅前がホテルだらけだったのにビックリ。夜はたくさんある居酒屋がどこも繁盛していたし、米子市はなかなかの都会なのであった。

 行きの高速バスでは、イマジニアンの会の穂井田さんや天瀬(渡辺先生)ご夫妻と同乗。席はバラバラだったけど。米子駅の喫茶店で上記の皆さんと昼食。渡辺先生にごちそうになる。12時半ごろ会場の“ビッグシップ”に到着。受付を済ませてウロウロしていたら、KSFA企画の部屋に到着するのが遅れた。企画終了後、奥さんに押しつけられたネコ円盤を大森望・牧真司・菊池ハカセ・水鏡子・山本SF妻の各氏に押しつけて写真を撮る。とりあえずの使命は終了。菊池ハカセが髪を切っててビックリ。フツーの好青年?に化けていた。牧氏に浜本編集長を紹介してもらい、名刺をいただく。帰って奥さんに見せたら「おお、有名人の名刺」といっていたが、浜本さんが有名人なのは、たぶんかなり狭い範囲だと思う(失礼)。

 桐山さんや東山君とウダウダ話をしてからイマジニアンの会の「短詩型SFの魅力、松宮静雄氏をしのんで」に向かう。参加者は数人だったけれど、熱心に聴いている人もいて宮本英雄イマジニアンの会会長、天瀬さん、穂井田さんの熱演は報われたのでは。企画終了時には参加者のひとりが天瀬さんと名刺交換していた。浜本編集長が穂井田さんに御挨拶に来ていたので、ツーショット+ネコを撮らせていただいた。

 星雲賞を見てから、「なおらい」にいかず桐山さんと居酒屋へ。何件か見て回ったけれど、2軒で8時過ぎまで待ってくださいといわれた。気がつけば9時を過ぎていたのでそのままホテルへ。

 2日目はまず「いずこねこ」企画を覗く。「石飛さん・・・」へ移ろうとしたが、広い会場に20人足らずの参加者しかおらず、そのまま西島氏の解説を聞いていた。「冲方事件」の影響を塩澤編集長に聞いていたが、塩澤氏は特にないよとのこと。大人の対応であろう。

 午後イチは「サイバーパンクの部屋」で菊池ハカセの‘サイバーパンク原理主義’を拝聴。「サイバーパンクはSFでなくてもいいし、SFはその一部がサイバーパンクに含まれる」らしい。星雲賞のスピーチやライブ・ライティングでエネルギッシュな人であることが分かる藤井大洋はここでもパワーがあふれていた。

 帰りのバスが3時過ぎなので、廊下で「翻訳家パネル」を聴きながら時々「新人作家大喜利」を覗く。大森望の司会よろしく盛り上がっていたけれど、参加者も若い人が多く、自分も含め年寄りが目立つSF大会では喜ばしい光景であった。「米魂」スタッフの皆さんには感謝を。

 さて、菊池ハカセに会ったときにはまだ聴けてなかったのが、andmo' のデビューCD 「UNIDENTIFIED MYSTIC AETHER」。そろそろ夏も終わりということで、何か聴きたいものがあるかと「CDジャーナル」9月号(8月20日発売)のCD紹介欄をズーッと見ていたらandmo’のCDが7月5日に発売になっていたのを発見。早速HMVに注文したらお取り寄せになっていた。一緒に発注したMutoid Manや小澤征爾ボックスセットも取り寄せとか発売延期とかで手に入ったのは9月になってからだった。
 東ドイツのプログレッシヴ・ロック・バンドが1974年頃にアンダーグラウンドで録音したテープがその後お蔵入り、スタジオ倉庫で眠ったまま40年ぶりに発見されてデジタル・リマスターされた作品、というのが最初の印象。テルミンはアナログ・キーボード・シンセに比べるととてもシンプルで音がピュアな代わりに音色の変化やリズムづくりの範囲が狭い。それでも独特の音色と奏法で聴く者を魅了することは可能だ。ただ、長時間だと聴き手もつらくなるので、他の楽器との組み合わせが必要となる。ここでは菊池ハカセのギターや児嶋さんのキーボード類が曲の骨組みを強化しているし、助っ人のZABADAKの女性ヴォーカルとベースのおかげでエンターテインメント性も十分だ。ドラムレスでも菊池ハカセのエレキがコードストロークのループを刻んでいてロックを感じさせるし、ソロともなればこれはロック・ギター(ブルース抜き)に間違いない。3曲目のハシビロコウの学名をタイトルにしたという「B・REX」のイントロからは迷曲「Black Sabbath」のオジー・オズボーンの声が聞こえそうだ(オジーが変拍子の曲を歌っていたかは知らないが)。
 曲数は5曲だけれど、トラックナンバーは6あって、最後に小鳥がさえずるような女性ヴォーカルの短いトラックが聴ける。なんだこりゃと思ったら、レーベルがTALKING INKOだった。

