岡本家記録(Web版)(読書日記)もご参照ください。一部blog化もされております(あまり意味ないけど)。


 ということで、ここでは上記に書かれていない記録を書くことになります。本編は読書日記なので、
それ以外の雑記関係をこちらにまわしてみることにしました。

 5年使ったパソコンのマザーボードが不調、毎週一日誤差を出すRTC(クロック)くらいならともかく、たびたびDVI(ディスプレイ)が出力されないのでは使えません。買い替えはもったいないので、マザー+メモリのみをリプレースします。AMD Athron64x2から最新のA10(Trinity)系で最安のCPU A4-5300に、マザーはASUSソケットAM2から(IDE/PATAもフロッピーインターフェースもない)最安のGigabyte FM2へ、メモリはDDR2 4Gから最安のDDR3 8Gに変わります。なんだ、ディスクとケース以外は、結局ほとんど交換したことに。過去のコストから50%ダウンを狙ったので、性能は控えめに50%アップでしょうか(性能が上がっても安くなるデフレスパイラルのため、今期もAMDは赤字です)。Windows7世代では、これだけ丸替えしてもOSの再インストールは必要なく、自動認識するので便利です(MSが保証している方法ではありません)。

 まあ、それはさておき、

チャチャヤング2012 チャチャヤング1971

 先ごろ亡くなった藤本義一と、眉村卓は同世代の作家。半世紀のキャリアを経てきました。眉村さんは来年にデビュー50周年(79歳)を迎えることから、オフィシャルには出版芸術社で選集の出版が進んでいます。しかし、アンオフィシャルな歴史で、チャチャヤング復刊という有志が計画している企画もあります。大阪MBSラジオのチャチャヤング(チャチャ・ヤング)が放送開始されたのは、眉村さんが37歳の1971年(1972年終了)のこと。評者が昔書いた紹介分から引用すると、

 「大阪の毎日放送で放送されていた、深夜ラジオ番組「チャチャ・ヤング」(毎日深夜1:30〜5:00放送)では、高石ともや、谷村新司らとともに眉村卓(金曜日担当)が番組を担当していた。ピンクフロイド一気オンエアなど、特徴があったが、何といっても、深夜3時過ぎ頃のショート・ショートコンテストが圧巻。大変な人気があり、番組で作ったパンフレット形式の作品集は、4,000部があっというまに捌けてしまったという。投稿者は受験生が中心で、後になるほどレベルが上がっていった…」

 ここで書かれているパンフレットが、上右にある黄色(第1集)と赤(第2集)の小冊子です。本文はタイプ印刷(和文タイプライタで印字したもので、謄写輪転機印刷と思われる。オフセット印刷が一般化する前の時代)で14ページ(9作収録)、24ページ(12作収録)しかありません。ラジオ番組なので、読み上げることが前提のためそもそも短かったのでしょう。この冊子には常連投稿者の、S・A、大熊宏俊、雫石鉄也、和田宜久らの名前が載っています。元祖チャチャヤングでは、焦燥感/閉塞感、抑圧された願望、未成年なりの社会に対する問題意識、プラトニックな恋等々、これらが渾然となって凝集され、独特の掌篇になっていました。

 さて、新たにデビュー50周年記念号を出すに当たり、準備号として出たのが上左にある「チャチャヤング・ショートショート・マガジン」です(大熊宏俊編集。10月に出たが、奥付は2012/11/1)。紙型はオリジナルパンフレットと同じ、紙質やフォントもタイプ印刷風で、かつての雰囲気を良く出しています。内容は78ページ(15編収録)もあり、普通の同人誌並みの規模になりました。投稿者も昔の名前で出ています(登場順に、和田宜久/S・A/西秋生/小川圭太/雫石鉄也/高井信/大熊宏俊/董はるか/服部誕)。ここで、S・Aは深田亨名義、和田宜久(ミステリ作家 竹本健治とは同郷)は海野久美名義で創作を続けています。西秋生高井信(当時はリスナーでもなかった*)の名前も見られます。
 (*:当初リスナーと記載しましたが訂正します)

 とはいえ、オリジナルが出て40年が経過しているため、さすがに作品の中身まで同じテイストというわけにはいきません。本書に収録された作品では、願望は既に過去にあり、プラトニックさはどこかエロティックな肉感を伴い、未知のものへの怖れは、既知でどこか醒めた思いに取って代わられているようです。そもそも高校生だった作者は、もう還暦前後の熟年世代なので、遠い未来よりも記憶の再演といったテーマが多くなります。今回は準備号で一般には販売されず、読みたくても部数が限られます。(たぶん)刷数が増える来年の正規版では、その辺りの捻りが読みどころになるでしょう。

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