ウィアード・インヴェンション〜戦前期海外SF流入小史〜066

フヂモト・ナオキ


ロシア編(その九) アレクセイ・トルストイ/広尾猛訳『技師ガーリン』ГИПЕРБОЛОИД ИНЖЕНЕРА ГАРИНА

 「トルストイといえば。」「ガーリンです、礼。」「…………。」だから The Garin death ray なんだってば。

 いや、トルストイといえばレフなのかA・KなのかA・Nなのか、何がなんだかな気がするわけで、なるべく近づきたくないわけですが、まあ、大体の人は、とりあえず英訳版 The Garin death ray 買っちゃうかと。で、それが部屋のどこかに埋まって早幾年。いや、だいたい一瞬で埋まるんですが「です、礼」は年季の入った埋まり方をしてると思う。

 何故、放置されるかといえば、邦訳アレクセイ・トルストイ АЛЕКСЕЙ ТОЛСТОЙ(1883〜1945)を調べていくとすぐ突きあたる中村白葉問題。
 「五人同盟」が1933年のビエラ彗星をめぐる物語だってんでその年に白葉が訳したって言ってるんだよね。
 「世界に恐怖週間を現然し、そのどさくさまぎれに世界の富を一手に掌握しようといふ五人の資本家の大陰謀を書いたもので、一種の未来記、科学小説として面白い。殊に今年がその年に当つてゐるのだから、その点に興味を惹かれて訳して見たが、作者が作の冒頭に「この短篇に於ける一切の天文学的及び物理学的資料は一九三三年に於けるビエラ彗星の通過をも含んで、完全に事実と合致するものである。」と附記してゐるだけに、精細な天空描写が僕ら素人には珍らしくて中々興味が深い。」
 で、天文学の知識が乏しいから、って野尻抱影にチェックしてもらったら「ウェルズを読むやうに面白かつた、天文学的にも正確だ」とコメントされたとか。
 それってどこに出したんや中村白葉。ぼやぼやしてるうちに1934年が来てお蔵入りなの? いや、どっかに出てそうなもんやが。
 その内わかるかと、先へ先へと放置してきたんやが、さすがにここで、いったんあきらめてみることに。

 中村白葉といえば明治以来の日記が残ってるらしいんで、それにヒントがありそうな気がするが、御子孫が大事にされていておいそれとは見られなさそう。
 知ってる人は知ってると思うが、SFの偉い人ではない方の中村融が義理の息子として中村家を継いだあと、その次の代の人は東大でイタリア美術の研究をしたけど新日鉄入り、同社でヨーロッパ方面の事業を担当、って接点ゼロ。←まあ、だいたいそーゆもんですが。
 東大でイタリア美術といえばO先生なんやが、年代がかなり離れていそうな気がするので、ツテがあるかとか聞いてみたことはない。
 誰か白葉日記を読む機会がおありの方は是非、1933年下半期分をチェックしといて下さい。

 『技師ガーリン』はガーリンさんが、双曲面を使った絶大な集光技術を実現、レーザー兵器みたいなもんを作り出してしまう話。
 兵器としても利用するんですが、主眼は掘削機として地殻を掘り抜き、地底から融解している金を取り出すプロジェクト。
 こいつでもって世界システムをひっくりかえして地上に君臨という、なんかまわりくどくて、そんな体制、安定的に続く見通し立つかぁ、というお話。

 <文学時代>の「埋れた宝隠された宝を語る座談会」では井東憲が「宝を発堀するといふことをプロレタリア意識で科学的に書かれた本では、ア・トルストイの『技師ガーリン』がある。あれなんか可成り面白い本ですね。帝国主義的の宝探しでなく、プロレタリア的の宝探しですね。」などと発言。た、宝探し小説だっけ?

 <ナップ>掲載の柾不二夫の新刊評「『技師ガーリン』を読む」では「この作はエーレンブルクの『欧州の滅亡』よりも、構想、イデオロギー、科学性、大衆性、テクニクにおいて数等優つてゐる。この種の作品の陥りやすい、無意識な神秘化、誇張それに深刻らしさは殆んど見られず、しかも終始興味をもつて読了させる腕は非凡である。」なんて書いてあるけれど、アクション・シーンの描写はともかく、全体の完成度はエレンブルグより数段落ちる気がする。

 いや、悪くはないのでぜひ国会図書館の電子化本をどうぞ。

 今見ると、国会図書館のを読んで気に入ったとのことで、電子版の復刻本を作る気になっている人がおられる模様。ぜひがんばって下さい。


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