岡本家記録(Web版)(読書日記)もご参照ください。一部blog化もされております(あまり意味ないけど)。


 ということで、ここでは上記に書かれていない記録を書くことになります。本編は読書日記なので、
それ以外の雑記関係をこちらにまわしてみることにしました。

 話題のアンソロジイです。9月6日時点でAmazonの順位を見ると203位 ( 本>文学・評論>SF・ホラー・ファンタジー)で、ほぼ同ページ数の『さよならの儀式』(東京創元社)724位よりも売れています。本書の方が1か月遅く発売された分、多少目新しいとはいえ、少なくともAmazonでは人気が上といえるでしょう。外観はほとんど同じ、本書が収録作家数17人/22編に対し、『さよなら…』16人/16編なので、中身がよりお得と見なされたのかもしれません。プロ出版が同人誌に負けているのです。
 あかんではないか

今岡正治編『夏色の想像力』(夏色草原社)

Cover Illustration:加藤直之


 さて、本書の由来を簡単にまとめると、「第52回日本SF大会なつこん記念アンソロジー」とあるように、つくばで開催されたSF大会での企画販売を目的に、ゲスト作家(欠席した作家も含む)の小説を集めた作品集である。大会の他、コミケ、Amazonのマーケットプレイスでも販売されている。書下ろし、単行本未収録作が中心で、エッセイ集でも再録集でもないので、立派なオリジナル・アンソロジイといえる。しかも、原稿料が支払われないから、あくまでも「同人誌」なのだ。少額の報酬を払うくらいなら、無報酬/ポランティアとした方が、人は割り切って参加しやすいといわれる。そういった心理的な盲点を巧妙に突いた編集方針ともいえる。22編も収録されているので、全てを紹介はできないが、

  円城塔「つじつま」:主人公の体の中で、いつまでも生まれてこないまま育っていく息子
  倉田タケシ「あなたは月面に倒れている」:記憶を失い、倒れた宇宙飛行士に語りかける異星人らしき声
  北原尚彦「伝授」:ミュンヘンの冬、少年に重要な鍵となる秘密を教える教授
  山田正紀「お悔やみなされますな晴姫様、と竹拓衆は云った」:秀吉に仕えた時間改変集団チクタク衆の顛末
  宮内悠介「弥生の鯨」: 未来の日本、メタンハイドレートを採取する海女の虜となったわたしが教えられた秘密
  高山羽根子「チャムチャム」:大阪万博の年、21世紀の未来からやってきた女と出会った少年
    (他3篇:「不和 ふろつきゐず」「宇宙の果てまで届いた初めての道具」「ウリミ系男子とロイコガール」)
  堀 晃「再生」:自身が体験した心臓不整脈の手術中に見た、血液内の不思議な映像
  忍澤 勉「筑波の聖ゲオルギウス」:凧揚げに興じる若者と、地中に隠れた宇宙人との出会い
  酉島伝法「金星の蟲」:中小印刷会社に勤める落ちぶれたデザイナーは、周囲の異形化に取り込まれていく
  飛 浩隆「星窓 remixed version」:遠い星系、夏休みの旅行をキャンセルした少年が手にする星が見える窓
  オキシタケヒコ「夢のロボット」:量子コンピュータが再現する子供の落書き、「イージー・エスケープ」 :かつて送り出しポストヒューマンとなった星間移民たちとの再会
  理山貞二「折り紙衛星の伝説」:金星の大気圏で飛行する男の過去の思い出、「百年塚騒動」:放射能を無毒化すると称するバクテリアを巡って、放射性廃棄物を保管する町の塚で起こる騒動
  下永聖高「アオイトリ」:職場の中から、様々なものに魅せられて社員たちや社長までが旅立ってしまう
  藤井太洋「常夏の夜」:近未来、台風禍の残るフィリピンで活動する無人搬送ロボットに起こる異変
  勝山海百合「錘爺」:居眠りの多くなった老人は、ある日蚕のような繭に変化する
  三島浩司「焼きつける夏を」:田舎の山の景色を、昔書かれた絵と同じにしようとする男の執念
  瀬名秀明「キャラメル」:障碍を持つロボット研究者の主人公は、震災を契機にロボットケンイチと出会う

  円城塔(英語版の原型)、酉島伝法(受賞作の前日譚)、飛浩隆(未収録作の修正版)、藤井太洋(得意のテクノスリラー)、瀬名秀明(ロボットシリーズ新作)らは通常と変わりのないレベル。山田正紀、堀晃らも多少崩したアイデアながら、少しも破綻がない。若い世代の作品もハイテンションだ。これだけのメンバーをそろえてしまうと、読む方は一読で小説の出来が比較できてしまう。それが制約になって、プロは手を抜けなくなる。最近はSF大会と作家との関係も悪くない(SF大会主催者/参加者と、読者層との乖離が激しかった時代もあった)。何回も同じ手口は使えないが、多くの賛同者を得る絶好のタイミングでもあったのだろう。しかし、本書を「同人誌」とするのは無理がある。パロディめいてはいるが、著者はもちろん、印刷所、用紙や製本まで、編集者以外は紛れもなくプロ出版なのだ。シム・プロ出版とでも言えばよいのか。

  とはいえ、プロの作家でも、コミケで同人誌を販売する時代になった。文字通り直販のマーケットなのだから、プロ出版の発行部数が減少する中では、同人誌の方が安定した数が出る場合もある。以下は推測を交えた余談となるのだが、同人誌の採算性を検討してみる。
 
  一般的な出版物の場合、売価に占める経費の割合は、20%が印刷製本費用、10%が著者の印税、8%が流通経費、22%が書店のマージンといわれる(細目は本によって異なる)。残りの40%は出版社の取り分だが、ここから返本分が差し引かれる。販売の多寡と関わりなく発生する固定費は印刷費+印税である。印刷費用や執筆費用は販売する前に確定してしまう。一方、取次と書店は出来高払いとなるので、売れた数だけ費用が発生する。これらから、出版社の取り分がゼロ(いわゆる粗利ゼロ)となる販売部数は43%と計算できる。つまり、返本が100%−43%=57%以下ならば損得がなくなる。しかし、これでは会社の人件費など経費が出ない。最近の単行本の場合、返本率は40%といわれる。このとき、出版社の取り分は12%となる(15%とする記述もある)。以上をグラフ化(縦軸が出版社の単価に占める収支、横軸は返本率)すると、


出版の収支


 さて、『夏色の想像力』は、印刷製本所が東京創元社と同じであるという。部数が一定しない同人誌では、印刷費用が割高になる傾向にあるが、今回についてはプロ出版と同じである(印刷部数と関わりなく同額とする)。ここで、絶対値で比較する必要があるため、発行部数を仮に設定する。文庫の発行部数は内容によって大きな差があるが、平均すると14,500部という数字がある(2008年)。そこで、もしプロ出版した場合、ジャンル小説のアンソロジイということで10,000部出すとする。部数により多少変わるとしても、印刷費はこの1万部相当で計算する。同じく、本書の発行部数を2,000部とする(1500部以下では採算が取れない)。さらに全数を売るわけではないが、Amazonのマージン15%を変動費に加える。これで見ると原価率がかなり高くなるものの、内容がプロ出版と遜色なく、部数が少ない分完売が期待できること、その上社員はいない(固定費がない)ことから、20%はそのまま純利益になると期待できる。ちなみにプロ並みの1万部を出して、もし全数売れたら、収支は最大+72%にもなるが、販路を持たない同人誌では不可能だろう。
『夏色の想像力』の収支


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