SFを少し離れて

第3回

菊池誠


 亡くなった佐久間正英さんのことをちょっとだけ書く。親しかったとか、深い付き合いがあったとかいうわけではなくて、実際、お目にかかったのは二度だけで、ネット以外で言葉を交わした時間はたぶん10分かそのくらいだと思う。
 佐久間さんのことはもちろん四人囃子の「ゴールデン・ピクニックス」から知っていて、もっと言うならアルバムが出る前、雑誌にそのレコーディングの様子が掲載された時から知っている。「ゴールデン・ピクニックス」はその前の「一触即発」がブリティッシュ・ロックぽかったのとはうって変わって、ヨーロッパ大陸側のプログレのようなカラッとした空気を醸し出すアルバムだった。その中の「カーニバルがやってくるぞ」は佐久間さんが四人囃子の前にやっていたミスタッチの曲ではなかったかと思う。四人囃子には本当にすごく影響を受けた。再結成後の四人囃子を三度見たと思う。
 とはいっても、正直、佐久間さんのよいファンだったわけではない。四人囃子は大好きだったけれど、プラスチックスはよくわからなかった。プロデュース作品もたくさん知ってはいるものの、僕が聴きたい音楽とはかなりずれていた。ただ、ミック・カーンやビビアン・スーと組んだthe d.e.p.はよいアルバムだと思う。
 「科学と神秘のあいだ」を書いたとき、佐久間さんの言葉を引用した。Boowyを初めて聴いたときはロックと思えなかった、みたいな言葉で、雑誌のインタビューで出たものだったのだけど、掲載誌が見当たらず、うろ覚えのまま紹介した。ひどい話といえばひどい話だ。後に佐久間さんに、こんなことを書いたのですがとメールしたときには、大筋そういう話をしたことはあるので問題ないよと言っていただいた。
 初めてツイッターで声をかけられたときには、アイコンがご本人の写真ではなかったので、誰だか気づかず、改めて名前を見て、仰天した。放射線絡みのコメントを参考にしてくれていたようだった。
 andmo'が高円寺円盤で演奏したとき、わざわざ高円寺まで足を運んで見にきてくれた。まさかと思っていたので、扉が開いて佐久間さんが入ってこられたときにはびっくりした。背が高くて、意外におとなしそうなかたというのが第一印象だった。その日は対バンにゴジラ伝説の井上誠さんがいて、客席にはzabadakのおふたりがいて、そこに佐久間さんまで来られたので、緊張してしまって、かなりめちゃめちゃな演奏をしてしまった。今なら、もっとずっとうまくやれると思うのに。
 それはどれも、佐久間さんが病気を告白される前のことだ。病気を明らかにされてから、一度だけお目にかかった。京都で早川義夫さんとデュオのライブがあったときだ。打ち上げに誘っていただいて、もちろんみんな佐久間さんと話したいから、僕が話せたのは少しの時間だったけれども、それでも話ができた。僕とは似たところがあると言われた。たぶんそうだと思う。難しい話をたくさん教えてもらいたかったのに、とも言われた。みんな、お目にかかれる最後の機会かもしれないと知りながら、いろいろな話をして、記念写真を撮った。みんな楽しそうだった。
 約束していたのにできなかったことがいくつかある。病気がわかる前の約束も、わかってからの約束もあった。直接会わなくても、約束はできるのだ。お願いしていたのにかなわなかったこともある。これは、たぶんかなわないだろうと思いながらお願いしたことだった。急がないならいいですよと快諾していただいたのだけど、もちろん時間がそんなに残っていないのは知っていた。
 あのように、物静かに淡々と目の前の死に向かいあえるというのは、どういうことなのだろう。途方もなくて想像がつかない。そうして、いくつもの強烈な印象を残して、佐久間さんは亡くなった。並んで撮っていただいた写真が一枚だけある。これが、ほんの短い期間に起きた佐久間さんとの出会いと別れのほとんどすべてだ。

 放射線の本をつくっていることは前に書いた。これが、「いちから聞きたい放射線のほんとう - いま知っておきたい22の話」という題で3月の半ばに店頭にならぶ予定。僕と(あの)zabadakの小峰公子さんとの対話に(あの)マンガ家のおかざき真里さんが絵をつけてくれたもの。まずは著者の顔ぶれでちょっと驚いてもらえるとうれしい。
 中身は、すごく基礎的なことから始めて、放射線に関係するさまざまな内容を書いた。対話だから、あっちこっちに話が飛ぶかわり、わからないことは聞き返したりできる。そういう即興性みたいなものをなるべく活かすようにした。もとはチャットなんだけどね。
 もちろん、放射線について知りたい人に読んでもらいたいから書いたのだけど、でも、自分のために書いたという面も大きい。あの震災と原発事故で自分が失ってしまった何かを少しでも取り戻す作業でもあったし、災害と想像力という話へのひとつの回答でもあるかな。ミュージシャンとか演劇人とか、深刻そうに、でもその実は結構軽いのりで放射能災害をテーマにしたりしたけど、たぶんそういうのは徹底的に間違ってるし、SFの想像力だって現実の災害を超えることはできない。そういうことじゃなくて、僕たちには、あるものをあるままに捉えていくことしかできないんだと思う。まあ、なんかそういういろんなもやもやしたものへのささやかな回答になっていればいいな。
 いや、決してそんな硬い本じゃないんだけどね。基本的には楽しい本。それも、とても楽しい本のつもり。科学の本としても放射線の本としてもちょっと他にないようなものができたので、ぜひ読んでみてください。おかざきさんの絵もすごくいいし、表紙も希望を感じさせてすてきだよ。いや、おかざきさんの絵は科学書の範囲を完全に超えてる。
 ちなみに、zabadakのおふたりと知り合ったのは難波さんを通じてなので、まんざらSFと関係ないわけでもない。

 じゃあ、またね。

(2014/03/03)


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