内 輪   第279回

大野万紀


 海の向こうではPS4が発売になった今日この頃ですが、わが家ではようやくWiiを見限って、WiiUを購入。個人的には別にぜひ欲しいと思うハードではないのだけど、ずっとやっているドラクエ10が、Wiiではもう重くて限界。12月にセカンドディスクが出るのを機に、思い切って後継機に代替わりさせたわけです。任天堂もスクエニも、古いマシンのユーザはこれ以上面倒見てくれないようなので。
 そりゃ、Windows版という案もあったけど、Windows版でサクサクと動かすには、WiiUを買う以上の出費が必要でしょ。
 それはともかく、わが家ではまだWindowsXP機が現役なのですが、来年4月でサポート停止。さてどうしたものかと思案中です。7でも8.1でもいいのだが、遙か昔から使ってきた、手になじんだソフトを含め、全部再構築しないといけないのが頭の痛いところ。7ならまだ勝手がわかるけど、8.1じゃ動かないソフトがいっぱいありそう。やれやれ。

 それでは、この一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『臨機巧緻のディープ・ブルー』 小川一水 朝日ノベルズ
 朝日新聞出版の朝日ノベルズというのは昔のソノラマですね。というわけで、一応ラノベに分類されるのだろうと思う。キャラクターの雰囲気や話っぷりも確かにラノベっぽい感じがする。もっとも、作者のハヤカワから出ている作品にも、部分的には同じ雰囲気があるので、あまりそこにこだわる必要はないのだろう。
 「臨機巧緻」って難しい言葉だな。臨機応変に巧みで細やかな対応をするということか。
 ディープ・ブルーは人魚型異星人の住む海惑星に、人類がつけた名前だ(現地の名前はヒヤヤンディ)。
 人類が恒星間に進出した未来。「知識を得る」ことを最大の目的とする人類のダーウィン艦隊(艦隊だけど、明らかに宇宙船ビーグル号の仲間だね)が到達した、カラスウリ星系には、水に覆われた青い星、ディープ・ブルーがあった。しかし、その付近には、猛禽型の好戦的な異星人、バチス・シュワスフィン族の宇宙艦隊が展開しており、ディープ・ブルーの人魚型異星人ルイタリ人を支配下におこうとしていた。領土拡張より知識の増大が目的の地球艦隊だが、場合によっては交戦も辞さない。そんな緊迫した雰囲気の中、ダーウィン艦隊にカメラマンとして同乗していた石塚旅人は、人工知能ポーシャを宿す愛用のカメラと共に、単独行動でディープ・ブルーへ渡り、ルイタリ人の聞耳という特殊能力を持つ少女、ヨルヒアと出会う……。
 種族を越えた恋あり、宇宙戦闘あり、権謀術策ありで、まあ現代スペースオペラといえるだろう。何よりの特長は、みんな積極的で、前向きで、明るくて、調子よくやっていれば何となくうまくいくという、ハッピーで楽しい雰囲気だ。かなり深刻な事態もあるのだが、あまり気にしない。これ、昭和の年寄りとしては、スーダラ・スペースオペラと呼びたい誘惑にかられる。ラノベ系のスペースオペラには結構こんな雰囲気の作品があるような。
 マンガ的ですごくファンタジーではあるけれど、楽しく読めて気分が高揚する。面白かったし、それ以上言うこと無し。

『小惑星2162DSの謎』 林譲治 岩崎書店
 ジュヴィナイルSF〈21世紀空想科学小説〉シリーズの一冊。しかしこのシリーズは書店ではどこも売っておらず、Amazonで買うしかなかった。
 本書はジュヴィナイルだから短いが、内容的には大人向きの本格的なハードSFである。
 太陽系のはずれ、カイパーベルトで発見された小惑星2162DSは、直径10kmほどのほぼ球形の小惑星だった。その探査に向かった宇宙船トーチウッドの乗員トワと人工知能のアイリーン、そして宇宙船の機械頭脳であるワトソンは、この小惑星が異常な存在であることを知る。こんな小さな惑星なのに、地下に熱源があり、微生物が生息しているのだ。
 ストーリーはその謎を調査する彼らの作業の詳細と、そこで起こる重大事故、そして驚くべき(科学的な)真相へと進んでいく。人工知能、宇宙空間での作業における力学、小惑星の物性、極限環境での生物進化、といった科学的なテーマが、子ども向けという制約なしに、リアルにハードに、淡々と描かれている。
 重要な内容がわりとあっさりと書かれているので、うっかりすると読み飛ばしそうになるが、内容はとても濃い。アイリーンのように、人間と同様に会話する、意識をもった人工知能は、コピーすることができないという指摘など、さらりと書かれているが、あっと思う。
 人間と、人間的な人工知能と、そして機械頭脳との違いについて書かれたところも、とても面白かった。
 ところで、本書の内容は、『日本SF短篇50』に収録された「重力の使命」とかなりかぶっているのだが、リライトなのだろうか。