 「キング・クリムゾンとビートルズが脚に絡まりながらUSハードコア・パンクの加速度で走るブラック・サバスとレッド・ツェッペリン、みたいな」と『CDジャーナル』で紹介されたMutoid Man。ギター兼ヴォーカル、ベース、ドラムのトリオ。デビュー・アルバムというその『ブリーダー』を速攻で注文したけれど、あとでYouTubeで視聴した限りでは、とてもそんな風には聞こえない。届いたCDは安げだけれど一応デジパック。ジャケ絵はヘタウマ。歌詞が書いてあるので読もうとしたが、老眼にはつらい。聴いてみると、ベースとドラムの重心が低く録ってあって、そこへちょっとだけ上記の様々なバンドを思わせるギターフレーズが重なる。その点はいかにも今風だったが、如何せんヴォーカルにこれといった魅力が無く、リズム隊は強力だが、音圧や手数にほとんど変化がないので聴いている内に寝てしまった。最後10曲目のタイトル曲のみスローテンポだが、ほかは‘USハードコア・パンク’調。聴いた印象はシンプルなマーズ・ヴォルタといったところ。売れてるのかなあ、これ。

 オーケストラのSACDが聴きたくなり、録音の良さで評判の中堅女性指揮者シモーネ・ヤング率いるハンブルグ・フィルの最新盤『ブルックナー・交響曲第9番』を注文。聴いてみると確かに豊かな響きがスピーカーの位置を超えてわき上がる。それでいて各楽器の分離は明確で、音としては楽しい。ただブルックナーを聴いているかというと、そこら辺はまた別問題。いかにも現代のブルックーナーらしく淡々と、ある意味軽快に音楽が進む。そこで、久しぶりにバーンスタイン/ウィーン・フィル盤を出してきて聴いてみた。いやあ、凄い演奏だった。バーンスタインが亡くなった年のライブ録音で、ヤング盤より10分近く遅い演奏。曲全体が1時間弱なので、10分長いというのは超スローということであるが、バーンスタインはその超スローぶりを全く感じさせないスケール感で聴く者を打ちのめす。ヤング盤がきっちりとした下書きが見える水彩画だとすると、バーンスタインのは絵の具の盛り上がりも生々しい濃い彩りの油絵である。ウィーン・フィルが嬉々としてフルボディで鳴っている。これはバーンスタインの音楽へののめり込みをウィーン・フィルが受け止めていること自体による音楽の巨大さだ。この巨大さは録音の良さとかステレオだとかモノだとかに関係はなく聴き手に感知される性質のモノだろう。これが正調ブルックナーの演奏がどうかは別として。

 谷甲州『コロンビア・ゼロ 新・航空宇宙軍史』は「航空宇宙軍史」22年ぶりの最新刊とオビにあるけれど、昔のはほとんど読んでないので個人的な感慨はない。しかし、最近の大森望のアンソロジーで読んだ「航空宇宙軍史」シリーズの短編は面白く読めたし、連作短編として本書で再読するのも気にならなかった。太陽系宇宙における戦闘もしくはそれに伴う行動がリアルに書かれているという点では非常に優れていて、林譲治のようなケレンがない分重厚といえる。ただ科学音痴なSFファンでも「ジュピター・サーカス」の重力センサーなんかは頭に?が浮いたりはするので、SF的アイデアの埋め込みにはやや問題がありそうだ。エンターテインメント的には全く問題ではないけれど。

 何回か再読したのもあれば、何十年かぶりの再読になったものあるジョン・ヴァーリイ『逆行の夏』は、ヴァーリイの魅力をよく伝える短編集だ。ヴァーリイは若い頃よく読んだ作家のひとりで、F&SFのカヴァー・ストーリーだった「火星王の宮殿にて」なんか、地面から地球・月儀が生えた表紙イラストや火星の峡谷に陽が射す冒頭のシーンを今でも覚えている。「プッシャー」のロリコン風な導入部なんかもよかった。まあ、30年くらい前の話だな。
 ここにはそのどちらも入っていないけれど、ヴァーリイの多面的な特徴はしっかりと紹介できていると思う。個人的にはやはりエイト・ワールドものがお気に入りだけれど、アンナ=ルイーゼ・バッハものも面白いし、「残像」「PRESS ENTER■」もそれぞれ印象的だ。ただ「残像」の結末は今回読んで好ましくないなあ、と思った。読み手が年寄りになったせいもある。
 ヴァーリイでこれが出来るのなら、御三家はもとよりコードウェイナー・スミスやライバーやティプトリーにラファティそれにアンダースンやシマックなんかでも出来るだろうに、なぜやらない。

