ウィアード・インヴェンション〜戦前期海外SF流入小史〜069

フヂモト・ナオキ


ロシア編(その十一) ワシリー・エロシェンコ「恩寵の濫費」

 エロシェンコ Василий Яковлевич Ерошенко(1890〜1952)といえば中村彝が、その肖像画を描いた人。目が不自由だった。以上。ということで、何をやった人か良く把握してなかったんやが、ロシア人でエで始まって日本に来た人ということからすれば、エリセーエフとほぼ同じとみて間違いないはず。目が見えないのにハーバート大学教授か、偉いな。←大間違い。

 日本語で創作したロシア作家って、そんなにはいないと思うが、エロシェンコはその一人。それを海外SF流入小史の枠に持って来てよいのか、非常に怪しいとこだが、そこは気にしない。

 臼井吉見『安曇野 第三部』に次の通りエロシェンコが、子供に「かせいの国のお話」をする場面がある。

「「かせいの国?」子供たちが不審がるのを、「そうです、火星の国のお話です」」

 おおっ、SFじゃSFじゃ。←いや、おとぎ話だろっ。

 しかし、

 「語り終えるのを待っていたように、「その話面白くないわね。エロさんの話いつも理窟ぽくて」千香子だった。「それに皮肉で、意地がわるくて」そう応じたのは安雄であった。」

 と、いきなり潰しにかかってます。気を使えよっ。褒めて伸ばせば立派なSF作家になっていたはず。千香子ちゃんだの安雄君だのではなく、そこはキャンベル君に話せばきっと適切なアドバイスが…。

 さて、この臼井吉見の記述の基になっているのは間違いなく<我等>1920年10月号に発表され、作品集『夜明け前の歌』1921年にも収録された「恩寵の濫費」。

 「ついこないだ、火星の上ではそれは大変な大騒ぎが起りました。誰も知つてゐるとほり、火星の国民は私達地球の国民よりもズツト年老です。地球よりはズツト早くから文明が起つてゐたし、人類も十分に発達しておとなしく、それで又大変にデモクラチツクでありました。ところが近頃ではあすこでも、社会問題だの労働問題だの、ドエライ騒ぎが起つて居ります。」
 「ある一人の科学者が、何時と知らず一の伝説を見つけ出しました。その伝説によれば、火星にはズツと以前そこを支配してゐた一人の神様がありました。」

 おおっ、伝説の旧支配者だよ。でも、いきなり話が神様視点になって、なんか火星が騒がしいから、住民代表を召喚して査問、神々の遺したテクノロジーは斜め上な使われ方をしていて、なっとら〜ん。というところから、もうどんどん寓話化してがっくし。いや、惜しい。SF書けば、きっとあこがれの神近市子ねーさんも、認めてくれたはずだぞ。←何を根拠に。

 「(高杉一郎の「盲目の詩人エロシェンコ」に)エロシェンコが私に恋愛感情を抱いていたことが、いろいろの場面に出て来るらしい…正直なところ、私はエロシェンコを恋愛の対象として考えたことは一度もなかった。私の愛情は弟へのいたわりに似たもので、これは弱い者幼い者に対する時に何時でも湧き出す私の抑えがたい感情である」(神近市子「しめやかな宵―エロシェンコの思い出」<みすず> 1959年10月)なんていわれてる…。

 神近市子はヘンな怪奇小説を訳してたりするんで気になってるんやが、ほんと妙なものを読んでいるんだよねえ。
 この間、神近のエッセイ「マストドンの立像」を読んだら、こんな挿話が出てくる小説を読んだよ、って紹介していて、シベリアの氷原から太古のマストドンを研究資料として掘り出してペトログラードに運ぶことになった、でも、途中で狼の群れに襲撃されて、だんだん食われて到着するころには骨だけに…。って、何そのシベリア版『老人と海』。もちろん年代的にパクったとすればヘミングウェイの方やが。
 これはエルネスト・プールの新著とだけ紹介されているけど、Danger by Ernest Poole やろね。


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