『日本SF短篇50 5』 日本SF作家クラブ編 ハヤカワ文庫JA
 最終巻。2003年から2012年までの10年間、林譲治から瀨名秀明までの10編が収録されている。
 さすがに既読の作品が多いのだが、この巻は特に傑作ぞろい。ただ冲方丁「日本改暦事情」は『天地明察』の原型短篇で、読み応えのある傑作には違いないが、SFでもファンタジーでもない歴史小説だ。
 林譲治「重力の使命」は、先頃のジュヴィナイル『小惑星2162DSの謎』の原型のように見える短篇だが、内容は少し異なっており、これもハードSFとして面白い。
 高野史緒「ヴェネツィアの恋人」はホラーかファンタジーのように見えて、実に本格SFだという作品。
 そして上田早夕里「魚舟・獣舟」は何度読んでもすごい傑作。発展形の長編『華竜の宮』よりもテーマがコンパクトに絞られているだけ、より印象的だ。
 伊藤計劃「The Indifference Engine」ももちろん傑作。ただ、民族間の敵意は顔立ちよりも、言葉や宗教、文化の方が大きいと思える。この措置は、そんな違いもわからなくするものなのだろうか。
 小川一水「白鳥熱の朝に」もリアルで哀しくて、それでも前向きな傑作。作者のこういう路線も真摯な態度が好ましくて、好きだ。
 飛浩隆「自生の夢」は書かれて4年のうちに、ネットを取り巻く環境や、そこに溢れるコトバに人々が動かされる様子が、よりリアルになったと思える。
 山本弘「オルダーセンの世界」は、人々の信じる心が神様を存在させるように、集団幻想が世界を存在させるという話だが、そんな世界の間を自由に行き交う人間がいることは、小説としては面白いが、それはかなり危ういバランスの上に成り立っているように思える。
 宮内悠介「人間の王」は『盤上の夜』に収録されたチェッカーのチャンピオンの話だが、まるでノンフィクションのように読め、しかも紛れもなくSFであるという傑作である。
 最後の瀨名秀明「きみに読む物語」はまた問題作で、共感の数値化や、そこから現れる未来の倫理問題(普通の人々の集合的な心が世界を作り上げるという意味では、山本弘の作品ともつながる)、またSFが描き得るものといったテーマは面白く、読み応えがある。けれど、ここで描かれる「SFファン」というものに向けてのひどく挑発的な敵意は、これがSFマガジンに掲載されたということを考えればそれなりにアイロニーとして読めるのだけれど、もやもやした、どうにもやりきれない気持ちが残る。

『金色機械』 恒川光太郎 文藝春秋
 豊穣な物語である。江戸時代のとある地方を舞台にしたファンタジー。いや、遙か昔に宇宙から遭難してきた人々と、彼らに仕える金色機械が、人知れず山奥に隠れ住んでいるという、これはよくあるタイプのSFだともいえる。
 だが、そういう古くから親しまれたSFのイメージャリーも含め、ここには様々な大衆小説の、ロマンに溢れた魅力が満ちている。
 山奥の豪華な〈鬼御殿〉を拠点に、封建秩序に反抗する自由で剛胆な山賊たち、凄腕で正義感にあふれる役人らしからぬ同心、逞しさと優しさを併せ持ち、女たちにも慕われている岡場所の大旦那……。
 そして強く美しい女たち――色っぽい美女や、戦闘美少女のような強さとしたたかさを持つ女たち、一族の秘密を知り、意志と知略によってそのしきたりを破り、戦ってそれを自分のものとする少女、密やかな超能力を持ち、一人で悪に立ち向かおうとする美女……。
 そして彼ら、彼女らと関わり合う、謎の〈金色様〉。「月から来た」一族の、様々な知識と力……。
 少し山田風太郎を思わせる、ロマンティックな時代ものエンターテインメントの魅力をすべて取り込んだかのような、そんな物語の豊かさがある。物語を読む楽しさがある。
 もっとも、前半のわくわくする感じが、半ばでややペースダウンしてだれ気味になるのと、特に女たちが(魅力的ではあるが)みんな同じように見えてしまうというのは、残念な点だといえるだろう。
 それにしても〈金色様〉がいい。こちらを主軸に見ると全くのSFなのだが、あくまで周りの人々の観点から見ることになるので、確かに変わった生き神様だといえる。怖いだけじゃなくて、ちょっととぼけたところがあるし、とても魅力的。どこかで著者自身が書いていたけど、これはほとんどC-3POだな。