 池内紀・川本三郎・松田哲夫編『ベトナム姐ちゃん 日本文学100年の名作 第6巻 1964-1973』と池内紀・川本三郎・松田哲夫編『公然の秘密 日本文学100年の名作 第7巻 1974-1983』を続けて読んでしまった。年代的には自分が9歳から28歳までの間に書かれた12篇+17篇を読んだわけだけれど、一応物心が付いて世の中の雰囲気を感じ始めた年齢から独身社会人時代までの自分にとってここに収められた作品は、小松左京と筒井康隆それに安部公房と大江健三郎あたりを除いてリアルタイム(書かれてから10年以内程度)では縁遠かった作品ばかりである。そして思ったのが、この頃はまだ「制度としての文学」(この言葉が何を意味しているのかは知らない)が機能していたんだなあという感想であった。ちなみに29人の作家は全員戦前生まれである。
 第6巻の収録作品は、川端康成「片腕」、大江健三郎「空の怪物アグイー」、司馬遼太郎「倉敷の若旦那」、和田誠「お猿日記」、木山捷平「軽石」、野坂昭如「ベトナム姐ちゃん」、小松左京「くだんのはは」、陳舜臣「幻の百花双瞳」、池波正太郎「お千代」、古山高麗雄「蟻の自由」、安岡章太郎「球の行方」、野呂邦暢「鳥たちの河口」で、川端の作品代表される「ファンタジー」がこの巻の印象だろう。日中・太平洋・ベトナムと戦争の話もまだリアルであり、その分ファンタジーの強度も具体的である。やや長めの作品が多い。
 第7巻は筒井康隆「五郎八航空」を皮切りに17篇ということで、短めのものが多い。この巻あたりから純文学とエンターテインメントの境目がわかりにくい傾向の作品が増えてきている。
 中で一番パワーにあふれているのが富岡多恵子「動物の葬禮」で、大阪の貧乏母娘の、どちらかといえば母側から見たてんやわんや話。てんやわんやは、娘がつきあっていたキリンとあだ名されたひょろ長い男の死体を、母の家に持ち帰った所で発生する。それがタイトルの謂いでもあるが、当然人間は皆動物であることも引っかけていたりする。しかしそんなことはどうでもいいくらい大阪弁のやりとりが力強い。
 田中小実昌「ぽろぽろ」は、作家の実家である独立派キリスト教会の話。この教会へは20年以上前、戦前戦後にかけての宗教施設調査の一環で先輩に連れられて行ったことがある。この作品で説明されているように、かろうじて車が通れる山の斜面の道から細く長い階段を上がっていった先にある、教会といっても外見は普通の民家である。地元ではアサ会と呼ばれていた。当時田中小実昌といえばカーター・ブラウンあたりの軽ハードボイルドの翻訳者くらいの知識しか無かったので、かなりの落差を感じたことは覚えている。田中小実昌の旧制中学時代の同級生で「大尾のこと」で名前を使われたという大尾さんには何かとお世話になったが、その大尾さんもすでに鬼籍に入られた。

 空いた時間にたまたま手元に文庫がなく、古本も売る新刊書店に入ると目に付いたのが、野崎まど『ファンタジスタドール・イヴ』。『KNOW』にはあまり好印象を持ってないが、薄いしまあ読んでみようと思ったわけだ。これがアニメのスピン・オフだという知識も無く読み始めたので、空間自体を操作するアイデアとメインキャラクターの世界系ぶりにエライ窮屈な話だなあと思いながら最後まで読んでしまった。いわゆるハードなアイデアと完璧な美少女を作る話が読み手の頭の中で結びつかないまま、プロローグとエピローグだけが何となく分かる。退屈はしないがやはり好きではない。

 帰ってきた量子怪盗ジャン・ル・フランブール、ということでハンヌ・ライアニエミ『複成王子』を読む。第1作には振り回されっぱなしだったけれど、こちらはずいぶんと読みやすく、分かりやすくなった(気がする←弱気)。なんといってもメインの舞台が地球だし、アラビアンナイトで、ドニャザードのそのまた妹が一方のヒロインだもんなあ。酒井さんは、姉にはドゥンヤーザードで妹はタワッドゥドの表記を当てているけれど、これってソークラテースみたいなものかしらん。でも頭の中で発音できないんでイチイチひっかかる。タワッドゥドが活躍するせいか、肝心のミエリちゃんが蚊帳の外で、そこらで暴れといてねという扱いになっているのはかわいそうだな。最後は田舎に帰っちゃうようだし。まあ、目(頭)がチカチカ(クラクラ)するこの手の電脳紙芝居にはついて行けないことが多いのだけれど、訳者あとがきで、ライアニエミがゼラズニイ好きということで酒井さんもこの作品にゼラズニイの影響を感じると云っているから、それが読みやすさ親しみやすさの原因かもしれない。

 その電脳SFの本家アメリカでの最新作がトマス・スウェターリッチ『明日と明日』。コピライトが2014年の全くの新人のデビュー作。何でこんなものが訳されるかというと映画化されるかららしい。
 電脳SFとは書いたが、これはファッションとして都合良く電脳が使われているだけで、SFというよりは近未来ハードボイルド(主人公がちっともハードボイルドじゃないが)探偵ものといったほうがいい。
 裸の女子大生の死体とか残虐な殺され方をした男とか、まあいつものアメリカンエンターテインメントの十八番がセットで出てくるが、主人公の一人称に全く魅力が無く(最後までデクノボー)、脳埋め込みタイプの電脳ガジェットが見せるコマーシャルもつまんないし、取り柄がないように思える。駄作。ミエヴィルの『都市と都市』に似たタイトルでちょっとでも期待した方が悪かった。ま、みんな幽霊(ゴースト)だっていうんならまだ分かるか。


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