内 輪 第255回
大野万紀
SFマガジン1月号の小川一水特集に、小川さんに関するエッセイを書きました。何だか他の人とかぶっちゃったりしているところもありますが、この号には『天冥の標』用語集とか、小川さんのインタビューとか、面白い記事が満載ですので、ぜひご購入ください。
オリオン座のベテルギウスが超新星爆発寸前(もしかしたらもう爆発したかも)という番組をNHKで放送していました。640光年なんてすぐ近くなので、怖いけれど、その瞬間をぜひ見てみたいものです。SFマガジンに現在連載中の山本弘さんの『輝きの七日間』はこれをモチーフにしているんですね(まだ読んでいないのですが)。放送では直径の四分の一ほどもあるこぶができている様子がシミュレーションされていて、何だかもの凄いことになっているようです。もっと近くで見たいなあ(生きていられないけれど)。
それでは、この一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。
『あがり』 松崎有理 東京創元社
第1回創元SF短篇賞受賞作を始め、〈北の街〉を舞台にした連作短篇5編が収録されている短編集である。
作者が卒業した東北大学と仙台の街がモデルと思われるが、理系の研究室と研究者たちが(それに関わる会社の営業なんかも含めて)とてもリアルに描写されていて、身につまされるという人も多いみたい。だがSF的なアイデアそのものは、そういう理科的センスからは突き抜けすぎていて、あまり説得力があるとはいえない。あがり現象自体はSFだから別にかまわないのだが、進化にゴールがあったり、ローカルな現象が遠隔作用したりというような発想と、リアルな描写との間に越えられない壁がある。
とはいえ、ストーリーはとても面白く、共感できるキャラクターも多い。とりわけ印象的だったのは、「ぼくの手のなかでしずかに」の数学好きの女性(ぼくの大学では数学科には女性が多かったが、今は違うのかなあ)や、「代書屋ミクラの幸運」の楽しそうなミクラくん、そして子供が主人公のファンタジーでもある「へむ」の教授。教授たちはみんないい感じだ。 「へむ」は子供が主人公だったためか、アイデアに感じる違和感が一番少なかった。
それはともかくとして、人名以外にカタカナを一切使わないという作者の徹底したこだわりはどこから来るのだろうか。バスすら大型旅客車両と言い換えるような(しかし人名はカタカナ)こだわりの意味は、この街が現実の日本ではないことを示唆する以外に思いつかない。確かに妙な雰囲気はあるものの、どことなくぎごちなくて、小説の魅力に寄与しているようには思えないのだが。
『空の都の神々は』 N・K・ジェミシン ハヤカワ文庫
2010年のローカス賞受賞作。ファンタジーだが、SFとしても読める。
かつて光の神と闇の神、そして黄昏の女神が戦って、光の神が勝利した。光の神イテンパスをあがめるアラメリ家の人々は、空中都市スカイから世界を統べる。そして破れた神々は奴隷となり、恐るべき兵器として使われるものとなった。アラメリ家の血を引くが、辺境の小国で女首長として育った若きイェイナは、スカイを訪れ、唐突にアラメリ家のお家騒動に、血で血を洗う後継者争いに巻き込まれることになる。そして人の奴隷として使われる(しかし神性を失ったわけではない)神々と、とりわけ闇の神ナハドと、いたずらの神シアと関わるようになり、自分の真の秘密を知ることになる。
絶対者ではないギリシア神話のような神々が魅力的だ。異世界の構築がしっかりしているので、別にサイエンス・ファンタジーというわけではないのだが、遠未来の世界を描いたSFと同じように読める。
さらにいうと、本書にはかなりロマンス小説の要素が大きいように思えた。でもそれが気になるということもなくて、とても面白く読めた。
「月刊アレ!10月号」 Project allez!
遅ればせながら、電子本の「月刊アレ!10月号」をダウンロード購入した。
「小松左京さんありがとう」特集がすごい。かんべむさし、瀬名秀明、北野勇作、佐藤哲也、平山瑞穂、松崎有理、小林泰三、林巧、田中哲弥、津原泰三、堀晃の各氏が、エッセイやオマージュの短篇を載せているのだが、これが今年の日本作家SF短編集としてもベストに入るクラスの傑作だ。
どの作品も素晴らしいが、とりわけ瀬名秀明「新生」と堀晃「巨星」は、小松さんの新作が発見されたといってもいいくらいの(もちろん作者の独自の個性が発揮されている)、ぼく好みの傑作である。
「新生」は「岬にて」を思い起こさせるが、むしろ小松左京が絶えず語っていた、未来を目指して進む力というものを3・11の後を見据えた上で描いた傑作で「宇宙よ、しっかりやれ」というか、ここでは「人類よ、しっかりやれ」と(ちょっとエロいところも含めて)小松さんの心を引き継いだような作品だ。
「巨星」は、はっきりと『虚無回廊』そのもののハードSFなのだが、いやあ、あの結末はこうじゃないと、という嬉しくなる作品。
その他の作品も素晴らしい。
小林泰三の「流れの果て」は『果しなき流れの果に』のエッセンスみたいな、むしろバクスターみたいな小品だが、こういうのがSFの醍醐味だよなあ。巨大な数字というのにはいつも魅了されるものがある。
佐藤哲也「ノマド」もいい。時間SFとしては懐かしい感じがするが、そこがまた『果しなき』ぽくっていいのだ。
林功「熱帯雨林が熟すとき」は『継ぐのは誰か』オマージュ。これまた現代的ながら、とても懐かしいSFの雰囲気がある。
津原泰三「斜塔から来た少女」は、なんと『空中都市008』ですよ!
