内 輪   第251回

大野万紀


 福島の牛肉の問題など、不安なニュースが流れています。この手の問題は、今後もさらに様々な形で起こってくるように思います。みんなが不安になるのは当たり前。とはいえ、子供の頃、放射能の雨に濡れたら頭がはげるぞ、と脅かされ、公害で汚染された空気や水や食物をとり続けてきた世代の一人としては、少なくとも自分に関しては今さら感が強いのも事実です。だからどうだ、というわけではなく、あくまでも自分にとっての話なのですけどね。

 それでは、この一月ほどで読んだ本から(読んだ順です)。

『ジェノサイド』 高野和明 角川書店
 なるほど、これは傑作だ。
 どこにもSFとは書かれていないが、紛れもなくSFである。古くからあるが、最近はあまり正面きって扱われていなかったテーマを、ストレートに描いた作品だ。とはいえ、XXテーマというだけで、ネタバレになってしまう。ネタバレしたって何も問題なく、面白く読めることに変わりはないのだが、一応ぼかしていうならば、それは小松左京の傑作の一つと、同じテーマである。
 大きく3つの視点で物語は進む。ひとつは内戦状態のコンゴのジャングルに、秘密の任務を帯びて潜入する傭兵たちの物語。主人公のイエーガーは、難病の息子の治療費をかせぐため、この任務に応じたのだが、それは未知のウイルスに冒されたとおぼしきピグミーの一部族を皆殺しにするという、恐るべき作戦だった。
 2つめは日本で、薬学を学ぶ大学院生、古賀研人が主人公。亡くなった父から送られてきたメールがきっかけで、秘密の実験室と秘密のソフトを手に入れ、韓国人留学生の相棒と、難病の特効薬を開発しようとする。
 そして3つめは、彼らの背後で進められる、ワシントンの中枢での作戦司令部での物語。新進気鋭の天才であるルーベンスは、「ハイズマン・レポート」に描かれた人類絶滅の悪夢を防ごうと、何重にもなった複雑な作戦を遂行していく。
 これら3つの物語が交差し、ストーリーには緊迫感があって、登場人物にも魅力があり、初めはよくできた国際陰謀小説やパンデミック・サスペンスのように読めるが、読み進めるとさらにコアなSF的テーマが現れて、大変に読み応えのある小説となった。これだけでも十分に面白いのだが、できることならこの50年後、100年後の世界を見たいとも思う。

『かめ探偵K』 北野勇作 メディアワークス文庫
 亀が探偵なのだ。
 北野勇作の新作は、旧世界からの漂流物を展示するうらぶれた展示館に、亀が下宿するところから始まる。展示館を管理しているのは、ちょっと頼りない女の子で、本書の語り手。本書は彼女が「新世界通信」という新聞に毎週連載している小説という体裁をとっている。
 登場するのは彼女と、かめ探偵のK、そしてその助手という十歳くらいの女の子。プロローグとエピローグにはさまれて、3つの物語が描かれている。
 ひとつは彼女たちとかめ探偵の、この町での日常生活を描く章。パンの耳を売ってくれるパン屋というのはこちらの世界にもあるが、この世界ではちょっと変わっている。『どろんころんど』ともつながっているようで、現実界というより、どこか夢の世界のようだ。
 2つ目からいよいよ探偵らしい推理が冴える話となり、何を作っているかわからない工場で起こった、謎の機械消失事件。そして3つ目は何とバラバラ事件を、TV局がかめ探偵のドキュメンタリー番組を作成している最中に、解決するというものだ。
 どれもユーモラスで、どこかグロテスクで、そして作者らしい昭和っぽい懐かしさのあるお話である。とはいえ、最後の昭和っぽさは他の作品よりちょっと不足。いつもはたっぷりとある夢の中のような町の描写が、やや少なめ。ま、でも冬眠もしないで亀ががんばっているから、いいとするか。

