ウィアード・インヴェンション〜戦前期海外SF流入小史〜059

フヂモト・ナオキ


フランス編(その二十七) カミーユ・フラマリオン「世界の終局」La fin du monde

 カミーユ・フラマリオン Camille Flammarion(1842〜1925)については、こちらに簡潔にまとめられており、徳富蘆花による「世界の末日」およびその典拠となった「The Last Days of the Earth 」の翻刻もあって、あまりつけくわえるべきこともないわけですが、最近のデジタル化状況を反映させると
 世界の終わり
 [英訳] Omega: the Last Days of the Worldはインターネット・アーカイブに
 [邦訳] 此世は如何にして終るか :: 高瀬毅[訳] :: 改造社 1923に国会図書館に
データがのっかってます。

 Omegaは、コスモポリタンの1893年4〜8月に英訳が連載されたので、それを読んだ日本人は結構いたのでは。
 で、多分そこからの翻訳が、1894年1月からの右文社の雑誌<少年子>での連載「学術小説|世界の終局」。目次にはキヤミリ、フラムマリアン氏原作とあり。
 第一回が彗星の発現、翌月第二回終局説の衝突と連載されたところで、あっさり力つきて中絶。4月号に「社告 ○『世界の終局』は到底完載することを得ざるに就き他日一冊に纏めて発刊せんとす」と書いたままうやむやに。
 右文社といえば、ほぼ内田魯庵が変名で書いた『文学者となる法』の版元としてのみ知られている気がするが、SFの人にすれば「ニッケル文庫」を出してたとこ、のはず。

 ネットを検索するとコバルト文庫があるのになんでニッケル文庫はないんだろう、みたいな文章がひっかかるんだが、ニッケル文庫の方がはるかに由緒正しい名前なんですけど。だいたいコバルトと対になる言葉はニッケルじゃなくて、水銀・カドミウムのはず。

 ともかくダイム・ノヴェルと同じように、コイン一枚で買える(ニッケル貨一枚で)みたいなネーミングで、時代を下がると十銭文庫とか、そーゆーネーミングなわけである。いや、本にはそのうちシルバー文庫やらゴールド文庫やらコッパー文庫まで手を広げるぜっ、とか書いてありますが。

 当初のラインナップは以下

1大冒険 2ポンチ絵咄 3学術未来記 4隣世界 5狂言記 6湖処子詩集 7矧川先生詩集 8化物太平記 9未定 10戯作者列伝 11俳文軌範 12戯文軌範

 一方現物だと

1『少年小説|大冒険』 2『湖處子詩集』 3『狂言記 上巻』 4『ポンチ絵ばなし 第2編』が確認できるだけで、後は未刊に終わったのではないかと推測される。ポンチ絵ばなし、いきなり第二編って、何。って感じだが第一編はニッケル文庫シリーズではなく独立して出ていて二編から文庫レーベルで出しはじめたってことみたい。
 で、SFな人が注目してるのが3巻目に予定されていた『学術未来記』。これがヴェルヌの「2889年」なのは明らかなので。『少年小説|大冒険』の巻末に入っている広告だとこっちが第一編になってたりしますよ。

少年子記者 玄々子訳
ニツケル文庫第一編 一千年大進歩 学術未来記
全一冊 七十二頁 石版画入
本書は彼の有名なる学術小説の大家、ジユール、ヴヱル子氏の原著に係る、氏の学術小説界に於ける令名、知る人は知る、何ぞ吾輩の喋々するを俟ん、聞説、本書の初て世に出る、英、米、独、墺、の学術雑誌争ふて之を訳載せりと、以て本書が如何に世界の大衆に由て歓迎せられたるの傑作なるかを想像するに足る
全編の趣向を摘録すれば、一千年の前に在て遠く一千年後に於ける学術大進歩の活世界を映像せるに在り、其趣向の巧妙なる、奇想天外より落るの慨あり、電写機の発明は紐育に在て遠く巴里の幻影を映し、医術の大進歩は遂に人間の活体を其儘数百年の後まで保存し得るの大発明を成し逐ぐる等、詳に云へば理学の原則上より、技術の進歩上より、発明の工夫上より帰納し更に演繹したる者にして、奇々、妙々、快絶、痛絶、其妙味殆んど他に其類を見ざる処なり、今玄々子流暢の筆を以て細密に之を訳出す、吾輩は知る、本書が少年文壇上に一大輝彩を放んことを

 さて、どっかで形を変えて出版されてるんでしょうか。というか本になる前に、新聞か雑誌かに出てたりしないのかねえ。「2889年」は明治時代に二種類訳が確認されてるんだが、それとは別の訳だよな。

 さて、Jules Verne Pageのフラマリオン紹介に出ていないところで、拾っておきたいのが小田律訳「或る天文学者の夢」<日本読書協会会報>52号:1925年2月15日。E.E. Fournier d'Albe による英訳 Dreams of an astronomer(1923)の訳であるが、1925年なんでフラマリオン追悼企画なのかと思ったら、死去する半年ぐらい前の話ですな。なんか幻想風味をまじえた科学解説書といった趣で、対照してませんが、ページ数からいって抄訳かと。元のReves etoiles が『星空遍路』として邦訳されるのに先立って、英訳版からの重訳があった、ってことね。
 英語経由でのフラマリオン受容だと、あと稲垣足穂をきっちりおさえとかないといけないらしいんだが、すんません、きっちりしてないんで略。木下樹親「セリーヌのフラマリオン受容」の注あたりから追っかけてみて下さい。

 ところで奥村功さんという方が西園寺公望の旧蔵洋書の調査報告「西園寺公望のフランス語蔵書」「西園寺公望のフランス語蔵書その2」を発表されていて、なかなか面白い。

「西園寺には天文への興味もあったようだが,フランス書でそれを示すのがカミーユ・フラマリオンの『星と天空のふしぎ』。もちろん,大衆的の解説書である。ひとの骨相や表情にも関心があったようで,(刊行年は不詳だが)『骨相学概説』,A.ジロデ『表情としぐさ』などがみられる。」などというくだりが。
 フラマリオンはLes etoiles et les curiosites du ciel ですな。しかし骨相学と並べて紹介する奥村さんもなかなか、フラマリオンといえば疑似科学でしょ、って一般的な発想なんでしょうか。とりあえず身体論とかの人には、是非、西園寺が骨相学にはまってたのかどうか、そこいらを追及していただきたい。
 SFの人には、あと「アナトール・フランスの『ペンギンの島』も皮肉な筆致が気に入ったであろう」ってとこと「ダンリ大尉著『黄色人種の侵入』という表題の,小説仕立ての奇妙な連作。」のくだりが重要。
 後者は黄禍論関連書ということでくくって紹介されてますが、西園寺公望がダンリ大尉を読んどったんか〜。


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