この電子本、入手するまでがちょっとハードルが高くて、このままだとあまり読まれないままになってしまうのではないかと、心配になる。でも本当に読み応えがあったよ。
『NOVA 6』 大森望編 河出文庫
書き下ろし日本SFコレクションの6冊目。10編が収録されている。
編者も書いているように、新人作家やほぼ新人作家といっていい作者が多い。七佳弁京、船戸一人、松崎有理、高山羽根子、樺山三英と、10人中5人を占める。その一方で、宮部みゆきのようなベテランや、牧野修、北野勇作、斉藤直子のような常連組もいる。こうなるとどうしても新人組の分が悪い。
とはいえ、樺島三英「庭、庭師、徒弟」のような思弁小説もちょっと円城塔ぽくって印象的だし、松崎有理の「超現実な彼女」も代書屋の恋愛を描いていて面白い(でも、この作者ならもっと面白くできたはずだと思う)。
高山羽根子「母のいる島」は、ストーリーは無茶苦茶だが、バカバカしくて笑える。
七佳弁京「十五年の孤独」は軌道エレベータを人力で上るという発想はいいが、あまりにも説得力に欠けるといわざるを得ない。
船戸一人「リビング・オブ・ザ・デッド」はぼくには良くわからなかった。
本書ではとにかく巻末の宮部みゆき「保安官の明日」が圧倒的。本格SFである。保安官のいる田舎町での出来事が実は……、という話で、SF的なアイデア自体はさほど驚くものではないが、この小世界が筆力豊かに描き出され、主人公の決断にも説得力がある。
『文藝別冊 追悼小松左京 日本・未来・文学、そしてSF』 KAWADE夢ムック
小松左京追悼ムック。
目玉は『日本沈没』創作メモか。でもちょっとだけだった。
エッセイや対談が多いが、Ustreamで配信されていた東京・大阪での追悼トークが収録されていて、これが大変面白かった。東京編は鏡明、横田順彌、山田正紀、高橋良平、とり・みき、大森望によるトークだが、『さよならジュピター』プロジェクトの内情が面白い。鏡さんと横田さんのトークが爆裂していて最高。大阪編は堀晃、かんべむさし、山本弘、上田早夕里が参加。堀さんとかんべさんのトークが中心だが、一部は京フェスでもやっていた。関西編ということで、ぼくにも懐かしい内容が盛りだくさんだった。
評論で印象に残ったのは山田正紀「『神曲』から『虚無回廊』へ」。小松左京と『神曲』との関わりはよく語られているが、正直『神曲』って超ダイジェストでしか知らないし。あ、ニーヴン&パーネルの『インフェルノ
SF地獄篇』は読んだな。ここでは「カッコに入れる」というキーワードが心に残った。
もうひとつ、輪島裕介「アパッチの歌を歌おやないか」が、小松左京の「うかれ」た歌心を語っていてすごく面白かった。関西ではキダタローとも通じる感覚ではないかな。また「福島正実氏を偲ぶ」という半村良と小松左京の対談が収録されているが、これがとてもいい。二人の人柄がそのまま表れていて、思わずほろりとします。
『冷たい方程式』 伊藤典夫編 ハヤカワ文庫
1980年に出たアンソロジーの新版だが、作品はゴドウィンの「冷たい方程式」とアシモフ「信念」の2編のみが旧版からの引き継ぎで、他の7編は新たに選ばれている。
いずれも(一部を除き)50年代の作品だ。まあ正直、古めかしいといっては何だが、今の小説を読み慣れた目からは何とも単純で一本調子な(ストレートともいう)作品が多く、何で今さら感もある。とはいえ、読んでいるととても懐かしく、いいなあと思ってしまうのだ。
「冷たい方程式」はぼくは昔から好きではないのだが(科学法則が冷たいんじゃない、事故を想定していない設計がダメなのだ)、そういうところも含めて読んでおいていい話ではある。
ぼくの好みはコットレル「危険!幼児逃亡中」(これも一本調子だなあ)や、シマック「ハウ=2」だ。ファンタジーではテヴィス「ふるさと遠く」が好き。ストラザー「みにくい妹」はシンデレラのパロディ。面白いが、SFでもファンタジーでもないよねえ。