『星の光、いまは遠く』 ジョージ・R・R・マーティン ハヤカワ文庫
 1977年に書かれたマーティンの処女長編である。
 銀河系の辺境、放浪惑星ワーローン。その放浪惑星が〈七つの太陽〉と呼ばれる恒星系の近傍へやってきた。辺境星域の諸惑星はこの一時的に太陽を持った惑星にそれぞれの都市を建設し、一大フェスティバルを開催する。それから十年。フェスティバルも終わり、ワーローンは再び暗黒の宇宙へと遠ざかり、ほぼ無人の惑星となって、残ったわずかな人々が暗黒と寒冷が訪れるまでの短い期間を過ごしているのみ。
 そんな人々の中に、主人公ダークの元恋人、グウェンがいた。彼女は生態学者として滅び行くこの惑星の調査をしている。彼女に呼ばれてワーローンに降り立ったダークだが、グウェンはすでに結婚しており、その夫は、マッチョで前近代的な男性優位社会を築いているハイ・カヴァラーン出身の男で、彼女はその妻というより、人格のない所有物として扱われているらしい。ダークは何とか彼女とよりを戻そうとするのだが……。
 と、本書の上巻はまるまるこの二人のだらだら話と異文化衝突の話が続き(下巻も半分くらいまでそうだ)、どうしたものかと思うのだが、様々な都市やエキゾチックな自然の描写が魅力的で、何とか読み進めることができる。
 とにかく主人公のダークがいかにも70年代風なダメ男で、痛いやつなのである。ハイ・カヴァラーン人たちも、決闘ばかりしているステレオタイプなマッチョ男ばかりなのだが、それでもこっちは《氷と炎の歌シリーズ》にも通じる封建時代の男たちを思わせるところもあり、悪役としては悪くない。主人公たちはハイ・カヴァラーン人の中でもとりわけ保守的で異星人を人間扱いせず狩りの対象とするような連中に追われるはめになる。このデス・ゲームの描写には迫力あり、滅びゆく惑星の風物とマッチして、独特なロマンチックな雰囲気がある。やっぱり《氷と炎の歌シリーズ》こそがマーティンの本領なのだなと思わせる作品である。

『アレクシア女史、飛行船で人狼城を訪う』 ゲイル・キャリガー ハヤカワ文庫
 〈英国パラソル奇譚〉の第二巻。
 人狼のマコン伯爵と結婚した〈魂なき者〉アレクシアだが、ロンドン中の人狼や吸血鬼に異界の力が消失するという事態が起こり、その謎を解くため、夫の後を飛行船で追ってスコットランドへと向かう。なぜかこの旅には、親友のアイヴィや妹のフェリシティ、男装の麗人マダム・ルフォーやアレクシアのメイドであるアンジェリクも付き従う。
 野蛮な地スコットランドでは、かつてマコン伯爵がアルファとして君臨し、ある事件をきっかけに去っていたキングエア城を舞台に、伯爵の過去が明かされ、そしてアレクシアの身に危険が迫る……。
 何かといえばいちゃいちゃしている二人だが、新婚さんだから仕方がないか、というか、こんなカップルが主人公でもロマンス小説といえるのだろうか。それはともかく、第二巻になって、確かにロマンス小説という枠組みよりも、もうひとつのヴィクトリア朝を舞台にしたユーモア冒険ファンタジーとしての側面が強くなっており、普通に面白く読めた。スチームパンク的というのかどうかはよくわからないが、大時代な機械や装置が小道具として雰囲気を盛り上げている。
 ただし、メインの謎解きストーリーは皆が皆まともな動きをしないでぐるぐるしているばかりなので、あんまり面白くない。面白いのはそのまわりで起こる小技なできごとだ。そんなちょっとだらけた雰囲気を結末の展開がぶち破った。この結末はショッキングで、早く続きを読みたくなる。とはいえ、ここも、マコン伯爵が決めつけるあり得ない結論が、異界の論理に則っているだけに、こっちの世界の読者からすれば、それが本当に危機的な深刻な状況とは思えない。作者が何とかするだろうと軽く期待するだけだ。そしてたぶんその通り、期待通りに解決してくれるのだろうと思う。まあ、それでいいのだ。


THATTA 279号へ戻る

トップページへ戻る