『ブラインドサイト』 ピーター・ワッツ 創元SF文庫
 とてもハードなファースト・コンタクトSFであり、また認知科学的な観点から知性と意識の問題を扱った本格SFである。
 突然地球を包囲した65536個(2の16乗)の流星は、異星からの探査機だった。太陽系外縁に現れる謎の信号源、バーンズ=コールフィールド彗星。だが無人探査機が向かうと、彗星は消滅し、そして遙か太陽系の外縁、木星の十倍の質量を持つ巨大惑星の周りに、エーリアンの超巨大構造物が発見される。
 調査の使命を帯びて、人類の宇宙船〈テーセウス〉が向かう。巨大構造物は自ら〈ロールシャッハ〉と名乗り、ファースト・コンタクトが始まるのだが、それは想像を絶するものだった。
 まさに本格的なハードSF。なのだけど……特に前半、これがかなり読みにくい難物なのである。それは聞き慣れない用語や概念が説明なく出てくるということもあるけれど、むしろ登場人物たちがほとんどみんな、通常の感情移入を拒否するような特殊な人間ばかりだからだ。
 ファースト・コンタクト相手の異星人にしても、全く人間的ではなく(それなのにちゃんと言葉をしゃべる)、ある意味ソラリスの海みたいで、ひどく異質な存在である。人間の言葉を話しているにもかかわらず、そこには実質的な意味がなく、翻訳が不能で、共感も成立しない。
 人間側にしたところで、語り手は脳の半分を失って特殊な観察能力を得たが、人と人との日常的な共感能力を失った男(小説中に、彼の痛い過去の話がからんでくる)。
 そして指揮官は文字通りの吸血鬼で、その他も四重人格の言語学者に、ほとんどサイボーグのような生物学者、そして平和主義者の軍人とくる。かろうじて人間らしさがあるのは、軍人だけだ。まあ言語学者も、人格の一人一人には人間らしさがあるといってもいいのだが。
 極めつきは超天才でかつ人間ではない吸血鬼。ちなみに、(よく考えられてはいるが)この吸血鬼の設定と主人公の過去話は、話をややこしくするばかりで不要だという水鏡子の意見には、ぼくも賛成だ。
 本書の大半は、深宇宙での人類とエーリアンの、命がけの激しい戦いも含む、わかりにくいコミュニケーションの物語が占めている。ほとんどホラーのような雰囲気で、何が起こっているのかもよくわからないまま、すごい迫力で事態が進んでいく。
 その一方で、「知性に自意識は(そして共感も)必要ない」という本書の大きなテーマが語られる。とても興味深く、刺激的な概念が描かれているにも関わらず、ストーリーがどんどん進むので、立ち止まって考える余裕がない。おそらく、読み終わってから、作者の長い、参考文献がいっぱいの後書き(これが抜群に面白い)を読むことで、あらためてそのすごさを感じることになるのだろう。ヒューゴー賞、キャンベル賞、ローカス賞など5賞の候補となったのに、結局受賞を逸したのは、そんなところにも理由があるのではないだろうか。
 しかし、本書に寄せられたテッド・チャンの特別解説にもあるように、本書は紛れもなく現代SFの到達点の一つだといえる。なお、中国語の部屋にしろ、哲学的ゾンビにしろ、ぼくの考えはテッド・チャンに近く、そこに自意識はないということにあまり深い意味は感じられない。どこまでを対象と捉えるかという問題はあるにせよ、相手が意識を持つ存在と同じようにふるまい、そこに共感(のようなもの)を感じることができるなら、その相手が自意識を持っていると考えても、何ら問題はないだろうと思うのだ。

『雀蜂』 貴志祐介 角川ホラー文庫
 貴志祐介の新刊は、角川ホラー文庫の書き下ろしで、著者の作品としてはとても短い。
 登場人物もほぼ一人、小説家で、雪の山荘にスズメバチの群れと閉じ込められ、あと1回刺されたら、アナフィラキシー・ショックで死んでしまうという、サスペンス小説だ。
 なぜそんなことになったのか、実は彼の妻が浮気相手の昆虫学者と仕組んだ罠であり、彼を殺害しようともくろまれた犯罪だということらしい。
 しかし、どうしてそんな手の込んだことをするのか。その謎は最後に、驚くべきどんでん返しとして解かれるのだが、本書の中心は、むしろそういうミステリとしてよりも、ひたすら凶暴なスズメバチの群れと闘い、生き残ろうとするサバイバルの部分にあるといえる。
 とはいえ、いくら凶暴とはいっても相手はスズメバチ。刺されたらアレルギーで死んでしまう可能性が高いとはいっても、怪物や殺人狂に襲われているわけではない。恐怖感よりも、主人公の必死さと、状況の不可解さ、やっていることの、いくぶん場違いに思えるアンバランスさと、ブラックなユーモア感覚。そういうものが前面に出てきている。
 作者にすれば思いっきり余裕で書かれたような作品だ。意表を突くどんでん返しもあるし、面白く読めたのだけれど、物足りなさも残った作品である。


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