続・サンタロガ・バリア  (第116回)
津田文夫


 今年の2月は29日まである、ということはオリンピック&アメリカ大統領選挙だけれど、どうでも良いか、な感じの今日この頃。

 2月に入ってYouTubeにスーパー男の娘ギタリスト、肉まんギター・メタル姫・まくまくの3人が揃って新作をアップ。メタル姫がヴァン・ヘイレンを弾いて絶好調、まくまくも好調で何よりだけど、肉まんはこのところ正確さをメインにしているのであまり面白くない。ベースはなちゅきがソロで新作をアップ。LENETHトリオは素晴らしいのにアクセスが1000もないのは何故だろう。はるちんベースも新作上げてた。くねくね姫は引退状態で淋しい。最初の衝撃だったメタル姫、肉まん、くねくね姫にまくまく、なちゅき、はるちんが加わったけれど、それからはピンとくるヒトがいない。ダンスロイドでもこずえ、いくら、ミンカの初代を超える魅力を感じられるヒトがいない。こういうのはやはり刷り込み効果なんだろうか。それにしてもわれながらよく飽きないなあ。

 結局5週間も抱え込んでいたトマス・ピンチョン『逆光』は、推定60代後半の作家のべらぼうな遊びに付き合わされたようなものだった。面白いエピソード満載な作品なことは確かだし、なんどか笑えることも確かだ。プロローグとエピローグは世界的秘密組織「偶然の仲間」に属するクルーたちが操る飛行船「不都号」の話で、これは19世紀末から20世紀初頭に流行したはずの続き物の少年冒険譚と云う設定だ。この冒険譚は、途中でも何回か顔を出すし、ときにはメイン・ストーリー的な扱いもされて、そのエピソードは物語として印刷されて知られていると断りが入る。本来リアルな作品世界を読み物SFでかき混ぜることで、メタ・フィクションの大枠を作り上げている。残念ながらその冒険物語はプロローグからノリが悪く、ページを繰る手をペースダウンさせる一因となっている。それとページを捲る度に出会う微妙に外した訳注が余計に読むスピードを落とさせるのだった。そういえば、ピンチョンは『V.』から『ヴァイン・ランド』まで出る度に買ってはいるが、どれも最初だけ読んで投げ出している。例外はあの薄いヤツだけだった。ということは、相性が悪いのか、ピンチョン。それにしても延ばしにのばした仇討ちの相手である親玉の死ぬシーンがああもあっさり片付けられてしまうとは、さすがピンチョン。だけど暗殺された無政府主義爆弾魔の遺児たちの延々と続く仇討ちの段取りに付き合わされた読者は何なのよ。ま、女たちがかわいくて強いからいいけど。

 ということでダラダラと『逆光』を読んでいる間に読み終わった本も何冊かある。

 芥川賞受賞で緊急出版された円城塔『道化師の蝶』は読みやすさではこれまでの中でトップを争う出来。とはいえ何の仕掛けも読み解けないボケ頭では面白いやんか、という以外に大した感想もなく、作品を読んだ後、大森望をはじめ、いろいろなところで全5章の組立が論じられているのを知って、それらの解説から「へーっ、そうだったのか」と教えて貰ったことは秘密だ。ま、タイトルからして様々な軽さを目指して工夫された物語であることは間違いないので、「これはペンです」のような威嚇は感じないで済む。おそらくこれまでの円城塔作品のなかで一番まともな「小説」を擬態した作品だろう。併録の「松ノ枝の記」は物語を書くことの謎をめぐって、ちょっとした叙情性を醸した1作。なんとなく瀬名秀明を思わせる。このタイトルはかなり怪しい。

 若島正『乱視読者のSF講義』はほとんどの文章が再読だけれど、十分に面白い。きちんと作品を読めるというのは凄いことだなあとあらためて感心する。ここで採りあげられた作品は未訳のもの以外はほとんど読んだことのあるものばかりなのに、どれもディテールは勿論あらすじさえ忘れてしまっているんだから、よけい新鮮に感じる。そのうえここに収録された文章自体、そのほとんどを数年前に読んでいるにもかかわらず、またもや感心するに至っては驚くのも情けない。ますます老人力が増してるなあ。

 1月から2月にかけてはこれといったSFの新作もなかったので、積ん読の中から何冊か読んだ。

 都筑道夫『都筑道夫ポケミス全解説』は廉価で買ったフリースタイル社出版本の最後の1冊。これはタイトル通りの内容で、もともとミステリには縁遠い人間が読むものではない。門外漢でも知っている作家のものがあるとはいえ、とにかく作品が古い上、今となっては情報的価値もほとんど薄らいでいる。それでも退屈せずに読み通せるのは、都筑道夫の工夫された文章を読む楽しさがあるからだろう。もちろんいかに都筑道夫といえども手抜きに近い解説はあるので、それはどうしようもないけれど。SFファンとしてはおまけのランドル・ギャレット『魔術師が多すぎる』や誕生当時のハヤカワSFシリーズの解説、それとSFにまつわる文章が嬉しい。『ダブル・スター(創元文庫で読んだけど)』をめぐる矢野さんとのやりとりもほほえましいし、SFを認知させるための工夫が感動的といっていい。都筑道夫/福島正実コンビはやはり凄かったんだ。

 翻訳された長編は全部読んでいるのに、短編とエッセイはあまり読んでいないカート・ヴォネガット。手元に『死より悪い運命』があったので読んだ。すんごいペシミスティック、というのが読後の感想。まあ、もともと暗いヒトな訳だけれど、小説だとサービス精神が活きていて愉しませてくれるのに、エッセイだと絶望的な気分がストレートに伝わってくる。今となっては浅倉さんの文庫版訳者あとがきに2008年8月とあるのも読む方の気分を沈める効果がある。

 ちょっと用があって段ボール箱をいくつかひっくり返していて見つけたメアリー・H・ブラッドリー『ジャングルの国のアリス』は10年前に出た本。読んだよなコレ、とか思いながらページを捲っていったら読み終わってしまった。こんな両親の元でわずか5,6歳にして「暗黒大陸」扱いの時代のアフリカ大陸東南部を旅行して廻ったんじゃ、まともな人生は歩めません。SFを見つけたことは、一時期とはいえ、アリスにさささやかな幸福をもたらしたんだろう、と思いたい。


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